2023/12/11

ChatGPTは、プログラミングの常識をどう変えた?

NewsPicks Brand Design / Strategic Editor
2020年度から小学校のプログラミング教育が必修になり、これまで特別な技能だったプログラミングは誰もが通る基礎科目になった。これから先、デジタルツールを使うだけでなく、その仕組みを理解する世代が増えていく。

はたして、AIと日常的な言葉で対話できる今、プログラミング言語は必要なのか。これから社会に出てくるプログラミング・ネイティブ世代は、世の中をどう変えていくだろうか。

“プログラミングがわかる非エンジニア”としてAI活用や人材育成に取り組む野口竜司氏と、プログラミング総合研究所の飯坂正樹氏。ともに子育てに励む父親であり、ITやAIの普及に努める2人が語り合った。

専門家よりプロデューサーになりたかった

飯坂 野口さんは、どういう経緯でAIの活用や人材育成に携わるようになったんですか?
野口 2000年代にディープラーニングが登場し、AIが人の目の代わりになるような識別系の能力を持ちました。いわゆる第3次AIブームが起こった頃に、これが今後の様々な技術のコアになると確信したんです。
 それで、事業をつくるうえでも、自分のスキルやキャリアをかけ合わせていくうえでも、AIを中心に据えていこう、と。ただ、私の場合はコードを書くよりも、技術やサービスをプロデュースする側に立つほうが、より価値を高められると感じました。
 エンジニアとビジネスの間を橋渡しするうちにChatGPTのような新しいAIが登場し、コンサルティングやAI人材育成のような仕事を担うようになってきたんです。
飯坂 もともとは、コードも書いていたんですよね。
野口 ええ。大学のゼミではJavaを使ってゲーム理論をシミュレーションするプログラムをつくっていました。加えて、学生時代から京都のベンチャー企業に参加して、SaaSプロダクトの立ち上げをやったりも。
 振り返ると当時から、プログラミングの専門家としてのキャリアパスより、プログラミングしたものをどうマーケティングやサービスに活かすかに関心がありました。テクノロジーを社会に実装していくことに貢献したいというスタンスは、今まで一貫しているのかもしれませんね。
飯坂 私もプログラマからキャリアをスタートしましたが、コードを書いていたのは20代くらいまででした。システムエンジニア、プロジェクトマネージャと役割がシフトするなかで、事業をやりたいと思って教育業界に飛び込みました。
 結果的に今は、エンジニアとしてのバックグラウンドを活かしたプログラミング教育や、その習熟度を可視化するプログラミング能力検定に携わっています。
 数年前から義務教育でもプログラミングが必修化され、これからはどんな業種や職種にもデジタルやAIが入り込んできます。そうなると、専門のエンジニアだけでなく、野口さんのようにビジネスをプロデュースできるIT人材がますます必要になっていくでしょうね。
野口 実は私も、IT人材のスキルを測る指標があったらいいなと思っていたんです。エンジニアの技量を課題や面接で見極めるのは、なかなか難しい。基準となるスコアがあれば選考の精度も上がるし、採用する企業はうれしいですよね。
 それに、応募する学生も自身の能力を確かめられる。うちには高校2年生の娘がいますが、自分は何が得意なのか、何をもって自己アピールすればいいのかをまだ模索しています。プログラミングやAIに興味はあるみたいなので、こういう検定で解像度高く現状を捉えられると、彼女自身のキャリアを考える助けになりそうだと思いました。

ChatGPTはプログラミング教育をどう変えた?

飯坂 野口さんはELYZAでLLM(大規模言語モデル)を開発されていて、ChatGPTもかなり使い込んでいますよね。
 極端な話、これからは生成AIが全部プログラミングしてくれるから、人はコードを書かなくてよくなるという人もいます。これについて、どう思いますか。
野口 そうはならないでしょう。生成AIがプログラミング領域でも人の強力なパートナーになるとしても、機能を社会に組み込むためにプログラムが必要になる。どこまでをAIが生成し、どこまで手動でアルゴリズムを書くかも含め、人間にはより上位の設計力が求められるようになると思います。
 そのうちAIが人間に基本的なプログラミングを教えるようになるかもしれませんが、最後には人の指示やフィードバックがないと役に立たないんじゃないでしょうか。飯坂さんは、AIが進歩すればプログラミングは不要になると思いますか。
飯坂 どうでしょうね。一般的なロジックなら、ChatGPTに指示すれば瞬時にプログラムをつくってくれますが、ある事業や組織に特化したプログラムは、細かくプロンプトを積み重ねて調整しないといけない。まだ今の段階では、人がコードを書くほうが早い場合もありますよね。
 それに、AIがプログラムを書いたとしても、それが正しいのか否かを検証するのはやっぱり人です。プログラミングの基礎を学ぶことは、エンジニアだけでなく、AIとうまく協働するためにも大切だと考えています。
 私はChatGPTのような新しい技術が出ると、人や社会をどう変えるのかとワクワクします。不安を感じるとしたら、こういう技術が海外からやってきて、日本がイノベーションの波に取り残されて、使い手で終わってしまうような未来についてですね。
野口 その危惧はわかります。グローバルなテクノロジー企業の経営層は、技術畑出身者の割合が高いですよね。一方、日本の大企業を見ると、まだ差が大きく開いていると感じます。
 なんといっても、初等教育からコンピューターに触れる子どもたちの数が違います。日本が海外の技術を輸入するだけでなく、新しい技術をつくって世界に売り出していくには、十年単位のプランが必要かもしれません。
 日本人のITリテラシーを高めるには、地道に新しい技術の手ざわりを得る人を増やし、テクノロジーに明るい人材の母数を大きくしていくしかないと思うんです。
飯坂 私も同感ですが、実は教育現場では、生成AIの使用にブレーキをかける声も多いんです。
 わからないことをAIに聞くのはフェアじゃない。小論文にAIを使って考える力が身につくのか。そういった懸念もわかりますが、国単位で制約をかけてしまうと、グローバルとの差がますます開いてしまう。
 個人的にはハサミと同じように、使って指を切ったりしながら習熟していくしかないと思うんですけどね。

生成AIがあってもプログラミングは必要か

野口 「プログラミング能力検定」はどういう区分になっているんですか?
飯坂 基礎的なプログラミングができる状態をゴールに据え、それらを6分割して習う順に配置しています。最上位はクラス(オブジェクトの設計図)まで理解している必要があるので、かなりハイレベルです。
野口 最年少の合格者は何歳ですか?
飯坂 小学1年生でレベル1に合格した子がいますよ。
野口 うちの末の男の子が5歳なんですが、そろばん教室に通って、かけ算くらいまではできるようになったんです。
 計算や論理構造を理解するのが得意みたいだから、プログラミングにスイッチするのはいいかもしれない。レベル1をクリアしたら最年少記録ですよね(笑)。
 仮に彼がこの先ITの道に進まなかったとしても、プログラミングがどういうものかを知っていることは重要です。法律でも経営でもマーケティングでも、テクノロジーがわかっていればかけ合わせて力強く推進していけます。
飯坂 まさに私たちの検定でも、「プログラミングとは何かがわかること」を目指しています。そこまでいけば、日本のIT環境は飛躍的によくなるでしょう。複雑なプログラミングができなくても、エンジニアと話が通じるようになる。彼らが何をするかがわかるからです。

コードが書けなくても、テクノロジーは使える

野口 プログラミングがわかると、事業を進めるうえでプログラマとのコミュニケーションがスムーズになります。
 私が考えるポイントは3つあって、まずシステムやアプリケーションがどう構成されているか、コードがどういうものでどう動くのかという全体像を理解していること。
 そして、プログラミング言語や専門用語で会話できるので、説明がずっと短時間で済むこと。最後に、プログラミングの工数の感覚を持っていること。これができるビジネスパーソンは、エンジニアに好かれます。
飯坂 ごもっともです(笑)。エンジニアはいつも「なぜそんなに時間がかかるの?」「そんなこともできないの?」「そんなにお金がかかるの?」と言われていますが、説明してもなかなかわかってもらえないんですよね。
「この機能を要求したら、どれだけ工数がかかるから、いくらくらいの費用が必要」とイメージしてくれる人がいたら、現場はすごく健全になります。開発を外注するときにも、品質やコスト、納期を正しく見積もることができるので、ビジネス上のメリットも非常に大きい。
野口 そう、プログラミングがわかるビジネスマンは、エンジニアと交渉しやすいんですよ。
 どうやって機能を実装するか見当もつかなければ、エンジニアの言いなりになるしかありません。おおまかにでも工程がわかっていれば、「この人に言われたら頑張らざるを得ない」となりますから。
 そう遠くないうちに、プログラミングの基本を理解することが経営者や事業責任者に当たり前のように求められるようになります。
 私は今、企業経営者の方に生成AIに触れてもらうプロンプト講習のような活動をしています。やってみて思いましたが、経営者は言語化能力と指示が的確で、AIを扱うのがとても上手い。トップからテクノロジー活用が進み、一方でプログラミング教育を受けた新入社員がどんどん入ってくる。
 こうなればオセロの角をふたつ取ったようなもので、組織変革が加速していくと思います。

プログラミングネイティブがつくる未来

飯坂 私たちの時代と比べると今のテクノロジー環境は恵まれていますよね。プログラミングやAIを使いこなす世代が増えてくると、どんな変化が起こると思いますか。
野口 若年層の起業が増えるんじゃないですか。たとえば中学生くらいの年代の子たちが生成AIでアプリをつくってApp Storeで販売するとか。
 今でいうYouTuberみたいなものかもしれませんが、プログラムなら言葉の壁を越えてグローバル市場に展開できます。今の環境でも、十分実現できると思います。
飯坂 そういう経験が増えると、ビジネス感覚も身につきそうです。もし今、中学生だったら、野口さんはどんなアプリをつくりますか?
野口 大人にはできないことをやるなら、中学生にヒットするサービスを考えると思います。クラスメートにインタビューして、アルファユーザーになってもらって、ほかの中学校にもスケールさせます。
飯坂 さすが、マーケター。
野口 Facebookも大学のサークルから始まったわけですし、中学校のクラスから世界中でヒットするアプリが生まれてもおかしくありません。自動翻訳で言葉の壁もなくなっているから、オンラインで海外の友だちと一緒にアプリ開発することもできますよね。
 思いつきですが、飯坂さんにはグローバルコミュニケーションとプログラミングを合わせたような教育プラットフォームをつくってもらいたいです。
飯坂 またやりたいことが増えました(笑)。しがらみなく変化を起こせるのが民間の強みですから、プログラミングに触れる人を一人でも増やし、新しいものをつくり出せるように頑張りたいと思います。ChatGPTの次のイノベーションを起こすのは、AIではなく人類であってほしいですから。