2024/2/29

【超難問】知られざる、サプライチェーンの「計画問題」とは

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
2023年11月、東京・虎ノ門のTOKYO NODEで、創業5年以内のスタートアップCTOによるピッチコンテスト「Startup CTO of the year 2023」が開催された。
栄えある最優秀賞の栄冠を手にしたのが、ALGO ARTIS VPoEの武藤 悠輔氏だ。「大きな社会課題への技術的挑戦」と題した武藤氏のピッチでは、AIを通じた“サプライチェーンの運用計画最適化”への挑戦の軌跡が語られた──。
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原材料の配船や製品の生産、物流の配送まで、天候から世界情勢など複数の要素が複雑に絡み合う「サプライチェーンの運用計画」。日々の追加の受注や失注、設備トラブル、CO2排出量の削減などの制約も存在し、囲碁や将棋よりも複雑な組み合わせパターンがあるという壮大な難問だ。
あまりに要素が複雑に絡みすぎるため、その最適解を導くことは技術的な難しさから誰もが諦めていた問題でもあった。そんななか、計画業務のAI化を通じて、「サプライチェーンの最適化」に挑むのがALGO ARTISだ。
なぜこれほどまでに大きな問題が、今日まで取り残されてきたのか。この超難問をどのように解決し、社会基盤の最適化を実現しようとしているのか。「たった一人の計画業務をAI化するだけで、年間数億円のコスト削減にもつながる」とも語る武藤氏と代表取締役社長 永田 健太郎氏に話を聞いた。
INDEX
  • 社会に取り残された「未解決問題」との出会い
  • 囲碁や将棋よりも複雑な組み合わせ問題
  • 限られた時間で「より良い解」を導き出す
  • 社会基盤が最適化された未来へ

社会に取り残された「未解決問題」との出会い

──まずは「Startup CTO of the year 2023」での優勝おめでとうございます。
武藤 ありがとうございます。「ピッチ見ましたよ」と声をかけられることが増えて、スタートアップ界隈のエンジニアコミュニティでALGO ARTISの認知度が上がったのを実感しているところです。
 意外だったのは、ビジネスサイドの方たちからも同様の反応をたくさん頂いたこと。これはうれしい驚きでした。
永田 彼ならきっとやってくれると信じていましたが、それでも優勝者として武藤さんの名前が呼ばれたときは思わず興奮して叫んでしまいました。
 これまでの苦労や努力を見ていたからこそ、私にとっても感動の瞬間でしたね。
──ALGO ARTISはサプライチェーンにおける「運用計画の最適化」を実現するソリューションを提供しています。この“計画問題”に着目した経緯を教えてください。
永田 そもそものきっかけは、私が前職のDeNAでAIを活用した新規事業創出を任されたことでした。
 ビジネスアイデアを練るため、100社を超える企業を訪ねて経営や事業に関する課題を聞いて回りました。そのなかで、たまたま関西電力さんから発電所の燃料運用に関する話を伺う機会があったのです。
 世界各国から輸送される石炭を燃料として運用するには、さまざまな制約や制限を考慮しながら運用計画を立てる必要があります。この複雑で難易度の高い計画を、一人の担当者がExcelで作成しているというんですね。
 それを聞いたとき、私は驚きと同時に素朴に疑問に思いました。これだけあらゆる業務がデジタルに置き換わっている時代に、なぜこれほどまでに難しい仕事を人間の頭脳と手作業で行っているのかと。
 その後、他のインフラ系企業や製造業でも、同様の複雑な計画を人力で作成していることを知りました。社会基盤となる重要なエネルギーやモノづくり産業において、「計画問題」という大きな未解決問題が存在することを認識したのです。それが新規事業のアイデアにつながりました。
──なぜ起業する道を選んだのですか。
永田 当初はDeNAの事業として関西電力さんとAIを活用した燃料運用最適化プロジェクトを開始しましたが、2021年に事業をスピンオフする形でALGO ARTISを起業しました。
 大企業の一部門として事業を運営するのはメリットもありますが、よりスピーディーに、思い切ったリスクを取りながらビジネスを成長させるには、別会社として独立すべきだと判断しました。
武藤 僕はそのプロジェクトに途中からジョインしたのですが、社会基盤となる産業の課題解決に取り組めることにとてもワクワクしました。この超難問を解決できれば、世の中に非常に大きなインパクトを残すことができる。
 またエンジニアとしてPCやスマホの中に閉じた世界で価値提供するのではなく、リアルな世界の課題をソフトウェアの力で解決できることに面白さを感じたのです。

囲碁や将棋よりも複雑な組み合わせ問題

──そもそもサプライチェーンの運用計画はどのように策定されるのでしょうか。
武藤 運用計画とは何かを一言で説明すると、「サプライチェーンにおいて人やモノを動かすための計画」です。
 サプライチェーンは原材料の調達から生産、物流、販売、消費までの一連の流れを指しますが、そのプロセスは複雑で要素が多く、全体を動かす計画を一気通貫で立てるのは難しい。
 よって業務ごとに細かく範囲を分けて、それぞれが個別の計画を策定しているのが現状です。
 この場合に難しいのは、他部門との境界にある制約条件を満たしたうえで、自部門の現場が回る計画を立てなければいけないこと。
 たとえば生産部門は、「原材料がいつ、どれくらい届くのか」という物流部門の計画を踏まえたうえで、期限内に決められた数の製品を作って納品しなければいけない。
 倉庫部門は、工場の生産スケジュールを踏まえたうえで、余剰在庫や在庫切れが発生しないように管理しなければいけない。
 しかも現場では日々状況が変化するため、制約を満たすのは容易ではありません。何らかのトラブルで原材料が届くのが1日遅れたら、生産計画はいちから立て直しです。
 あまりにも考えるべき要素が多く、担当者は極めて複雑な組み合わせ問題を毎日解かなければいけません。
 たとえば火力発電所の担当者が海外のサプライヤーから石炭を買い付け(調達)、国内の発電所に輸送(物流)する。受け入れた石炭をいったん貯蔵し(在庫)、石炭を燃やして電気を作る(生産)。
 こうした運用計画を立てた場合、その組み合わせ数は10の720乗に上ります。これは囲碁や将棋をも超える複雑さです。
──これほどまでに複雑な問題をExcelで処理していたと。
永田 ええ、人間が処理できるレベルを遥かに超えています。だから担当者がどう対処するかというと、「これでなんとかなる」という解でよしとするんです。
 現場が止まることはあってはならないので、そこだけは何としてもクリアできる組み合わせを必死に考える。
 でも本当はもっと良い解が存在するかもしれない。よりコストやリスクを抑えたり、環境負荷を軽減したりと、さらに上のレベルの答えが必ずあるはずです。
武藤 「計画」はモノや人を動かす指揮系統の大元なので、その良し悪しが経営に直結する。産業の規模によっては、一人の担当者が作った計画をもとに数万トンの物や数万人の人が動くので、計画のレベルによってコストも大きく変わります。
 ある企業のコストが年に数百億円だとすると、効率を1%高めるだけで、数億円のコスト削減ができます。国内の製造業全体の原価が年に210兆円なので、1%の効率化によって、業界全体で約2兆円のコスト改善も見込める計算です。
──計画の最適化によるインパクトの大きさがよくわかる数字です。
武藤 また特に最近はコロナ禍や戦争・紛争など国際情勢の大きな変化が相次いでいるので、要件が変更された場合も柔軟に対応できる良い計画を立てなければ、企業は常に高いリスクにさらされることになります。
 そもそも計画策定業務が属人化していること自体が、企業にとって大きなリスクです。現在は熟練担当者が長年の経験やノウハウに基づいて計画を立てているため、その人にしかできない仕事になっている。
 もし熟練担当者が退職したら、運用計画を立てられず、事業が継続できなくなります。
 最近は人手不足による企業倒産が増加していますが、その要因で最も多いのは高い技術を持つキーパーソンの退職です。計画策定業務の属人化を解消することは、労働人口が減少する日本において、すぐにでも取り組むべき社会課題だと考えています。

限られた時間で「より良い解」を導き出す

──計画問題という大きな社会課題を、ALGO ARTISはどのようなアプローチで解決しようとしているのですか。
永田 弊社が提供しているのは、AIを活用した計画最適化ソリューションです。
 その特徴は「ヒューリスティック最適化」という特殊なアルゴリズムを使っていることです。
 計画問題を解くのは人間にとって難しいどころか、コンピュータにも難しい。無数にある組み合わせの一つ一つを評価して「たった一つのベストな解」を導き出そうとしたら、スパコンでさえ何年かかるかわかりません。
 理論上はベストな計画が存在するとしても、日々の仕事を回さなければいけない現場において、それを追求するのは現実的ではないということです。
 ではヒューリスティック最適化なら何ができるのか。それは限られた時間で「なるべく良い解」を見つけ出すことです。
 計画を立てるうえで考慮すべき制約や制限を踏まえたうえで、コストやリスクなどの指標において、できるだけ良い解を導き出せます。
武藤 そもそもお客様にも理想の計画があるわけではなく、「国際情勢が不安定だから多少コストがかかってもリスクを抑えよう」「経営状況が良くないからリスクよりコストを重視しよう」といったように、トレードオフとなる要素を天秤にかけながら計画を立てています。
 このように「何が良い計画か」が刻々と変わる世界にフィットするのが、ヒューリスティック最適化なのです。
永田 このアルゴリズムを組み込んだのが「Optium」というサービスで、画面上で簡単な操作をするだけで高度に最適化された計画を自動的に作成できます。
 今後は新たなプロダクトとして、業界ごとに最適化したSaaS型製品「Planium」も展開する予定で、今年1月には第1弾として化学業界向けのベータ版をリリースしたところです。
──計画最適化に合う手法があるなら、なぜこれまでそれを活用したソリューションが存在しなかったのでしょうか。
永田 ヒューリスティック最適化を扱うには、高度なアルゴリズムの技術が必要だからです。私が幸運だったのは、DeNA時代のプロジェクトメンバーに一流のアルゴリズムエンジニアがいたこと。
 いまもALGO ARTISのメンバーとして一緒に取り組んでいる門脇(大輔)さんが、あの複雑な計画問題を一つ、二つと解いてみせたんです。
 それができたのは、彼が世界的なデータ分析コンテストで優勝するほどの一流エンジニアだったからなのですが、私は素直に「計画問題は解けるんだ」と思った。これは自分たちの事業が持つポテンシャルを確信した瞬間でもありました。
武藤 加えて開発側がヒューリスティック最適化を扱えるだけでは不十分で、これをソリューションとして提供するには、高度なアルゴリズムをお客様企業の現場担当者が簡単かつ便利に使いこなせるプロダクトにしなければいけない。
 これは僕たちエンジニアにとって最難関と言えるチャレンジでしたが、全力を尽くした結果、担当者がExcelで処理していた業務を自分たちが作ったUIに完全に置き換えることに成功しました。
 現場の方たちから「『Optium』という便利なツールがあって本当に良かった。サプライチェーンを取り巻く環境が多様化する中で、もし昔のやり方を続けていたら今頃業務は止まっていました」と言ってもらえたときは自信がついたし、“この事業なら勝てる”と確信した瞬間でもありました。

社会基盤が最適化された未来へ

──今後の目標と展望を教えてください。
武藤 今後は事業をいかにスケールしていくかが最大のチャレンジ。SaaS型製品をリリースしたのもそのためです。
 お客様によって抱える課題もオペレーションも異なる中で、現場の環境や制約に応じて柔軟に運用できる共通基盤を提供するには、これまで以上に高い技術力が求められます。
 とはいえALGO ARTISのエンジニアは与えられる問題が難しいほど喜ぶ人たちなので(笑)、この難題も乗り越えていけると信じています。
永田 先ほど紹介した門脇をはじめ、弊社には世界トップクラスのアルゴリズムエンジニアが揃っていますし、ソフトウェアエンジニアやビジネスサイドもすごい経歴を持つ人が集まっています。
 創業してまもないスタートアップになぜこれほど優秀な人材がジョインしてくれるのかと私も不思議なくらいですが、本人たちに話を聞くとALGO ARTISのユニークさに惹かれたと言うんですね。
 運用計画の最適化に取り組んでいる会社は他に存在せず、しかも事業の社会的意義が非常に大きい。「だから自分も一緒に会社を成長させていきたい」という言葉を聞いて、私たち経営陣が逆に勇気をもらっているくらいです。
──他に計画問題に取り組んでいる競合はいないのですか。
永田 私が知る限りですが、日本だけでなく、海外にも今のところ明確な競合は見当たりません。だから当然、グローバルでの展開を視野に入れています。
 自分たちのソリューションを海外で提供すれば、おそらく国内以上の価値が出せる。
 確実性や緻密さを重視する日本とは違い、海外では物流の配送の遅れや工場の一時的な稼働停止は珍しくありません。だからこそ運用計画を最適化できれば、コストにしろリスクにしろ、改善幅は日本以上に大きいはずです。
 真面目な日本人が真剣に作ってきた計画は、世界的に見ればもともとレベルが高かった。それをさらに高度化するために生まれたのが我々のソリューションです。
 日本ならではのオペレーショナルエクセレンスから生まれたプロダクトを、グローバル市場でスケールしていく。これも私たちにしかできない面白いチャレンジだと感じています。
──ミッションである「社会基盤の最適化」が実現された未来をどのように思い描いていますか。
永田 未来の人たちが過去を振り返ったとき、「こんな難しいことを人間がやっていたの!?」と驚くようなこと。それが技術革新です。
 スマホの電卓機能を使っている私たちからすれば、昔は手で紙に書いて計算していたなんて信じられない。
 これから車の自動運転が当たり前になれば、「こんな危なっかしいものを人間が運転していたなんて信じられない」と思うでしょう。未来の世界では、きっと計画業務もそうなっているはずです。
 ALGO ARTISのソリューションがさまざまな現場に広く導入されれば、人間は複雑で面倒な業務から解放され、機械にはできない創造的な仕事に注力できる。
 そうなれば日本はもちろん、世界の生産性が劇的に向上します。そんな未来を実現するため、「社会基盤の最適化」を成し遂げることが私たちのミッションです。
武藤 ALGO ARTISは“TECHNOLOGY&INTEGRITY”というビジョンを掲げています。
 卓越した技術と徹底した誠実さによって、社会に対して真に価値ある変革をもたらすこと。それを僕たちが実行し、社会基盤を最適化できたら、未来の生活は間違いなく豊かになります。
 電気や工業製品など、人々の生活に不可欠なものが効率的かつ安定的に供給される社会をつくる。それは“しびれるチャレンジ”でもありますし、同時に責任感とワクワク感をもたらしてくれる。非常にやりがいのある仕事ですし、子や孫の代まで誇れる事業だと自負しています。
 そしてこの壮大な挑戦のためには、なにより仲間が必要です。ぜひ私たちの描く未来や挑戦に少しでも共感いただけるところがあれば、一度気軽にお話しできるとうれしく思います。