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「成長できる本しか読みたくない」というのは無理がある

【Vol.1】塩野誠「『失敗本』と『変遷本』から人間の機微を学べ」

2014/4/27
自分のビジネスに役立てるため、知識や教養を身につけるため……。人がビジネス書を読む理由はそれぞれだろう。実際のところ、ビジネス書は本当にビジネスの役に立つのか? NewsPicks編集部は読書家として知られる各分野のプロフェッショナルにインタビューを実施。ビジネスへの役立て方、良書、悪書をわけるもの、座右の書などビジネス書について語り尽くしてもらった。
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「失敗」を描いた本は面白い

人は誰しも失敗を恐れる。だからこそ、ビジネス書では「失敗本」がお勧めです。世の中で起こった過去のさまざまな過ちを追体験することで、なぜそれが起きたのか、どう対処すべきか、問題の本質について詳細に知ることができるからです。

たとえば、東京地検特捜部のエースだった田中森一氏の『反転―闇社会の守護神と呼ばれて』は良い本です。敏腕検事が闇社会の代理人となり、最後は逮捕、服役するという現実に起きた話です。

また、『凋落』は一世を風靡(ふうび)した大島健伸氏と木村剛氏の出会いと、その破滅を詳細にレポートしています。若者に読ませると人生の見方が変わります。

昨年出た本だと、伊藤博敏氏の『黒幕』にしびれました。昔は、個人で表社会と裏社会をつなぐ情報フィクサーという人物がいたわけですが、この本は、それを担っていた石原俊介氏の半生に触れています。

情報が一部の人間だけにクローズド化されていた時代、石原氏は個人で日本を代表する大企業と顧問契約し、内閣情報調査室や警視庁にも頼られる存在でした。しかし、インターネットの登場で情報がどんどんオープンになり、コンプライアンスが強化されると、裏と表をつなげる石原氏は影響力を無くしていきます。そんな悲哀が描かれた本です。

また、「変遷本」も読むべきですね。今年は戦後70年ですが、日本も、最初から全てが整っていたわけではなく、戦後に闇市で芋を奪い合っていた混沌の時代と地続きです。そのため、今は貧しくて制度も整っていないようにみえる国々も、発展の途上かもしれないのです。

歴史上の出来事は直接経験できませんが、半藤一利氏の『昭和史』や猪木武徳氏の『戦後世界経済史』のような本で学ぶことはできます。

当然のように、市場経済は常に変動しているので「今、自分たちがどこにいるのか」を認識する能力がないと、優秀な経営者にはなれません。仕事をするうえで、今生きている世界を相対化し、流れの中に位置付けることが必須になるのです。

塩野 誠(しおの・まこと) 経営共創基盤 パートナー/取締役マネージングディレクター 1975年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、ワシントン大学ロースクール法学修士。ゴールドマン・サックス証券、ベイン&カンパニー、ライブドア証券(取締役副社長)などにて国内外の事業戦略立案・実行、資金調達、M&A、投資に従事したのち現職。政府系技術実証事業採択審査委員も務める。

塩野 誠(しおの・まこと)
経営共創基盤 パートナー/取締役マネージングディレクター
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、ワシントン大学ロースクール法学修士。ゴールドマン・サックス証券、ベイン&カンパニー、ライブドア証券(取締役副社長)などにて国内外の事業戦略立案・実行、資金調達、M&A、投資に従事したのち現職。政府系技術実証事業採択審査委員も務める。

好奇心と想像力をもって「血肉になる本」を読むべき

世の中の変遷を知ることが必要だということは、言い換えるなら何事も断片的に切り取って理解しようとするのは短絡的だということです。

思考術系の本も、アカデミックな理論を一部取り出し、援用したものが多いので、基本的には原典に当たらないとダメだと思います。表層的なお手軽本だけを読んでいると、「何度も同じようなものを読んでしまう」ことになりますから。

ビジネスパーソンなら「法と経済学」「ゲーム理論」「確率・統計」は押さえておくべきでしょう。そのなかでも、法と経済学が極めて重要です。『数理法務概論』といった良いテキストもあります。

世の中を動かすのは政策であり、政策とは立法することです。そして、立法は政府がどうインセンティブ設計し、誰に富を再分配するかという経済的な考え方につながります。

ある一定のリソースがあるとして、それを公平に分配するのか、市場に任せるのか、法で強制するのか、そのためにどう法律をつくるべきか……といった話になるわけです。

たとえば、この富の分配過程においてリバタリアニズムといった議論がでてきます。今なら大賞を受賞したピーター・ティールに感じる思想かもしれません。でも、このリバタリアニズムも最近出てきた考え方ではないのです。

リバタリアニズムに興味をもったらロバート・ノージックや経済学的にはミルトン・フリードマン、フリードリヒ・ハイエクと原典に当たるのも面白いです。

世の中の仕組みに興味をもったら、バックグラウンドをもって考えるべきであって、「いつでも検索できるからいいや」という人は、自分の物量としての知の体系化ができないと思います。

さらに本を読むうえで重要なのが、好奇心と想像力をもつことです。換言すれば、「もうひと検索できるか」とも言えます。私は、知を体系づけるには一定の物量が必要だと考えています。そのため、30歳くらいまではいろいろなジャンルの本を乱読するべきです。

そのうちに、知識が「コネクティング・ザ・ドッツ」され、良書か悪書かも判断できるようになります。都合よく「成長できる本しか読みたくない」というのは無理があるのです。その意味で、ビジネス書ばかりを読むのは非常に偏りがあると思います。

ニッコロ・マキャヴェッリの『君主論』や、内村鑑三の『後世への最大遺物』なども、ひとかどの人物になりたいのであれば押さえておくべきだと思いますし、『オセロ』といったウィリアム・シェイクスピアの作品も人間の有象無象がすべて詰まっているので、読み返すたびに多くのことを学べます。時代の風雪に耐えた古典は、普遍的なことが記されているので読む価値があります。

本稿をお読みの読者は30~40代の方が多いでしょう。人生は有限です。だから、くだらない本を読んでいる場合じゃないですし、くだらない人と会っている場合じゃないことがわかります。逆算すると、人生において読める本も会える人も限られていますから。

人は30歳、40歳になると自分の芸風、キャラが必要になります。その芸風を意識し、好奇心と想像力を持って、自分の血肉になる本を読むことが教養をつくるのだと思います。

塩野書籍2

塩野誠氏の推薦書 (左から)「法と経済学」(有斐閣刊)、「私の履歴書」(日本経済新聞出版社刊)、「君主論」(中央公論新社刊)