2023/11/17

【山口周】ポストモダニズムにおける人生を道具にしない仕事の在り方

公式アカウント
JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」。

NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

大好評だった昨年につづいて、今年は全7回(予定)の配信を通し、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

山口周×波頭亮 独立研究者としての学びから「働く」をRethinkする

今回のRethinkのゲストは、独立研究者、あるいはパブリックスピーカーの肩書き持つ山口周氏。その広い見識に基づいて、「働く」について再考するのが今回のテーマです。モデレーターは経営コンサルタントの波頭亮さんです。

“ビジネスの使命”はもう終わっている?

波頭 今日はせっかく日本の社会生態学者と呼ばれる山口さんに来ていただきましたので、少し大きな話をしたいと思います。私は以前、『文学部の逆襲』という自著の中で、資本主義や民主主義さえも大多数の人々(大衆)を豊かにする、幸福にするという機能を消失しつつあるという指摘をしました。山口さんも同時期に『ビジネスの未来』という著書を出版され、新しい社会システムについて考察していましたよね。
中世が終わり、近代になって以降の300年余りの間、人類は合理主義、科学主義、進歩主義というモダニズムの思想で豊かになって来ました。資本主義も民主主義もその流れの中で登場した経済運営、社会運営の方法論です。
20世紀中盤以降はモダニズムの様々な問題点が指摘され、モダニズムを超える時代のあり方(ポストモダニズム)が論じられて来ましたが、いまだに明快な答えが見えて来てはいません。今の社会を見ていればモダニズムの限界は明らかだと感じます。まずはそのあたりから、山口さんの意見をお聞きしたいです。
山口 パンデミックの影響で、IMFが世界経済の成長率を修正するなど、各国の経済成長がどうなるかを予測する記事が一時期多く出ましたよね。それに違和感を覚えたことが、『ビジネスの未来』を書くきっかけになっているんです。というのも、IMFで出される数字が必ず“去年と今年と来年”のみなので、もっと長期間にわたって、俯瞰して現在地を見てみる必要があると感じたんです。
ところが、先進7カ国の経済成長率の長期の推移をチェックしようとすると、驚いたことにネット上のどこにも載っていません。そこで面倒ですが世界銀行のデータベースに入って各国の経済成長率を1年ずつピックアップして集計しました。
するときれいな右肩下がりのグラフが出てきたんです。世界経済は伸びると言われ続けてきましたが、実際には50年単位で見ると1960年代がピークで、そこから下がり続けているんです。
波頭 それは確かに驚きですね。
山口 これだけテクノロジーが発達して世の中が便利になっていても、経済成長率がずっと低下し続けているのはなぜなのか。その疑問を解くためにいろんな資料を読み漁って考えたことを『ビジネスの未来』に書いています。
波頭 『ビジネスの未来』は様々な視点から経済の行く先を論じた、大変読み応えのある本でしたが、あえて1つのメッセージに集約するなら、“成長に拘泥するな”ということになりますか?
山口 そうですね。資本主義やビジネスの歴史的使命というのは、少なくとも先進国においてはいったん完了していると考えています。仮に、安心・安全・便利といった生活上の不足から人々を解放することをビジネスのミッションだと定義すると、先進国はすでにそれを達成したと言って良いはずです。
波頭 経済が人間の豊かさのためにあるのであれば、まさにその通りだと思います。ところが近年は、その主客が逆転しているように感じられます。経済あるいは資本のために人間のライフが道具にされているのではないでしょうか。
10年程前に「経済発展には直接役立たない大学の文学は廃止しよう」という極端な主張が経済界や政府から出されたのも、その一端でしょう。これからは、いかに効率的に経済を成長させるかではなく、私たちの望ましい生活のあり方やそのための仕事のスタイルを考えていかなければなりませんよね。
山口 これはビジネスの構造的なパラドックスでもあるのですが、資本主義というのは多くのお金を集めるために、大きな課題から解決します。小さな課題より大きな課題のほうが、利益が多いからです。そのため、時間が経てば経つほど、小さな課題や非常に解決の難しい課題だけが残るようになります。
ところが、小さな課題は売上げにならないし、非常に解決の難しい課題を解決しようとすると莫大なコストがかかるので合理的ではない。そこで手を止めると、経済成長もストップするわけです。これこそが、多数のイノベーションが起きていながら経済成長率が低下している理由だと私は考えています。
安心・安全・便利が人々に文明的な豊かさを与えてきましたが、それだけでは人間は生きていけません。生活の中で充実感や感動を味わうことで人生が豊かになり、初めて“生まれてきて良かった”と思えるはずです。
だからこそ、次のフェーズで求められるものは文化的な豊かさではないでしょうか。それを誰もが享受できるようにして、世界を生きるに値すると思える場所に変えていくことが、人に残された最後の仕事ではないかと私は思います。

AIにできない仕事をするためには

波頭 イノベーションといえば、かつて産業革命が起きたことで、重いものを遠くへ運ぶなどの物理的なエネルギーが、石油や電力によって動く機械に代替されました。それにより「働く」ということの中身や価値が、ドラスティックに変わったわけです。同様に生成AIの登場は、人間にしかできないと考えられていた「考える」という仕事の9割方を代替してしまうかもしれません。そのあたりについてはどうお考えでしょうか。
山口 AIによって人の仕事が奪われるというのは、ここ数年たびたび議論されてきたことです。ところが、1950年代にアメリカの国税庁が作った270の職業リストのうち、この80年で無くなったのはエレベーターガールの1つだけなんですよ。つまり、職業そのものは簡単には無くならないんです。なぜなら、同じ職業でも仕事の内容が変わっていくからです。
つまりAIと仕事の議論は、職業が無くなる・無くならないという話ではなく、生み出す付加価値の需要と供給の変化が本質なんです。たとえば、ChatGPTが生成するのは情報ですから、ChatGPTが生成する類いの情報をこれまで売ってきた人については、労働市場における対価が非常に下がる、というのが正確な言い方で、仕事が無くなるわけではないんですよ。
波頭 そうなるとやはり、情感や身体性を伴う、人間ならではのコミュニケーションの得意な人がこれから求められるようになるのでしょうか。
山口 人の心が動くことへのリテラシーを持ったほうがいいのは事実でしょうね。余談ですが、私が広告代理店にいたとき、社内に“伝説的な先輩”がいたんです。その人は落語研究会出身でした。これはおそらく、ウケている、ウケていないということに関する感度の高さが仕事において強力な武器になっている例ではないかと。
波頭 上手に話す話術ではなくて、人の心の動きを感じ取る能力ですね。
山口 そうですね。これは受験勉強では培えないもので、体験によって得るところが大きいのではないでしょうか。
波頭 そうしたAI時代を踏まえて、日本の企業がとるべきこれからの働き方と仕事の内容は、どのようなものであるべきでしょう。
山口 先日オランダへ行った時、「日本人って会社で何をしているの?」と大真面目に聞かれました。日本とオランダでは1人あたりのGDPが1.5倍くらいの差がついていて、さらに1人あたりの労働時間も日本が1.5倍長いので、単位時間で見ればほぼ2倍の差がついています。でも彼らから見て日本人はそこまで無能とは思えないようで、「ということは、会社へ行っても働いていないんでしょ」と言うのです。
確かにその通りで、日本人は時間を持て余していて、暇つぶしで仕事をしていると思います。つまり、早く帰っても予定がない、会社を休んでもやることがない状態になっているのです。
働き方改革もいいですが、本質的には仕事が大変というよりも、仕事を早く終えてまでやりたいものがない、仕事を早く終えてまで帰りたい場所がない、が正解なのかもしれないと。要するにインセンティブの問題だと思うんです。
海外の人たちの暮らしぶりを見ていて感じることは、人生や余暇を楽しむにも、ある種のスキルが必要なんですよね。日本人にはそれが不足している。
波頭 なるほど。人生や余暇を楽しむためにも知性や教養が必要ということですね。これは日本人にとっては痛い指摘かもしれません。

必要なのは「筋の良い」努力

波頭 最近、企業研修などをやっていて私が感じているのは、日本はゆるゆるのガラパゴス状態だということです。端的に言うと、努力をする、頑張るという一面において、今の若い世代は世界競争のスタンダードに達していないように思えてなりません。
いわゆるトップノッチと呼ばれる層も、優秀でセンスはいいのだけど、なかなか頑張ろうとしないきらいがある。ハーバードやスタンフォードに留学する人も減って、世界標準で頑張っている人と自分を相対化する機会が減っていることも無関係ではないでしょう。
山口 それでいうと、筋の悪い努力をしている人も目につきますね。これは環境にも原因があって、周囲から評価されるのは、見た目にわかりやすいウサギ跳びのような効率の悪い努力であって、筋の良い努力はなかなか理解されにくいので勇気がいります。
今年の甲子園が象徴的で、髪型自由・長時間の練習なしの野球部が優勝すると、賛否が起こるわけですよ。あれこそ、筋の良い合理的な練習をやってきた証しであって、長時間労働で成果が出せない日本の悪しき風習そのものを可視化した出来事だと思います。
波頭 結局、集団のやり方や周りの意見に対して受動的に判断するようなことは得意でも、自分自身の知識や実感と照らし合わせて能動的に判断する癖を、日本の若い世代はもっと身に着けなければならないのでしょう。これは社会人として必須の能力でもあるはずです。
さて、そんなお話を踏まえまして、本日のRethinkするキーワードを山口さんにお願いできればと思います。今回は私も書きます。私は「世の中、ステージが変わるよ!」で。これまで良しとされてきたものがどんどん価値を失っていくので、自分で考え、賢く立ち回らなければならないタイミングが今ですよ、ということです。
山口 私は「インストルメンタルからコンサマトリーへ」です。インストルメンタルは未来のために今を道具にするという意味であるのに対し、コンサマトリーは、今この瞬間を楽しむという考え方です。つまり、将来のためにつまらない仕事に従事するなどして時間を活用しているつもりでも、それでは結局最後までインストルメンタルのままなんですよ。
自分の人生すべてを道具にしないためにはコンサマトリー、今この瞬間の充実感をちゃんと感じられているかどうか、立ち返るべきです。もし感じられていないのであれば、何かがおかしいので、人生を変える努力をしましょう。
波頭 ぜひ多くの方に心に留めておいていただければと思います。本日はありがとうございました。
Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp

視点を変えれば、世の中は変わる。

Rethink PROJECTは、JTがパートナーの皆さまとともに行う地域社会への貢献活動の総称です。

私たちは、心みたされるよりよい明日の実現に向けて、「Rethink」をキーワードにこれまでにない視点や考え方を活かしながら、地域社会の様々な課題に向き合っていきます。

「Rethink」は2023年5月より全7話シリーズ(予定)毎月1回配信。

世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

NewsPicksアプリにて無料配信中。

視聴はこちらから。