2023/12/8
【JR東】スマートシティのニューコンセプト「WaaS」って何だ?
行政にくわえて民間企業も参画し、世界的に取り組みが進む「スマートシティ」。
先進テクノロジーを駆使して都市機能を最適化するこの取り組みは、MaaS(Mobility as a Service)などの実装フィールドとしても注目され、ここ数年のメガトレンドになると見られる。
一方、スマートシティの実現はハードルが高い。「誰が運営するのか」「住民とどう合意形成を図るか」など、数多くの課題がある。
ゆえに、実証実験までは進むものの実装には至らず、いわゆる“実証実験疲れ”が起きている。
そんな中、日本でスマートシティの実装にむけて、着々と歩みを進めるのが、JR東日本とその推進を支援する日本総研だ。
キーワードは「ウェルビーイング」。その視点からスマートシティの課題に、どうアプローチするのか。両社によって社会実装されている先行事例も交えながら、実態とポテンシャルをひもとく。
- スマートシティの現在地
- なぜ、スマートシティは実装が難しいか
- スマートシティの新たな回答「WaaS」とは
- “実装ありき”の実証実験の成果
- WaaSはスマートシティの“ショーケース”となるか
スマートシティの現在地
──まずは、スマートシティが今、世界的にどんな状況にあるかを教えてください。
船田 スマートシティ自体は、2000年初頭から世界的に動きが始まりました。
当初はヨーロッパが先行し、たとえばスペインのバルセロナではゴミ収集所をIT化して、効率的に収集するといった取り組みがなされています。
ただ我々のリサーチによると、その後はあまり具体的な取り組みは進んでいません。そうしている間に、日本がセンシングやデータ分析技術などで、追いついてきている状況といえます。
またスマートシティは、「公的機関主導」か「民間企業主導」かで2つに分けられます。
たとえば前者の場合、先進事例として挙げられるのがシンガポールです。国がイニシアチブをとって「Smart Nation Singapore」と呼ばれるプログラムを作り、政府が積極的に財政出動して取り組んでいます。
特にヘルスケアにおいては、おそらく世界でもっとも先進的な国の一つで、ユーザーがアプリを通して定期検診の全履歴にアクセスできたり、病院を予約できたりする。
シンガポールをはじめとして、公的機関が主導するものでは、いくつか成功例が出ています。
一方、後者の民間企業は、まだ成功例は少ない状況です。
グーグルの親会社であるアルファベット社傘下のサイドウォーク・ラボは、カナダのトロントでスマートシティの実現を進めていましたが、どのようにデータを集めるのか、あるいは保護・保有するかに対する市民の懸念を払拭できず、さらにトロント市との調整がうまくいかなかったため撤退。
Getty Images / rawfile redux
トヨタのウーブン・シティは、当初はオープンイノベーションによる開発が予定されていました。
しかし、その後情報は外部に出てこない状況で、2023年にはプロジェクトを牽引していたジェームス・カフナー氏が退任するなど不透明な状況です。
なぜ、スマートシティは実装が難しいか
──公的機関と民間企業で、結果が分かれるわけですね。
船田 少なくとも個人情報の取り扱いなどに関しては、国が意志をもって取り組めば、法規制の整備や規制緩和なども含めてスムーズに進みやすい。
対して民間企業の場合、現状の規制に対応しつつ、行政や住民など様々なステークホルダーとのコンセンサスを図らなければならない。
そうなると非常に時間がかかってしまいますよね。
──では、なぜそのような状況下でJR東日本がスマートシティにかかわることになったのでしょうか?
入江 JR東日本は、皆さんご存じの通り鉄道会社です。鉄道はお客様にご乗車いただき、事業が成立します。
しかし、現状がビジネスとして確立していても、30年後を考えると確実に人口減少社会が到来する。
そうなったときに、どうすればずっと鉄道を利用し続けてもらえるのかを考える必要がありました。
また、JR東日本はここ数年にわたり、オープンイノベーションプラットフォームの構築によって、社会課題へ対応する取り組みも進んでいます。
そこで、2017年にはオープンイノベーションによるモビリティ分野の変革を目指す「モビリティ変革コンソーシアム」を設立しました。
船田 日本総研は、本コンソーシアムへのアドバイザリー及び事務局運営を担い、現在では約120の企業や団体が参加し、大規模なオープンイノベーションのプラットフォームとなっています。
1社では、社会課題の解決は難しい。そこで多様な会員企業・団体に参画いただき、様々な実証実験を行ってきました。
JR東日本さんは鉄道会社ですので、駅や駅ビルといった“リアルな場”を提供できる。会員企業は、そこでの実証実験を通し、新たなサービスの開発を目指す。
そういった関係で、2023年3月までに累計21テーマが検討され、6件が実装に至りました。
そして、スタートから5年を経て、よりこの活動を発展させていきたいという思いから、2023年4月からは内容を刷新し、Well-beingを掲げて「WaaS共創コンソーシアム」として新たにスタートしています。
スマートシティの新たな回答「WaaS」とは
──「WaaS」とは何でしょうか?
入江 WaaSは「Wellbeing as a Service」の略になります。
なぜスマートシティを作るために「ウェルビーイング」という言葉を入れたのか。それをご説明します。
モビリティ変革コンソーシアムを始めて2年目に、コンソーシアムとしてどこを目指すのか、あらためて議論したんです。
その中で、私たちが行うスマートシティの取り組みを抽象化すれば「ウェルビーイング」になるよねと、という話が出てきました。
船田 もともと、一般的なスマートシティの概念自体は、プロダクトアウト寄りであり、ソリューションドリブンな点が強かった。
しかし、街に住んでいるのは人です。そして人が心身ともに満たされた状態で生きる、つまりウェルビーイングな状態でいることが、よりよいスマートシティの形だと考えました。
つまり“人間ありき”のニーズオリエンテッドなものに進化させ、社会実装する必要がある。そしてスマートシティのあり方を、アップデートする。
その思いがWaaSには込められています。
──ウェルビーイングという視点が必要なのは理解したのですが、なぜJR東日本であれば取り組めるのでしょうか?
入江 JR東日本には、他社にはない2つの強みがあるからです。
1つ目は「人材」です。JR東日本には、首都圏から地方まで、各地に支社と駅があります。
そのため地域とのつながりがあり、そのネットワークのおかげで、WaaS共創コンソーシアムから生まれた新しい取り組みや実証実験などに対して、住民の方に耳を傾けていただきやすいと思います。
支社で働く社員が、地方の様々な課題を認識してから議論するので、地域の方々も本音で課題やニーズを話していただきやすい。
そうなると、住民の方のニーズを知ったうえで実証実験ができるため、実装への道のりが近くなる。
2つ目が「駅」です。我々は、多くの人々が活用する「駅」というリソースを保有しています。
この駅を実証実験として活用できるので、実装化を見据えた点においても道筋も立てやすい。
これは、WaaS共創コンソーシアムならではの強みです。
船田 近年は人口減少や課題の多様化など諸々の理由で、自治体だけでは地域の問題解決を行うのが難しくなってきた。
JR東日本さんは、そういった地域課題を解決できるハブになれる。
さらに120を超える企業や団体、自治体が、このプラットフォームには参画してくれています。
スマートシティを実装からバックキャストし、様々な地域でボトムアップに作っていく。それができるからこそ、我々はスマートシティ実装のトップランナーであると自負しています。
“実装ありき”の実証実験の成果
──すでに社会実装を果たしている取り組み、あるいは社会実装を目指す取り組みには、どんなものがありますか。
入江 たとえば、岩手県気仙沼における大型自動運転バス「BRT(Bus Rapid Transit=バス高速輸送システム)」の社会実装があります。
東日本大震災で甚大な被害を受けたJR気仙沼線では、復旧に際し、鉄道路線をそのまま再構築するのが難しいエリアがありました。
そこで地域の方々と話し合った結果、路線の一部をBRTの専用道路として再構築することになりました。
気仙沼の大型自動運転バス「BRT」(写真提供:JR東日本)
何通りもの実証実験を行った後、2022年12月に柳津駅〜陸前横山駅間の約5kmで、自動運転バスの営業をスタート。
2024年秋頃までに自動運転レベル4(※1)を目指す計画です。
※1 高度運転自動化を指し、一定条件下において、自動運転システムがすべての運転操作を行う。
船田 千葉県の海浜幕張駅では、駅の混雑解消と地域経済の活性化を図る取り組みも行いました。
同駅は、ZOZOマリンスタジアムや幕張メッセなどの最寄り駅であるため、イベントの前後に利用客が集中します。
またスタジアムまでの距離が長いために、利用者数のわりに街への経済効果が低いことが課題でした。
そこで当コンソーシアムでは、駅の混雑予測と駅周辺施設のレコメンド情報を提供するスマートサイネージを、スタジアムと複数の駅の改札付近に実装。
イベントを楽しみながらも、イベントの開始前や終了後の周辺施設への誘導を試みました。
実証実験の結果として、駅の混雑予測については非常に高い精度を実現し、混雑を避ける利用者を周辺エリアの商業施設へ導くことに成功。
海浜幕張駅のスマートサイネージ(写真提供:JR東日本)
これは当コンソーシアムにおける初の実装事例となり、千葉支社で採用するに至りました。
現在はスマートサイネージも終了したのですが、このソリューションはコンソーシアムに参加した企業が事業化し、沖縄県でも社会実装されています。
我々の直接的な利益にはなっていませんが「コンソーシアムから、社会実装までつながったサービスができた」という事実がとても重要。
社会実装まで導くプラットフォームとして認知され、その積み重ねによって、我々が思い描くスマートシティに近づいていく。
まさに理想のテストケースといえます。
WaaSはスマートシティの“ショーケース”となるか
──スマートシティの視点ですと、政府が「デジタル田園都市国家構想(デジ田構想)」を掲げています。WaaSとの違いはどこにありますか。
入江 明確に違うのは、デジ田構想は取り組みの主体が「自治体」であるのに対し、WaaSは「民間企業」が主体となることが多い点です。
船田 したがってWaaSでは「ビジネスとして成立する」点が重要になってきます。
ただ、最近はいくつもの自治体がWaaS共創コンソーシアムに参画しているので、デジ田構想とのすみ分けをあらためて整理し直す必要があるとも感じています。
入江 また、WaaS共創コンソーシアムでは、今後は各実証実験に対してKPIを設けることも重要になります。
というのも、ウェルビーイングはなかなか数値では測れないからです。たとえば「人々のウェルビーイングが高まると、企業のレピュテーションが◯◯%上がる」といったスコア開発を、今後行っていきたいですね。
それがあれば、より民間企業としても安心して投資できるようになりますから。
──この先の、WaaS共創コンソーシアムの展望を聞かせてください。
入江 大きな目標としては、「世界のオープンイノベーション・プラットフォーム」になることです。
実証実験だけのプラットフォームではなく、みんなが集まって有機的につながりながら、ビジネスもどんどん生まれる。
その結果、日本が元気になる。そんなゴールを見据えています。
船田 自治体の方も、民間の方も「コンソーシアムでつながりを持ててよかった」「今まで気づけなかった課題を知れた」と思ってもらえる場を作っていきたいですね。
たとえ、担当者が変わっても機能し続け、そこにいけば何かつかめるような“希望”のプラットフォームが理想です。
このプラットフォームでは「与えるもの」と「受けるもの」に分かれるのではなく、私どもも含めた各団体が得意領域を持ち寄って共創する「対等」な関係を持っています。
まさに、私たち日本総研が目指す「自律協生社会」とも重なるあり方で、ぜひこの新しい共創・協生の形を深めていきたいと考えています。
日本総研の「スマートシティ」への取り組みについては
こちらをチェック
執筆:田嶋章博
撮影:濱田紘輔
デザイン:堀田一樹[zukku]
取材・編集:海達亮弥