(ブルームバーグ): 今年の日本のM&A(企業の合併・買収)市場は金額・案件数とも増えそうだ。MBO(経営者による買収)も含めた非公開化や海外企業の大型買収に加え、外国企業による日本企業買収の活発化などが予想される。M&A市場で起き始めている外部環境や企業行動の変化を投資銀行の担当幹部に聞いた。

ブルームバーグのデータによると、2023年の日本関連M&Aの取引件数は1.2%減の4272件、取引総額は前年比25%増の28兆5900億円だった。東芝の非公開化や日本製鉄による米鉄鋼大手買収など2兆円規模の大型案件が、件数の減少を補い全体を押し上げた。24年は2月21日までに前年同期比6割増の約4兆3000億円に拡大している。

野村証券インベストメント・バンキング・プロダクト担当グローバルM&A統括の清田亮氏は、今年について「件数と金額ともに多彩なテーマで大きく伸びるだろう。『日本の新M&A元年』とも呼べる年になるのではないか」との見通しを示した。大型の非公開化やノンコア事業・上場子会社の売却、MBO、日本企業による海外買収の流れは続くとの見方が強い。

みずほ証券グローバル投資銀行部門グローバルアドバイザリーヘッドの木戸明宏氏は、傘下の物流や金属、リース会社の売却を進めた日立製作所を例に挙げ、「追随する企業が出るかどうかの試金石と考えていたが、他の企業でも自分たちもこのままではいられないとの認識が広がっている」と分析した。

ただ、日本企業の場合、子会社に親会社を退いた役員が就くケースも多く、「親会社の経営者からすると、先輩を説得するという力業になる。やり切れる経営者かどうかが試される」とした。

昨年は大正製薬ホールディングス(買収総額約7100億円)、ベネッセホールディングス(同約2000億円)などの大型MBOも相次いだ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券投資銀行本部M&Aアドバイザリー・グループ統括責任者の竜口敦氏は「資本効率の向上に対する市場からのプレッシャーが大きくなる中で、上場を維持したままでは大胆な変革をしにくいなどの背景から、MBOという選択肢を選ぶ企業は増える」とみる。

多方面から迫られるガバナンス改革

ガバナンス改革に向き合う上場企業へのプレッシャーは機関投資家や政府、証券取引所など多方面から増している。ゴールドマン・サックス証券M&A統括責任者の矢野佳彦氏は、アクティビスト(物言う株主)だけでなく、生命保険会社や運用会社など伝統的な国内機関投資家の変容が大きな役割を果たしていると指摘する。

最近の株主総会では、かつて賛成率9割台が当たり前だった取締役選任議案の採決で6割-7割台が続出した。これは企業側にとって具体的なプレッシャーとなる。機関投資家の行動指針であるスチュワードシップコードの浸透を受け、議決権行使助言会社の意見を重視する傾向も背景にある。

矢野氏は従来「与党」株主と考えられていた機関投資家も反対票を投じているとした上で、「日本では株価が下がっても責任を感じない経営者がまだ存在するが、自分の賛成率が7割台に落ち込めば人ごとではなくなる」と強調。賛成率を上げるためには「市場が納得する手を打たなければならない」と述べた。

対抗提案も真摯に検討

東京証券取引所によるPBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業への改善要請に加え、昨年は経済産業省が企業買収の行動指針を公表。企業が「同意なき買収提案」を受けた場合、真摯(しんし)な提案であれば、取締役会は真摯に検討するように求めた。この指針が、企業の攻めの買収や再編活性化の呼び水になる可能性もある。

ベネフィット・ワン買収を巡っては、昨年、先に株式公開買い付け(TOB)に動いたエムスリーに対抗し、第一生命ホールディングスがより高いTOB価格で「同意なき買収提案」を発表し、争奪戦に発展した。ベネフィト親会社のパソナグループは第一生命Hの提案の方が「企業価値向上に資する」との見解を表明。ベネフィトも第一生命H案への賛同に切り替えた。

これまでは経営者が自らの保身のため、曖昧で定性的な理由で買収提案を拒絶していた企業も少なくなかった。しかし、三菱モルガンの竜口氏は、今後は買収提案とスタンドアローンの事業計画に基づく本源的価値を比較し、「客観的な視点で定量的に、どちらが株主価値の最大化に資するのかを分析しなければならなくなる」と指針の意義を強調。その上で、結果的に買収提案を受け入れる企業が増えるとみる。

海外企業も虎視眈々

海外企業が日本企業買収の可能性を探る動きも広がりそうだ。野村証の清田氏は、指針の公表後「より現実的に買収提案の検討を始めたグローバルプレーヤーからの相談が増えている」と明かした。ただ、信頼関係を前提にした買収提案がベースになることが予想されるとした。

一方で、企業が指針の抜け穴を利用する可能性もある。みずほ証の木戸氏は、企業側は買収提案を受けても必ずしも市場に公表する必要がないため、「指針の趣旨から外れた運用がまかり通る可能性も残っている」と危惧する。

日本企業は官民を挙げた市場からの圧力にさらされており、竜口氏は「経営リソースを集中させるべき事業領域を特定し、それ以外の事業分野を切り離すことで、資本の再配分が活発化するだろう」と語った。

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--取材協力:鈴木偉知郎.

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