2024/2/7

デザイナー起業家は“お金の悩み”を「家計簿プリカ」でどう解決するのか

NewsPicks Brand Design Creative Editor
 デザイナーが経営を担うことで、社内のあらゆるセクションに“デザインカルチャー”が波及し、大きなビジネスインパクトが生まれる。
 実際に世界では、数多くのデザイナーが、事業や経営を牽引している。対して日本では、そうしたデザイナーのポテンシャルには、まだ十分に光が当たっていない。
 そんな日本で、デザインリーダーとして会社に多大なインパクトをもたらしている1人が、2023年11月の「DESIGN LEADER IMPACT AWARD」でグランプリを獲得したスマートバンク CXO(Chief Experience Officer)・takejune氏だ。
DESIGN LEADER IMPACT AWARDとは…ビジネスにインパクト(構造的変化)を与えたデザインリーダーを讃えるプレゼンコンテスト。GoodpatchとNewsPicksが共催。設立10年以内のスタートアップ企業のデザインリーダーの中から、事業成長やブランド価値向上などの事業貢献と、組織開発力、カルチャー形成など組織に対してもっとも貢献したデザイナーが表彰される。2023年11月開催の第1回では、スマートバンク CXO・takejune氏がグランプリに選ばれた
 スマートバンクが手掛ける家計簿アプリ「B/43(ビーヨンサン)」は、リリースから2年半で、月間取引金額が数十億円に急成長。Google Playのベスト・オブ2022も受賞した。
 スマートバンクの事業はいかにしてドライブし、デザインリーダーのtakejune氏はどんな役割を担ってきたのか──。

ユーザーのお金にまつわる課題を解決する

──「DESIGN LEADER IMPACT AWARD 2023」のグランプリおめでとうございます。プレゼンの中でも、ユーザーの課題から「B/43」が生まれたというお話が印象的でした。具体的にはどのようなサービスなのでしょう。
「家計簿アプリ」と「Visaプリペイドカード」がセットになった「家計簿プリカ」というサービスです。プリペイドカードにチャージして支払いを行うと、アプリに支出の明細がリアルタイムで反映されるため、簡単に支出管理ができます。
 スマートバンクが創業した2019年は、ちょうどキャッシュレス決済が普及し始めたくらいで。いずれはみんなが現金を持ち歩くことがほとんどなくなり、スマホ上で決済することが当たり前になる、ということは見えていたんです。
 そこから100人以上の方にお金に関する悩みをインタビューしていった結果、経済状況が厳しい若い人たちから「スマホで手軽に決済ができてしまうから使いすぎてしまう。しかもいくら使ったかがわからない」といったリアルな課題がぼんやりと浮かび上がってきたんです。
 こうして大きな世の中の流れと、それに伴ったユーザーの悩みを解決する形として「B/43」をリリースしました。
──スマートバンクのCXOとして、求められる役割は。
「B/43」のサービスデザインはもちろん、会社の組織設計やカルチャーデザインなど多岐にわたっています。
 その代表例として、スマートバンクには「全員でユーザーと向き合う」というカルチャーがあります。全社員がユーザーと対話する機会を作るため、新入社員全員がユーザーインタビューに参加する会を実施するなどを仕組み化しているんです。
 ユーザーインタビューを重ねた結果として生まれたのが、1つの口座で2枚のカードが作れる「B/43ペアカード」です。
 あるカップルへのインタビューで「2人の共同の支出を管理できる手段がなく、立替精算が煩雑」という課題があることがわかりました。しかし、家族カードは結婚してないと作れないし、共同の財布は片方しか持ち歩けない。
 それを解決できるようなサービスを設計したら、「こういうのが欲しかった」とご好評いただきました。
──目に見えないカルチャーをつくり出すのはなかなか難しい気もしますが、どうやって実現したのでしょう。
 デザイナーが得意とするのは、「イメージを形にできること」です。
 まだ存在しないものを具体的な形に落とし込むことで、みんなの認識を揃え、議論をグッと前に進められる。さらには、あるべき組織の形や10年後の社内風景を描くこともできるので、組織の構築に効かせることができると思っています。
 そうしたデザイナーの特殊能力は、社内のコミュニケーションを充実化させられるし、株主や投資家に向けたIR活動にも活かせます。あるいは、プロダクトを広げるためのプロモーションもよりよいものになるし、ユーザーとのコミュニケーションも効果的に行える。
 もともと領域を超えることが好きなのですが、デザインの力が活かせるのはプロダクト開発だけではないと実感しています。

バンド活動のノリでサービス開発→起業へ

──takejuneさんは「DESIGN LEADER IMPACT AWARD 2023」で、「デザインリーダーのお手本にしたい」と評されていました。これまで、どのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。
 美大のデザイン学部を卒業した後、インターネット事業を手掛けるECナビ(現CARTA HOLDINGS)に入社しました。
 自分はデザイン関連の中でもなんとなく映像や雑誌、デジタル系などが得意かなと思っていくつかの会社を受けた中で、ECナビは社員が生き生き働いている感じがして。そうした“人”の部分に惹かれました。
 で、いざ入ってみたら、なかなかユニークな会社だったんですよ。
 新規事業を生み出す部署にデザイナーとして配属されたのですが、いきなり営業のアポ電をさせられたんです。「成約が1件決まったら、デザインをやっていいよ」と。
 それでなんとか契約を決めて、先輩に教えてもらいながらサービス全般のデザインをやるようになったんですが、いかんせん人数が少ないので他のいろいろな業務も担わざるを得ない。
 日中は問い合わせに対応するCS(カスタマーサクセス)的な業務をこなし、夜はデザインをやるみたいな日々でした。
──営業からデザインまで、幅広くご経験されたと。
 そうです。同時に、サービスづくりに対するやりがいも、明確に感じられました。
 学生時代からものづくりが好きで、ゲームや演劇の脚本とかを作っていました。空想を広げて形にし、それが受け手に届いていろいろ反応が返ってくるのが面白くて。
 それがインターネットだと、反応が明確な数値で返ってくるんですよね。たとえば自分が作ったキャンペーンページから何人が応募したのか、ページを公開してすぐにわかる。
 自分が作ったものが現実的にお金を生み出すこととか、すぐにPDCAサイクルを回す改善スピードの速さとかが、性に合っていたんです。そうして、インターネットのものづくりに、どっぷりハマっていきました。
──そこから、起業にはどうつながるのでしょう。
 会社が休みの日にも同期を含めた仲間で集まり、プライベートでもサービスを作るようになったんです。その2人が、現在スマートバンクでCEOとCTOを務める双子、堀井翔太と堀井雄太ですね。
 実際に、サービスもいくつかリリースしまして。Twitterにチェックイン機能をつけたものや、スケジュール調整機能を組み込んだようなものとか。どれも自分たちの中では「超いいじゃん!」と自信があったのですが、全然使ってもらえませんでした。
──会社でのサービスづくりとは、どう違いましたか。
 やっぱり自分たちで一から考えて作る方が、より面白かった。会社やクライアントの意向がない、自由な状態でサービスを作ったらはたしてどこまでいけるのか。趣味でバンド活動をするようなノリで、四六時中やっていましたね。
 正直、最初にFablicを起業したときも、そのバンド活動の延長のように捉えていました。ただ、サービスに関しては「人が欲しがるモノをつくりたい」という思いはあったので、いかに使ってもらえるかを考えるようになりました。
 それで、ただ自分たちの想像の翼を広げるだけでなく、ヒューマンセンタードデザイン(※)とかリーンスタートアップ(※)みたいな考え方をミックスして、ユーザーに話を聞きながら正解を見つけるスタイルになったんです。
※ヒューマンセンタードデザイン:ユーザーの利便性やニーズに合わせてシステムを設計する手法。
※リーンスタートアップ:最低限の仕様を備えた製品・サービスを短期間で開発し、顧客の反応を基に改善を重ねていく手法。
 それがフリマアプリ「フリル(※)」にも、「B/43」にも活きていると思います。
※フリル:takejune氏が共同創業したFablic による日本初のフリマアプリ。2016年に楽天がFablicをM&Aし、フリルは「楽天ラクマ」となった。

CXOが描く、スマートバンクが“金融のハブになる”未来

──今後のスマートバンクの展望と広がりについて、どんな絵を描いているのでしょうか。
「B/43」は、誰もがお金の悩みから解放される世界を目指しています。
 プリペイドカードにお金をチャージし、使った分は可視化され、予算内で生活できる。それを繰り返すことで、自然と貯蓄が生まれていく。
 そうして3ヶ月分くらいの生活費が手元にできたりして余裕が生まれ、今度はそれを投資に回せるようになる。その結果、資産が形成されていく。
「使う、貯める、増やす」というサイクルを1つのサービスで一気通貫できるようにしたいんです。
 ただ、事業を進めるうちに、お金の悩みは本当にいろいろあることに気づきました。
 これまでに向き合ってきたお金の管理だけではなく、たとえばリスクに備えるための保険や、子どもへのマネー教育など悩みの解消のために必要なサービスは多く、やれることはまだまだ多領域で残っていると実感しています。
 ビジネス規模の観点でいえば、ニッチなサービスにとどまらず、最低でも国内1000万人以上に使っていただけるものにしたい。そのためにも、ユーザーに手に取ってもらう理由が、もっとたくさんなければいけません。
 それを実現するには、銀行的な機能や、BNPL(※)機能などもパーツとして求められてくる可能性もあります。
※BNPL:「Buy Now, Pay Later」の略で、商品を購入して手元に届いた後に支払いを行う後払い決済サービスのこと。
 当社は自分たちでプロダクトを作るのが基本路線ですが、金融サービスは複雑性が高く、さまざまな機能を1社でまかなうのは現実的ではないので、他社ともいろいろ連携していきたいです。
 それを踏まえると、この先リーチできる市場の規模や、ビジネスとしての可能性は非常に大きい。将来的には、いろいろな金融サービスのハブ的な存在になれるかもしれないと考えています。
──すごく壮大になりそうですね。ただ、金融系のサービスは規制が多く、さらに変化も激しいのでなかなか大変そうにも感じます。
 だからこそ、面白いんです。語弊はありますが、規制のないサービスづくりは、正直10年である程度はやりつくしてしまうんですよね。
 対して金融系のようなサービスは、複雑で簡単には正解が見つからないし、たとえ見つけても制度が変わって正解ではなくなってしまうこともあります。
 それがピンチにも、逆に新しいサービスづくりのチャンスにもなる。そんなことがどんどん起こるので、飽きることがないんです。
 サービスづくりに慣れているデザイナーやエンジニアにとって、これ以上刺激的で面白いものはない。スマートバンクが手掛けているのは、そんなサービスだと捉えています。