2023/12/15

「スタートアップと中核産業の接続」は日本を再成長させるか

NewsPicks Re:gion 編集長
 愛知県はトヨタグループを筆頭に、日本の産業的中核を担う「ものづくり」の関連企業が大小軒を連ねる“産業集積地”として世界的に知られている。
 そして2024年、愛知県名古屋市に日本最大のスタートアップ支援施設が誕生する。
 “産業融合型スタートアップコミュニティ”を謳う、その名も「STATION Ai」は、革新的新産業を生み出すための最先端拠点として愛知県が計画し、そのハード/ソフト両面の設計・運営をソフトバンク株式会社の子会社であるSTATION Ai株式会社が担う、公民連携による一大プロジェクトだ。
2024年10月に正式オープンする「STAION Ai」は日本最大のスタートアップ支援施設として建設中。
 最大の特徴は、全世界からオールステージで有望なスタートアップを誘致し、育成・支援するコミュニティを育みながら、事業会社と随時接続することで、「オープンイノベーションによる最速の成長支援」を志向している点だという。
 だが、真の狙いはその先にある。STATION Aiをグローバル・ハブとして既存産業とスタートアップをつなぐことによって、地域内の産業が連鎖的にアップデートされる循環を生み出すこと──いわば地域全体の「スタートアップスタジオ化」を実現することだ。
 設立のキーマンである、STATION Ai株式会社の代表取締役社長兼CEOの佐橋宏隆氏と、愛知県経済産業局 経済産業推進監の柴山政明氏に、愛知県とSTATION Aiが描く「オープンイノベーションによる日本再興」の戦略を聞いた。

“強い産業集積地”の強みを活かす

──STATION Aiの構想が生まれた背景を教えてください。
柴山 愛知県では2018年に、産学官金で構成されたAichi-Startup推進ネットワーク会議を立ち上げ、愛知県発のスタートアップの発掘・育成と国内外のスタートアップ誘致を目指す『Aichi-Startup戦略』を策定しました。
 その過程で気づいたのは、海外の主要なスタートアップ・エコシステムを分析すると、成功しているエコシステムには必ず特定地域に“拠点”があることだったんです。
 特にフランス・パリには世界最大のスタートアップ支援拠点「STATION F」があり、スタートアップが自由に活動できて、事業会社とオープンイノベーションに取り組める環境が整っていました。
 そこから着想を得て、愛知県という都市全体をスタートアップスタジオ化する拠点としての「STATION Ai」の構想が生まれました。
──これまで愛知県は「スタートアップ不毛の地」とすら言われていました。何が変化の引き金になったのでしょうか?
柴山 愛知県には自動車産業をはじめ、航空宇宙やロボット産業など、日本の製造業の多くが集積しています。それらの既存産業が強いが故に、スタートアップへの関心が薄かったことは事実です。
 しかし、時代ともに産業の“旬”は移り変わります。なかでも自動車産業は自動運転やEV化を中心に、100年に一度の大変革期を迎えており、産業構造の転換が不可欠であるという課題を、地域全体が捉えていました。
 それを合意形成の一大チャンスとして、「スタートアップを起爆剤に産業構造を転換させよう」と愛知県が音頭を取ったところ、共通の課題意識を持つ産学官金のプレイヤーが即時に集まり、地域全体のコンセンサスが一瞬で取れました。それが変化の発端です。
 このエコシステムを通じて、自動車や航空宇宙、ロボットなど既存産業のアセットを生かした新しいビジネスモデルを生み出したいと考えていますが、これは世界でも希少な傾向だと思います。
佐橋 我々は「産業融合型スタートアップコミュニティ」を謳っていますが、これは地域に集積している既存産業が極めて強いからこそ言えるんです。
 日本国内に限らず、その地域にどんな特色があるか、どんな産業があるかは、スタートアップの誘致にとって重要な点です。特色がなければ海外からは「なぜ愛知でスタートアップなのか」という話になる。この点で、愛知県は非常に有利だと考えています。
──海外でも特定産業と紐づいたスタートアップ・エコシステムは少ないのでしょうか?
柴山 ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州は製造業を軸にしたエコシステムを作ろうとしていて、我々とも連携しています。
 ただ、愛知県とは特徴が違うんです。愛知県には自動車だけでなく、航空宇宙やロボットも世界最大規模の企業集積があり、人材集積がある。
 また、もともと東海エリアは陶磁器産業の一大生産拠点だったのですが、時代とともに全国シェアトップの繊維産業地域に変わり、それが自動車産業にシフトして現代に至っている歴史があります。
 自分たちの力で産業構造を転換してきた経験があること、それが地域に根付いていることも、愛知県の強みです。
──STATION Aiの運営事業者として採択されたのがソフトバンクですが、どのような狙いがあって手を挙げたのでしょうか。
佐橋 ソフトバンクは長年、海外のスタートアップを中心に投資や連携、協業をしてきた積み重ねがあります。ただ、日本国内においては大きな活動をしてこなかった。本心としては、日本のスタートアップ支援をしたい思いが強くありました。
 やるならば東京一極集中の流れに乗るのではなく、日本独自の価値を作れる場所でと考えていた。そのとき「東京以外で一番ポテンシャルが高い地域」である愛知県で、ベストな機会を得ることができたんです。
 プロジェクトが始まる前は、「名古屋のビジネスはクローズドだから入り込むのに苦労するのでは」とよく言われました。しかし、実際に名古屋に移ってきて1年以上経ちますが、まったくそんなことはないですね。
 東京以上に企業・団体間を超える小さなコミュニティがたくさんあって、一つ一つが濃い。その関係者たちがサプライチェーンで密につながっているので、コミュニティ内で新しいビジネスが生まれやすい構造があるのです。
 ここにスタートアップが加わることで、より強いエコシステムに進化していくと確信しています。

企業、大学、地域全体に見られる変化の兆し

──愛知県がスタートアップ戦略で目指すゴールを教えてください。
柴山 一言でいえば、「地域全体のスタートアップスタジオ化」です。地域の産官学金すべてが、スタートアップという起爆剤と接続することによって性質を変化させ、新たな産業や事業を作っていく循環を生み出すこと。
 そこに至るための基本コンセプトが、産業融合型の愛知独自のスタートアップ・エコシステムを形成することです。具体的には、以下の4つを柱として掲げています。
──さまざまなレイヤーでスタートアップとの協業が起こっていくイメージですね。
柴山 そうですね。スタートアップが既存産業と社会システムに溶け込み、社会課題解決の主要プレイヤーになってもらうことを目指しています。国内には同じような戦略を掲げた事例がなかったので、パリやシンガポールを参考にしました。
──ですが、地域全体として受け入れる体制があるのでしょうか。
佐橋 名古屋に移ってきて最初に感じた課題は、人々の意識でした。既存産業が強いが故にスタートアップが必要とされない時代が長く続き、「良い大学を出て既存産業の大手企業に入社することが成功」という価値観が根強かったんです。
 大学で「起業の選択肢を当たり前にしよう」という話をすると、「新卒で大手企業に入るチャンスを奪うのか!」という親御さんからの声は少なくありませんでした。しかし、ここ数年で大きく変わってきています。
柴山 名古屋大学をはじめ東海エリアの大学23校が連携する「Tongaliプロジェクト」で起業をバックアップするプログラムがはじまり、アントレプレナーシップ教育が充実しました。オープンソースの自動運転AIを開発している「ティアフォー」を筆頭に、大学発のスタートアップも増えています。
企業にはどんな変化が見られますか?
佐橋 劇的に変化しています。この3年ほどで、地域のトップ企業はほぼ全社がCVC機能を持つようになり、独自のアクセラレータープログラムを開催したり、スタートアップに投資したりする企業が一気に増えています。
 かつての自前主義を脱却しようという動きが加速し、オープンイノベーションに対する準備が整ってきています。
柴山 2020年の「STATION Ai」設立宣言と同時に、コミュニティに参加したいと多くの声が挙がりました。現時点で298の企業・団体がコミュニティに参加登録していることが、何よりの変化の象徴だと言えます。

世界のスタートアップとつながり、産業を進化させる

──STATION Aiは、具体的にはどの領域に注力していくのでしょうか?
佐橋 既存の大規模な製造業をアップデートしていく領域、製造業のアセットが生きる領域で勝っていくことを考えています。
 たとえば、全世界の企業が注目するイシューのひとつに「脱炭素」があります。実際、製造業と一緒にカーボンニュートラルに取り組みたいスタートアップはすでにSTATION Aiに集まっており、事業会社との協業が始まっています。
 愛知県の大規模な産業基盤に新しいプレーヤーたちが融合することで、新たな産業集積を作っていくことを目指します。
柴山 諸外国からも愛知県は「自動車や航空宇宙、ロボットのグローバルな集積拠点」だと認識されているので、STATION Aiとの連携を提案すると、すぐに合意が取れるケースが多いです。
 すでに、7カ国16のスタートアップ・エコシステムと連携しており、地域の事業会社とのオープンイノベーションプログラムが始まっています。
佐橋 既存産業の強さが故、ですね。愛知県はグローバルから見ても魅力的なエコシステムになりつつあると思っています。
──すでに事業会社が独自にスタートアップとの協業をはじめているという話がありました。そこにSTATION Aiが介在することの価値は何でしょうか。
佐橋 大きく2つあって、ひとつは事業会社とスタートアップとの適切な接続です。
 STATION Aiの本開業は2024年ですが、すでに282社のスタートアップがわれわれのコミュニティに集まっています。国内外から優れたスタートアップを集めることは非常に難易度が高いので、個社が独自に集めるより遥かにマッチング効率は高いでしょう。
 もうひとつは、協業のプロジェクト設計と推進です。協業が生まれているといっても、オープンイノベーションの実績が豊富な企業はほんの一部です。
 お互いの文化や慣習の違いを乗り越えて協業をやり切れる企業はまだまだ少ないので、我々がコーディネーターとして介在することに価値があると思っています
本開業に先駆けた「PRE-STATION Ai」に、すでにスタートアップ282社(2023年12月現在)が参加している。
──ソフトバンクの強みはどのように活かされるのでしょうか。
佐橋 われわれの支援の特徴でもあるのが、オープンイノベーションの先にある「エグジットの多様化」です。
 ソフトバンク自体がM&Aで大きくなった会社ですから、成長の手段としてM&Aが当たり前にあります。また、社内ベンチャーも既存事業と完全に切り離して立ち上げ、生き残った事業だけがソフトバンクと協業できるという形で、ナレッジを蓄積してきました。
 スタートアップが最速の成長を実現するうえで、これからは多様な産業との融合が不可欠になると考えています。そのために、ソフトバンクで培った協業の経験や実績、ノウハウが生きると思っています。
 また、2022年5月に「STATION Ai Central Japan 1号ファンド」を組成しており、その投資先の発掘や支援において、ソフトバンクのグループの知見やネットワークが貢献する部分も大きいでしょう。
柴山 もうひとつ、ソフトバンクが持つ通信キャリアやデータセンターも重要な強みになります。それによりSTATION Aiの会員は場所にとらわれる必要もなくなります。
 愛知県にいなくてもSTATION Aiのコミュニティに参加して、新しい価値創造ができる。そういった場所にもビジネスの領域にもとらわれない、オープンイノベーションの場をつくっていきたいと考えています。
佐橋 そうですね。この産業集積地でスタートアップ・エコシステムを作り、オープンイノベーションの循環モデルを生み出すことには、日本全体にとって大きな意味があると思います。
 我々のチャレンジが成功し、全国各地で都市のスタートアップスタジオ化の潮流が生まれれば、日本は再興するはず。私はそう信じています。