2023/12/20

【Takram田川】デザイン経営、イノベーションを生む企業は何が違うのか

 デザイン経営とは、デザインの力で企業価値を向上させる経営手法のことを指す。
 後発のサービスが優れたUI/UXで一気にシェアを拡大したというようなケースは、枚挙に暇がない。一方で、デザイン経営が上手くいかない企業があるのも、また事実。そこにはどのような差があるのか。
 NewsPicksが主催したビジネスカンファレンス「START UP EVERYTIME」で行われた、Takram代表の田川欣哉氏とFigma Japan カントリーマネージャー 川延浩彰氏によるトークセッションから、デザイン経営の課題と本質に迫る。
本記事はトークセッションの内容を再構成しています。実際の発言とは一部異なる部分があります。

デザイン経営とは何か

イノベーションやアイデンティティのデザインによって、名だたる企業のデザイン経営を支援してきたTakram。セッションの前半では田川欣哉氏がデザイン経営の定義と阻害要因について語った。
田川 2018年、経産省と特許庁が「デザイン経営宣言」を出しました。政府として初めてデザインを経営の重要な要素に位置づけたのです。
 私もこの当時の議論にコアメンバーとして参加していたのですが、あれから5年。今日のデザインリーダーシップアワードでは多くのCDO・CXOが育っていることが知れて、感慨深かったです。
 デザイン経営には2つの要件があります。1つは経営チームにCDO・CXOなどのデザイン責任者がいること。そしてもう1つは、事業戦略構築の最上流からデザインが関与することです。
 デザインがブランドとイノベーションのいずれか、もしくは両方に寄与することで、企業の競争力を向上させていく。それがデザイン経営の定義です。
 では、デザインへの投資を行う企業はどのくらいの経済効果を得られるのか。たとえば、S&P500*では、デザインを重視する企業の株価は10年で2.1倍に成長しました。
*S&P500種指数:米国の代表的な株価指数
 でも実はデザインさえすれば企業価値が上がるというわけではないんですね。伸びている会社は、コーポレートガバナンスがしっかりしていて、サステナビリティやマーケティングに対する取り組みにも積極的。
 つまり、デザインは経営に欠かせない一方で、それ単体で何かができるわけではありません。ビジネスやテクノロジーのチームと協力して、一緒に経営の絵を描いていく。デザイン責任者はそういった俯瞰的な視座を持たなければいけないのです。

デザインが効く領域・効かない領域

田川 デザイン=万能のように語られることも多いのですが、デザインにも効き目が出やすい部分とそうでない部分があることを、デザイン責任者は深く理解しておかなければなりません。
 デザインの効き目がある領域とない領域を4象限で整理すると、次のような図になります。
 右上の「エンドユーザーあり・デジタル」が最も価値を感じやすい領域です。ここで言うエンドユーザーはB2CかB2Bかは関係なく、最終製品を使うユーザーがいて、そのユーザーとダイレクトでつながっていることを指します。ユーザーに「使ってもらう」ことが、収益に直結するSaaSのプロダクトなどでは、それがデジタルで完結する領域だとデザインを経営に取り入れない理由がありません。
 左上の「エンドユーザーあり・非デジタル」の領域は、たとえば日用品や家電などが該当します。この領域もデザインの効果を出しやすい領域ですが、右上のデジタル領域に比較すると、アジャイルにPDCAサイクルを回すことが難しかったり、流通との関係で販売戦略のコントロールが難しかったりするため、デザインによる効果を生み出す難易度は一段上がります。
 右下の「エンドユーザーなし・デジタル」の領域。たとえばバックエンドのシステムを提供するような企業です。この場合は、デザインの効き目は強くありません。なぜなら、デザイナーというのは、ユーザーを徹底的に観察して、どうしたら人々がもっと使いやすくなるかを考える仕事をする人のこと。目の前の顧客がエンドユーザーではない場合、デザイン活用の必然性は下がります。
左下の「エンドユーザーなし・非デジタル」は素材・部品などの産業になりますが、ここはデザインが適用されている例も少なく、効き目については未知数の領域です。
 このように、デザインが効果を発揮する領域はエンドユーザーの有無とデジタルの有無によって大きく分かれるため、全域に同じようにデザインを適用すると失敗することがあります。デザイン責任者は各領域の特徴を認識して、経営者に「ここはデザインを取り入れる意味があるが、ここはない、もしくは未知数だ」と的確に示すことが大切です。

デザイン経営を阻む、組織のサイロ化

田川 もう1つ、デザインが機能するかどうかに影響を与えるのが、組織のサイロ化です。いろいろな部門がポジショントークを繰り広げるようなサイロ化の進んだ企業では、多くの部門が力を合わせて、ユーザーのためのものづくりを行うことが難しくなります。
 サイロ化の罠に引っかかった企業では分業が進み、今やっていることを小幅に改善することしかできなくなり、イノベーションを生み出すことが難しくなります。
 これに対し、デザイナーの大きな役割のひとつが、価値の提案と統合です。デザインとはユーザーに向き合う仕事。ユーザーに向き合うことで、プロダクトのビジョンを描き、良い体験としてまとめていく仕事です。サイロ化は分解・分業つまり「分けること」を志向しますが、デザインは「ひとつにすること」を志向します。
 ですので、サイロ化が進んだ組織にデザイン経営を取り入れるのは、かなり大変です。逆に、リーダーシップの定義が明快で、サイロ化が発生していない組織にデザイン経営が入ると、大きな効果が出ます。この辺りの因果関係をデザイン責任者はよく理解しておいたほうが良いでしょう。

チェンジメーカーとデザイナーが手を組めば、インパクトを起こせる

後半では、Figma川延氏とTakram田川氏によるディスカッションが行われた。Takramのプロジェクトでも欠かすことができないというFigmaはデザインツールとオンラインボードの2つのプロダクトで、コラボレーションを促進するツール。異なるアプローチで日本のデザインを牽引する両者が、デザイン経営についてさらに深掘りした議論を展開した。
川延 デザイン経営が提唱されてから5年経ちました。当時からデザイン経営をど真ん中で考えていた立場からすると、想像通りの5年間でしたか?
田川 ある調査で「デザイン経営に取り組んだことがありますか?」と聞くと、15%ほどがイエスという回答でした。この15%の組織の中には先進的な取り組みをしているところも多いです。スタートアップでCXO・CDOを設置する企業は大幅に増加しましたし、大手組織でも経営幹部にデザイン責任者を設置する組織が増えてきました。
 しかし、逆に85%ほどの経営者はやったことがないという方々なので、今後の伸び代は大きいとも言えます。
 今後、さまざまな産業がデジタル化していくと先ほどの4象限の「エンドユーザーあり・デジタル」が増えていきます。そうすれば、デザイン経営に取り組む企業はさらに増えていくと思います。
 そういう意味ではデザイン経営は、世の中のデジタル化と歩調を合わせて広がっていきます。今後、多くの経営者がデザインを経営リソースとして使いこなす状態になるまでには、まだまだ時間が必要ですが、提言から5年というタイミングでは順調に認識が広がってきているとも言えるでしょう。
川延 確かに自動車会社のように、主な製品は自動車だけど、エンドユーザーとデジタルでつながりたいと考える企業は増えています。
 そう考えると、右上の象限に入る企業の総数は相当多くなりそうですね。
田川 同感です。デジタルを使わない産業はどんどん減っていくはずです。
 なので、デザインのプロは、変化の狭間にいる人たち、つまり「チェンジメーカー」と一緒に仕事をするのが良いと思います。
 ビジネスモデルを変えなければならない、ユーザーとのつながり方を再定義しなければならないという課題を持つ企業と、経験豊富なデザインのプロが手を組めば、ものすごくインパクトのある仕事ができるはずです。
 自分をチェンジメーカーだと思う方々は、ぜひデザインのパートナーを探してほしいですし、デザイナーの方々は、権限を持って変化を起こそうとしている人を探すと良いと思います。

なぜ今、デザイン経営が必要なのか

川延 Figmaの利用企業を見ていても、銀行や製造業など、もともとは非デジタルだった企業の導入が増えています。
 ここで1つ疑問なのが、なぜ今のタイミングなのか、ということ。企業がデザイン経営に今乗り出すべき理由、背景として何があると思いますか?
田川 デジタルでできることが増え、新しくユーザーとの関係性を構築しなければならなくなった、というのが大きな潮流としてあります。
 デジタル、AIなどの活用を考えられるチームをつくらなければいけないというプレッシャーを、多くの経営者が感じているのだと思います。
川延 ビジネスモデルを再構築したり、ユーザーに新しい体験を提供していくためには、いろいろな方々がアイデアを出し合うことがますます大事になっていると思います。
田川 おっしゃる通りです。何かを変えようとするときに最大の課題がサイロ化です。実際、悩んでいる方も多いと思います。
 大事なのは、企業のカルチャーレベルでサイロを回避しながらみんなで意見を出し合いながら1つの絵を描いていくこと。そのために、パーパスやコアバリューなどを定めたり、組織改変を行ったり、経営者はさまざまな努力をします。一方で日々のオペレーションに向き合う現場は、自然とサイロ化します。常にそのせめぎ合いですね。

コラボレーションにはニュートラルな思考空間が必要

田川 回避するためには、サイロ化しにくいワークスタイルやツール選定が重要です。
 Takramの場合は、プロジェクトを進めるときにFigmaを使うようにしています。
 なぜかというと、Figmaで表示されるアカウント名からは役職や部門が外れるから。情報がフラットに共有され、透明性が保たれたニュートラルな思考空間が広がっていることが、自由な議論には必要です。これがサイロ化の回避につながります。
 また、俯瞰する視点と狭い領域の視点を行き来できる機能が充実している点もサイロ化の打破に役立ちます。これをやらなければ、一人ひとりが狭い視点にとらわれてしまい、全体のバランスがとれなくなってしまいます。
 サイロ化が起こらなくなると俯瞰視点が持てたり、インテグレーション思考になったりすることに加えて、学び合いが起こります。自分の考えとはまったく違う気づきを得られることは非常に重要です。
 たとえば、組織制度や人事制度をいじるのは大変ですが、Figmaなどのツールの導入や進め方などできるところから手を入れていく。「ものづくりに正面から向き合っている」という体験をみんなで共有し、その成功体験をフォローする形で、人事制度などを後から変えていく。こういう変化の起こし方もあるのではと考えています。
川延 組織の中で自分たちなりに正義があるからこそサイロができてしまうのですが、視座をもう1段上げて、「何がユーザーにとってベストなのか」「何が会社にとってベストなのか」を考えていくと、ボトムからサイロを壊すきっかけをつくれるのではと思います。
 Figmaのストーリーでいうと、Figmaは「サイロをぶっ壊すソリューション」という見方もあるんですね。
 コラボレーションでいろいろな人たちがつながりましょうということは、つまり、サイロの壁を取り払って一緒につながりましょう、ということ。
 Figmaが世の中に出た2016年、2017年のタイミングで世の中に起きたリアクションは、「Figmaを使うくらいならデザイナーをやめる」というものでした。それはデザイナーというサイロの中にいた人からの反発です。しかし、今では多くのデザイナー及び企業がFigmaなしではプロジェクトが進まないと言ってくださっています。
 サイロの中にいるのは居心地が良くて、そのサイロを飛び越えるには勇気がいります。でも、勇気を出して飛び越えていただくと、確実にその先に明るい未来があるということをみなさんにお伝えしたいです。

サイロ打破にFigmaが貢献できること

川延 組織の中には少なからずサイロがあり、全体を俯瞰して考えたり、みんなでアイデアを出し合ったりすることが難しい環境の企業もあるのではないかと思います。
 その点でFigmaのようなソリューションを活用していただくと、プロダクト開発の流れや組織のカルチャーが変わるはずです。
 ちなみに、TakramさんではFigmaを使っていないクライアントとのお仕事のときはどう説得しているんですか?
田川 僕らは基本的にクライアントワークなので、まずプロポーザルを提出します。
 その際に、「クライアント企業がFigma、Slack、Notionを使えない場合は、期間・金額を変更させて頂く場合があります」といった補足事項を記載しています。
 そのくらいスピードと質にダイレクトに影響するんです。僕らとしてはFigmaのないプロジェクトは考えられません。
 なぜなら、単にUI/UXが良いということだけでなく、俯瞰の視点、脱サイロ化などがプロダクトの思想レベルで担保されており、結果としてコラボレーションを活性化する仕組みが随所に組み込まれているから。
 僕らがやっているイノベーションとコーポレートアイデンティティの領域では特に、幅広いアイデアを集めてそれを1つに結晶化していく作業が必要です。それをチームで推進していくために、Figmaというデザインそしてコラボレーションのためのツールが必要不可欠になったのです。
川延 ありがとうございます。各組織、さまざまなジレンマを抱えていると思いますが、1人でも多くの方にサイロをなくしてコラボレーションをなくすためにどうするかという視点を持っていただくと、組織も変わっていくのではと考えています。
 Figmaとしても、そこにインパクトを与えられる存在でありたいと思っています。