Tesla Motors Inc. Chief Executive Officer Elon Musk News Conference
本稿は、Ashlee Vance著『Elon Musk: Tesla, SpaceX, and the Quest for a Fantastic Future』(仮訳:「イーロン・マスク:テスラ、スペースX、素晴らしい未来の探求」)の抜粋に基づく。同書はハーパーコリンズ傘下のEccoから5月19日に発売される。

グーグルに身売りを打診

2013年5月8日、米電気自動車(EV)メーカーのテスラモーターズは、第1四半期の決算を発表し、「モデルS」セダンの需要が予想を上回り、四半期ベースで初めて黒字転換したことを明らかにして、多くの人を驚かせた。

これがイーロン・マスク率いる波乱万丈のテスラの転換点になった。翌年、「モデルS」は自動車業界の主要な賞を総なめし、テスラの株価は200ドル以上と約5倍に高騰した。2013年の黒字化は幸運だった。その数週間前、同社は経営破綻の瀬戸際にあったからだ。

2013年初頭、テスラは車の予約を実売に変えようと苦闘していた。マスクはテスラを救うため、スタッフに危機感をもって仕事に取り組むよう命じるとともに、当時の状況をよく知る2人の関係者によると、友人でグーグルの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)のラリー・ペイジにグーグルへの身売りを打診した。

テスラの広報担当者、リカルド・レイエスとグーグルの広報担当者であるレイチェル・ウェットストーンはコメントを拒否した。ペイジにグーグルはテスラ買収を検討したことがあるかと尋ねたところ、「うわさにコメントするつもりはない」という答えが返ってきた。ペイジは、「自動車会社はグーグルの得意分野からほど遠い」と付け加えた。

モデルSの問題

テスラは旗艦モデルであるモデルSの設計と製造に数年を費やしたが、2012年6月に発売された当時には、まだ一部の機能が欠けていた。

安全装置、ソフトウェア、内装は大半の高級車よりも優れていたが、BMWやメルセデス・ベンツのようなライバルがもつ駐車センサーやレーダークルーズコントロールシステムはなかった。

2012年には、モデルSのドアハンドルの不具合や、車のサンバイザーの見苦しい継ぎ目などは美観を損ね、初期の購入者をいら立たせた。テスラの元エンジニア、アリ・ジャビダンは、問題は資源不足だったと指摘する。

「すぐに50人のチームを新規に採用して問題を是正するか、それとも今の陣容でできるだけ迅速にできる限りのことをするかどちらかだった」

マスクは後者を選んだという。チーフデザイナーのフランツ・フォン・ホルツハウゼンは、テスラは一流の部品メーカーにまともに扱ってもらえなかったと振り返る。サンバイザーについては、「三流の部品メーカーに委託せざるを得ず、車の出荷が始まった後で修復しなければならなかった」。

テスラの危機

テスラの最初の顧客は、典型的な新しモノ好き。走るコンピュータを欲しがっている人たちだった。しかし、2012年末には多くの購入者がバグについて苦情を言い、販売は大幅に鈍化してしまった。

「クチコミがひどかった」とマスク。

2013年のバレンタインデーの頃には、テスラは販売目標を達成できず、市場シェアは低下し、悪化の一途をたどっていた。同社の幹部は問題の深刻さを、要求の厳しいマスクに隠していた。

マスクはそれに気付くと、エンジニアリングや設計、財務、人事部門などすべての部門のスタッフを呼んで会議を開き、テスラの車を予約した人全員に電話をして、販売を成立させるよう求めた。

その会議に出席した人によると、マスクは「車を納入できなければ、わが社は終わりだ。今までどんな仕事をしていたとしても、今日からは納車が新しい仕事だ」と言い放ったという。

マスクは上級幹部を解雇し、上昇志向の強い若い社員を昇格させた。そしてダイムラーの幹部だったジェローム・ギーエンに、故障の多い車を公道に戻すため、テスラの修理サービスの改善を一任した。

また、モデルSに不満をもつ顧客が、別の高級車に匹敵する価格で車を売ることができない場合には、マスク個人が返金することにした。これはその後同社の買取価格保証プログラムに発展した。

強気の売却交渉

交渉に詳しい2人によると、2013年3月の第1週にマスクはペイジに連絡をとった。その頃には、注文を延期する顧客が増えて、マスクはひっそりとテスラの工場の操業を停止していた。

マスクはペイジに、グーグルによるテスラの買収を提案し、かなり厳しい状況に置かれていたにもかかわらず、強気の姿勢で交渉に臨んだ。当時の企業価値はかなりのプレミアムを付けて60億ドルと推定されるが、工場拡張のためにさらに50億ドルをグーグルから引き出そうとした。

マスクは、テスラが主流の自動車市場向けの第三世代EVの生産を開始するまでは、同社を分割したり閉鎖したりしないことを保証するようグーグルに要求した。

また、グーグル傘下に入ったテスラの経営を8年間、または第三世代EVの生産が始まるまでは自分に任せるよう主張した。ペイジは買収提案全般を受け入れ、契約を締結することに同意した。

その後数週間、マスク、ペイジ、グーグルの弁護士が、契約の具体的な条件の細部を詰めるため交渉を重ねた。マスクの金銭面の要求をめぐる対立点がいくつかあったため交渉が複雑化し、両者の溝はなかなか埋まらなかった。

業績の好転

両社の交渉が行われている間、テスラの必死の営業活動が実を結び始め、モデルSの販売が上向いた。2013年第1四半期が終わりに近づき、テスラが2週間分の現金を確保する中で、販売はどんどん増え、結局、第1四半期には売上高5億6200万ドル、利益1100万ドルを計上することができた。

決算発表の2週間後、テスラの株価は2倍に跳ね上がり、エネルギー省からの借入金4億6500万ドルを利子も含めて期限前に全額返済した。マスクはグーグルとの交渉を中止した。もう救世主は必要なくなっていた。(文中敬称略)

(執筆:Ashlee Vance記者、翻訳:飯田雅美、写真:Bloomberg)

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