2024/1/30
肚は決まってる。アメリカで結果を出すため、すべてを賭ける。
NewsPicks NewsPicks Brand Design 編集長 / NewsPicksパブリッシング 編集者
日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンス
『START UP EVERYTIME』が開催された。
カンファレンスの反響を受け、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。
アメリカ進出の調子は上々
製造業のサプライチェーン変革を掲げ、グローバルで展開し始めた、2017年の創業7年目のベンチャー、キャディ。
祖業である調達・製造をワンストップで行える「CADDi MANUFACTURING」に加え、設計・調達を上流から担う図面データ活用クラウド「CADDi DRAWER」をリリースした。CADDi DRAWERも、国内では自動車大手のスズキやSUBARUにも採用されるなど好調だ。
2022年3月にはベトナム法人を設立、11月にはタイ法人を設立。2022年末より、アメリカに進出を始めた。本丸と言えるアメリカ進出について話を聞いた。
──2022年末からシカゴを拠点にアメリカ進出を始めたと思いますが、調子はいかがでしょうか。
加藤 好調です。キャディは2023年に総額118億円を調達していますが、日本経済新聞社などがまとめた2023年のスタートアップの資金調達ランキングでは国内2位、シカゴを含むアメリカ中西部でも2023年に最も資金調達をしているスタートアップ企業になりました。
アメリカ中西部はもともと、自動車産業ではデトロイト、鉄鋼産業ではピッツバーグと、ものづくり産業が盛んな地域ですが、その中心となるシカゴには、ボーイングなど製造業系の大手が多く在籍しており、製造業のGDP(域内総生産)では米国トップです。
さらに、近年シリコンバレーやニューヨーク、ボストンの北東部に並んで、スタートアップエコシステムの拠点になっています。
いまキャディは2つの事業があります。部品調達プラットフォーム「CADDi MANUFACTURING」と図面データ活用クラウド「CADDi DRAWER」です。
2022年6月に国内でリリースした「CADDi DRAWER」は、直近一年で導入社数も約9倍に増え、グローバルSaaSと比べてもトップクラスの速度で成長しています。US版も昨年の9月にリリースして、日本での成長と同程度のスピード感で立ち上がっています。
──アメリカでの成長について、具体的に教えて下さい。
まずはアメリカでも、アメリカに籍を置く日系企業から営業を始めたのですが、大きな手応えを感じています。
製造業の課題は、日本とかなり似ています。観点によっては、アメリカのほうが課題は深刻なので、ニーズが強いかもしれません。
──深刻といいますと?
まず日本に比べて、製造業の現場の退職率が圧倒的に高いんです。例えば、ある数万人規模の工場では、月の離職率が3%でした。つまり、年の累積では4割近い人が辞める。そうすると、現場を改善するどころか、業務の知見が属人的になり定着しないわけです。
また製造業でもM&Aがとても多く、買収時に最適な情報共有やサプライチェーンの統合を目指すわけですが、ナレッジがちゃんと資産化されてる会社はまだまだ少なく、分断しているのが現状です。
CADDi DRAWERというプロダクトは、図面を中心に全社のサプライチェーンにおける知見を資産化しそこからインサイトを引き出す(=DRAWの意)というコンセプトで、まさにその課題を解決することができます。
キャディの強みは、CTOの小橋を中心に強いエンジニアが集まっているということと、世界的にもまだまだ製造業が勝てるポテンシャルを持つ日本で、実際にグローバル4カ国のパートナーさんと共にものづくりをしてきた実績があることです。
何千社の多種多様な図面を取り扱い、自社でコスト計算を行い、納品責任を負いながら品質の標準化を図るということを、創業以来やり続けているので、現場の本当の困りごとやものづくりのリアリティを理解できているところは圧倒的な強みだと思っています。
──ものづくりのリアリティですか?
はい。ソフトウェア、デジタルテクノロジーの発想で入ると、どうしても理想的というか、なめらかなプロセスでエンジニアリングができると思いがちです。
例えば、3D CAD(立体データによる設計支援ソフトウェア)関連のソフトウェアを提供する企業ははたくさんあります。しかしデジタル化して終わり、というほど単純ではなく、ものづくりに向き合えば向き合うほど、結局、理想論では解決できない細かな課題が山ほどあるということに気がつきます。
実際、製造現場で3D CADだけで回っている現場はほとんどありません。多くが2Dデータと併用で使われていますし、言語化すらされていない細かな暗黙知もたくさんある。ソフトウェア大国のアメリカでもこの状況は一緒で、まだまだ紙の図面でまわっている現場もたくさんあります。
──アメリカに競合はいないのでしょうか?
巨大なシステムをリプレイスするといった場合には、競合は出てきますが、同じプロダクトスコープのものはほとんどありません。サプライチェーンとデータ両輪で、最適なソリューションを提供している競合はいないという認識です。
──アメリカの事業所はどのぐらいの組織規模にしていく予定でしょうか?
100名程度の規模にしていくことを想定しています。昨年末にはシェアオフィスから自社オフィスへの移転も完了し、現地メンバーと日々膝を突き合わせて事業開発しています。
先日アメリカ事業所の現地採用で、何が決めてで入社してくれたのかを聞いたところ、プロダクトという回答も多かったのですが、一番は「人」でした。
すごく優秀なメンバーがモチベーション高く働いていること。ハードなところはあるけれど、だからこそ得られる経験がクールだと。 アメリカでの事業はもう一度ゼロからスタートアップするようなものなので、密度と熱量を魅力だと感じてくれる人が多いです。
──日本のスタートアップ・エコシステムについて課題は感じますか?
エコシステムそのものに対して、僕らの立場からは大きな課題は感じてないですね。
最初に、2023年においてアメリカ中西部で最も資金調達したスタートアップだといいましたが、それは2022年からファイナンスが不況になったアメリカではなく、日本というエコシステムだからこそ、実現できたことだと思っています。
その意味ではガラパゴス化した日本の恩恵を受けているとも言えます。
──グローバル展開は最初から予定していたのでしょうか。
Go Globalか、Born Globalかということだと思いますが、キャディは後者です。
キャディはミッションとして「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」を掲げており産業レベルのイシューを解決することを目指しているため、日本の市場に閉じずグローバルに展開することは創業当初から前提としていました。
──日本から始めて、一定成功してからそれをアメリカに進出するのは難しいですか?
そうですね。日本特有の商習慣や文化、課題に根差していることが前提となったサービスにおいて、日本で培ったもののほとんどが、アメリカでは活きづらいケースが多いですから。
キャディが事業を行なっている製造業というドメインでは、実際の「もの」が動く世界で、非言語のニーズに基づいた技術やプロダクトが通用する点でアドバンテージがあります。図面データも、世界で描き方がほぼ統一されています。
プロダクトをただ英語化しただけで、そのまま売れる状態になるのは、設計した意図どおりと言えば半分そうですし、競合がおらず、市場ニーズが合致しているというのは、半分幸運なところだと思います。
──もし友人から企業の相談を持ちかけられて、日本かアメリカかどちらがいいか聞かれたら、なんて答えますか。
その質問をしている時点で、日本がいいのではと言うとは思います。どこで起業するか、迷っているレベルでは、アメリカで成功できる確率は低いと思うからです。
アメリカ人がアメリカで起業しても成功するのはほんの一握り。ほとんどのスタートアップが死にます。
よいプロダクトがPMF(プロダクトマーケットフィット)しても、コピーキャットがあっという間に湧いて出てくる。誰に止められても勝手に現地に行って、やってやるぐらいのクレイジーさがないと、勝てないのではと思います。
──アメリカ進出をしてみて、痛感したことはありますか?
やはり実感としても、言語力は非常に大事ですね。
言語の問題というより、カルチャーの問題だという議論もありますが、言語力が乏しいと、まず議論のスピードが遅くなるし、ニュアンスが正しく伝わらないと、誤解も生まれやすい。
日本で活躍している人が、アメリカでそのまま活躍できるかというと、例外はありますが、大変な努力が必要です。そうなると、ゼロから組織づくりをしなければいけない。
逆に言えば、トップの経営レイヤーは英語を話せることが多いため、アメリカで500人の強い組織をつくれれば、基本的には、世界のほとんどどの国でも進出できると言えるのではと。
私もネイティブではなく、マッキンゼーでグローバルコミュニケーションを経験してみて得た実感値から感じるところです。
── 今アメリカの事業における大事なポイントは何ですか?
現在はCADDi DRAWERの販売と現地採用にフォーカスしています。現地のハイレイヤーの人材をとって、しっかりオンボーディングや育成ができるかが勝負です。
昨年も大半はアメリカにいましたが、そこは肚(はら)を決めていて、今年には家族ごと移り住んで、人生をかけてコミットします。
──日本初でアメリカを席巻したソフトウェアサービスは皆無なので、市場に浸透すれば、快挙ですね。
もう半年か1年ほど待っていただけたら、さらにグッドニュースがお届けできるのではないかという手応えがあります。
3年で日本の売上高を超えたいと思っているので、ぜひ期待していてください。
デザイン:月森恭助
取材・編集:中島洋一