2024/2/19

なぜ「従業員の生活」に寛容な企業ほど成長できるのか

NewsPicks Brand Design / Editor
 24時間、戦えますか?
 バブル期に流行語大賞を獲得した著名CMから35年が経過。

「働き方改革」の影響もありハードワークが是とされる風潮は弱まったが、労働環境を改善しきれない企業は多い。

 しかし「猛烈に働くことを暗黙視する企業は、衰退する時代に差し掛かった」。

 疑義を唱えるのはミドル・ハイクラス向け転職サービス 「マイナビスカウティング」を手掛ける株式会社マイナビの須田浩行氏だ。

 では企業は、個人の生活の充実をどう受け止め、変わるべきか。Well-beingを活動の中心に据える、公益財団法人Well-being for Planet Earth代表理事の石川善樹氏との対談を通じて、企業と普通のビジネスパーソンの価値観のズレを捉え直す。

「目の前の充実」を求める日本人

──須田さんはミドルエイジ向けのダイレクトスカウトサービス「マイナビスカウティング」を手掛けています。ビジネスパーソンの労働意識の変化をどう感じていますか。
須田 若手と比べれば割合は低いものの「35歳以上」の人材流動性が徐々に高まっています。転職理由で特に多いのが「働き方を充実させたい」という声です。
「マイナビスカウティング」の前身「マイナビ転職エージェントサーチ」を含め、10年以上、企業と転職志望者のマッチングの場を提供していますが、近年この傾向が顕著になりました。
 われわれが手掛けるサービスは、給与やキャリアを突き詰めたいハイクラス人材向けではありません。それでも以前は「給与アップや仕事へのやりがい」を求める声が多数ありました。
石川 もしかすると、仕事に「やりがい」を求める人たちが、現代ではマイノリティになっているかもしれません。
 内閣府による「国民生活に関する世論調査」では、興味深いパターンが表れています。
 この調査は昭和32年度から始まり、60年以上続けられています。日本人の価値観や労働観の変遷がわかる面白いデータです。個人的に一番気になったのが「働く目的は何ですか?」という問い。
「生きがいを見つけるために働く」が減少傾向です。
 またミドルやシニア層になるほど“生きがい”重視だった傾向も薄まっています。
 さらに世論調査を見ると、日本人は全体的に「短期志向」になっています。
「将来に備えるか、毎日の生活を充実させ楽しむか」という問いでは“将来よりも毎日の充実”を挙げる人が多い。
 また「今後は心の豊かさか、物の豊かさか」という問いでは“心の豊かさ”が多数派です。
──なぜ仕事のやりがいもモノもいらないという発想になっているのでしょうか。
石川 歴史を振り返ると、日本は明治維新のときに西洋文化は取り入れたがライフスタイルはそこまで変えなかった。しかし、戦後はライフスタイルを西洋化させました。
 大きく変えたからこそ需要が起き、産業もモノの供給量を増やし、高度経済成長期を迎えていった。
 ただ、今は、娯楽や衣服、家電も安価になりました。さらに住宅ローンを組む人も減っている。
 多くの日本人が憧れるライフスタイルが海外にあるかというときっとそうではないし、お金がかからずにある程度豊かに暮らしていける。
 なので、別に仕事に“やりがい”を感じなくても他に山ほどやりたいことがある、ということなのかもしれません。

短期志向の中で、選ばれる企業のあり方

──企業側には従業員が豊かな生活を送る時間を確保すべきという意識は生まれていますか。
須田 劇的に変わった企業と、旧態の働き方を求め続けている企業で差を感じますね。
 時代の変化に伴い「働き方改革」が叫ばれたことで平均の総労働時間自体は下がっています。
 コロナ禍もありリモートワークも一般的になった。企業によっては労働時間の削減と生産性向上の両立を実現していますし、こうした企業は中途採用においても人気の傾向にあります。
 つまり、変われない企業は今後、人材獲得において苦戦が予想されます。
 また、残業時間以外に勤務地に関する考えも変わり「自宅から近い場所」が好まれています。
 石川先生がおっしゃるように長く働くという前提ではなく、短期志向で仕事を捉えると、遠方に住み満員電車に揺られるよりも「通いやすい職場を選ぶ」のは妥当な判断です。
石川 企業の支援の仕方も細かくなっていますよね。企業がWell-beingに言及し始めたのは、職場だけでなく、生活全般の満足度を高めようという考えのもとです。
 これまでも介護や子育て、社宅などの支援はありましたが、それ以外のサポートも手厚い。
──どういったサポートがよく見られますか?
石川 リモートワークの充実はもちろん、これから手厚くなりそうなのは、金融教育ですね。
須田 まさに、金融教育に注力している企業は増えている印象があります。年収600万で定年まで勤めるとして、資産運用の実施の有無で退職後に手元にあるお金に大きな差がつく可能性がある。
 日々の生活を充実させながら、仕事にも打ち込んでもらうため、老後の不安を減らす工夫を重ねています。
 リモートワークの導入、またDXを浸透させ生産性をどう向上しようとしているかなど、企業が従業員の生活をどうよくしようとしているのか。
 この取り組みを精緻に情報提供する必要性を「マイナビスカウティング」を運営する中でも強く感じています。

生活重視で日本は成長できるのか

──一方で、生活重視になりすぎると、将来的に日本は経済成長できるのかと不安になります……。
石川 逆転の発想で、生活を豊かにすることで、生産性もよくなっていく、という考え方もある気がします。
 それこそ古くは松下幸之助さんが、日本で初めて週休2日制を導入した際に「そんなことで会社が成長できるのか!」とたくさんお叱りを受けたみたいな話がありました。
 でも結果的に休みを増やした方が、生産性や創造性が上がった。
 今だと岸田政権は「三位一体の労働市場改革」を進めています。その一つに低成長分野からITをはじめとする高成長分野への労働力の移動を挙げています。
 日本は人材流動性が非常に低い国ですから、ここを高める必要があります。
須田 たしかに、高成長分野の方が働き方を充実させ、従業員の暮らしぶりを応援しています。
 週休2日制で生産性や創造性が上がったように、生活を豊かにする企業の方が成長するという視点が当たり前になるかもしれませんね。
──なるほど。では、どうすれば日本社会全体の人材流動性が高まりますか。
石川 難しい問いですね。リスキリングを行いながら、人材流動性を高めることを応援していくことだと思いますが、ここは、ぜひマイナビさんに頑張ってもらうしかない(笑)。
須田 人材流動性を高める余地が多い30代以上にしっかり向き合う。それが「マイナビスカウティング」を立ち上げた理由ですので努力していきます(笑)。
石川 ちなみに、よく言われていた、35歳を超えると企業が採用してくれないという言説はなくなりつつあるんですか。
須田 先進的な企業では、なくなりつつあります。以前は終身雇用を前提に企業も新卒採用者を育てる方針でした。賃金形態も若いうちは低く抑えられ、年功序列で上昇します。
 育てる手間がかかる人材にいきなり高賃金を払うのは難しい。さらにそもそも終身雇用なのでポジションも少なく中途入社は35歳までが目安とされていた。
 ただ、現在は労働生産人口の減少や若年層の人材流動性の加速もあり、ポジションが空くようになりました。
 また新規事業開発の増加など、自社の保有するケイパビリティだけではできない事業には高い賃金を払う企業も多い。ミドルエイジ人材に門戸を広く企業は確実に増えています。
──転職志望者の意志次第という状況になっている。
須田 はい。ただ、私自身もそうですが、現在の30代半ばはリーマンショック後に就職活動をしていた世代です。
 そもそも新卒採用市場は買い手市場になったり売り手市場になったり変動性があります。買い手市場で就職活動に苦労をした方ほど、長く勤めるべきという考えが根強い。
 ただ「マイナビスカウティング」を運営する中で感じるのは、転職エージェントと話をすることで、自身の市場価値がわかり新しい道が見えたと答える方が一定いることです。
 働き方も改善されていっている。さらにミドルエイジ人材へのニーズは高まっている。ただ本人が自身の市場価値を知らず、変われない。非常にもったいないと感じます。
 キャリアコンサルティングができるような質の高いコンサルタントとの接点を強めることで、この価値観を変えられるのではないかと考えています。
石川 なるほど。企業の内実みたいなことも相談できるといいですね。
 様々な事例を見てきたコンサルタントが「この会社だとフィットします」とかアドバイスをくれるとありがたいんじゃないかと。
須田 まさにそうですね。転職エージェントは、得意な業種業界を持っているのが通常です。全業種全職種をカバーしながら、企業の内情まで深く知るのは、それこそ24時間働いても難しい。
 業種・業界についての深い知見を持つコンサルタントと意見交換し「より自分の望む働き方ができる企業」に転職する。今後もっとあり得るストーリーだと思います。
 われわれが運営する「マイナビスカウティング」は転職エージェントや募集企業が求職者のデータを見て、面談や面接のオファーを直接送ることができます。
 特定の業界業種に熟知した転職エージェントも多くいます。企業と転職志望者の架け橋になれるようマッチングの質にはとことんこだわるつもりです。

「積み上げ」を前提としない雇用も

──今後、企業が「生活重視」のミドルエイジ人材をうまく採用するためにはどのような発想が必要ですか。
須田 採用を円滑に進めるためには、雇用者の生活の充実を支援することが第一です。一方で、育てながら長く活躍してもらうことを、雇用の前提にしなくてもよいと思います。
 キャリアがある方の転職であれば、即戦力人材として「3年間限定でこの事業を集中的に任せたい」といったオファーも考えられます。人材獲得のチャンスが広がります。
石川 スキルやキャリアプランから逆算して、自分が行くべき会社を定める人は、実際のところマイノリティじゃないでしょうか。
「ジョブホッパー」といった言葉もありますが、何歳になっても、新しい人間関係や新しい分野に適応し続ける人は「また環境が変わっても適応できるはず!」と大きな自信を持っているはずです。
 これまでの経歴と少し違っても、自信をもとに「きっと大丈夫だろう」と、さながらサーフィンのように来た波に合わせていく人材は面白いですよね。
須田 さすがに10社も20社もサーフィンしていると、評価はされづらいでしょうが「ホップ」できることも一つの能力だと企業はバイアスを外すべきですね。
 時代が不安定ですし、生成AIの誕生のように、積み上げてきたスキルが突然陳腐化してしまうことは今後も起こりえます。
 この状況下で、前職までの習慣やスキルにとらわれず、新たな環境にうまく適応できる人材は貴重だと思います。
 マイナビは、2007年から約2000社の人材紹介会社へ集客支援を行ってきました。 その中で、ミドルエイジを中心に「自分の望む生活ができない」と思っている人材の声が、明確に顕在化してきたのが現在です。
 もやもやした状態で働いているミドルエイジはまだまだいます。また経験豊富な人材に来てほしい企業も潜在的には多い。
 ここの垣根を壊し、双方のニーズを結び付けることの重要性を、今日石川先生とお話し再認識できました。