2023/11/20

【2025年開業】未来型実験都市、「TAKANAWA GATEWAY CITY」の正体

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
2020年3月に開業した、新駅「高輪ゲートウェイ」──。
かつて江戸への玄関口としての役割を果たし、明治期には日本ではじめての鉄道が海上を走った場所で、いま新たなまちづくりが進んでいる。
2025年3月にまちびらきを控えた、TAKANAWA GATEWAY CITYだ。
JR東日本は、この街を「100年先の心豊かなくらしのための実験場」と位置付け、国内外の多様なパートナーと新たなビジネスや文化の創造を目指している。
TAKANAWA GATEWAY CITYの風景イメージ(画像提供:JR東日本)
そんななか、2023年10月、JR東日本と東京大学が100年間の産学協創協定を締結したことを発表した。
TAKANAWA GATEWAY CITYを拠点に「プラネタリーヘルス(地球規模の健康)」を創出すべく、未来のくらしづくりを加速させる。
未来型実験都市、TAKANAWA GATEWAY CITYでこれから何が起きようとしているのか。
JR東日本と東京大学のタッグにより、どのようなイノベーションの芽が生まれようとしているのか。JR東日本 深澤祐二CEOと東京大学 藤井輝夫総長に話を聞いた。

100年先の未来を見据えた「実験場」

──2025年3月にまちびらきを控えた、「TAKANAWA GATEWAY CITY」。どのようなまちづくりを目指しているのでしょうか。
深澤 高輪は、江戸時代には玄関口としての役割を果たしていました。明治5年(1872年)には、日本ではじめての鉄道が海上を走った地でもあります。
 鉄道は150年以上、人々のくらしとともに走り続けてきました。これまでの150年の歩みを大切にしながら、次の100年をより心豊かなものにするにはどんなまちづくりが必要なのか。
 私たちは、TAKANAWA GATEWAY CITYを「100年先の心豊かなくらしのための実験場」と位置づけ、国内外の多様なパートナーや地域のみなさまとともにまちづくりを進めています。
1978年東京大学法学部卒業。日本国有鉄道(国鉄)に入社。1987年、民営化に伴いJR東日本に入社。2003年に総合企画本部投資計画部長、2006年取締役、2008年常務取締役、2012年副社長を経て2018年から現職。
──実験場、ですか。
 そうです。街全体に国内外から多様な人・企業が集結し、社会課題の解決に向けた実験場とすることを目指しています。
 共創パートナーであるKDDI株式会社とともに、街のデータ基盤となる「都市OS」の構築やロボット・ドローンなどの多様な実証実験を進めています。
 またシンガポール国立大学とスタートアップの海外進出を相互支援するために、連携協力の覚書を締結するなど、さまざまな知見を持つスタートアップや行政、大学などとの連携を加速しています。
 日本の社会は安定や公平を重んじる社会です。もちろんそれは良い面もありますが、一方でそれは、新しい挑戦に消極的になるなど、失敗を許容しない文化を育むことにもつながってきました。
 失敗を「失敗」と捉えるのではなく、「新しいデータが得られた」などとポジティブに捉えてみる。そんな挑戦する人を応援する文化をTAKANAWA GATEWAY CITYから日本に広げていきたいと考えています。
──今年10月、東京大学との100年間の産学協創協定も発表しました。
深澤 「次の100年の心豊かなくらしをどうつくるか」を考えたとき、明治初期から日本の知のインフラを築いてきた東京大学と一緒に取り組みたいと考えました。
 東京大学が持つ多様かつ最先端の知を実証できる機会がもっと増えれば、より日本に多くの知が循環し、社会課題の解決につながるのではないかと。
 そして、次の100年に向けて両者でディスカッションをするなかで行き着いたのが、「プラネタリーヘルス」というビジョンでした。
 人類は産業発展を進めるなかで、一人ひとりのウェルビーイングを追求してきました。しかし、いま起きている社会課題を解決するためには、地球視点でのウェルビーイングを考える必要があります。
 人も地球のシステムの一部であり、人の健康は地球の健康、つまり環境問題を含むさまざまな問題と深くつながっています。
 そこで人の経済活動が、健康や都市環境、地球上の生物・自然に与える影響を分析し、「人・街・地球」の全てがバランスよく良好に保たれるようなくらしづくりを実現するのが私たちの目指すプラネタリーヘルスの考え方です。
 今後、東京大学とともにプラネタリーヘルスの創出を目指す協創プロジェクトも立ち上げ、TAKANAWA GATEWAY CITYを起点に未来のくらしづくりに挑んでいきます。

「ビジョンの共有」と「100年の時間軸」

──東京大学としては、なぜJR東日本との提携に至ったのでしょうか。
藤井 東京大学は、2027年に創立150周年を迎えます。
 明治以降、日本が近代国家を築いてきた過去150年の歴史をふまえ、次の150年をどう描くのか。人類が地球規模の課題に直面するなかで、アカデミアが果たせる役割とは何か。いま私たちは、そんな問いに向き合っています。
 2021年に東京大学はUTokyo Compass「多様性の海へ:対話が創造する未来」という基本方針を策定し、「対話から創造へ」「多様性と包摂性」「世界の誰もが来たくなる大学」の3つの理念を掲げました。
1993年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了・博士(工学)、同生産技術研究所や理化学研究所での勤務を経て、2007年東京大学生産技術研究所教授、2015年同所長。2018年東京大学大学執行役・副学長、2019年同理事・副学長(財務、社会連携・産学官協創担当)を務め、2021年より同総長に就任(現在に至る)。 その他、2005年から2007年まで文部科学省参与、2007年から2014年まで日仏国際共同研究ラボ(LIMMS)の共同ディレクター、2017年から2019年までCBMS(Chemical and Biological Microsystems Society)会長、2021年より総合科学技術・イノベーション会議議員(非常勤)。 専門分野は応用マイクロ流体システム、海中工学。
 国内外のゲートウェイとしてさまざまな人・組織が行き交うTAKANAWA GATEWAY CITYは、産業界や地域の方々とともに課題を共有し、対話や実験ができる絶好の場です。
 そこで私たちとしても新たな挑戦をしたいと考え、JR東日本とともにプラネタリーヘルスの創出に挑むことを決めました。
──産業界とアカデミアの連携は、お互いの目指すところや文化の違いなどから決して簡単な取り組みとは言えません。どのような点を意識することで、シナジーを生み出したいと考えていますか。
深澤 トップ同士の「ビジョンの共有」を大切にしています。
 異なる強みを持つ2者ならではの協創により、100年先の未来のくらしづくりを進めるためには、トップ自らがビジョンを共有することが不可欠です。
 それも一回限りではなく、定期的な対話とアップデートを通じて継続すべきものだと考えています。
 また地球規模の社会課題を解決するためには、長い時間軸を前提にした対話が必要になります。そのため、今回は単発的な取り組みではなく、100年という時間軸での協創にこだわりました。
藤井 従来の産学連携は、産業界の現場担当者が自社の技術的課題を解決するために大学に相談し、取り組みがスタートするケースが多かったですよね。
 もちろん、こうした取り組みは東京大学でも活発に行っていますが、今回の「産学協創」はトップ同士が未来に向けたビジョンを共有したうえで、長期的な時間軸でアプローチを探索する取り組みです。
 また、大学や企業では専門ごとにサイロ化しやすい傾向がありますが、TAKANAWA GATEWAY CITYのようなリアルな場に多様な人材が集まることで、よりお互いの専門性をうまく融合できるのではないかと考えています。

「失敗を許容する文化」を育む

──企業では数年で結果を出すことを求められることが多いですが、本当の意味でイノベーションを創出するためには、やはり長期的な視点で考えることが重要なのでしょうか。
深澤 おっしゃる通り、企業が持続的に成長するには当たり前ですが利益を上げる必要があります。そのため毎年の売上目標に集中してしまい、短期的な視野に陥りやすい環境であるのは事実です。
 しかし、それだけでは企業が社会に対して貢献することは難しくなります。
 地球規模の社会課題を解決し、人間と地球の健康の両立を実現するためにも、100年という長い視点から逆算し、物事を考え取り組んでいきたいと私たちは強く決意しています。
藤井 この50年、100年で何が起きたかを振り返ってみると、次の50年、100年もそれ以上の大きな変化が予想されます。
 たとえば技術の進展を辿ってみると、DNAの二重らせん構造が発見されたのが1953年、ヒトゲノムのドラフトシーケンスがはじめて解読されたのが2000年です。
 この間、遺伝子情報が見えるようになり、生命に対する私たちの見方は大きく変わりました。メッセンジャーRNAワクチンが短期間でつくられ、パンデミックにも対応できた。
 またたとえば、インターネットが誕生してから50年ほどが経ち、今や広範囲かつ圧倒的なスピードで知の共有が進み、SNSの登場によってさらにそれが加速しています。
 このように大きな変化が数十年単位で起きるなかで、私たちは技術やトレンドの変化を捉えながら、対応することが求められます。そのためにも、未来へのさまざまな実験を行い、失敗し、新たな挑戦の糧にする。
 TAKANAWA GATEWAY CITYは、心理的安全性が担保されている環境です。要するに失敗を許容する文化があるからこそ、新しいものは生み出されると考えています。
深澤 そうですね。長期視点があるからこそ短期的な失敗を受け入れ、新しいチャレンジを継続できる環境を育むことができるのだとも思います。
 以前から、スタートアップのみなさまからも「実証実験をする場がなかなか見つからない」という声をよく耳にしていました。新しいテクノロジーを社会実装するためには、リアルな実験の場が必要です。
 そして研究開発の過程で失敗は必ず起こり得るもの。挑戦者を応援するTAKANAWA GATEWAY CITYという街を丸ごと実験場として提供することで、新たなイノベーションの創出を目指していきたいですね。

100年先の豊かな未来へ

──最後に、TAKANAWA GATEWAY CITYを起点にお二人が描く未来についてお聞かせください。
藤井 昨年の入学式で、私は学生たちに「スタートアップに一歩踏み出してみませんか」という話をしました。
 日本の近代社会の礎を築いた実業家・渋沢栄一は、単に会社をおこして自己利益を追求するだけではなく、それぞれの力やリソースを持ち寄って社会全体を良くしていく「合本主義」を説きました。
 つまり起業やビジネスの本質は、単なる自己利益の追求にとどまるものではない。
 他者が何を望んでいるかを気づき、知り、それに応じて行動する。そして他者へのケアを実践し、公共性や社会における連帯を担うものといえます。
 この他者を顧慮(ケア)することは、いまを生きる私たちが忘れてはならないことだと思います。
 東京大学は世界の公共性に奉仕する大学として、TAKANAWA GATEWAY CITYでの協創を通じてあるべき未来に向けた社会の課題解決に貢献したい。そして一人ひとりのウェルビーイングとプラネタリーヘルスの創出に向けたビジョンを世界に向けて発信したい。夢のある未来を社会とともにつくり上げていきたいと考えています。
深澤 冒頭でお話ししたように、TAKANAWA GATEWAY CITYは日本ではじめて鉄道が走ったイノベーションの地です。江戸から明治へと変わる混乱期の中、軍備拡大を優先させるべきという反対意見もあるなか、「鉄道が強い国をつくるんだ」と信念を持った人々の手によって、わずか5年で新橋から横浜間に鉄道を開業させました。
 こうした歴史を振り返ることができるように、TAKANAWA GATEWAY CITYでは高輪築堤をまちづくりの中で活かし、高輪築堤跡の現地公開も予定しています。
 まさにいま、150年前に日本の豊かな未来を考えて鉄道をつくった人たちの志を、私たちは継承しなければいけないと思います。そして、100年後の人たちに、「あのときの挑戦がいまのくらしを支えている」と思ってもらえるような挑戦を続けていきます。
 100年先の心豊かな未来をつくるために、私たちはいま何をするべきなのか。そのマインドを持ち続け、失敗を繰り返しながらチャレンジしていく。そして、新しいことをどんどん生み出していく。未来への実験場であるTAKANAWA GATEWAY CITYは、そんな挑戦を応援する街を目指していきます。
 まちびらきの2025年3月まであと1年半。多くの企業やスタートアップや大学、自治体のみなさまにも参画いただけることを楽しみにしております。