2024/2/13

顧客を知るために、本当に見るべきデータとは

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 コンビニに行けば常に商品がずらりと並び、ECで買った商品は翌日届く。消費者の利便性を優先して設計されてきたサプライチェーンだが、過剰生産による資源ロスや、仕入れにかかる不均衡など、その綻びがいま深刻化している。
 こうした社会課題を解決すべく、新たなサプライチェーンの仕組みづくりに挑むのが、富士通クロスインダストリー本部長の神俊一氏だ。
 企業や消費者の共感を得ながら、サプライチェーンを再設計する方法を模索するべく、今回は顧客体験設計の最前線を知るビービットの藤井保文氏との対談を実施。二人の対談から見えてきたのは、「あるデータ」を活用する重要性だった。

ペインから始めよ

──消費者にとっての利便性は高い一方で、過剰生産による資源ロスや、立場が弱い労働者にしわ寄せがいく構造など、サプライチェーンはさまざまな社会課題を抱えています。藤井さんは顧客体験を追求する立場から、こうした課題をどう捉えているのですか。
藤井 いきなり前提の部分から入ってしまいますが、その「社会課題」という呼び方には、少し違和感を覚えているんです。ここ数年で急激に耳にする回数が増えた言葉ですが、とにかく抽象的で手触り感が薄い。
「サプライチェーンを取り巻く社会課題を解決しよう」と言われても、どう行動したらいいかイメージが湧かないですよね。
 そこで私は、社会課題ではなく、「社会ペイン」という言葉を使うようにしているんです。つまり「誰が何に困っているか」という困り事を明確化する。そうすることではじめて、具体の解決策を考えられるようになると思うのです。
 サプライチェーンの例で言えば、消費者にとって便利な即日・翌日配送や、追加料金のかからない再配達を実現するために、配送センターやトラック運転者にしわ寄せが来ている。これは明確な社会ペインですよね。
 この社会ペインが世の中に広く共有されて、多くの企業・人に共感されれば、ビジネスの作り方が大きく変わると思います。
 現状は、自社の利益を上げることが最優先と捉えられ、他社と競う「競争領域」ばかりが重視されます。ですが、社会ペインの解決を真ん中に据えれば、企業同士が協力し合った方が社会全体にとって有益なシーンが出てくるはず。
 この「協調領域」をいかに見出し、設計するかが、社会ペインを解決する上で鍵を握ると思うのです。
 非常に共感します。ですが、その領域をどこで線引きをするかは、一筋縄ではいかないですよね。
 私はかつて自動車領域のシステム開発などを担当していたのですが、自動車メーカーから見れば協調できる領域でも、自動車の主力部品である半導体企業にとっては到底協力できない、なんてケースは多い。
 どの立場に立つかによって手の内を明かせる領域は全く異なります。よって、どこからどこまでを協調領域と定めるべきか、全員の合意をとるのはかなり難易度が高いんです。
 ですが藤井さんが言うように、社会ペインを解消するには、企業同士が歩み寄らないと何も始まらない「根幹」的な領域が存在するのも事実。
 サプライチェーンで言えば、その根幹はデータ連携です。物流の無駄や仕入れにかかる不公平性を無くし、全体最適の仕組みをつくるなら、参画企業がデータを共有し合って一連のデータを見える化し、連携することが欠かせません。
 そのデータが集まるインフラやプラットフォームは、誰かが準備する必要がある。その受け皿を富士通がつくり、企業が協調するための基盤を整えていきたいと考えているんです。

5年前のデータは、ほぼ無意味?

──社会ペインの解消には、企業間の協調だけでなく、消費者側の行動変容も求められると思います。データの可視化により、消費者の行動はどう変わりうるのでしょうか。
藤井 それを身をもって体感した、面白い事例があります。かつて中国に滞在していた頃、アリババが提供する「アントフォレスト」というミニアプリにハマっていました。ユーザーが「環境に優しい行動」をとるたびに、ポイントが付与されるゲームのようなものです。
 たとえば車を使わず自転車で移動したら、その行動でどれくらいCO2を削減できたか教えてくれて、ポイントがもらえます。ポイントが貯まるとゲーム内で木を植えられる上、なんとリアルでも植林ができるんです。
 私自身、そこまで環境意識が高い方ではなかったのですが、ポイントが貯まっていくのが何だか楽しくて。
 リアルな植林をするには結構なポイントが必要なのですが、タクシーを使わず歩いたり、フードデリバリーで使い捨てのカトラリーを断ったりするなど環境に優しい行動に励んで、2本のリアル植林に成功しました(笑)。
 それは面白い! すごい行動変容ですね。
藤井 そうなんです。これまでの常識では、「消費者は地球環境よりも自分の利便性を優先するはずだ」と思われてきました。だからこそ、そうした社会ペインを解決するには、消費者が“我慢”しなければいけない、との言説もあった。
 ですが、行動によってもたらされる価値を可視化したり、ゲーミフィケーション要素を取り入れたりすることで、消費者の行動が自然に変わる可能性は大いにあるのです。
 そうですね。そうした消費者の行動変容を促す際の重要なポイントは、「消費者は変化する存在である」ことではないでしょうか。
 企業は消費者のニーズを不変なものと捉え、属性等の固定化されたデータで消費者を理解しようとしますよね。ですが、多くの人がスマホやウェアラブルデバイスを持ち歩く今の時代、行動データを用いて瞬間ごとの消費者の動きを可視化することもできます。そうしたデータを活用しない手はない。
 だからこそ、重視すべきはダイナミックデータ。つまり、リアルタイムの変化を捉える動的なデータです。
 ダイナミックデータを用いて適切に消費者のニーズを汲み取れば、社会ペインの解消につながる消費行動を促すこともできるのではと思うのです。
藤井 非常に共感します。多くの企業がデータ活用の重要性には気づいていますが、データのリアルタイム性や連続性の観点には疎い企業が多く、もどかしさを感じていたところです。
 そうしたデータを何年間も蓄積して、それを財産であるかのように抱え込むケースもよく見ます。でもそれって、ほぼ無意味なんですよ。
 なぜって5年前の私と今の私で、生活拠点はおろか、欲しいものも生活習慣も全く違いますからね。データを更新し続けないと、活用の精度は落ちてしまうんです。
──ダイナミックデータをうまく活用できれば、どんなことができるようになるのでしょう。
 たとえば個人宅への配送の場合、消費者のリアルタイムの行動データがあれば在宅率の高い曜日や時間帯が推測可能です。そこからCO2とドライバーの作業時間を削減できる最適ルートを設定できるようになるかもしれません。
 消費者にとっても、在宅時に届けてもらえば手間もかからないし、再配達を頼む罪悪感も抱かずに済むので、Win-Winな状態をつくれます。
藤井 こうしたことを言うと、かならず個人情報の漏洩や悪用リスクが指摘されますが、プライバシーの公開が必要になるサービスはそうありません。
 行動データは、必ずしも住所や名前といった個人情報に紐付ける必要はなく、匿名のIDを紐付けるだけでも十分価値を発揮します。もちろん個人情報の取り扱いには十分な注意が必要ですが、過剰にセンシティブにならずとも、行動データの活用は、一般的に考えられているほどハードルが高くないんです。

企業間の協力を生むのは「共感」

藤井 富士通が先陣を切って、サプライチェーンを一気通貫で最適化していくとの心意気は、とても頼もしいです。一方で、企業どころか国もまたぐ壮大なサプライチェーンにおいて、この旗振り役を担うのは大変なことですよね。
 おっしゃる通りです。社会ペインに共感してもらい、それを解消することの社会的な意義を愚直に伝えていく必要性を感じています。
 実際に先日、COP28関連でドバイを訪れ、Botanical Water Technologyという企業のCEOと話をする機会がありました。同社は、従来は廃棄されていた植物由来の水分から飲料水を生み出し、水を必要とする地域で販売・一部無償提供している会社です。
 世界には、遠方の井戸の水を汲みにいく家事労働のために学校に行けない子どもたちがたくさんいる。そうした子どもの家事労働の負担を減らすために、自分は起業したんだと、彼は思いを語ってくれたんです。
 そんなストーリーを聞いたら、もう心を動かされてしまって。何か協力せずにはいられなくなりますよね。
 そのペインを解消する意義をどれだけ真剣に考えているかといった要素が、人の共感を呼んで具体的なアクションに結びつくのだと、肌で感じた瞬間でした。
藤井 神さん自身が社会ペインを自分事化できたわけですね。
 私は企業のDXに長年かかわってきた身として、テクノロジーやデータを適切に活用できていないだけなのに、まるで日本が技術的に遅れているように言われるのは、本当に悔しいと思ってきました。
 サプライチェーン変革においても、すでに技術は揃っている。まさにこれから実装という段階で、神さんのように「自社」ではなく「社会」を主語にビジネスを語れる人がいるのは、とても心強い。ぜひ新しい仕組みづくりをリードしていっていただけたらと思います。

 富士通のSX(サステナビリティトランスフォーメーション)のための事業ブランド「Fujitsu Uvance」については、こちらから。