2023/12/18

社内に「副業専用部屋」を設置。超大胆な“脱レガシー”施策

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 2023年9月「中央電力」から社名を変更した、気候テックカンパニーのレジル。
 旧来型の日本企業だった同社は、2021年4月の社長交代を転機として、人事制度や社内ルールを一新した。
 その変貌ぶりがなかなかすごい。
 勤務体系やキャリアパス、報酬制度などあらゆる面から労働環境を刷新。
 今年11月には社内で堂々と副業ができる副業専用エリアを新設した。
 働き方が変わらなければ、ビジネスモデルは変わらない──。
 この信念のもとに断行された“脱レガシー”の改革。売上高400億円、従業員数300人を超える組織はどうやって生まれ変わったのか。
 実際に働く社員の声から、変革の実態を浮き彫りにする。(文中敬称略)
※各種制度、取材対象者の所属部署、組織のポジション等は取材時点でのものです

キャリアとプライベートの「わがまま」を実現

 メールやSlackの返信、書類選考、面接対応、社内ミーティング──。
 レジルの人事グループジェネラルマネージャー(GM)中谷佐和子は、1日のタスクを次々とこなすと、16時半にPCを閉じてオフィスを出る。
 幼児園や学童に次男、長男を迎えに行き、帰宅。
 夕食の支度をし、宿題をみて、21時に子どもたちを寝かしつける。そこから1時間は再びPCを開き、仕事モードに切り替え、残っていたタスクを片付ける。
「前職ではやむなく時短勤務していましたが、それだと事務作業だけで1日が終わり、思考を整理する時間が確保できませんでした。
 レジルに来てからは夕方に一度仕事に区切りをつけ、子どもが寝てからもう一度勤務に戻れるので、その間に思考を整理できる。この働き方は自分にはフィットしています」
人事グループジェネラルマネージャーの中谷佐和子さん
 広報グループ マネージャーの里田恵梨子も、スーパーフレックス制度が決め手となってレジルに転職した一人だ。
「私にも小学生の娘がいて、塾や習い事の送り迎えやコミュニケーションの時間も大切にしたい。そういう働き方ができる環境を探していたところレジルに出会いました。
 子どもが塾に行っている間の17~20時は、仕事に集中できるゴールデンタイム。勤務時間を子どもの予定に合わせてパズルのように組み合わせられるのが、制約がある私たちにとってはとても便利ですね」
広報グループ マネージャーの里田恵梨子さん
 採用をはじめ人事制度を統括する中谷。広報全般を取り仕切る里田。二人は、育児を抱えながら、前職からキャリアを一段上げている。
 2022年にレジル(当時は中央電力)に入社した中谷は、前職の「1人人事」から、8人のメンバーを抱えるジェネラルマネージャーへとステップアップした。
 前職では役職を持たなかった里田も、レジルでは広報のマネージャーとして、会社がリブランディングを図るタイミングで重責を担っている。
「わがままかもしれませんが、出産を経験するごとに、自分のキャリアを手放すことへの葛藤がありました。
 キャリアも諦めたくない、もう一歩先に進みたい、という思いをずっと抱えていたので、今の職場では自己実現ができている実感があります」
 そう言って中谷は前を向く。
 レジルではほんの1年半前まで、勤務時間は一律に決められていた。直行直帰は禁止で、在宅勤務もNG。それが2022年以降に激変する。
「中抜け」が自由にできるスーパーフレックス制が導入され、オフィス勤務と週2日の在宅勤務を組み合わせたハイブリッド勤務も可能になった。
 育児や介護など事情がある場合は、週3日以上の在宅勤務も認められている。
 個々の社員が理想の働き方を追求できる環境が整い、組織の多様性も広がっている。
 中谷、里田といったマネージャークラスの女性社員が加わったことで、同社の女性管理職の割合は2.5%(2021年)から14.5%へと大きく上昇。
 求人への応募者数も数年前と比較し約10倍に増加した。
 制度改革によって、長らく保守的だった組織は急速に変化している。

成長したい方向性は会社ではなく、自分で決める

 レジルが組織改革を推進するのは、単にフレキシブルな働き方を実現することが目的ではない。
 改革の狙いを中谷は次のように説明する。
「会社が働き方を規定し、社員が受動的に従う。これまではそんな構図がありました。しかし本来、働き方やキャリアの理想は社員ごとに違うはず。私たちはレジルを、社員の意思ある変化を促す組織にしていきたいと考えています」
 近年レジルが拡充しているキャリアチェンジ支援制度は、中谷が話す「意思ある変化」を促す取り組みの一つだ。
 営業職で入社したなら、営業の道をまっとうする。かつてのレジルは、単線的なキャリアパスが基本とされていた。
 それが今では、キャリアの選択肢を広げるためのさまざまな仕組みが導入されている。
z_wei / GettyImages
 2022年からスタートした「DX育成プロジェクト」は、社員を毎年公募し(※1期生は会社からの指名)、Salesforceの「認定アドミニストレーター」の取得を支援する。
 認定アドミニストレーター資格は、Salesforceにおけるさまざまなアプリケーションや機能を理解し、実装・管理できる、システム管理者としての知識や能力を持つことを示すもの。
 DX化に取り組む上でも必要とされるスキルだが、それを磨く場を会社が提供し、キャリアチェンジの後押しをするのがDX育成プロジェクトだ。
 現在入社5年目で広報グループのリーダーを務める新開奏海。彼女は同プロジェクトの1期生として選抜され、先輩社員の指導のもと「認定アドミニストレーター」の資格をわずか2カ月で取得した。
 分散型エネルギー事業本部の平地香織は、新開に続く同プロジェクトの2期生として手を挙げた。“先輩”である新開がメンターを務め、彼女も短期間で資格を手にした。
「このプロジェクトをきっかけに、営業数値を管理・可視化するスキルを身につけることができたと感じています。結婚・出産に伴って外回りがメインの営業職は諦めなければならないという不安がありましたが、スキルを活用して営業支援というかたちで貢献できることに気づかされました」と新開は振り返る。
広報グループのリーダーを務める新開奏海さん
 彼女のような営業職は、取引先の都合にあわせて動くことが多い。
 そのため、結婚・出産などを機に仕事を続けることが難しくなり、退職に至るケースが少なからずあった。
 そういった女性社員にキャリアチェンジの機会を提供する目的で始まった「DX育成プロジェクト」は、今では男性社員の参加希望も増えているという。
 さらにレジルでは、人材を求める部署が社内で異動希望者を募集し、社員が自らの意思で応募できる社内公募制度を創設し、社員の挑戦や理想のキャリアプランの実現をサポートしている。マネージャーなど管理職に抜擢する公募ポストもある。
 2期生の平地は「DX育成プロジェクト」を卒業後、社内公募制度にもエントリー。営業部門から新規事業の開発企画チームへと活躍の場を移した。
 1期生の新開も、営業部から広報部へとキャリアチェンジを果たした。
分散型エネルギー事業本部 開発企画チームの平地香織さん 
「いつか新規事業に携わってみたいと漠然と考えていましたが、社内公募制度で挑戦できることを知り、思い切って応募してみました」と平地は語る。
 かつては「仕事やポストは会社から与えられるもの」との意識が大半を占めていた。
 だが、キャリアチェンジの機会が提供されるようになったことで、自律的に理想のキャリアを思い描き、変化を求めて一歩を踏み出すマインドが社内に少しずつ浸透し始めている。

執行役員が自ら実践! 会社公認の「副業支援制度」

 レジルは2023年11月に東京・丸の内に移転した。その新オフィスには、執務室から20秒の場所に「副業」をするための専用エリアが設けられている。
 社員はスーパーフレックス制を利用するかたちで、就業時間内に堂々と副業ができる。専用エリアに副業の取引先を招くことも可能だ。
電源・専用インターネット・フォンブースが完備された副業専用エリア。副業の業務・会議などで終日利用が可能(写真提供:レジル)
 なんとも大胆な施策だが、その副業をレジルで最も多く手がけているであろう人物が同社の執行役員だ。
 基幹事業の一つであるグリーンエネルギー事業部の本部長を務める村田佑介は、スタートアップ数社から業務委託を請け負い、自らコンサルティング会社も運営する。
「レジルが本業で他が副業という考えは、私にはありません。どちらも大事な“本業”なんです」
 村田はこれまで10社以上を渡り歩きながら、新規事業開発を中心にマーケティング、財務、人事と幅広い業務経験を積んできた。
 彼の言葉の裏には、その豊富な経験から得られた自身のキャリア観がある。
グリーンエネルギー事業部の本部長を務める村田佑介さん
「一つの会社が、社員に対して提供できる経験には限りがあると思っています。
 私自身、自社の外で幅広い経験を積んだからこそ、新規事業開発というトータルスキルが求められる領域で、これまでの蓄積を組み合わせながらプロジェクトを進めることができています。同じ会社にとどまっていたらここまでの経験値は得られなかったはず。そこに、私の考える副業の意義があります」
 レジルでは副業を、社員が自ら外部に学ぶ機会と位置づけている。
「動けるのは就業時間外のみ」「会社にバレないように稼働する」といった消極的なやり方では、副業で得られる価値が半減してしまう。
 日中に堂々と副業ができるからこそ、その経験値が価値あるものになり、本業にも還元される。
 同社はそう考え、社内に副業専用エリアを設けている。
 他方で「育てた社員が辞めてしまう」「社員の組織へのロイヤリティが低下する」と副業のマイナスの影響を危惧する声も少なくない。
 それに対し村田は、事業部を統括するマネージャーの視点でこう語る。
「会社と社員は『雇っている』『雇ってもらっている』という上下関係ではなく、本来フェアでフラットな関係であるべきだと思います。その前提に立つと、会社の成長が個人の成長に追いつかないようでは、社員に辞められてしまうのは当然のこと。その時点で会社の『負け』なんです。
 そうならないように、社員が常に成長し続けられる環境を提供することも、マネージャーとしての私の責務です。実際にメンバーにもそう伝えています」

働き方が変わらなければ、ビジネスモデルも変わらない

 個々の社員が自ら変化を求め、自律的な働き方を実現する──。
 レジルの一連の組織改革は、それを後押しするためのものだ。
 レジルはかつて「マンション一括受電」を主要事業としていたが、そこから社名を改め、気候テックカンパニーへと生まれ変わっている。
 設立から約30年の間に凝り固まった思考を打破し、それによって芽生えた個々の変化は、営業利益が20億円に迫るまで組織を成長させ、ビジネスを新たなステージへと押し上げた。
 変革前から在籍する平地は、「会社の成長に合わせて、自分をアップデートし続けなければと考えるようになった」と意識の変化を明かす。
 年功序列の色合いが濃かった報酬体系もアップデートされた。
 さらにこの先、20代で年収1000万円、非管理職でも3000万円超えが可能になるような、スキルアップに見合った処遇が受けられる給与制度に整備していくという。
 社長の丹治保積は、レジルを社員の市場価値が高まる職場にしていくことを目標の一つに掲げ、セミナーの受講費用の補助などさまざまな制度で社員のレベルアップを後押ししている。
 副業の推進もその一環と言える。
 村田は副業を「リスクを伴うことなく自分の市場価値を高められる営み」と位置づけ、メンバーにもその価値を説いている。
「たとえば未経験でマーケティング職に就きたいと思っても、転職でそれが実現する可能性は限りなく低いでしょう。でも副業なら、未経験であっても、自身の仕事ぶりを知る知人や先輩が“やれるんじゃないか”と思ってくれて、誘われることがあります。
 会社を辞めるリスクを負わなくていいし、実際に経験してみることで、適性や興味の有無も把握できます。たとえば副業を通じて営業職の人がマーケティングのスキルを身につければ市場価値も上がる。レジルならそういった柔軟な働き方も可能です」
 人事部GMの中谷は、こういった新しい働き方を一部の意識高い社員だけでなく、組織全体に広げていくことに心血を注ぐ。
「スーパーフレックス制の対象は、育児や介護などに限りません。『中抜け』してセミナーを受けに行ってもいいし、ジムに行ってもいい。
 社員一人ひとりが理想の働き方を追求することで、制度活用がさらに広がると思っています」
新オフィスには2人まで入れる防音ブースが合計11台設置されている
モダンでスタイリッシュな雰囲気のコミュニケーションエリア。オフィス内でも働く環境を柔軟に変えられる
 一連の組織改革によって、自らの意思で理想の働き方やキャリアを実現する社員はこれからも増えていくだろう。
 多くの人材が躍動する組織に新たな人材が引きつけられ、組織はさらに成長を続ける──そんな好循環が、レジルでは少しずつ、だが着実に回り始めている。