2023/12/14

二人三脚で120%。ビジネスリーダー夫婦の“我が家のルール”

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 夫が稼ぎ、妻は家庭を支える──そんな時代も今は昔。お互いにキャリアを築きながら家事分担するスタイルの共働き世帯は少なくない。
 子どもを持たない共働き世帯「DINKS」、夫婦共に高収入な「パワーカップル」といった夫婦像の登場を経て、夫婦のあり方はさらに多様化しつつある。
 人それぞれに“豊かさ”の意味が異なる時代。夫婦が共によりよく生きるにはどうしたらいいのだろうか。
 日鉄興和不動産の社内シンクタンク「リビオライフデザイン総研」の調査研究によれば、暮らしをより豊かにするカギは、次の5つの要素にあるという。
 これらの要素について、ビジネスリーダーとして活躍する夫婦は、どのようなマイルールを持っているのか。未来のパートナーシップのヒントを探る。
INDEX
  • コロナ禍を経て「家訓づくり」をした理由
  • ストレスを溜めないコツは「信頼感」と「定期的な喧嘩」
  • 「働く」「暮らす」を支える夫婦のルール
  • みんなで育てる
  • 多様な暮らしが共存する社会へ

コロナ禍を経て「家訓づくり」をした理由

──ご夫婦ともにビジネスの第一線で活躍される工藤家は、現在に至るまでのキャリアや家族はどのような遍歴を辿られてきたのでしょうか?
工藤拓真(以下、拓真) 僕が電通に、妻が資生堂に勤めていた頃、仕事を通じて出会いました。当時はお互いハードに働いていて、日をまたいで一緒に帰宅する、なんてこともありましたね。
 その後結婚して2018年に妻が出産。僕は2020年に転籍して、現在は5歳の娘と暮らす3人家族です。
工藤萌(以下、萌) 私は2018年に産休・育休を取得後に、14年間勤めた資生堂からユーグレナに転職。そして、2023年8月にスープストックトーキョーの取締役に就任しました。
 大きな転機は、妊娠・出産ですね。出産を経て「家族でどう生きるか」「自分はどんな社会でどんな役割を果たすべきか」と考えるようになったんです。
 以前は大手メーカーだからこその大規模なビジネスのなかで、まるで自分の存在意義を確認するように働いてきました。
 そこから、職種や役職といった自分のキャリアパスにとらわれず、“売れるほど社会がよくなるビジネス”に挑戦したいという想いが芽生えました。
拓真 仕事観の変化で言えば、僕の場合はコロナ禍の影響が大きかったですね。
 家にいる時間が増え、“仕事人としての自分”と“家庭人の自分”を、あえて厳密に分けず、シームレスに行き来しやすい環境づくりに励みました。
 子どもを含めた家族全員で、お互いが何を大切にしているか、日々どう生きているかを認識し合うのが重要だと思ったんです。
 そこから、価値観やスタンスに「ここだけは守る」という家族共通の方針が必要なのではないかと考えるようになりました。
 実はそれで、娘が5歳になる少し前に“家訓会議”をしたんですよ。
──家訓ですか?
拓真 花まる学習会の高濱正伸さんの本に感銘を受けちゃいまして。
 娘の5歳の誕生日をゴールに、家訓を決めようと、互いにアイデアを持ち寄りました。
 私が箇条書き5つに対して、彼はパワポで20枚もの資料を作ってきて「来たな、企画職!」って思いましたね(笑)。
20ページにわたる家訓づくりの資料には、8つの工藤家の家訓が掲げられたほか、家訓の目的やメリット、お子さんの名前の由来が、5歳の子でもわかりやすいように丁寧に説明されている(資料提供:工藤家)
家訓には、麹町中学校の元校長として知られる教育者の工藤勇一氏が提唱する「子どもの自己決定を促す3つの言葉」も取り入れている。
 それをたたきに家族3人で家訓を言葉にしていったのですが、その過程が尊かった。自分たちが大事にしたい価値観を、子どもにもわかりやすく言語化できました。
拓真 3人の共通点を探る作業から、逆に相違点も明確になります。共通ルール以外は、各人の自由です。
“家族ならではの安心感”と“個の自立”の両立。とても難しいことですが、家訓が、その第一歩になったらいいな、と。

ストレスを溜めないコツは「信頼感」と「定期的な喧嘩」

──お二人とも多忙を極める日々かと思いますが、家族でのコミュニケーションの時間はどのようにつくっていますか?
 「平日の朝食の時間を、コミュニケーションの時間にすること」と、「土日はなるべく家族3人一緒に過ごすこと」を決めています。
 毎朝、一家でのルーティンがあると、夜に顔を合わせられなくても満足度が高いんですよね。
拓真 平日の朝は、家庭のことも仕事のことも話します。転職や転籍のような大きな話も、決断する前段階からよく話をしていて。
 経営に関わる立場になってから、お互い会食の機会が増えました。平日は夜の家事・育児を3日と2日に分けて、順番に担当するのが基本ルール。それさえ守れば、何をするかは自由です。
拓真 家族で暮らすと、どうしても1人のときより時間の使い方が難しくなりますよね。
 特に僕たちは近所に親も親戚もいないので、9時から18時まで保育園に子どもを預けても、毎日があまりに慌ただしい。
 それでも彼はいつも4時に起きて、朝食前に運動してシャワーを浴び、2階の部屋で立ったまま読書をしているんですよ。
「毎朝その姿に、そっと尊敬のまなざしを送っています」と萌さん。
拓真 夜は会食が入りがちですが、朝なら寝不足や二日酔いでつらくても、自分の気力でどうにか時間を合わせられるのがいいところですね(笑)。
 寝かしつけながら子どもより先に寝落ちしてしまうほど夜が弱い分、僕には朝型が合っていたんでしょう。
 ただ、“ぼんやりと考える時間”を確保するのには、いまだに苦戦しています。
 独身時代は、土日にぼーっとしたり読書したりする余裕がありましたけど、今では休日も一日中、公園やプールにいるわけですから。
 ぼーっとしてたら、娘に「ねえ、話聞いてる?」って詰められますし(笑)。
──普段の家事・育児の分担はどうしているのですか?
 家事・育児は「できることを差し出し合う」という考え方です。たとえばお金の管理は彼、料理は私、それ以外はできる人がすることになっています。
 そもそも基本的に、夫は「夫が妻の家事・育児に協力する」という姿勢ではないので、普段からすごくいろいろやってくれています。
 だから、もし私が家事の8割を負担する時期があったとしても、「今、彼にはできない事情があるんだな」と思えます。逆もあるんじゃないかな? 信頼があるから、ストレスがないんですよね。
拓真 たしかに「家事を手伝う」みたいな感覚は元々ないですね。自分自身が共働きの家庭で育ったからかもしれません。
 ただ僕は、夫婦関係のストレスをなくすコツは「定期的に喧嘩すること」だとよく話しているんですが……。
──喧嘩することがコツなのですか?
拓真 パートナーでも仕事仲間でも、日々のイライラを溜め続けると、我慢の限界で大爆発することになる。
 そして何より、親がイライラしてるのって、子どもにとって一番の地獄。いろいろな研究でも影響が指摘されているようですが、肌感でもそう思います。
 だから、怖いし面倒だけど、頃合いを見計らって意識的にぶつかりにいきます。恐る恐る「あのー」って言いながら。
 まあ私は、普段から言いたいことを言い合っているだけで、喧嘩は一切ない夫婦だと思ってますよ(笑)。
拓真 ……。毎回この調子ですわ。

「働く」「暮らす」を支える夫婦のルール

──お話を伺って、家族として価値観を通じ合わせるさまざまな工夫を感じました。リビオライフデザイン総研の調査研究では、暮らしの満足度を高めるカギとして、5つの要素を挙げています。
──まず働き方の効率化の工夫を伺いたいです。
拓真 自宅で働く時間は「ポモドーロ・テクニック」を活用しています。一つひとつの仕事を25分のタイマーをかけて、一種の競技だと思って効率化しています。
 以前は企画書にじっくり時間をかけたりしていましたが、ディレクターという立場になり、子どももできて、1分1秒を争う局面が増えてきました。
 在宅ワークって、つい気を抜きがちになりませんか? 合間にだらだらして「実は映画2本ぐらい観られたかも」と思ったり。そうならないように、タイマーで弱い自分を律しています。
 ストイックだね。
拓真 ワークスペースも大切ですよね。コロナ禍で引っ越すと同時に、小さい書斎スペースを設けました。ガジェットオタクなのもあって、あらゆる効率を求めた作業スタジオ化を目指して、日々改築しています。
 仕事に集中できる環境が整ったので、ノマドワークはあまりしなくなりました。休憩時間も、カフェに行くのではなく、自分でコーヒーを淹れて読書したりNetflixを観たりでメリハリをつけています。
──萌さんはいかがですか?
 平日の日中は出社しているので、自宅では朝、リビングで仕事をしています。
 私の仕事は、考える工程のウエイトが高いので、家に限らず移動中など、オフィスの外では、仕事はだいたいスマホでNotionに打ち込んで済ませます。出社したら、仲間とのコミュニケーションに集中する。この切り替えが私の効率化です。
 一方で、無心にこなす家事では、インプットの時間を兼ねたマルチタスクを追求します。
 目と耳と手で、それぞれ別のタスクをこなしたいんです。たとえば料理しながら、字幕付きの韓国ドラマを見つつ、耳ではNewsPicksのビジネス動画を聞いたりしています。
拓真 恐ろしいマルチタスクだな。
──まったくタイプが違うのですね。先ほど、「朝食を家族の時間に充てる」というお話がありましたが、生活で他に効率化の工夫はありますか?
拓真 何でも新しいテクノロジーは試すようにしていますね。
 たとえば睡眠なら、良質な眠りを促すスリープテックを取り入れて、リカバリーウエアで寝たり寝具に投資したり。
 私の場合は料理ですね。女性だからではなく、あくまで料理が好きだから担当しているんですけど、家族においしくて栄養のあるご飯を作って出せないと、罪悪感を抱いてしまうんです。
 だから、私自身が満足できる、安心・安全でおいしい料理をするために、自分なりの工夫を試行錯誤してきました。
 最近の朝食は、宣伝じゃないんですけど、スープストックトーキョーの冷凍スープが便利で。レンジでチンするだけですが、そこにチーズや黒コショウを振るアレンジのひと手間で、十分に「私の料理だ」と思えるんです。
 夕食もできるだけシンプルにして手料理を心がけています。それでも子連れでスーパーに買い出しに行く余裕はないので、週に2回、食材の配達を頼んでいます。

みんなで育てる

 私たちはよく、会食にも子連れで行くんです。最初はやむにやまれずでしたが、「いいよ」と言っていただけることが多くて。
拓真 理解ある仕事仲間や友人に支えられています。子連れ会食やパパ友同士での子連れの食事が、もっと当たり前になればと思います。
 現役世代の家族だけでの子育てって、本当に無理ゲーですから。
──子育てについて、他に気にかけていることはありますか?
拓真 育児にはいろいろなやり方があります。できるだけ情報を取り入れて、何かを絶対視したり固執したりしないように気をつけています。
 常にトライアンドエラーだよね。どんなことでもやってみて、できなかったら無理せず違うことをやる。
拓真 朝食を家族が集まる時間にしたのも、夜の団らんが難しかったから。
 平日の家族の時間は減りましたが、今のやり方がお互いストレスがないし、その分、土日にみっちり遊ぶから、娘の満足度も高くなった気がします。

多様な暮らしが共存する社会へ

──今後、社会や企業がどう変わるとより暮らしやすいと思いますか?
拓真 血縁関係にとどまらず、会社や地域などのコミュニティが、そこに属する家族の支えになれるといいなと思います。
「個の時代」は、一歩間違えれば“孤独の時代”になりかねない。
 会社組織でもプライベートなつながりが減っている今、家族単位で社会から孤立してしまうおそれすらあるのではないでしょうか。
「一家族に複数世帯がいるほうが、祖父母世代も親世代もハッピーかもしれない。子どもにとっても、親以外の大人と関わるのが健全に感じます」と拓真さん。
 自治体によっては、地域の子育て経験者が子育て世帯を助ける「ファミリーサポート」などの取り組みもあります。
 同様の仕組みがマンションなどのもっと小さなコミュニティ単位であってもいいな、と。
 ジーンクエスト創業者の高橋祥子さんのお話では「人間は子育てを共同で分業することが、生物のシステムとして組み込まれていると考えられる」そうなんです。だから核家族での子育てには、そもそも科学的に無理がある、と。
 先日、それを実感した出来事がありました。
 同じ保育園に切迫早産で絶対安静となったお母さんがいて、休日に子どもの相手ができず困っていると聞いて、複数の家族で一緒に公園で遊びました。
 こういったイレギュラーな困りごとに、近隣の人たちが属性を超えて互いに頼り合えれば、アウトソーシングではなくライフラインになる
 そんなコミュニティをつくれたら、きっと子育ても介護ももっと楽になるはずですよね。
──そういったコミュニティでの暮らしは、従来の価値観も大きく変えていくように思います。
拓真 「便利さ」と「豊かさ」のどちらも求める昨今ですが、両者には真逆の側面もあるように思います。
 そのバランスの取り方は人それぞれで、暮らしや住まいのあり方にも影響してくるはず。今後10年、20年先に登場する次世代のカップルは、今とは異なる豊かさの指標を持っているんじゃないですかね。
 家の価値が再考されたコロナ禍を経て、住まいにも多様な生き方がより反映されていくのかなと思います。コンパクトでテレワークスタジオのような家を求める人もいれば、毎日人が集まれる家を求める人もいたり。
 人生にどんな変化があっても、自分たちなりの便利さと豊かさとのバランスを取りながら暮らしを選択できる
 これからは、そんなしなやかさを持ったカップルが増えていくのかもしれないですね。