2023/11/27

今こそ問う。あなたは何のために働くか

NewsPicks Brand Design Senior Editor
日本の会社には今、「ゲームチェンジャー」の必要性が突きつけられている。

待ったなしに進む少子高齢化や、深刻化する環境破壊、分断が深まる国際関係。不確実性が高い今の時代に求められるのは、自ら答えを作り出し、新しい社会の価値創造に挑むゲームチェンジャー人材だ。

今年10月に開催されたアライアンス・フォーラム財団主催のイベント「World Healthcare Game Changers フォーラム(WHGCフォーラム)」では、そんなゲームチェンジャーに求められる力や育て方を議論。イベント内容から一部を抜粋してお届けする。

会社は誰のものか?

 ゲームチェンジャーとは、物事の状況や流れを一変させる存在のこと。ビジネスの文脈で捉えれば、従来とは異なる視点や価値観で、市場に変革を起こす存在を指す。
 そんなゲームチェンジを起こせる人材こそが、日本のビジネス界に切望されている。そう語るのは、一般財団法人アライアンス・フォーラム財団会長の原丈人氏だ。
 原氏が提起する、日本のビジネス界が抱える課題とは何か。
「私が最も問題視しているのが、ここ数十年で世界に広まった『会社は株主のもの』という考え方です。
 その思想こそが、企業が短期的な利益追求に追われ、本当に社会的価値のある事業に取り組めなくなっている要因だと考えているのです」(原氏)
「会社は株主のもの」という主張は、1997年に米国のCEOの団体であるビジネス・ラウンドテーブル(日本の経団連に相当)が、「経営陣と取締役会は株主に対して最大の責務を負う」と宣言したことに端を発する。
 株主が株を買う根本目的は、金銭的リターンを得ることだ。原氏によれば、「会社が株主のもの」ならば、会社は株主に利益を還元するために、できるだけ短期間で多くの利益を生み出す思考に傾くという。同氏は次のように指摘する。
「企業が短期間で利益を生み出そうとすると、何が起こるのか。まずは、利益を出すまでに時間のかかる研究・技術開発に注力することが難しくなります。 さらに、短期間で利益を得るために投機的な手法に走りやすい。
 そういった企業の姿勢や行動が常態化すると、本当に社会の役に立つ事業をつくろうとする精神が、徐々に失われてしまうのです」(原氏)
 こうした現状に対し、本来あるべき資本主義の姿として原氏が提唱するのが、「公益資本主義」だ。
 企業を構成するのは、何も株主だけではない。企業は、従業員や取引先、地域社会などさまざまな社中(注)に支えられている。
 だからこそ、企業は特定の社中だけではなく、会社を支えてくれる社会全体に利益を還元していくべきだという考え方だ。
注)同じ目的を持つ人々で構成される仲間や組織(Company)のこと
「企業が担う本来の目的は、事業を通じて社会に貢献し、豊かな社会をつくることです。その企業の根本的な存在意義が、ここ数十年で特に揺らいでしまっています。
 だからこそ、現状を打破し、本当の意味で社会に利する事業をつくれる『ゲームチェンジャー人材』が求められているのです」(原氏)

社会を俯瞰する力を身につけよ

 既存の流れを覆し、現状を一変させる。そんなゲームチェンジャー人材には、どのような姿勢が求められるのだろうか。原氏は、「物事を俯瞰する力と長期的なビジョン」が重要だと説く。
「ゲームチェンジには、課題の全体像を捉える力が不可欠です。近視眼的/局所的な物の見方をしていては、到底太刀打ちできません。
 そこでまず必要なのは、俯瞰する力。社会全体の構造や問題を的確に捉えられる、観察力や思考力を磨く必要があります。
 さらに、長期的な視野。50年後に日本をどうしたいのか、それくらいの時間軸でビジョンを描いてほしいのです。
 そうした人材を育んでいきたいとの思いのもと、『World Healthcare Game Changers フォーラム(WHGCフォーラム)』を開催しています。
 ここでいうHealthcareは、身体の健康というより社会の健康。社会をより健やかにするために、視座を高め合う場にしていきたいのです」(原氏)
 とはいえ、それらの力はそう簡単に身につけられるものではない。具体的に、何から始めたらいいのだろうか。
「何より大事なのは、自分の頭で考え、身体で感じること。現場に足を運んで覚えた違和感や課題意識が自分の意思を形づくり、観察力や思考力の基礎を築いていくのです。
 逆におすすめしないのは、調べる・考える際に、コンサルタントやアドバイザーを頼ること。他人任せにしては、自分の感覚は磨かれないですからね」(原氏)
 自身で道を切り開き、社会に価値を還元する体現者としてイベントに登壇したのが、株式会社アオキ代表取締役会長の青木豊彦氏だ。
 青木氏は、小説『下町ロケット』のモデルとなった人工衛星「まいど1号」の発起人プロデューサーとして知られている人物だ。
 東大阪に本社を置くアオキは、いわゆる中小企業ながら、ボーイング社から認定を受けた知られざる企業。航空機をはじめとした精密部品を製造している。
 青木氏は、企業の規模にかかわらず、価値を発揮できる企業の要件として、「社員が自分の会社に誇りを持てる会社」を挙げた。
「大手企業と違って、我々のような中小企業の名前は世間に知られていません。しかし、『今は誰にも知られていなくても、いつかみんなに知ってもらえる会社になる』と自信を持って言える社員が多いほど、その会社は伸びるんです。
 小さい規模の会社が、あれもこれもと複数の事業を追い求めても仕方ありません。自分たちの得意領域を見極め、その技術を信じて磨き込んでいく。それが会社の優位性となり、社員の自信につながっていくはずです」(青木氏)

ゲームチェンジャーたちは、共歩せよ

 ここまで見てきたゲームチェンジャー人材が、より大きな力を発揮していくためにはどうしたらいいのか。イベントの最後には、パネルディスカッションでその方法が議論された。
 その前段としてまず語られたのは、「そもそもゲームチェンジャー人材を、組織の中でどう育てるか」という論点。
 ロート製薬取締役CHROの河﨑保徳氏が強調したのは、「変わり者」の重要性だ。
「皆さんご存じの通り、画一的な大量生産で価値を出せていた頃から、社会は大きく変わりました。AIも急激に発展し、平均的な答えや解決策はたった数秒で生み出せる時代です。
 そんな中で企業がイノベーションを生むためには、社員が自分の個性を持って活躍できることが必要なんです。
 そのために、ロート製薬では今『石垣型』と呼ばれる人事制度を構築しています。
 均一に積み上げられたブロック塀に対して、石垣は大小さまざまな石が積み上がっている。石垣のように、社員の個性や特性を活かせる人事制度が、今の時代に合っていると考えているんです」(河﨑氏)
 しかし、いくら人材を育てても、一人で生み出せるインパクトは限られる。そこで人材同士が交わり協調する重要性を語るのが、三井不動産フェローで、ライフサイエンス領域でのエコシステム構築に取り組んでいる三枝寛氏だ。
「よく言われる話で、既存の枠組みを変えて付加価値を生み出せる人間とは、『よそ者・若者・ばか者』だというものがあります。
『よそ者』は既存の仕組みを外から客観視する力があり、『若者』は固定観念のない率直な意見を言える。『ばか者』は、誰もが無理だということをやり遂げてしまうような信念を持っています。
 ですが、この3つを兼ね揃える人間なんて、そうそういませんよね。
 だからこそ、人材がもっと広く交流していくべきなんです。個性を持った一人ひとりの人材が出会えば、お互いの足りない部分を補い合って、とんでもない化学反応が生まれ得る。
 それが、私がコミュニティやエコシステムに取り組む理由なんです」(三枝氏)
 では、そんな共創の場を生み出すために、必要な心構えはなんだろうか。アカデミア領域とビジネス領域での共創を例に語ったのは、研究者の知に出会えるWebメディア「エッセンス」を運営する西村勇哉氏だ。
「『どちらかが下請け』といった主従関係が生まれると、協業はうまくいきません。
 たとえば、企業が研究機関に対して、“仕事を発注する”という感覚になってしまうのは、非常にもったいない。
 企業は短期的に売り上げが上がる技術を求めていたとしても、研究者は10年先を見据えて研究しているかもしれない。
 そういった時に協業を諦めるのではなく、研究者を『企業にはない視点を与えてくれる存在』と捉えて付き合えると、長期的な価値を一緒に生み出しやすくなると思います」(西村氏)
 また、西村氏は、研究者と企業とが役割分担することの意義についても語った。
「研究者は専門分野を縦に深掘りしますが、横の連携がないために研究がたこつぼ化してしまうことも。
 困っている人のニーズを知る企業と、新しい可能性を追求する研究者が役割分担して、シームレスに情報交換ができるエコシステムをつくることで、より適切な形で社会に還元することができると思います」(西村氏)
 ゲームチェンジャー人材の育成は1社だけでは実現が難しいケースもある。大切なのは、立場の異なる者同士が議論し、連携し合える共歩の環境を整えることだ。
 そんな環境づくりの一つとして、WGHCフォーラムは社会を変える力を持つ人材の輩出に取り組んでいく。