2024/2/29

【山口周】 AI時代に知っておくべき、日本型エリートに欠けている“もっとも大事な能力”

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 経済停滞が続き、人口減少、 AIの飛躍的な技術進歩といった過去にない変化が押し寄せている日本社会。企業も個人もこれまで通りの勝ちパターンに頼ることができない時代に直面している。
 そんななか、社会のさまざまな場面で需要が高まっているのが、新しい時代に向けて“自ら問題と課題を見つけ出し、変化を起こせる人材”だ。
“変化を起こせる人材”とはどんな能力を備えているのか。
 どのような教育が“変化を起こせる人材”を生み出すのか。
 なぜ、従来の日本型教育では、“変化を起こせる人材”を生み出せないのか。
 広島県が2021年に開学した叡啓大学学長の有信睦弘氏と、叡啓大学客員教授であり著作家で経営コンサルタントの山口周氏がこれからの時代に必要とされる人材や、次代の教育の在り方について議論する。
山口氏:1970 年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史専攻修士課程修了。電通、ボストンコンサルティンググループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『ニュータイプの時代』など著書多数。
有信氏:1976 年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程修了(工学博士)。1976 年から2008 年まで東京芝浦電気株式会社(現・株式会社東芝)に勤務し、研究開発センター所長などを務める。東京大学監事、理化学研究所理事などを経て、2018 年に東京大学執行役・副学長に就任。2021年4月から現職。

これから企業で必要となる人材とは

──日本社会は長引く停滞を打破する人材を輩出できていません。なぜでしょうか。
山口 現在の日本の教育システムは、戦後の工業化時代に作られました。戦後すぐの段階では、日本は欧米に対して工業的に後れをとっている分野が多く、「欧米の製品をいかに上手に真似て、安く製造するか」が成長のカギでした。
 そのため、新しいものをゼロから創造する人材よりも、欧米の製品を分解して製造マニュアルを作ったり、マニュアルを適切に再現できたりする人材の方が必要だったのです。
 こうした方針を国全体で掲げていたため、与えられた課題に対して、素早く正解を出す人材をたくさん育てる教育システムが出来上がったのです。
有信 「マニュアルを適切に再現する人材を大量に育てる教育」は非常に上手くいき、日本は1970年代に先進工業国に転換し、高品質で安価な製品を大量生産して、世界を席巻していきました。
 しかし、やがて商品が行き渡ると、マニュアルに従って商品を大量生産することで成長できる時代は終焉を迎えます。全体のパイが拡大しなくなり、企業同士の競争が激化すると、多くの日本企業は新しい付加価値を生み出そうとするのではなく、人件費や生産設備にかかる固定費をどんどん削るようになりました。
 新しいサービスや商品を開発できる人材が育っていなかったために、そうせざるを得なかったのです。より付加価値が高い仕事に企業を導くクリエイティブな人材がいれば、日本社会のありようも違っていたかもしれません。
 ただ、マニュアル型の人材を大量に育成することで上手くいった過去の成功体験が強烈すぎて、日本社会の変革はなかなか進みませんでした。
山口 それでも今までは、マニュアル型の人材の居場所が日本企業にありました。しかし、近年はそれも怪しくなってきています。
 日本の1人あたりGDPは、2000年の2位から、32位まで下落しています。IMFによる先進国の定義は上位40カ国なので、日本が先進国から外れるのは時間の問題です。今後、従来通りの雇用や待遇を維持できるか、どの業界、どの企業も危うい水準に来ています。
 それに「答えのある問題を適切に解く」というのはAIの得意分野ですから、マニュアル仕事を行っているホワイトカラーは仕事の多くが淘汰されていくでしょう。
 つまり、企業も個人も従来通りにやっていては、行き詰まるところまで来ているのです。
──AIによる仕事の代替はどのように進んでいくでしょうか。
山口 置き換えがどう進んでいくかについて具体的な予想は難しいのですが、産業革命時の蒸気機関の例が参考になると思います。
 18世紀のイギリスで実用化された蒸気機関は、当初、炭鉱の水を汲み上げるために活用されていました。
 それが紡績に使われるようになって、最初は糸を紡ぐ効率が一気に上がりました。
 ただ、ある工程の生産効率だけが極端に上がっても、トータルの生産量は増えません。そこでボトルネックは他に移っていきます。
 糸を紡ぐ工程の生産効率が上がったら、前工程の綿花の回収や後工程の機織りの工程も生産効率を上げるインセンティブが生まれます。
 ここで重要になるのは、「ボトルネックは何か」を考える課題設定能力です。次にどの工程をどのように効率化するかを考え、実現する力を持ったリーダーがいないと、トータルでの生産量は増えません。
 今起きているAI導入に関しても、どこかの業務プロセスが自動化したら、その前後の工程がボトルネックになって自動化が進むという過程を繰り返しながら、社会全体での実装が進んでいくでしょう。
 そのプロセスのなかで、AIをどこにどう使うべきかを設定できる人材、社会や企業にとって良い問いを立てられる人材の必要性は今後高まっていくはずです。

イノベーションに必要な2つの力

──イノベーションを起こす人材には、どのような素養が必要なのでしょうか。
有信 先ほど山口先生がおっしゃった「良い問いを立てる能力」、そして「横断的に解決策を探す能力」だと思います。
 私がよく話すイノベーションの例として、DVDの開発があります。DVDの開発は技術先行で進んだというよりは「映画を1枚のディスクに収めるには」という“問い”から始まりました。
 DVDは東芝が作った独自のデジタルディスクで、書き込みの新レーザー、データ圧縮技術など当時の最先端技術が幅広く活用されています。
 技術の粋が集まっている凄さはもちろんありますが、それ以上にさまざまな企業の技術に対する横断的な知見を持ち、製品開発に落とし込んだプロジェクトリーダーの力量には本当に驚かされます。
 よく「イノベーションは革新的な技術によって生まれる」と思われがちですが、実際には単発の先行技術だけで実現するものではありません。それをどう生かすか、何と組み合わせるかといった視野の広さが必要なんです。
山口 マニュアル仕事とは違うイノベーティブな仕事って、天才的なひらめきというより、こういう「良い問いを立てる能力」や「横断的に解決策を探す能力」による部分が大きいと思いますね。

欧米では当たり前の概念「コンピテンシー」

──こうした幅広い視点を持って、解決策を提示する能力は、現在の学校教育ではほとんど育っていないように思います。
有信 そうですね。従来の大学教育は、一つの学問体系を突き詰めて学ぶことに重点を置いてきました。
 理解が深まれば深まるほど、その分野での言葉の定義は明確になるし、定義が明確になれば、その定義間の関係性として新しい法則も見つかり、新しい知識も得られる。それが研究につながっていく。
 しかし、このアプローチからでは、イノベーションを生む人材は育ちにくい。それに全ての大学が、全ての学生がこの学修プロセスに取り組む必要もないと考えています。
 そこで叡啓大学は「先行きが不透明な社会経済情勢の中で、地域社会や世界に貢献する高い志を持ち、解のない課題に果敢にチャレンジし、粘り強く新しい時代を切り開いていく人材」の育成を目指しています。
 これからの時代に必要な能力を、リベラルアーツ教育やプロジェクトベースの教育を通じて身につけさせます。
──実際にどのような能力をどのように身につけられるのでしょうか。
有信 叡啓大学では、学生たちが社会に出てから、それぞれの学生が夢を描くための「先見性」「戦略性」、思い描いた夢を形にし、新しい社会システムを実現するために必要な「グローバル・コラボレーション力」「実行力」「自己研鑽力」5つのコンピテンシーを身につけることを目指しています。
山口 コンピテンシーというのは、「仕事で高い成果を出すための非認知能力」のことです。耳慣れない言葉かと思いますが、欧米の人事ではスタンダードになりつつある概念です。
 人間の能力は、まず氷山の一番上に知識や学力といった数値化可能な能力があり、その下にコンピテンシーという思考や行動パターンがあり、もっとも下にモチベーションやパーソナリティーがある。
 日本の就活では、知識や学力といった表層的な部分や、根幹となるモチベーションの部分が重視されがちでした。しかし、若い頃にどのような資質や能力をコンピテンシーとして身につけるかによって、中長期的な職務能力が変わってくるのです。
有信 コンピテンシーを育てるのには、きめ細かな教育が必要になります。
 授業は1クラス25人の少人数制で、グループワークやディスカッション形式をメインとしています。双方向型の授業を通じて、議論を進めるスキルや、積極的に発言する自主性を身につけさせます。
叡啓大学の授業の様子。4人程度のグループワークや発表などに時間を割いている。
 本学の特徴的な授業として、課題解決演習(PBL、Project Based Learning)という企業や自治体、NPO法人などが直面している課題を、学生に共有して、どうすれば解決するのかを考えるグループ学修型の授業があります。
 学生は課題解決に向けた仮説を立てて、研究や調査を行い、企業側に解決策をプレゼンする。「本質的な課題」や「解決策」のプレゼンに対して、企業がフィードバックし、学生がトライアンドエラーを繰り返すことで、これまで培ってきた知識やスキルがどのように通用するのかを体得してもらいます。
山口 学生時代に自分たちなりに問いを立てて、議論をして、解を出すというプロセスを何度も繰り返して、成功体験を積む経験は非常に貴重ですね。
 一般的な大学でもゼミなどでは、そのような授業の進め方がありますが、試行回数が少ないのでなかなか成長につながっていません。その場をやり過ごしているだけという学生も多いように思いますね。
有信 課題解決演習の場合、企業や自治体など、社会の側から繰り返しフィードバックをもらう形になるので、学生にとっても良い成長の場になります。
 下調べやプレゼンテーションの場で、自分の知識不足や理解不足などに直面し、恥をかいたり、自分に何が足りないのか突きつけられたりすることで、次の学修へのモチベーションになります。
 企業からも「学生の斬新なアイデアで道が開けた」との声をいただいています。
 企業は何か壁にぶつかると、どうしても社内に蓄積した定石に従って解決策を模索しがちです。しかし、学生は良い意味でセオリーを知らないので、授業の一環として培ってきたスキルや知識を自由に披露でき、そこから企業にとって新しい仮説が生まれているようです。
この課題解決演習は、現在、ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング(株)やUCCコーヒープロフェッショナル(株)といった企業や、東広島市や広島県健康福祉局などの自治体など、139団体に協力組織として参画していただいています。

日本の大学にない学修環境

──カリキュラム以外には、どのような特徴がありますか。
有信 新しいアイデアを考えてチャレンジしていくには、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちと切磋琢磨して、幅広い視野を獲得するのがとても重要です。
 そのため、コンピテンシーに「グローバル・コラボレーション力」と掲げ、留学生の積極的な受け入れや、外国人教員を全体の20%ほど採用することなどによって、多様性を確保しています。学生には自分と異なる文化や生活を持つ他者に共感できる理解力や包容力を磨いてほしいと考えています。
学生の2割が海外からの留学生で、多様性も確保されている。日本人学生は実践的な英語を学んでおり、卒業単位の半数以上は英語で単位を履修する必要がある。
 英語教育については、1年次から16人程度の少人数授業で、リスニング・リーディング・ライティング・スピーキング・プレゼン力を鍛えています。2年次以降の授業を英語で受けられることを目標にしています。
 留学や海外経験は必須としており、海外短期プログラムも数多く用意しています。
 また、ICT教育やデータサイエンスの授業もしっかり行い、文理両方の知見とスキルを身につけさせます。
山口 学修環境も授業のあり方も、良い意味で従来の日本型の大学イメージと離れていますね。
 ただ、こうした教育が特異に見えるのは、ある意味で私たち日本人のほとんどが、「マニュアル人材を育成する教育」しか受けてこなかったからかもしれません。
 ハーバード大学をはじめとした欧米の有名大学・研究機関では、文理関係なく学問を横断的に学ばせますし、学生1人あたりの教授・講師の数も日本よりずっと多い。
 それによって手厚いフォローと成長につながっていきます。
有信 入学試験も定員の半数を総合型選抜(旧AO入試)で行っています。小論文と面接、グループディスカッションによって、モチベーションや学修に取り組む姿勢を評価します。
 今、叡啓大学があらためて問いたいのが、日本社会全体が従来型の人材を育てる教育になってしまって良いのか、従来型の人材だけを採用する企業で良いのかということです。
 本学の学生にコンピテンシーがどの程度身についているか、最終的な評価は卒業生を送り出してから社会の皆さんにご評価いただく形になりますが、学内の様子を見ていると学生たちの成長を非常に強く感じます。
山口 教育の成否は「良い人材を育成できるか」だけでなく、社会の側がそれを上手に活用できるかにもかかっています。
“変化を起こせる人材”を従来通りの物差しで探そうとしたり、これまで通りの枠にハマらないことを「使いづらい」と判断したりしていては、日本社会は変わらないまま進んでいくでしょう。
 叡啓大学のような新たな試みが試されると共に、“変化を起こせる人材”を企業や社会の側が上手に受け入れられるかどうかが、問われていくことになりそうですね。