2024/1/31

事業の存在意義を検証する「 3つの問い」とは

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 いまサプライチェーンは、さまざまな問題を抱えている。
 その問題は、過剰な生産による資源ロスや、立場が弱い労働者にしわ寄せがいく構造など、数え始めたらきりがないほど。
 それらの解決に求められるのは、「トップダウンの部分最適」から「ボトムアップの全体最適」に移行するための、新たな仕組みだ。
 だがサプライチェーンは世界中にまたがり、参画企業は何百社に上る場合もある。その一社一社が問題を自分事と捉え、新たな仕組みに共感する難しさは、容易に想像できるだろう。
 そこで次世代の仕組みへ移行する上でヒントになるのが、新しい組織のあり方として注目を集める「ティール組織」だ。
 ティール組織は、メンバーが権限を持って自律的に行動しながらも、「生命体」のように有機的につながる特徴を持つ。このあり方は、サプライチェーンが目指す理想像と重なる部分も大きいのではないか。
 そんな背景から、富士通でサプライチェーン改革に取り組む神俊一氏と、ティール組織の専門家である嘉村賢州氏との対談を実施。専門領域の全く異なる二人の対話から見出した、次世代サプライチェーンへの移行の手掛かりをお届けする。

現状維持では、もうもたない

──そもそも神さんは、現行のサプライチェーンを変革していかねばと考えているのですね。なぜでしょうか。
 ええ。現状維持では、もうもたない。サプライチェーンが抱える綻びは、そこまで深刻化していると考えています。
 消費者の立場からは、こうした切迫感は感じづらいかもしれません。なぜなら現行のサプライチェーンは、消費者の利便性を最優先にして設計されているから。
 だからこそ、ネット通販で注文した本が次の日には届き、不在時は追加料金なしで再配達までしてもらえるのです。
 ですが私の問いかけは、「本当に消費者の幸せだけが満たされればいいのか」という点です。
 過剰な配達頻度により配送センターやトラック運転者にしわ寄せがいきますし、再配達はCO2排出量を増加させています。また、商品の安さを追求することで、仕入れにかかる不公平や児童労働などの深刻な問題も引き起こしているんです。
 部分的にはうまく機能しているように見えても、全体を見ると甚大な欠陥や非合理性を抱えている。こうした綻びを直し、グローバルな規模での全体最適を実現できる、新たな仕組みが求められていると考えているんです。
嘉村 なるほど。部分最適の世界観から、有機的につながる全体最適に移行するという動きは、組織が進化してきた過程とも共通すると感じます。
「ティール組織」の概念を提唱したフレデリック・ラルーは、組織の進化形態をこのように5つの段階に整理しています。
 この進化の過程をよりわかりやすくするため、組織の発展の歴史を3つのジャンプを軸に説明しましょう。
 まず1つめは、狩猟民族から農耕民族へのジャンプです。狩猟採集から定住化した農業に移行したことで、人間は集団で協力して食糧を得るようになりました。自然に育っている植物を食糧にするのではなく、肥沃な土地で計画的に植物を育てるようになったのです。
 同様に大人は子供を計画的に労働者として育てるという教育の原型が生まれ、人が人を計画的に活用するマネジメントの原型が誕生していくことになります。
 2つめは、産業革命・情報革命によるジャンプです。工業化が進む中で人の集まりである組織も機械をメンテナンスするように扱い始めていきます。分業などの仕組みが進んでいきました。
Getty Images / clu
 さらに時代が進むと、変化を追求するイノベーションの時代が訪れ、実力主義や報酬といった概念が発明されました。
 KPIなどの客観的な評価の物差しを用いて組織は成長を遂げましたが、競争の中で生産性を求めるあまり、過剰な労働や働く人の虚無感、地球資源の搾取などの負の側面も引き起こしてきました。
 日本企業の多くは、現在もこの「機械としての組織」に近いケースが多いと考えています。
 そして従来の組織が抱える負の側面を見直すべく、3つめのジャンプとして、次のパラダイムシフトが起ころうとしています。その新しいあり方の一つが「ティール組織」です。
 機械を動かすかのようにトップダウンで人を管理するのではなく、自律した個人が有機的につながり、生命体・生態系のように柔軟に変化する。そんな組織への転換が、今まさに起こりつつあると考えています。

「生き残り」が目的化していないか

 とても興味深い。まさに私の課題意識として、サプライチェーンを「分業」から「全体最適」の思考にどのように移行できるかという観点があります。
 というのも、冒頭でお話ししたサプライチェーンを取り巻く諸問題は、サプライチェーンが分断され、企業ごとにサイロ化していることが、大きな要因の一つなのです。
 本来、サプライチェーンの無駄や非合理性をなくすには、原材料の調達から消費までの一連のデータの見える化や連携をする必要があります。
 一連のデータを集めて適切に分析できれば、たとえばコンビニの店舗側でおにぎりの需要を予測して、それを製造業者に伝え、廃棄を出さない数のおにぎりを作る、といった最適化が可能になるのです。
 そのためには、それぞれの企業が持つデータをまずは共有してもらい、データの精度や粒度を揃え、全体をつなぎ合わせる必要があります。
 ですが現状、データを自社で囲い込む思考はいまだに根強いですし、データの取り方やフォーマットもバラバラなケースも多い。
「自社の売上さえ上がればいい」という分断された発想から、「ステークホルダー全員がハッピーになるには何が必要か」という発想にどう持っていけるか。これが私の最大の悩みなんです。
嘉村 今のお話はティール組織が掲げる問題意識とも、非常に近いですね。その問題意識とは、「自社の生存」と「利益の最大化」が、組織の判断基準の中心になっていませんか、というものです。
 一般的な企業の経営会議でも「どうすれば我々は生き残れるか」「どうすればシェアを拡大できるか」といったテーマばかりが議論されていますよね。それでは、働く人の幸せや社会への貢献など、もっと大事な視点を蔑ろにしてしまう。
 企業の本来の目的を、もう一度見つめ直そう、ということですね。一方で市場の原理の中で戦う経営者が、数字達成のために近視眼的になってしまう気持ちもわかるんです。
 そんな中でも、組織が本来の存在意義を取り戻すためには、どんな手があるのでしょう。
嘉村 そのために有効な「3つの問い」があるんです。
 この3つの問いにイエスと答えられないなら、その会社は利益拡大に囚われて、すでに存在意義を失っているかもしれません。
 そこに気づいた上で、組織を本来の目的に向けて再編する際のキーワードは、「“代わりに”から“一緒に”」です。これは従来型組織からティール組織へのパラダイムを表現した言葉でもあります。
 従来型組織は専門性による分業が基本です。だからこそ、経営戦略は経営層や経営企画が“代わりに”考え、採用のことは人事が“代わりに”考えるので、現場は目の前のことをやればいいという発想で成り立っています。
 一つの仕事に習熟できるメリットはあるものの、働く人たちは組織全体で起きていることへの理解や関心は薄れがちになりますし、自分が作った製品が消費者にどんな喜びを与えているのかあるいは痛みを与えているかが見えづらい。
 それを乗り越える組織のあり方が、ティール組織です。ティール組織は一人ひとりが自律的に考えることを重視するため、意思決定の権限を現場に置いています。
 そうすることでトップダウンな指示命令がなくても、ボトムアップに主体的な意思決定をしていけるのです。
 ですが、それだけではみんながバラバラに行動して、組織としてのまとまりが維持できない。そこでティール組織では、「この組織の存在目的は何だろう」と本気で考えるのです。
 その目的が、行動指針や判断基準として確実に浸透すれば、上から指示なんてされなくても、個人の自律性と組織のまとまりを両立できる。
 このトップダウンからボトムアップへの思考の転換が、組織間・企業間の分断を乗り越える鍵になるのではないでしょうか。

変えられないなら、新しく場所を作ろう

──理屈としては非常に腑に落ちる一方で、たとえばスマートフォンを作るサプライチェーンには、百社といった規模の企業が参画しています。そこで「“代わりに”から“一緒に”」のパラダイムシフトを実現するのは、非常に難易度が高そうです。
嘉村 もちろん、組織改革に時間はかかります。一方で、組織を変えるための方法論も、確立されてきている。
 そのうちの一つに、「既存組織を変えるのではなく、新しく場所を作ってそこで実験しよう」という手法があるのですが、これはサプライチェーン変革にも有用かもしれません。
 わかりやすくたとえて考えてみましょう。たとえば神さんが、東京ディズニーランドを経営していたとします。十数年が経過したときに、新たな運営の手法に挑戦したいと考えました。
 しかし、ディズニーランドを運営するための強固な体制がすでにできあがっており、それを変えるのは非常に困難。「慣れ親しんだやり方を変えたくない」といった抵抗があるのも想像がつきます。
 そんなときに、いっそのこと隣に新たな施設としてディズニーシーを建設してしまう。そこで新たな運営方法を実験し、より良い運営方法であると実証できれば、ディズニーランド側で働く人も納得してくれる可能性が高まります。
 実は私も、特区のような実験の場をもっと活用すべきだと考えていたところなんです。
 その場所に様々な企業や組織を呼び込んでデータの可視化と統合の実験をすれば、「なぜサプライチェーンの見える化が必要なのか」も理解してもらいやすくなる。
「組織間のデータをつないだら、こんなに多くの非効率を減らせた」と実際に示すことができれば、企業も改革のメリットを納得できるし、多少のリスクがあってもチャレンジしたいと考えるでしょう。
嘉村 ええ。日本は現場の改善を得意とする反面、実験するマインドが弱かった。それが日本からイノベーションが生まれにくい要因にもなっています。組織もサプライチェーンも、変革を起こしたいなら「日本がどれだけ実験を取り戻せるか」がカギになると感じますね。

改革に必要なのは、ロジックよりも感情

 こうしたサプライチェーンのアップデートを推進していく中で、常々もどかしいと感じていることがあるんです。それは、すでに技術は揃っているのに、世の中のマインドが変わらないことで変革が進まないということ。
 現に富士通のサプライチェーンの基盤は、アパレルや食品をはじめとした様々なビジネスで活用され、エネルギー問題や脱炭素などの社会課題解決に向けた実証実験も行なっています。
 机上の空論ではなく、すでに改革を進める準備は整っている。あとはこのメッセージをできるだけ多くの企業や組織に伝えて共感してもらい、仲間を増やしていきたいと思っています。
嘉村 仲間を増やすには「大きな物語」をいかに紡ぐかが重要です。そこで大事なのは、ロジックより感情。
 個人の思いが乗ったストーリーには、理性では説明できないエネルギーがあります。深く共感さえしてもらえれば、一人ひとりが物語の文脈の中で自分の果たすべき役割を考え、自発的に変化は起こっていきます。
 その際、物語を紡ぐリーダーには、100%の理想を語っていただきたい。現実との折り合いをつけなければならないのも事実ですが、そこに磁場が働かなくなります。「とはいえ難しいよね」と妥協して、変革のブレーキ役になってしまっている人が、結構多かったりするのです。
 そう考えたときに、このサプライチェーン変革における神さんの究極の理想はなんですか。
 私が目指しているのは、「サプライチェーン改革を起点として、環境問題や人権問題など、より大きな課題へアプローチしたい」というものです。
 サプライチェーンは、冒頭で挙げた児童労働をはじめとした人権問題や環境問題と密接に関わっており、甚大な責任を負っている領域だと思います。裏を返せば、ここをより良いものにできれば、世の中に対して大きなプラスの変化を生み出せると思うのです。
 さらにはサプライチェーン改革を通して、日本企業の元気を取り戻すことにも貢献したい。サプライチェーンを全体最適化し、企業の調達コストや余剰在庫リスクを軽減すれば、企業は新規事業や製品開発などの前向きな活動に投資できるようになると考えているんです。
 嘉村さんとのお話で、理想を語り続け、小さな実験から始めていく重要性を再認識しました。サプライチェーン改革を通して、社会、地球規模で貢献できるよう、自分の言葉で伝え続けていきたいですね。

富士通のSX(サステナビリティトランスフォーメーション)のための事業ブランド「Fujitsu Uvance」については、こちらから。