2023/12/28

「“稼ぐ地域企業”の台頭が、新たな日本発イノベーションの起点になる」は本当か?

NewsPicks Brand Design Creative Editor
 日本では10年ほど前から、スタートアップで働くことへの熱がグッと高まった。背景には、既存企業では得られない、キャリアに対する期待や、イノベーションへの高揚感などがあった。
 そして今、スタートアップに対するそれと同様の熱視線が向けられつつあるのが、「地域」だ。実際に多くの人材が、キャリアアップやイノベーションを目指し、地域を舞台にしたビジネスや課題解決にコミットしだしている。
 とはいえ実際のところ、地域ビジネスに関わることが、キャリアアップにどうつながるのか。イノベーションへの渇望は、本当に満たされるのか。
 そこで本記事では、地域ビジネスに関わる2人の専門家による対談を実施。
 その1人は、地域の企業や自治体向けに新規事業開発・人材育成・組織活性化などを支援する「AlphaDrive Re:gion」の責任者・宇都宮竜司氏。もう1人が、地域経済にフォーカスしたメディア「NewsPicks Re:gion」編集長の呉琢磨だ。
 2人の対談が浮き彫りにしたのは、地域ビジネスの現状と、その先に見える成長の兆しだった。

都市部には、もう大きな課題はない

──地域経済に対する“熱”を感じたのは、いつごろからですか。
 コロナ禍の少し前くらいから、個人的にとくにおもしろいと思う起業家や投資家、クリエイターが地域にコミットしはじめ、これは何か起きているぞという感覚がありました。
 東京に拠点を置きながら「◯◯県にもオフィスを設けた」とか「▢▢県でこんなプロジェクトを始めた」といった話が次々入ってきたんですよね。
 一方でそれとは別に、地域企業の優秀な跡継ぎの方が、都会の大学や大手企業に入って知見とコネクションを得た後、また地域に戻る流れもあり、そこで両者が合流しはじめている。
 もちろん、地域において「都市では作れない価値」を生み出そうといった動きは過去にもありましたが、その蓄積のうえに新たに地域と関わり出した都市部のイノベーターたちと、優秀な跡継ぎ経営者たちがリンクしはじめて、ニューウェーブの地域ビジネスコミュニティみたいなものがどんどん生まれている。
 それが、コロナ後のここ数年で全国各地で起きていて、ある種のムーブメントになっていると感じます。
──都市のイノベーティブな人たちが、地域に注目するのは、なぜでしょう?
宇都宮 理由の1つが、地域を舞台にした取り組みでは、手触り感のある複雑な課題に向き合うことができることです。
 今や都市部では、ネットやSaaSといったテクノロジーの進展で解決できる課題は、ひと通り解決し終えた感があります。それによって、大きなインパクトをもたらすイノベーションも、生まれにくくなっている。
 対して地域は、高齢者の移動手段の問題や、事業の跡継ぎ問題、耕作放棄地の問題などなど、シビアな課題が山積みです。
 少し語弊はありますが、都市部で課題解決に取り組んできた人にとって、地域は解決しがいのある課題がたくさん残り、その解決を通して確かな貢献や成長を感じられる“熱い”場所なんです。
 実際に地域で起業した若い起業家からは、こんな印象的な言葉を聞きました。
東京には、本当の課題なんてほぼないですよね? みんな、課題を無理やりひねり出してスタートアップをやっていませんか?
 でも地域には、本当に解決しなくちゃいけない課題がまだまだたくさんある。地域に目を向けるのは当たり前じゃないですか」
 言葉はちょっとワイルドですが、すごくリアリティがあるなと。
 そしてもう1つ、優秀な人の流れを地域に向かわせる大きな要因があります。
──もう1つの要因とは?
 2023年6月に、政府が「成長志向の中小企業の創出を目指す政策(※)」の中で、国内の中小企業から「100億円企業(売上高100億円以上の企業)」を増やすことの必要性を明確に打ち出した点です。
 そのなかには、もちろん地域の中小企業も含まれており、それらが売上100億円以上の企業に成長することで、外需獲得・域内経済の牽引・賃上げに大きく貢献し、それが日本全体の経済成長をも後押しするという論旨です。
 地域の中小企業が売上100億円以上を実現するには、これまでにない新しいチャレンジが不可欠となります。
 この政府の方針を見ても、地域ビジネスの流れが加速するのは確実で、「NewsPicks Re:gion」もメディアとしてそこにしっかり光を当てていきたいです。
宇都宮 地域の企業の新規事業開発や人材育成を支援する我々にとっても、この流れは非常に追い風となっていますね。

地域を変えるなら、中から薪をくべる

──地域創生を進めるにあたっては、どんな課題に直面することになりますか?
 現在、1700ほどある全国の市区町村のうち約半数が、2040年までに消滅するといわれていて、今や多くの地域経済圏は縮小する方向にあります。
 背景にはもちろん、人口減少や高齢化がありますが、産業構造が問題となっているケースも少なくありません。稼げない地域からは人が出ていくからです。
 わかりやすい例でいえば、観光産業です。たとえばその地域が有数の観光地で、立派なリゾートホテルがたくさん建っていても、実は多くが東京の大手資本や海外資本によって経営されています。
 そうすると、観光客がお金を落としても、その利益は域外に流出し、地域には人件費くらいしか残らない。結果として、観光地が発達しても豊かになるのは都市部だけ、という本末転倒になる。そうしたことが、全国のいろいろな産業で起こっている。
 こうした構造を理解した上で、いかに地域の事業者がしっかり稼ぎ、その資金を地域に再投資して、新たな成長につなげるサイクルを生み出すことかが極めて重要になります。
宇都宮 製品のライフサイクルが非常に短くなっていることも、地域産業の脅威となりつつあります。
 以前であれば、地域内で1つのビジネスが成立すれば、その後しばらくは安泰といった感覚でした。でも今は情報やモノの流動性が高まり、流行はすぐに移り変わりますし、競合が地域の外からどんどんやってくるようになる。
 たとえ地域内でポジションを取っていても決して安泰ではありません。
 そうした要因も重なって地域の企業は、自ら定常的に変化を仕掛けつづけないと、生き残れない時代になってきているんです。
──そういった状況を、どのように解消していけばよいのでしょうか。
宇都宮 地域には、その地域独自の文化や歴史に根ざした産業があり、課題もそこに紐づいています。
 それならば、地域企業から変化を起こすしかありません。AlphaDriveでは、そういった地域の中で「自分の地域を変えたい」「新たな価値を生み出したい」という企業の方に対して、新規事業開発支援を行っています。
地域経済を牽引する企業のための新規事業開発プログラム「INCUBATION Re:gion」
 地域ならではの産業や課題と、都市部のイノベーティブな企業や人材が結びつくことも、有効な解決策になりますよね。
 たとえば、都市部のSaaS系のスタートアップであれば、SaaSサービスを地域にただ横展開するのではなく、その地域の産業や課題を起点にして新たにSaaSサービスを作り上げる、あるいは磨き上げることができるはずです。
 それにより、地域の課題に寄り添ったイノベーションが生まれる。そうした都市部企業と地域企業との共創が、双方の成長の原動力となります。
宇都宮 その際にポイントとなるのが、地域の企業の新しいものを受け入れ、自ら変化を作り出すマインドの醸成です。
 やはり長年の取引先や顔の見える域内の人たちと仕事をすることに慣れている企業にとって、地域外の企業と協業し、新しいビジネスを生み出すハードルは高い。だから、ただ都市部の企業と協業しようとするだけでは、両者がうまく結びつかない可能性が高い。
 そこで重要になるのが、協業の前提として、両者が当たり前のように新しいビジネスに取り組んでいること、スキルとマインドを身につけていることが必要だと思っており、まさにAlphaDriveが注力したいところです。
 都市部の人の意識を地域に向ける必要があるし、地域の人も意識を変えなければならない。その両方がそろった時に、その地域独自の先進ビジネスが生まれ、域外にも商圏を広げていける可能性が出てきます。
 さらには、日本独自のビジネスとして国外にも商圏を広げ、そうした地域が次々出ることで日本全体が成長を遂げる。
 都市のスタートアップと地域の共創は、そうした“大きなうねり”までをもイメージできる成長モデルなんです。

メディアとの共創でローカルヒーロー文化を醸成する

──では、そうして都市から地域創生に関わることで、その担い手はどのようにキャリアアップを図れるのでしょう?
宇都宮 前述の通り、新規事業開発において起点となる「課題」が存在する場として、注目されるのが日本の地方部です。人口減少による課題の先進国である日本の行く末を世界が注目しています。
 しかし、産業構造から住民の生活の事情、地域内の人間関係までさまざまな要素が複雑に絡み合っていて、ロジックだけではなかなか解けない課題が多い。そうした課題に向き合うことで、ビジネスパーソンとしての底力は、相当高くなると思います。
 もちろん、地域の切実な課題を解決することができれば得がたい実績になるし、そのノウハウやモデルを他の地域にアレンジして展開することもできるかもしれません。
 くわえて、地域におけるビジネスには、物事がスピーディに動かせるというメリットもあります。
 大企業だと、事業アイデアの実証実験を始めるまでに、会社内での説明や決裁などで数カ月を要することも珍しくありません。
 対して地域の中小企業の場合、組織がコンパクトな分、社長や上長との距離が近いところが多く、その人のOKをもらえばすぐに始められるケースも多い。したがって、小さなトライアルを回してどんどんブラッシュアップしていけるんです。
 また、新規事業の開発でターゲットにヒヤリングを行う際も、大企業だと同業他社以外の人たちとはなかなか接点がなかったりするのに対し、地域であれば一つ一つの産業の規模が大きくはない分、業界の垣根が低いので、さまざまな産業クラスターの人とつながりやすい。
 そうした点も、経験値を積めるチャンスが圧倒的に増えていくことにつながります。
──地域の新規事業の支援を行っている企業は他にもあると思いますが、「AlphaDrive Re:gion」がユニークなのはどのような点なのでしょう。
宇都宮 一番は「NewsPicks Re:gion」と連携し、メディアやコンテンツ、クリエイティブの力を活用できるところです。
 AlphaDriveは創業から1年程度のタイミングで、高知県に子会社の AlphaDrive高知を設立し、地域の方々の新規事業や人材育成を支援してきました。
 その活動を全国に展開し、さらに促進するために「AlphaDrive Re:gion」というプロジェクトをスタートさせ、高知県をはじめ鳥取県や愛知県、広島県、新潟県など日本各地で新規事業に取り組む方々をサポートしています。
 一方、地域経済メディアの「NewsPicks Re:gion」は、全国のキーパーソンと独自のネットワークを築き、コンテンツやイベントを通じて情報発信してきました。
 両者が合わさることで、地域の企業にビジネス創出のスキルやマインドといった土台を育みながら、さまざまな発信を通して地域企業と都市のイノベーターをつなぐ、あるいは地域と地域をつなぐことを一気通貫で行える体制となります。
 それこそ私たちAlphaDrive単体だと、事業をつくれる人を育て、新規事業の第一歩を踏み出すところまでは応援できますが、それを担った人をニューヒーローとして発信する手段がありません。
「NewsPicks Re:gion」には、その部分を期待しています。
 まさに今「NewsPicks Re:gion」では、地域開催のイベントなどを通し、地域の中核企業のキーパーソンやニューリーダーにスポットを当てることで、東京や他の地域とのつながりを生み出すことに注力しています。
 地域には、都市部にまだ知られていない才能や事業資源がたくさん眠っています。
 それらが都市部のリソースとつながることで、新たな共創が生まれるきっかけを作っていきたい。そこは、我々の連携がすごく効いてくる部分だと思います。
宇都宮 今後は「NewsPicks Re:gion」との連携の中で、個別の事例をきちんと取り上げ、新規事業に関するアワードを毎年開催したりしながら、新規事業開発が企業として必須の活動であり、同時にその挑戦が讃えられるべきものであるといったカルチャーも醸成していきたいですね。
 AlphaDriveとしては、都市部に住みながら地域に関わるメンバーに加えて、その地域に思いを持った地域人材にも会社のメンバーになってもらい、彼らが“拠点長”として地域の産業振興に取り組んでいくというのを全国で展開したい。いまのところは、高知県、東海、関西エリアに拠点があります。
 地域の中に入り込んで、同じ地域経済の当事者として一緒に価値を生み出していくというのが、他にはないアプローチだと思っていますし、実際に拠点を置くエリアでそれをやってきて手応えを得ています。
 だから、都会と地域の両方で、志を同じくする優秀な人材をどんどんメンバーに加えたいなと。
 今日のお話を通して、我々の共通ゴールが、よりくっきり見えましたね。地域企業のスキルとマインドを育み、都市部の企業やイノベーターをつなぎ、地域間のつながりも生み、地域経済を牽引する企業を増やしていく。それを通して、最終的には日本をよくするという。
宇都宮 ぜひ、そこを目指して取り組んでいきたいですね。そして地域に対して同じ想いを抱いている方がいらっしゃれば、AlphaDriveで一緒に支援をしていきましょう。