2023/11/30

【LIMEX】国産ユニコーンTBMが挑む、「素材ビジネス」の最先端とは

NewsPicks / Brand Design editor
 素材大国、日本。
 日本の素材産業は、国内総生産(GDP)の2割を占める製造業を中心に、化学や鉄鋼分野で多くの雇用を支える基幹産業だ。
 国際競争力が落ちたと言われる近年においても、日本の素材加工技術力の高さは随一で、ポリエチレン等の汎用品から半導体の最先端素材まで、グローバルマーケットでも高いシェアを持つ高品質な製品が数多くある。
 素材産業で勝ち続けることが、日本経済の勝機となるのではないか。そのために必要なピースとは。
 国内外の素材スタートアップ業界の第一線で活躍する株式会社TBM 常務執行役員CMOの笹木隆之氏と、TBM社外取締役を務める小柴満信氏に、日本の素材産業の現在地と可能性を聞いた。

グローバルで勝つカギは、差別化素材

── これまで素材ビジネスに長年携わられてた小柴さんは、現在の日本の素材産業をどのように捉えていますか。
小柴 日本全体が競争力を失っている中、素材産業、特に「機能化学品」の生産においては、他国と比べても優位な競争力を持っていると思います。
 素材産業における生産物は、「コモディティ(汎用化学品)」と「ファインケミカル(機能化学品)」に大きく分類されます。
 前者は用途が多岐にわたるものをいいます。例えば、肥料や洗剤、合成樹脂などの原料となるポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)などです。
 ビジネスの面で見れば大量生産が主流で技術も成熟しているため、企業ごとの差別化を生み出しにくく利益率の低い点が、コモディティの特徴ですね。
 後者の機能化学品は、「市場が小さくニッチ、でも差別化がしやすい素材」です。現在は半導体素材や有機EL材料、海洋分解性プラスチックなどが該当します。前者とは対照的に、利益率が高いことが特徴です。
 両者を区別する明確な基準はありません。機能化学品の研究が進み、安価に大量生産ができるようになれば、コモディティに含まれるようになる可能性もあります。
── 日本の機能化学品が、競争優位性を持つのはなぜですか?
小柴 機能化学品の世界市場規模は約50兆円であるが、分野ごとに見ると数千億円程度であることが、背景の一つです。
 欧米圏や中国の大企業のサイズ感ではコストと釣り合わず、彼らが手を出しにくい領域なんですね。
 規模では敵わないが、高い技術力を持つ日本企業はその隙間を狙える。しかも利益率が高いため、コモディティよりも売上が少なくてもビジネスが成立するというわけです。
 また、国内に良いサプライヤー(製造業者)が数多く存在している点も有利です。すでに確立した国内エコシステムを活用して事業者間の連携を取ることで、効率的かつ素早く事業展開が可能です。
笹木 そうした日本企業のポジショニングは、私たちのような素材系のスタートアップ企業も恩恵を受けていますね。まさに今も様々な企業と技術提携しながらビジネスを作っている最中です。
 もちろん素材として海外でも通じる競争力を身に付けている、という前提はありますが、スタートアップでも早い段階から、グローバル市場にアクセスできるチャンスはなかなか無いので、未来の明るい成長分野だと感じています。
小柴 むしろスタートアップの方が、規模の大きい会社よりも活躍できる領域かもしれないですね。
 大企業の新規事業として参入しようとしても、社内稟議を含め、既存の慣習や商品の価格設定など、越えなければならないハードルが山積みですから。
 とは言え日本は、いつまでも機能化学品市場の優位性にあぐらをかき続けるわけにもいきません。現状維持の目的化は衰退を招く可能性があります。
 特に、TBMが今取り組む「グリーンマテリアル(環境配慮素材)」の領域は、新しいフィールドを開拓し続けなければならない、素材開発のスピードが求められるフェーズにあるでしょう。

「グリーンマテリアル」への転換が急務

── 近年脱炭素の流れは世界中で主流となっており、グリーンビジネスに注目が集まっていますが、どう評価されていますか。
小柴 各政府や企業が一丸となってグリーンな方向を目指すようになった……という点では、国内外ともにサステナビリティのファーストステップを越えられたように思います。
 しかし世界各国のサステナビリティにまつわる政策をぐるっと見てみると、圧倒的に「サイエンスの観点」が足りないんですね。
 つまり、人文的な知見を持つ環境学者ばかりが政策作りに関わっているため、クリティカルな環境問題の解決になかなか辿りつかない、という点が挙げられます。
 例えばヨーロッパではEV(電動輸送機器)に注力する政策方針が採られています。EVは排気ガスを出さないから「環境に良い」とされている一方、実際には製造時の二酸化炭素排出量が多く、廃棄されるバッテリーの環境汚染といった見えづらい負荷についても考えて結論を出す必要があります。
 また太陽光発電や水力発電などの再生可能エネルギーを利用し、二酸化炭素を発生させない生成方法で作られたグリーン・アンモニアも「環境負荷が少ない」と言われていますが、従来の環境負荷が重い製造プロセスが関わってしまいます。
 製品の生涯全体を見回して環境負荷が大きくなっている可能性があることについて、常に意識する必要があると思います。
笹木 日本における課題では、既存の素材をグリーンマテリアルに切り替える際のハードルが挙げられますね。
 素材に関わるルール(法制度、認定等)は多く、世界では新しい目標やイニシアチブが次々にアップデートされています。
 特にプラスチック素材は取り巻く法制度が多々あり、我々製造側は時代の流れをキャッチアップし、フィットしていくこと、また新たにルールを創造することが常に求められます。
 開発から製造、投資に至るまで、高速でPDCAを回している状況ですね。
小柴 グリーン分野はまだ混沌期。2030〜2035年というショートタームでの目標は各国で置かれている一方で、2050年といった長期でのディスカッションまでは到達していません。
 アップデートが激しい現在だからこそ、素材産業に従事する企業は、様々な武器や選択肢を持つことが重要になると思います。
 なかでもTBMが開発・製造する「LIMEX(ライメックス)」は、他の施策と比べて非常にシンプルな仕組みですが、期待の素材です。
 単純で合理的なソリューションは、グリーン分野における選択肢として残り続けると思いますね。

日本でも調達できる石灰石が主原料のプラ・紙代替素材=LIMEX

── LIMEX(ライメックス)とは、どのような特徴を持つ素材なのでしょうか。
笹木 「LIMEX(ライメックス)」は、炭酸カルシウム(石灰石)などの無機物を50%以上含む、プラスチックや紙の代替製品を作り出すことができる日本発の新素材です。
LIMEXの原料となる石灰石(写真中央)と、そこから生成されたシート(写真左上)。
 LIMEXの原料の50%以上は、石灰石由来の炭酸カルシウムなどの無機物。石灰石は「資源小国」と言われている日本では珍しく、国内で調達できる資源です。
 原料の長距離輸送を必要とせず、価格も安価、かつ安定的に調達できます。
 海外ではLVMHグループ傘下のブランドの化粧品容器の材料になるABS樹脂の代替として採用、タイの大手スーパーの買い物かごの素材として使用されていたりと、サステナビリティに対する意識が高い企業から評価をいただいています。
 日本国内でも大手小売の買い物袋やごみ袋、大手飲食チェーンではラミネート加工がされた印刷物など、価格競争の激しい製品でもシェアを獲得できている状況です。
小柴 最初にLIMEXについて聞いた時、驚きました。
 従来の石油由来のプラスチックにも、炭酸カルシウムが入ってはいるんです。割合を5割以上に変えることで、ここまで可とう性(外力によってしなやかにたわむ性質。 曲げた際に折れずに曲げられる性質)があり、印刷性能もしっかりした代替素材が生まれるとは思いませんでした。
 コンパウンド(合成物)として見ても非常に面白い素材を開発したな、と感心した記憶があります。
 そして「原料の比率を変えただけ」というシンプルさがありながら、プラスチックの量を確実に減らし、成果を生み出せる。非常に画期的なアイデアだと思います。
笹木 コモディティとされる石油由来のプラスチックのマーケットは環境対応の要請により、今後、使用の制約が進んでいきます。その一方、プラスチックの使用量を抑えた素材や、CO2など温室効果ガスの排出量を抑えられる素材のニーズは上がっていきます。
 世界人口の増加により、2060年には世界中で使われるプラスチックの使用量が約3倍に増える、とも言われています。だからこそ、新しい環境配慮素材がもっと広がりやすくなるよう、積極的にはたらきかける必要性を感じています。
 現在、LIMEXというプラスチックの代替素材を生産しながらも、同時に「活用方法」についても提案できるよう、複数の事業を並行して走らせているところです。
 そのうちの一つが、先日β版を公開した「Green Sourcing Hub」となります。

BtoB向け素材マーケットプレイスで狙う世界シェア

──TBMが開発する「Green Sourcing Hub」とはどういったサービスになりますか?
笹木 一言で表すと、日本の優れた環境配慮型の素材が取り揃えられている、BtoB向けのマーケットプレイスになります。
 実は、環境配慮素材同士を比較できたり、購入できたりする日本発のマーケットプレイスは意外とこれまで登場してきませんでした。だから国際的な競争力を有した国内の環境配慮素材も、なかなか国内、海外のユーザーの目に比較して触れるチャンスが少なかったんです。
 成形過程で必要な物性値(例:溶融状態における材料密度 MFR熱伝導率などを表した数値)や環境配慮ポイント価格を比較・検討して素材を購入できるようなマーケットプレイスプラットフォームがあった方が、買い手もグリーン・マテリアルを導入しやすくなりますよね。
 そのような背景から、グリーン・マテリアル産業の活性化につながると思い、「Green Sourcing Hub」の開発準備を始めました。
 欧米では既に素材のデジタル取引が盛んに行われており、2025年までにはサプライヤーとバイヤーとのB2Bのデジタル取引が 80%になる、という予想もあります。
 今後、国内でも商取引のDX化が浸透し、シフトチェンジする瞬間は確実に起こる。僕たちが商取引のあり方も作っていくつもりでチャレンジしたいです。
小柴 自分たちの力だけでグローバルにビジネスを展開できるスタートアップばかりではありません。ただその一方、現地の代理店や商社の力を借りれば必ず開拓できる、というわけでもない。
 こういったフラットな海外展開に焦点を当てたBtoB向けのマーケットプレイスは、確かにありそうでなかった。面白い目の付け所だと思いました。
──ビジネスのロードマップを教えてください。
笹木 2023年11月からベータ版の運用を開始し、第一弾として自社のLIMEXや再生素材のCirculeX(サーキュレックス)、そしてグループ会社であるバイオワークス社が開発するポリ乳酸繊維のPlaX(プラックス)などを販売します。
 同時にマーケットプレイスへ出店する国内の素材メーカーや、購買ユーザーとして登録いただける国内外のバイヤーも募っているところです。
 低炭素素材やリサイクル素材、バイオ素材、そして生分解性素材など、素材のカテゴリを設けて、充実させていければと考えています。
 また、TBMとして素材を売り込む営業活動をするなかで、お客様がどういったポイントで環境配慮型の素材を選んでいるか、というデータが社内にも蓄積されています。そういったデータを生かし、コンテンツのUI・UXをアップデートしていきたいです。
──マネタイズはどのように考えられていますか。
笹木 いずれは出店側・購買側ともに登録手数料をいただいて運営できればと考えています。でも、多くの方に「Green Sourcing Hub」を利用していただきたいので、一定期間は登録手数料も無料でサービスを提供できればと思います。
 まずは、環境配慮型の素材のニーズが高く、母国語が英語であり、現地オフィスや販売パートナーを有するアメリカとイギリス、インドで展開していきます。ゆくゆくは成形メーカーが多く点在しているASEAN地域においても、「Green Sourcing Hub」を展開していきたいですね。
 メイドインジャパンのマテリアルは、海外でもクオリティの高さが評価されています。だからこそ、国を超えて環境配慮型の素材のクオリティをプレゼンテーションできるプラットフォームとして発展できれば、と期待しています。

ソフトとハードの融合が価値になる

── 今後、より日本の素材産業が発展していくためにも、各素材メーカーはどのようなことを意識すべきだと思いますか?
小柴 有形の価値と無形の価値をどうやって組み合わせていくかが重要だと思います。
 今、AIが注目されたかと思えば、次はハードウェアの価値が認められ……と、ハードとソフトが対立しながら、交互に注目されていくような状況です。
 しかし「どちらかだけ」ではバランスが悪く、どこかで力尽きてしまうんですよね。それは素材業界も同様のことが言えると思います。
 カーボンクレジットの市場が立ち上がり「温室効果ガスの排出削減量」を売買できるようになりました。この価格は徐々に上がっていくと思います。お金で解決することで、社会的な批判も受けるようになるでしょう。
 このように、今までと違うエコノミーで「無形の価値」も重視されるようになっていきます。
 ハード、つまり素材そのものの質を磨くだけでは生き残れない。ソフト面でも顧客が価値に気づけるような視点を取り入れることで、より強固なビジネスを展開できると思います。
笹木 加えて、これからは素材一つを売るにしても「価値の判断指標」を開示することが鍵になっていくと考えています。
 CO2排出量を表示するカーボンフットプリントや、天然資源の消費量を示すマテリアルフットプリントなど、多角的に価値の判断指標を提示することが、グリーンマテリアルの浸透にもつながります。
 また、海外にも石灰石は豊富にあるので、日本以外でもLIMEXを生産することはできます。「持続可能な範囲で国の資源を活用する」という発想が生産国に浸透していけば、リサイクル性を有したLIMEXもより浸透していくと思うんです。
 小柴さんのお話を伺って素材ビジネスのDXを通じて、「資源循環の付加価値」を提供することも我々の重要な責務、と感じました。
 今、静脈産業は、廃棄物を再生材に変えてメーカーへ戻す「リサイクル」業だけではなく、高品質な再生材の安定供給を行う「リソーシング」産業への転換が求められています。
 TBMが事務局となり、一般社団法人「資源循環推進協議会」を立ち上げましたが、ものづくりに、循環配慮設計が求められています。
 パラダイムシフトが起きているなか、僕たちはしがらみのないスタートアップとして挑戦し続けなければ、と思っています。
 ディープテックのTBMはステークホルダーの皆様から多くのサポートをいただいてきたからこそ、責任を持って、より高くジャンプしていきたいですね。