グランパス豊田章夫就任

豊田章男はJリーグに革命を起こすか? 第2回

小倉GM補佐抜擢の理由、そしてトヨタのグランパス改革の秘策

2015/5/6
4月中旬、トヨタ自動車の豊田章男・代表取締役社長が、名古屋グランパスの会長職に就任した。トヨタの人間がグランパスの会長になるのは初めてのことだ。さらに5月1日、人気解説者の小倉隆史氏がGM補佐に就任することが発表された。小倉氏が抜擢された理由、およびトヨタが用意するグランパス改革のウルトラCに迫る。
第1回:豊田章男の野望はJリーグに革命を起こすか?

クラブの本気度の意志表示

名古屋グランパスは5月1日、元日本代表FWでクラブOBでもある小倉隆史氏がチーム統括部ゼネラルマネジャー(GM)補佐に就任することを発表した。

これまでGMを務めてきた久米一正氏が4月の人事で新たに代表取締役社長に就任。それに伴い、現場レベルのトップを任せる人材として白羽の矢が立てられたのだ。

先月の株主総会を経て、トヨタ自動車の豊田章男代表取締役社長がグランパスの会長に就任した。大々的に伝えられたニュースだったが、クラブはフロント人事の話題だけがひとり歩きしていくことを避けたかった。

「現場レベルも早速大きな動きを見せていくことで、クラブが変わっていく意志を示したい」(クラブ関係者)

小倉隆史と西野監督の20年に及ぶ因縁

小倉が選ばれたのは、西野朗監督の存在も関係していた。

今シーズン序盤、グランパスは一時下位に低迷した時期があった。チームを率いて2年目となる西野朗監督は、かつてガンバ大阪の黄金時代を築いた指導者。しかし名古屋では昨季10位と低迷し、今季の序盤も流れに乗れない状態だった。

以前はトヨタ本体の人間で、現在グランパスの専務を務める中林尚夫が西野を呼び、会談を行った。雇われ側の立場の監督としては嫌な話(解任など)を想像したかもしれないが、そこで話されたのは「あきらめずここからも戦って欲しい」という後押しだった。

そして同時に告げられたのが、小倉GM補佐の就任だ。

西野と小倉の関係は今から約20年前に遡る。当時、1996年のアトランタ五輪出場を目指していたU-23日本代表の監督を務めていた西野。そのチームのエース格の選手が小倉だった。しかしアジア予選の最中、小倉は右ひざの大怪我を負い、結局チームは五輪出場を果たしたが小倉は欠場を余儀なくされた。

当時のケガについて、西野は周囲にこう漏らしているという。

「練習中のケガだったが、その日は少し長めにやったせいでケガをしてしまった。すまなかったという思いがある」

そんな両者が約20年の年月を経て、再びタッグを組む。西野はその知らせを聞いて、思わず笑みを浮かべたという。

元スター選手をクラブの要職で育てたい

小倉を呼び寄せた理由は、「改革の意志表示」や「監督との師弟関係」だけではない。そこにはトヨタがグランパスに求める“ブランディング”の意図も隠されていた。

これまでクラブのチーム統括部(いわゆる強化部)を務めてきた人材の多くは、元トヨタ自動車サッカー部出身の人たちだった。彼らはトヨタの中では当然サッカーに精通した人間と見られていたため、強化の仕事を任されてきた。しかし、プレー経験があるのは日本リーグ(Jリーグの前身)のみで、プロとしてサッカーを経験したことはなかった。

だから、Jリーグが誕生して20年以上が経った今、選手としてプロの世界で輝いた人物を本格的にクラブの要職で育てていこう──。

中林専務、久米社長とトヨタ側の話し合いで、そんな目標が掲げられた。

そしてその狙いを鑑みたとき、「グランパスで知名度を上げた小倉は打ってつけの存在」(クラブ関係者)だったのである。

ベンゲルという財産

小倉はJリーグの監督を務められるS級ライセンスはもっているものの、強化スタッフの経験はまったくない。それでもクラブが監督ではなく、GM職として招いたことにも理由がある。

クラブ関係者が語る。

「小倉と今回の件について話した際、自分が描く理想のサッカースタイルの話に及んだ。彼はやっぱり『最も影響を受けたのはアーセン・ベンゲル監督だ』と話していた。これからの現場のトップは、クラブに特色をつけていかないといけない。サッカーで言えば、それはどんなサッカースタイルをチームに根付かせるか。スタイルをつくるのは監督ではなくクラブであることが理想。グランパスにとってベンゲルという存在はやっぱり特別なので、小倉がそれをもう一度体現する努力をするのはアリだと思う」

ベンゲル監督といえば、1995、1996年に華麗なサッカーでグランパスを上位に押し上げた名指揮官。その後は現在も指揮するイングランド・プレミアリーグの名門アーセナルの監督としても地位を確立した。そのコレクティブなサッカーを、クラブの“ブランド”としてもう一度再現する。ドラガン・ストイコビッチ監督時代にもそうした流れは存在したが、やはり監督はその立場が成績に左右されてしまうため、クラブの本流を生み出すことは難しい。

そこで小倉が、GMという立場で再度グランパスのサッカースタイルを明確にする=ブランディングの確立にトライしていく。ただ漫然と戦っていくのではなく、しっかりとしたビジョンを描きながらクラブの成長を進めて欲しいという、トヨタ側の考えがここに存在する。

ウルトラCの正体

現場の体制を支える準備も、トヨタは着々と始めているという。

強化費拡大のための方法論は主に二つある。一つは「増資」で、もう一つは「広告宣伝費」として計上することだ。

現在、約21億円とJでもトップクラスの強化費を誇るグランパスに対して、トヨタの人事部(グランパスを管轄する部署)は費用対効果について厳しく目を光らせている。しかし一方で、来季以降本格的に強化していくための補強費などに関して、トヨタ上層部はすでに宣伝広告費の拡大などで支援する用意があるという。

さらに、場合によっては“ウルトラC”とも呼べるやり方も存在する。

現在資本金4億円で累積赤字を約3億6千万円抱えるグランパス。今の時点で増資をすると資本金を5億円以上の会社組織に改編する必要があり、会社法による『大会社』扱いになってしまう。グランパスとしては、会計監査費の増加等の問題などでそれは避けたいのが本音だ。

しかし、大会社にならずに、増資する方法がひとつある。

まず資本金を2億円に減資する。同時に1億8千万円分の負債を、トヨタ以外のメイン株主(=地元財界の企業)に負担させる。これで残る赤字は1億8千万円。この状態で、満を持してトヨタが一社でクラブに増資提供を行う。

減資を行ない、そして増資して再スタートを切る――。経営不振の企業を再建するためによく用いられる手法だ。

これらはすべて株主総会で賛同を得て初めて実行できることだが、グランパスのトップがトヨタの豊田章男社長であれば、大株主たちである名古屋の“五摂家”と呼ばれる企業(名古屋鉄道、中部電力、東邦ガス、松坂屋、東海銀行[現・三菱東京UFJ銀行])も耳を傾けてくれるだろう。

「実際にその流れになるかどうかはまだ今の時点ではわからないが、確かにそういうやり方もひとつの方法としてはある」(クラブ関係者)

表向きにはトヨタは依然として“トヨタマネー”の急激な増加は否定している。しかし、実際にはグランパスの強化拡大にむけて、秘密裏にプロジェクトが進められようとしている。

トヨタの真の狙いはまだ見えない。だが、それはきっとJリーグの閉塞感を打ち破るほど大きなスケールのものであるはずだ。

グランパスとトヨタの取り組みの正体は、今後、数年間かけて少しずつ姿を現わしていくに違いない。