2024/2/28

【京セラ×NVIDIA】素直に「ごめん」と謝れるか。トップの意思決定力の真髄とは

NewsPicks Brand Design Creative Editor
 経営者の重要な仕事の一つが、「意思決定」だ。いくらアイデアが集まっても、注力する方向を一つに絞り込み、投入する人的リソースや資金を定める力がなければ、ビジネスは動き出さない。
 そんな重要な舵取りを担う経営者は、何を軸に日々の意思決定を行っているのだろうか。
 2月16日に開催されたオンラインイベント「BIZ TECH STOOORM 2024」では、グローバル企業のトップを務める2人が、経営における意思決定の真髄を語り合った。本記事では、そのディスカッションの模様をお届けする。
※本記事はセッションの内容を再構成しています。実際のセッションの流れや発言とは一部異なる部分があります。

私利私欲を排し、まず相手のことを考える

──「決める力」は社長業の最優先事項とも言えます。まずはお二人が「決める力」にどう向き合ってきたか、お聞かせいただけますか?
谷本 私が意思決定において大事にしていることは二つ。「人間として何が正しいか」と「利他の心」です。
 入社以来、稲盛(京セラ創業者の稲盛和夫氏)から京セラの企業哲学を徹底的に教えられましたが、その基本中の基本が「人間として何が正しいか」という判断基準です。そして、これを軸として「利他の心」、すなわち相手のためを思って判断しなさいとも教えられました。
 ですから、意思決定をするときには、自分の私利私欲のためではなく、相手のためを思って、その上で「この判断は人として間違っていないのか」ということを大事にしています。
大崎 谷本社長の今のお話をうかがい、背筋の伸びる思いです。私も稲盛さんの経営哲学を手本としておりまして、「私利私欲で決めていないか?」というのは常に問いかけています。
 私が決断するときに大事にしているのは、「常に考えること」です。何か問題点があれば、それについて24時間考えますし、寝てるときも夢に見るほどにまで考えます。
 そこまで考えるからこそ、決断の場面で自分自身に嘘をつかない決断ができますし、回数を重ねるごとに決断の精度も上がっていくのではないかと思っています。
谷本 稲盛は「日々反省せよ」とよく言っていましたね。
 1日を終えて寝る前に、「今日はこう考えてこんな判断をしたけれど、それは正しかったのか?」という反省を毎日するのだと言っていました。
 私も決め事をしたときには「この判断は正しかっただろうか」と、1日の終わりに冷静になって考えるようにしています。
 そうそうあることではないのですが、万が一間違っていたら、次の日に「昨日はあんなふうに言ったけれども…」と言って前言撤回することもあります。
──ビジネスの現場では、反対意見を押し切って決断するような局面もあると思います。異なる意見の人とはどのように折り合いをつけていますか?
大崎 基本的には賛成・反対を含めたいろんな意見が出るのが企業としては健全なので、その中で決断するしかないし、そうすべきです。
 NVIDIAのグローバル会議では、いろんな国の人が集まって意思決定をしているので、そういう場面も多くあります。
 もし意見がぶつかったとしたら、根本となるゴールを再確認して、このタイミングで決めるためには何をしないといけないのか、何がみんなを幸せにするのかを全員で深掘りするしかないと考えています。
谷本 ネガティブな場面では、意見の対立が特に増えがちです。例えば事業の撤退のような問題で、結論を出すのは簡単ではありません。
 そんなときに大事なのは、お互いの意見をまずは言い合うことです。
 折り合いがつかなければ、時間をおいて次の日にもう一度話し合う。十分に話をしないまま押し切ってしまうことだけは避けています。それで私が折れることもあれば、相手が折れることもあります。
 その結果、事業撤退の方に結論が傾いたら、そこからはきっぱりと決断します
当事者は自分の口から「撤退しよう」とはなかなか言えないものですから、そういった場面で彼らの背中を押すのも私の役割だと考えています。

従業員全員が書く「週報」で現場を知る

──京セラやNVIDIAのようなグローバル企業では、経営者と現場の距離が遠いイメージがあります。現場を知るための努力はされていますか?
谷本 京セラは国内だけでもあちこちに工場がありますので、どうしてもすべての現場を見て回るのは難しいんです。
 そのため、月1の定例幹部会を通して、各部門から現在の状況と今後の計画について発表してもらい、ほぼリアルタイムで国内事業のすべてを理解するようにしています。
 海外の製造拠点についても、年2回の役員会に出向いて、現場の責任者に事業の現状を報告してもらっています。
 このように、なるべく現場社員と対話する仕組みをつくり、それ以外にも時間の許す限り対話する機会をつくれるように心がけていますね。
──谷本さんは30年間現場にいらしたことが強みだと思います。それでも経営者業が長くなると現場の感覚とのズレが出てきたりするものでしょうか?
谷本 コロナ禍などで働き方が大きく変わったため、今の若い人たちの肌感覚を理解するのは難しくなっていると感じます。
 それに、私が年を重ねるにつれて世代間ギャップも広がっていく。
 現場の若い人と話す機会はなかなかないので、月に2回、若手10人ぐらいに集まってもらって食事とお酒を楽しみながら話す場を意図的に設けています。
大崎 NVIDIAは京セラに比べると小さな組織なので、経営陣と現場の距離は近いです。
 そのため、何か問題が起きたら、私はすぐに現場に行きます。現場を知れば問題の本質の理解が進みますし、人を説得する熱量も生まれますから。
「週報」も現場を知るのに非常に役立っています。
 NVIDIAの週報はユニークで、1週間に1回、グローバルの全従業員が一斉に書き込むんです。そこに忖度はないし、上長が部下の週報を編集して都合の悪い情報を隠すこともできません。CEOも私も週報には全部目を通しますから、市場の動きもいち早く察知できます。
 じつはNVIDIAがAIに集中投資すると決めたのも、社員が書き込んだ1つの週報からなんです。
「GPUがAIで加速し始めている」と。その1つの週報にみんなで盛り上がって、会社の向かう方向性が決まっていったんです。

後悔が残る決断に、どう向き合うか

──お二人はこれまで数々の決断をされてきたわけですが、過去の決断の中で後悔が残るものはありますか? そこから得た教訓や学びもあれば教えてください。
大崎 未だに後悔するのは、多様性の重要性を理解しながらも、多様な意見を十分に活かせなかったときです。
 NVIDIAはグローバル企業なので、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、さまざまな国からいろんなバックグラウンドを持つ人たちが集まって議論し、物事を決めていきます。
 それゆえ、私から見ればどうしても理解しがたい意見も当然あります。
 それでも多様な意見を噛み砕いて自分の腹の中に入れ、客観的に決断すべきなのですが、自分が理解できない点にこだわったり、意見をうまく取り入れられなかったりすることもあります。
 でも後で時間をかけて振り返ってみると、「あの意見は日本では到底生まれないような稀有な意見だった」「自分の決断は間違っていたかもしれない」と思うことがやっぱりあるんですね。
 20代からずっと外資系で働いてきて、もう55歳になりますが、まだまだ自分はダメだなと感じるところです。
 もう一つ改めたいのは、時間がないときに、問題に対して反射的に対応してしまうところです。
 みんなの意見を聞くプロセスを経た上での決断であれば失敗しても後悔はないのですが、自分の固定観念で突き進んで失敗したときには深い後悔が残ってしまいますね。
谷本 知らない分野では人の意見を聞かないと判断できないので割と慎重に決断するのですが……私もセラミックのようによく知っている分野ではついつい意固地になってしまうんですよ(笑)。
 得意であるがゆえの失敗というのは、やはりありますね。
大崎 そういうときはどうリカバリーなさるんですか?
谷本 素直に「ごめん」と言って反省して、直していくしかないですね。
大崎 誰でもできることではないと思います。経営者も経験を積み、失敗を重ねる中でしか、自分自身の考えを疑えるようにはならないと思います。
 自分自身への問いかけによって、自分を律していくことが大事ですね。

予測の難しい時代にトップが見据えるべきこと

──AIの進歩に見られるように、今は変化が非常に激しい時代です。そんな中でどのような意思決定をしようと考えていますか?
谷本 部品事業についてはある程度、どのように発展していくかという先が見えているので、部品系の意思決定では大きく外すことはないですし、難しいことではないと考えています。
 ただし、ソリューション系の事業で先を読むのは非常に難しい。
 あれだけ日本企業が得意としていたガラケーが、ある日突然スマホに取って代わられてなくなってしまったように、今日ある事業が明日突然なくなってしまうようなことが起こりうる世界です。
 京セラでは今、半導体製造装置用の部品や半導体を収めるパッケージをつくっています。
 従来ならば、ある程度お客様のご要望をお聞きした上での投資判断で間に合っていましたが、今は3年後、4年後のことを考え、先回りして工場建設をしないと到底追いつけない。
 こと半導体関連については、先の先を読んで投資をしていこうとしています。
大崎 NVIDIAも半導体においては、テクノロジーの最先端に立ち続けたいと考えています。
 ビジネスの基本はお客様やパートナーの意見を吸い上げて形にすることにありますが、お客様やパートナーが知らないこともたくさんある。
 NVIDIAがテクノロジーに精通すれば、エバンジェリストとなり、お客様にあるべき未来から逆算したご提案ができればビジネスの可能性はさらに広がると考えています。
 例えば、半導体の微細化は限界に近づき、ムーアの法則(半導体のトランジスタ密度は2年ごとに倍増するという考え方)が適用できなくなりつつあります。どれだけ大きなエンジンを積んでも、いろんなところに歪みが出てしまい、性能が頭打ちになってしまうんです。
 そこでNVIDIAが目指しているのが、微細化を限界まで追求しつつ、ソフトウェアを含めたシステム全体で性能を上げること。
 そうすれば1つのハードウェアのアーキテクチャでも、ソフトウェアのバラエティを変えることによって性能を上げていけるはずです。これからはソフトウェアにもっと投資をして、ソフトとハードの組み合わせによって産業適用の幅を横に広げながらも性能で縦に突き抜けていきたいと考えています。
谷本 もうハードだけで差別化するのは難しい時代ですよね。京セラでも、ソフトの技術向上は欠かせません。
──企業は成熟するほど守るべきものが増え、新しい挑戦への難易度が上がります。そんな中でも挑戦し続けるために、経営者として何を大事にしていきたいとお考えでしょうか?
谷本 若い人がチャレンジできるような風通しの良い環境をつくっていきたいですね。
 私が入社した1982年、京セラはまだ京都セラミックという名前で、売上は年間1500億円ぐらいの中堅企業でした。チャレンジすることそのものが文化であり、そうしないと生き残ることができない時期でもありました。
 稲盛はチャレンジする者を評価しており、「チャレンジして成功した人が1番、チャレンジして失敗した人がその次、チャレンジしなかった人が一番ダメ」と常々言っていました。
 工場はロボットが導入されてますますスマートファクトリー化していきますから、そういうものに若い人がチャレンジできるプロジェクトを用意するなど、チャレンジの仕掛けをつくっていけたらと思っています。
──最後に、日々さまざまな意思決定の場面で悩んでいる視聴者に向けてメッセージをお願いします。
大崎 今後、我々の想像もつかないいろんなことが起こってくるでしょう。
 けれども、谷本社長が先ほど稲盛さんの言葉を引用されたように、たとえ失敗したとしても、挑戦しない人より、挑戦する人のほうが優れているし、後悔が少なくなっていくと思います。
 とにかく、めげずにチャレンジしてほしいと思います。
谷本 やっぱり若いうちは自分で決断したい、自分をよく見せたい、などいろんな思いがあると思います。
 けれども、1人で決断してやらなきゃいけない状況というのは苦しさが伴います。
 そのような時に、いろんな人の意見を聞く素直さと謙虚さが大事になっていくんじゃないでしょうか。
 日本のものづくりの可能性を“ブレスト”する「BIZ TECH STOOORM 2024」。
 本イベントでは谷本氏と大崎氏の対談のほかに、PR/クリエイティブディレクターの三浦崇宏氏・ビジネスデザイナーの濱口秀司氏による「いいブレスト」をテーマにした対談、「人間拡張技術の可能性」「新しいスマートデバイス」「究極のセンサーで広がる可能性」の3テーマのブレストが行われた。
 アーカイブ動画全編は、3月27日まで試聴可能。日本のものづくりを前に進める、“予測不能”なイベントを見逃すな。