2024/1/11

【辻愛沙子】代官山を歩いて見つけた「人」を呼び込む街の特徴とは

NewsPicks Brand Design / Strategic Editor
 2023年10月19日、東京・代官山にオープンした「Forestgate Daikanyama(フォレストゲート代官山)」。サステナビリティと食をテーマに掲げ、広域渋谷圏のまちづくりの一環として東急不動産が開発した「職・住・遊」が融合する新しい複合施設だ。

 オープン間もないフォレストゲート代官山を、クリエイティブディレクターの辻愛沙子さんと訪れた。幼い頃から代官山に縁があったという彼女は、代官山エリアの新しい顔となる同施設をどう見たのだろうか。

偶発的な発見や出会いを生む風土

──辻さんは、代官山という街に対してどんな印象を持っていましたか。
 実は、父のオフィスが昔この代官山にあって、小さい頃からよく訪れていた場所なんです。「あそこのコンビニでよくお茶を買って父のオフィスに行ってたなぁ」などと思い出していました(笑)。
 10代の頃は、大好きだったガーリー系ファッションブランドのショップが代官山にあって、よく通っていました。こだわりのクラフトマンシップを持っていて、程よくラグジュアリーな雰囲気もある。ここにしかないユニークなお店が代官山に集まって、街の個性を形づくってきたのだと思います。
 クラフトマンシップやラグジュアリーというと、選ばれた人しか入れない排他的なイメージにもつながりやすいですが、代官山って実はもっとインクルーシブさがある街なんじゃないかと思っていて。
 フォレストゲート代官山の小道を歩いていても、ベビーカーを押したお母さんや、制服を着た高校生、ご高齢の夫婦などが行き交っていて、ギフト用のケーキを買える場所のすぐ近くに量り売りで調味料を買える場所がある。特定の誰かだけではない、“それぞれの生活”が街に溶け込んでいる印象です。
 一見よそゆきの街だけれど、実はいろんな人たちを受け容れる器の大きさがある。そこが代官山のおもしろいところですよね。
──クリエイティブディレクターという仕事柄、いろいろなアンテナを立てていると思いますが、街を歩きながら情報をキャッチすることはありますか。
 めちゃめちゃあります。友達と話しながら歩いていても、突然「ちょっと待って、このポスター素敵じゃない?」と立ち止まったり、「このヴィンテージマンションのサイン、素敵なフォントだな」と写真を撮り始めたり。
「何かおもしろいものはないか」と意識的に探しているわけではなく、気になるものがたくさんあるから、自然と目に留まるんです。いつもの道だって、見回してみたら案外素敵なものであふれていたりする。ちょうちょを追いかける子どもみたいで、一緒に出かける人は大変だろうなと思います(笑)。
代官山駅から小道を入ると右手にTENOHA棟。ここはサーキュラーエコノミーを推進する事業者たちや、コミュニティプロジェクト「CIRTY」の活動拠点でもある。
 私たちは普段から、SNSや動画サービスなどでキュレーションされたコンテンツを摂取することに慣れています。でも、整理整頓されすぎた情報には「発見」の余地がないですよね。
 世の中には、まだ知らない美しいものや楽しいことがあふれています。私は欲張りなので、生きているうちにひとつでも多く、知らないものやワクワクするものをこの目で見たいんです。そういう意味では、整然とした商業ビルよりもこのフォレストゲート代官山のような回遊できる施設が好きですね。

その街に、人を呼び込む「余白」はあるか

──辻さんが生活空間に求めることは?
「可変性」と「余白」がある場所が好きです。
 今住んでいるところも、インテリアの配置を定めにくい間取りの部屋で。もともとの床を張り替えて、飽きたら家具を好き勝手に動かしたり飾っているアートを変えたりして、気分によっていろんな雰囲気を楽しみながら暮らしています。
 あと我が家の大きな特徴としては、とにかく植物が多い。小さいものから大きな木まで、20種類くらいの植物を育てています。植物は日々の成長に合わせて剪定したり、数年ごとに大きな鉢に植え替えたりしないといけないし、模様替えだって面倒くさくて大変なんですけど、そういった自分が手を加える余白があること自体が楽しい。
 インテリアも、もともと完成されたものではなくてあーでもないこーでもないと自分で工夫できる余白があることが大事なんです。
フォレストゲート代官山の1Fには本施設のグリーンデザインを手がけたSOLSOのショップも。
──面倒を上回る愉しさがあるわけですよね?
 そうですね。正解がない実験を楽しみたいのかもしれません。
 クリエイティブディレクターにしろ、コメンテーターにしろ、会社の経営者にしろ、仕事では限られた制約と時間のなかで情報を整理し、発言や意思決定をしなければなりません。
「A or B」の意見を求められることも多いけれど、社会で起こっている問題に「100:0」の正解があるはずもなく、「51:49」みたいなことがほとんどです。実社会では二項対立より二律背反なことのほうが多いように思うんです。
 そういう曖昧なグラデーションのなかで、自分なりの答えをある意味“決めて”提示するのが仕事だとすると、私生活では「こっちやってみようかな」「ちょっと違ったな」とか、プロセスや変化を紆余曲折しながら楽しみたくなるのかも。
──フォレストゲート代官山を見ていかがでしたか。
 ここは、あえて「余白」のある施設づくりを選択していますよね。率直に、東急不動産のような大企業が代官山の一等地で余白や可変性をつくるって、ものすごい「覚悟」だなと感じました。
 私も規模は小さいながら施設のコンセプトメイクや内装のディレクションを手がけることがあるので、商業施設がソフトに比重を置くのはとても勇気のいることだと理解しています。
 代官山駅前の好立地ですから、それこそ高層のビルを建てて、面積で区画を分けたほうが収益も最大化できるし、家賃や売上の予測も立てやすい。ビジネスである以上、そうやって不確定要素を減らし、余白があったら埋めていく方向で施設を設計するのが一般的だと思うんです。
 それをせずに、あくまで来場者の方が自由に考えたり選んだりする余白をつくっていることも、今後の使い手によって存在意義が変わっていくような可変性を持たせた実験場をつくっていることも、本当にすごい意思決定だと感じました。
──どんなところに余白を感じましたか。
 代官山駅側から入ると、くねくねした曲がり道に低層の「TENOHA棟」があって、全体が立体的な「森」のように設計されていました。
 屋上菜園やマルシェ、イベントスペースなど、サステナブルな取り組みも、これから施設を利用する人たちがつくっていく余地が大きい。それって、人の可能性を信じているということですよね。
 施設側から一方的に提示される選択肢ではなく、あくまでそこに集まる人たちが使い方や楽しみ方を考え、活かしていく。これだけ素敵な建物を、公園のようにオープンで市民中心的な考え方の場所としてオープンしたのはすごいことだと思います。
 完成されたパッケージとして提供されるものばかりになると、若者やクリエイターがコミットする余地がないですよね。都心ではどこも自分たちが主体的に参加できる場所が減ってきていることを危惧していたので、久しぶりに「みんなでつくっていく感じ」がある商業施設を見た気がして感動しました。

クリエイティブに、人とはじめるまちづくり

──辻さんがここを使うなら、どんなことを仕掛けますか?
 今日「Social Kitchen代官山」を見学して思いついたんですが、食の生産者やシェフの方と、クリエイターをつなぐことができるとおもしろそうです。たとえばデザイナーやイラストレーターなど、別のフィールドでものづくりをしている人が表現の軸に「食」をかけ合わせたら、何が起こるだろうってワクワクしませんか。
 私もそうですが、東京出身者ってふるさとの意識を持ちにくいんです。でも実は、東京だってそれぞれにローカルなコミュニティがあり、小規模に生産しているお醤油やクラフトビールなど、おもしろいプロダクトもたくさんあります。
 そういう名産を集めて渋谷や代官山のクリエイターとコラボレーションしてもらって、ここに来ないと出会えない「東京発」のプロダクトでマルシェをやってみたいですね。
──いいですね。代官山ならではのコラボレーションが生まれそうです。
 このフォレストゲート代官山には、「Jo Malone London」や「Ameri VINTAGE」など一級のテナントが入っている一方で、規格外のカボチャが売られている。住居で生活している人がいて、シェアオフィスもあり、テストキッチンなどの開発設備もある。
 これってすごい世界線ですよね。どれだけバラバラなものが交わっているのかって。
 ビジネスでは「目指すゴールから逆算しろ」ってよく言われるじゃないですか。私はあまりそれに共感できなくて、たまたま見た景色や偶発的な出会いから刺激を受けて編まれていくような未来が好みなんです。
 だから、異なる領域が交わる場所に惹かれるし、そういう場所を越境しながら人や情報を橋渡しできる人でありたい。
 この代官山にもいろいろな人が入ってきて、そのたびに街の顔つきが変わっていくのだと思います。どんなサステナブルな取り組みが出てくるのか、その予想のつかなさにワクワクします。