2024/2/22

【具体事例】誰かの「困り事」をビジネスに昇華させるには

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 次なる事業の柱を作ろうと、いま多くの企業が新規事業創出に注力している。一方で、アイデア発想や実証実験の段階で頓挫してしまう例も多く、事業化まで漕ぎ着けられる例は一握りだ。

 そんななか、モビリティから医療、金融などの幅広い領域で数々の新規事業を生み出し、新会社設立等の事業の形まで落とし込めている企業が、ヤマハ発動機だ。

 その事例の一つが、工場や物流施設向けの自動搬送サービスである「eve auto」。特定条件下で全ての運転操作をシステムが実施する自動運転「レベル4」相当の技術を確立した上で、商用化をいち早く実現した“国内初”のEV無人搬送サービスだ。

 実証実験と商用化の間にはどのような壁があるのか。アイデアを事業まで昇華させる、ヤマハ発動機の新規事業カルチャーとは。

 ヤマハ発動機で新事業開発本部長を務める青田元氏と、eve autonomy代表取締役CEOの星野亮介氏に話を聞いた。

「変わり者」を見逃すな

──ヤマハ発動機は、モビリティや医療、金融など多様な領域で新規事業を立ち上げ、ビジネスにまで昇華させてきました。その要因はどこにあるのでしょう。
青田 もともとヤマハ発動機は、楽器メーカー(ヤマハ株式会社)が、全く異なる製品であるバイクをつくりたいと立ち上げた会社です。ヤマハ発動機が新規事業に注力するのは、もはや持って生まれたDNAだと感じています。
 その上でアイデアを事業に育てるために私が重視しているのは、経営陣が新規事業にかかる的確な意思決定ができるよう、鍛錬を積むことです。
青田 というのも、そもそも新規事業に力を入れる大きな目的の一つは、企業としてのヤマハ発動機の成長につなげること。そう考えれば、筋の良いビジネスの種を見極め育てるために、経営陣こそが新規事業に対する勘所を磨く必要があります。
 だからこそ、新規事業の権限を現場に丸ごと委譲するなんてことはしません。ジャッジすべきところは、経営がしっかり決める。
 企業全体の収支で見たら影響のないような小さな新規事業についても、経営会議でしっかり時間をとり、成功・失敗要因について説明することを意識しています。
 かといって、経営が現場をがっちり管理してしまうのも逆効果。私が常々思っているのは、「現場の変わり者」を活かす重要性。私も、面白い変わり者がいないか、いつも目を凝らしながら現場を歩いているんですよ(笑)。
 やはり社員には、いつも安定して成果を出してくれる人と、パフォーマンスは不安定かもしれないけれど、時折とんでもなくすごいアイデアや課題解決策を出せる人がいる。
 一般的には前者の方が評価されやすいですが、後者の変わり者こそが、新規事業を生み出し育てるキーパーソンになってくれます。
 そうした“愛すべき変わり者”が生き生きと働ける風土を保ちながら、要所要所で経営目線で俯瞰して意思決定をする。この両輪が、事業を育てるために必要なのではないでしょうか。

実証実験→商用化の厚い壁

星野 開発に着手してから2年というスピードで商用化に成功した事例の一つが、工場や物流施設向けの自動搬送サービスである「eve auto」。
 ヤマハ発動機と、自動運転用のソフトウェア開発のティアフォーの合弁会社「eve autonomy」が開発し、2022年に提供開始しました。
──確かに自動運転の領域では数々の実証実験はなされているものの、商用化まで到達しているケースは稀ですね。どのようなハードルがあるのでしょう。
星野 自動運転車両の商用化の壁が高い理由の一つに、屋外という予測不能な状況下で、安定して自動運転を実現する難しさが挙げられます。
 屋内は段差も少なく、人やモノの動きもある程度想定できる一方で、工場内の建物間の屋外移動となれば、段差や傾斜はもちろん、排水溝やマンホールなどの障害物もあります。大きな工場となれば、街中のように人やトラックの往来も激しい。
 そんななか日本の工場は、屋内と屋外を行き来する構造の建物が多く、この「屋外」を含めた搬送の自動化が求められていたのです。
 そうした状況下で、eve autoはレベル4相当の自動運転を実現できている。夜間や雨天時でも自動で走行でき、導入工事も不要。こうした実用性と利便性は、これまでの自動搬送車両とは一線を画すと自負しています。
──多くの企業が、屋外における自動運転の実現に苦戦するなかで、eve autonomyが商用化まで辿り着けた要因はなんだったのでしょう。
星野 ヤマハ発動機の、新規事業への許容度の高さは大きな要因の一つでした。というのもeve autoは、ヤマハ発動機の現場で実用に耐える性能になるまで“鍛えて”もらったんです。
 正直に言って、こうした新しいプロダクトが、最初から完璧に動くなんてありえません。現場で使ってみて初めて、設計や実証実験の段階では気づけなかったエラーが起きる。その不具合をいかに丁寧に潰し、技術を磨き上げられるかが、商用化の鍵を握るわけです。
 ですが多くの場合、そのように技術を鍛えるための現場を持つのが難しい。その点eve autonomyの場合、ヤマハ発動機が半分を占める合弁会社ということもあり、ヤマハ発動機がお客様として、早い段階から工場にeve autoを導入してくれたんです。
 身内だからこそ忖度なくエラーを指摘してもらえましたし、不具合が生じても「補填をどうする」といった話ではなく、建設的に改善方法を一緒に模索できました。
 新しい事業・プロダクトに寛容な文化を持ち、迅速にPDCAを回して改良を重ねられるヤマハ発動機という場所があったからこそ、いち早く実用に足る商品に磨き上げることができたと考えています。
青田 これまでヤマハ発動機の新規事業をたくさん見てきましたが、eve autoの開発で私が一番驚いたのが、そもそもティアフォーとの合弁会社を立ち上げたというところ。
 今回の開発では、自動運転に関連する領域は主にティアフォーが担い、車両制御を含めたハードウェア側をヤマハ発動機が担っています。
 ヤマハ発動機は、全てを自前でつくる文化が強かったので、こうした形態での新規事業開発は、ほぼ初めてでした。
 eve autoは開発着手から2年という、モビリティの事業開発としては驚異の速さで商用化まで漕ぎ着けられました。
 自分たちのやり方に拘泥してゼロから開発するのではなく、ヤマハ発動機の強みである車両技術と、ティアフォーの強みである自動運転技術を組み合わせ、互いの良さを活かし合えた。
 それが開発のスピードにもつながったと思いますし、ヤマハ発動機としても、非常に良いチャレンジだったと考えています。
星野 そうですね。業務委託としてティアフォーと組む選択肢もあったのですが、製品開発の初期段階で役割とその責任の分担を明確に切り分けるのは難しいと判断し、役員会議でも相談の上で合弁会社設立に至りました。
 合弁会社をつくるなんて、結婚するのと似たようなもの。全く文化が異なる企業が一つになるのは、もちろん大変な側面もありました。
 たとえばヤマハ発動機は、バイクなどのお客様の安全に関わるモビリティをつくる企業だからこそ、正しい使用方法や保護具の重要性の啓発とあわせて、販売開始時点で完璧な質の製品に仕上げる風土があります。
 ですがソフトウェア企業のティアフォーは、アジャイルに性能をアップデートしていく文化。互いのやり方を学び、試行錯誤しながら開発を進めてきました。
 契約に至るまでも何度も対話を重ねたので、ティアフォーのオフィスには目を瞑っても辿り着けるんじゃないかと思うほどですよ(笑)。

過去のやり方に囚われすぎるな

星野 実はeve autoの構想は、ヤマハ発動機の現場社員から生まれたものでした。屋外での搬送の自動化に関する課題は、ヤマハ発動機の工場も抱えていたものだったのです。
 すでにグループ会社のヤマハモーターパワープロダクツ(YMPC)が持っていたゴルフカーやランドカーを参考にするなど、YMPCがティアフォーと一緒に開発していた自動運転車両を使えそうなことがわかってきて。
 そこから、工場に最適化した自動搬送車両をつくれないかと、本格的にプロジェクトが始まったんです。
 開発だけでなく、サービス設計の部分でも、現場の意見に助けられました。今回の開発では、eve autoの料金体系をサブスクリプション(月額)制にしたのですが、その意見も現場社員から出てきたものでした。
 従来こうした製品の料金体系は、一括の前払いが一般的なんです。ですが、工場の最前線を知る社員たちから出てきたのは、こうした新しい製品を試したいと思ってくれるのは、現場にいるアーリーアダプターの方たちだ、との意見でした。
 そうした方たちにとって、大きな金額を一括で支払うには上層部の稟議を通す必要があり、ハードルが高い。そうした吟味を経て、現場でも意思決定をしやすいサブスクリプションを導入したのです。
──すでに新しい事業に挑戦する文化が根付いているヤマハ発動機。逆に課題に感じていることはあるのでしょうか。
青田 これまでの新規事業の正攻法に囚われすぎてしまっていることは、課題に感じています。だから今は、新規事業の新しい「教科書」を増やしたいと考えているんです。
 新規事業と一括りにしても、ひと昔前と今とではそのつくり方が全く違うんですよ。たとえば以前は、事業を起こすときまず重視されるのは「IP(知的財産)をとれるか」という点でした。
 ですが今回のeve autonomyのように、異なる企業が協業する場合、IP取得が優先なんて言っていられません。
 だからこそ、どんどん新しい取り組みをして、社内の新規事業の教科書のバリエーションを増やしていきたい。事業を成功に導く絶対の法則はありませんが、打席に立ち続けて場数を踏むことは確実に有用なんです。
 eve autonomyの設立は、ヤマハ発動機にとってまさに新たな教科書であり、ヤマハ発動機の新規事業の幅がグッと広がったと感じますね。
星野 そうですね。eve autonomyでは、ヤマハ発動機の教科書にはない挑戦を、たくさん重ねてきました。商用化までもさまざまな試行錯誤はありましたが、ここからが本番。
 より多くのお客様に貢献できるよう、ここからさらにアクセルを踏んでいくつもりです。