2023/11/16

アメリカで就職したデザイナーが、“停滞”を経て日本でCXOになるまでの軌跡

NewsPicks Brand Design Creative Editor
日本でも「デザイン経営」という言葉が広まり、経営に携わるデザイナーの数は増えてきた。しかし、世界と比べると、その数は圧倒的に少ない。
その原因の1つは、「デザインリーダーのロールモデルの不足」にある。
デザイナーとして事業に貢献し、経営にもインパクトを与える。そんなデザインリーダーの目指すべき姿を模索するべく、GoodpatchとNewsPicks共催の「DESIGN LEADER IMPACT AWARD」が初開催される。
開催に先駆け、本連載「Designer’s Story(デザイナーズ・ストーリー)」でも、アワードの審査員やセッションに登壇するデザインリーダーたちのキャリアから、目指すべき「デザインリーダー」像を探っていく。

ITブームの最中、考古学からWebデザインの世界へ

第3回は、2023年6月にメルカリの執行役員 CXO Marketplaceに就任した前川美穂氏

そのキャリアは留学していたアメリカで始まり、マイクロソフトに入社した。その後日本に帰国し、日本マイクロソフト、ファーストリテイリング、メルカリと名だたる企業を渡り歩いてきた。

そのキャリアのなかで、彼女はデザイナーとしてどんなスキルを磨いてきたのだろうか。
──前川さんは2023年6月に、メルカリのChief Experience Officer (CXO)に就任されました。メルカリのCXOとは、どのような役割なのでしょうか。
 メルカリのミッションである「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」を実現するため、お客様視点をもとに、メルカリでの体験のビジョンを創り、戦略の策定からプロダクトへの実装までを一気通貫して担っています。
 もともとはVP of Experience Designとして、メルカリマーケットプレイスのUXデザイン領域の統括を担当していたのですが、2023年6月の組織編成によりデザイン組織と顧客体験に関わるプロダクト開発まで領域を拡張して見るようになりました。
 最近のお仕事で言うと、今年でメルカリはサービス開始から10周年を迎え、よりお客様が取引を簡単に、そして楽しんでもらえる機能をリリースしました。
メルカリ10周年のキービジュアル
 その中の1つに、取引メッセージにリアクションをつけられるという機能があります。
「絵文字が使えるようになることが、どう会社の利益につながるの?」とも思われるかもしれませんが、これによってより取引相手の方とのつながりや「コメントを返すほどではないけど何か反応を返したい」というお客様の言語化できなかったニーズを満たすことができました。
 また、直近では「まとめ買い」という機能を提供しました。
 これは、「同じ出品者からまとめて商品を購入したい」というお客様の声を受けて開発した機能ですが、お客様の利便性だけでなく、まとめて配送されることで環境や物流事業者への負担軽減にもつながる機能にできたと考えています。
 こういった“メルカリらしさ”である「人とのコミュニケーションやつながりを大切にしたい」「プラネット・ポジティブな社会を実現したい」というビジョンを実際のプロダクトに反映させることが、私の役目だと思っています。
──前川さんはどんな経緯でデザイナーを志したのでしょうか。
 もともとは古代史や世界史が好きで、そういった分野を学びたくてアメリカの大学に留学しました。ただ、その分野で食べていくのはなかなか大変そうだなという思いもありまして。
 そんな中、ITブームがやってきていたこともあって「これからの時代はプログラミングだ」と思い、いくつかプログラミングの講座を履修してみました。
 プログラミング自体はあまり自分には合わないと感じましたが、たまたま受講したWebデザインがすごくおもしろくて。先生からも「美大を受けてみたら?」と勧められ、そこから美術大学に転入しました。
 卒業後は現地の企業でWebデザイナーとしての経験を経て、マイクロソフトのアメリカ本社に入社しました。
──マイクロソフトには、どのようなキャリアを目指して入られましたか。
 こうなりたいという像がとくにあったわけではありませんが、いかにして自分の強みを活かしてバリューを出せる人材になっていくか?ということに重きを置いていました。
 アメリカでの自分の強みは外国人であり、日本語や日本のカルチャーがわかること、そして複数の言語に対応したデザインの経験があることだったので、それを活かせる仕事に就きたいなと思っていました。
 マイクロソフトではプロダクトデザイナーとして、ポータルサイトである「MSN」のトップページのデザインと、そのグローバル展開を主に担当しました。
 ところが半年ほど働いたとき、外国人に対するビザの発行が制限され、アメリカで働き続けられなくなってしまって。
 それで日本に戻り、同社の日本法人である日本マイクロソフトで働くことになったんです。
──日本への帰国は不本意だったのでしょうか。
 仕方がないなとは思いました。ただ、いつかまたアメリカに戻るつもりではいました。
 日本マイクロソフトでも「MSN」のデザインに携わっていたのですが、日本支社になったことで裁量はだいぶ減ったと思います。
 本社にいたころはサイト全体のデザインをつくることができましたが、異動後は主にアジア圏に向けたサービスのローカライズをメインで担ってしまいました。
 ただ、周りに優秀な方が多くて、この人たちともっと一緒に働きたいなという思いから7年ほど在籍していました。

「自分は成長できていない」が挫折に

──その7年でキャリアに変化はありましたか。
 それが、何も変わらなかったんです。
 本社にいる同期デザイナーがどんどん昇進していたのに対し、自分は日本支社で限られた領域の中でしか仕事をしていなくて。グレードは上がっていましたが、明確に役割が変わることはありませんでした。
 でも、それは環境のせいではなく、私自身が居心地が良かったことに甘えて成長できていないことに気づけていなかった
「今の自分は全然イケてないな」と強い挫折感を覚えました。
──「停滞」を挫折と捉えたんですね。そこからどんなアクションを取ったのでしょう。
 もともとはアメリカに戻ることを考えていましたが、今のままだとアメリカに戻っても自分に価値はないと思いました。
 だったら、日本発で世界に向けて事業展開する企業で働きたい。そこでなら、アジアのマーケットを理解していること、かつグローバルな事業に携わった経験を活かせると考えました。
 そんなとき、ちょうどファーストリテイリングがUXを強化していこうとしているという話を聞き、チャレンジさせていただくことになったんです。
──ファーストリテイリングに入ったことで、その停滞を打破することはできましたか。
 はい。私のキャリアの中で大きな成長の機会の1つだったと思います。その中で大きな学びが2つありました。
 1つ目は、デザインをするとき、「常にお客様のことを考える」ということが当たり前になったこと。
 正直、マイクロソフトにいたときはお客様の顔があまり見えませんでした。ユーザーリサーチで一部のお客様にインタビューする機会はありましたが、「使っている人がどんな人か?」ということまで意識しきれてはいませんでした。
 しかし、ファーストリテイリングでは、実際に店舗へ行く機会も多く、お客様が店舗でアプリを使ってくださっているのを目の当たりにしたりすることで、お客様によって様々な購買体験があるということがわかりました。
 その中で、「どうやってお客様がより欲しい商品を簡単に見つけることができるか」、また「商品の魅力をどうやってお客様により良く伝えていけるのか」と、今となっては当たり前のことですが、お客様視点で深く考えるようになりました。
 そして2つ目は、 “使命感”を考え出したことです。
 ファーストリテイリングでは、経営者とはなにかを学ぶ機会が多く、その中で「社会における企業の存在意義(使命感)を考える」という視点は、私のマインドセットを大きく変えたものでした。
 会社は社会に役に立って初めて存在が許されるため、会社と自分がどのように社会に貢献できるのかを考えるようになりました。
 これまで、自分のキャリアに重きを置いていたところから、初めて利他的な目線に変わったんです。
──そこから、メルカリに転職したのはどういった経緯だったんでしょうか。
 使命感を意識したことで、企業の存在価値についても興味が湧いたのがきっかけです。
 そんなとき、メルカリは山田進太郎(現社長)の「限られた地球資源の中で、豊かな社会を実現するには?」という問いから生まれたことを知りました。
 ちょうど私もファーストリテイリングで製造・流通の世界を間近で見ていて、余ってしまった服をなんとかできないかと考えていて。
 「限られた資源の中で、モノを循環させる社会を目指す」。そうした姿勢に強く共感し、メルカリに参画しました。
 メルカリでは、使わなくなったモノを「捨てる」から「“新しい価値”として必要な人に受け継がれていく」ということが当たり前になる社会を目指しています。

自分の特性と使命感がわかれば、進むべき道がわかる

──前川さんがデザインリーダーとして意識していることは、どんなことなのでしょうか。
 経営者として自分に何ができるか、ということを常に考えています。ファーストリテイリング時代、社員みんなが「自分が社長だったら?」ということを意識させられてきました。
 デザインリーダーは顧客をよく知り、それをもとに課題解決できるところに強みがあります。その強みを活かすなら、自分は何をミッションにしてそれをどう実現していくか。
 それを経営者の目線になってお客様と約束し、その約束をひとつひとつクリアしていくことだと思っています。
──前川さんのようなデザインリーダーになるため、キャリアを積む上で大切なことは何だと思いますか。
 自分の特性を理解することではないでしょうか。
 自分は何が得意で、何が苦手なのか。それを知ることで、自分がどう成長していくべきかが見えたり、組織をつくる上で自分が苦手な領域をサポートしてもらえるメンバーにお願いすることができたりと、チームとしても成功できるようになります。
 私自身が、自分の特性を意識しはじめたのは38歳のときです。マイクロソフト時代に挫折を覚えたことで自分自身を初めてちゃんと振り返りました。
 当時からUXデザイナーという肩書ではありましたが、お客様の課題の抽出から解決方法の模索、そして本当に良い体験を提供できていたのか、という観点からUXデザインの手法を見つめなおし、改めて勉強をしました。
 そして、ファーストリテイリングでもオンラインだけではなく、オフラインのお客様の体験に関わるあらゆるチャレンジをさせていただきました。
 自分の特性を活かし、その上で自分の使命感に共感できる場所を追求して行った先が現在なのかなと思っています。
──「デザイナーとして自分を知る」にはどんな手段があるのでしょう。
 定量的な見方としては、自分のこれまでの経験や強みを必要としていただける企業がどのくらいいるか、ということでしょうか。
 自身がどんな分野で必要とされているか、どんなスキルを評価されているのか、が明確になると思います。
 定性的な見方としては、これまで一緒にお仕事をした方に、当時はどうだったかなど聞いてみるといいと思います。
 どんな方法であれ「他者から見た自分」というのが、自分の特性を知るための道標になるはずです。