2023/12/21

生産性2.5倍。どんなツールより大事な「DXの極意」を語ろう

NewsPicks Brand Design / Strategic Editor
 社員数をほとんど増やさず、売上高は2.5倍に──。大塚商会は1990年代以降、四半世紀にわたって一人あたりの生産性を向上させ続けた。その成長の裏には、時代を先取りするようなデジタル基盤とデータドリブンな経営があった。
 今や多くの企業がDXに取り組んでいるが、成果に結びつくのは少数だ。そんななか、大塚商会は、30年前にどんな構造改革を行ったのか? 予測不能な未来に向けて、私たちは過去のデータをどう参照すべきなのか?
 OA機器のサプライやシステムインテグレーション事業などをはじめとするオフィスのトータルソリューションを提供し、中小企業を中心に全国29万社をサポートする大塚商会の大塚裕司社長と、日立製作所でウエアラブルやAIを使ったデータ活用に取り組んできた矢野和男氏。
 ITとデータが加速度的にビジネスを変えたこの30年、前線に立ち続ける二人に、DXの前提となる“科学的経営戦略”を聞く。

予測不能な未来に、どうデータを生かせるか

──お二人は公私ともにお付き合いがあるとか。どんなご縁があったんですか。
大塚裕司 あれは何年くらい前だろう。日立製作所さんとはもともと取引があって、一度研究所に来てくださいとお誘いいただいて、何の予備知識もなく国分寺の研究所にうかがったんです。
 ちょうど矢野博士が「H(Hitachi AI Technology/H)」というAIを発表された頃で、人工知能を載せたロボットが自分で動きを学習し、勝手にブランコを漕げるようになるんだ、と説明していただいて。
H(Hitachi AI Technology/H):2015年に日立が発表した多目的対応型のAI。与えられたデータから100万を超える仮説を自動生成し、目的を遂行するための要因を選出。人が与えたオプションから最適な選択を行う。
 まだAIも走りくらいの頃。大塚商会でもいくつか興味を持って使い始めていましたが、「AIによっては、こんな使い方もできるのか」と驚きましたね。
 そのあと、ちょっとお食事しましょうとなって色々しゃべっていたら、今度は当社の社長室に来ていただくことになりました。趣味のものをあれこれ置いている、おもちゃ箱みたいな社長室なんです。
矢野和男 もう7〜8年前になりますね。そこからオーディオの話などでも意気投合し、お付き合いが始まりました。凝り方や深め方が徹底しているなというのが第一印象でした。
 私は「未来をいかに能動的につくっていくか」がビジネスの本質だと考えています。
 これまで20年近く、さまざまな企業とともに人や組織に関する大量のデータを集めて解析してきました。そのうえで、どれだけデータを収集し、AI技術が進歩したとしても、未来は過去の延長線上にはない。予測不可能なものだと捉えています。
 ただ、変化に適応できる組織に共通のパターンを見出せば、「予測不能な未来にどう向き合うべきか」を考えることはできます。
 大塚社長は「こういう未来をつくる」という軸を明確に持っています。しかも抽象度の高いビジョンだけでなく、日々の具体的な現場で困っていることにも目配りしながら事業の方向付けをされてきた。
 そこが大塚商会の希有なところで、私自身も学ばせていただいています。

30年の成長を支えた「大戦略」とは

──大塚商会は、もともとコピー機の販売から始まったんですよね。
大塚 ええ。複写機に始まり、お客様がコピー用紙がないと言えば日に4便を出してお届けするようなきめ細かいサービスが売りの会社です。そこにオフィス用品が加わり、電卓やオフコン(オフィスの事務処理に特化した小型コンピューター)になり、パソコンになった。お客様のニーズに応えていくうちに今の業態になりました。
 技術者も社内に抱えており、販売した製品は基本的に自分たちでメンテナンスできます。全国に拠点を持ち、年間29万社にサプライとサポートを提供しながら、お客様のビジネスを止めないように対応する。それで赤字にならない体制ができていることが、大塚商会の強みです。
──その体制づくりのために、1990年代以降、3段階のDXを実行されたそうですね。最初は何を目指したんですか。
大塚 まず取り組んだのは、基幹システムのセンター化と、売上計上基準の改革です。
 1993年当時、取り扱い商品数が増え、提案や受発注が複雑になるなかで、情報や在庫は地区や支店ごとに管理され、商品別のマスターも統合されていない状態でした。
 その月にどのお客様が何を買ってくれたのかもわからない。ある拠点では在庫が余っているのに、在庫を切らした別の拠点は新たに発注し、全体の在庫が膨れ上がるという事態も起きていました。
 それに、売上計上や取り消しの処理も各支店の裁量で行っており、数字が信用できなくなっていました。人間は弱いので、あと少しで目標を達成できたり、インセンティブをもらえたりすると、受注が確定していなくてもフライング気味で計上してしまうでしょう。
 こういった問題を解決してクリーンなデータを集めるために、各地に300カ所近くあった倉庫を撤廃して配送センターを一元化し、商品の出荷を基準にして売上を自動計上するように仕組みを変えたんです。
矢野 その仕組みを考えただけでなく、実際に人を動かしたところがすごいですよね。既存のやり方をそこまで大きく変えるとなると、現場の営業の方からの抵抗はありませんでしたか。
大塚 最初は現場から「倉庫がなくて売れるのか」と反対の声もありました。でも、月末の在庫棚卸しもしなくていいし、家賃が安くてもっといいオフィスに移れるし、現場のメリットも大きいんですよ。
 ただ、切り替えのタイミングでは開かずの扉にしたいくらい、大量の在庫が出てきました。
──隠れていた在庫が見つかったということですか。
大塚 そう。それまでは厳密に管理しなくても許されていたものです。システムを移行するXデーを決めて「その日までに申告した分は、お咎めなし」と言ったら、2トントラックで400~500台分は出ました。
 そこで膿を出し切ったことで基幹システムを刷新し、2001年にリリースした独自の営業ツール「SPR」が実現したんです。
大戦略で構築した基幹システムのデータを活用し、CRM(顧客管理)とSFA(営業支援)を一体化した大塚商会の独自システム。大塚商会の科学的営業スタイルの基盤となり、2022年までに登録された商談データは累計5000万件超。2017年からAI活用を本格稼働させ、機能をアップデートし続けている。
 商品が出荷されたときに自動的に売上が計上される基幹系システムと、顧客管理と営業支援を一体化した情報システム(SPR)をシームレスにつなげたことで、それまで属人的に管理されていたデータを可視化し、科学的営業スタイルの基盤ができた。これが、大塚商会の生産性を向上させるベースになったんです。

なぜ大塚商会の変革は成功したのか

──20~30年前の話とは思えないくらい、今のDXにも通じる話ですよね。当時、一般的にデータの重要性は認識されていたんでしょうか。
矢野 言葉としてはSIS(System Integration Sales)のような概念はありましたが、なかなか実体化はしませんでしたよね。
 日立の研究所では、2003年頃に「データビジネスの研究開発を始める」と私のグループが言い出したのですが、みんなポカンとしていました。まだデータ自体がビジネスと結びつくというイメージを持つ人はいなかったと思います。
 その後、テクノロジーはずいぶん進歩しましたが、基幹系と情報系を連携させて活用することは今でも難しい。90年代半ばにしっかりとビジョンを持ち、継続してこられたことが素晴らしいですよ。
──システムを導入してもうまくいくとは限りません。大塚商会が生産性を高められたのはなぜだと思いますか。
矢野 私はDXには3つ重要なポイントがあると考えています。
 ひとつは、「今日の仕事をちゃんと回すこと」。確立されてわかっている業務を標準化して、みんなが使えるようにする。これは、組織でのテクノロジー活用において重要な側面です。
 ふたつめは、そのうえで「新しく出てきた課題や変化にきちんと向き合うこと」。市場環境が毎日変化し、そのスピードもどんどん加速していく。日々の仕入れや商談のなかにも、色々な兆しが隠れています。それに気づいた人が、「こんな変化が起こっている」と発信し、もともとやってきたことを見直すアクションを起こせると変革が持続します。
 みっつめは、「人間を主体として考えること」。結局、さまざまな進歩のボトルネックになるのは、人間の精神であり意欲であり想像力です。機械やAIを育てるだけでなく、使う側の人間を育てて組織を進化させていく。
 この3つをしっかりやれると、いいサイクルが生まれると思いますね。
大塚 どれも本当に大事ですね。そのうえで付け加えるなら、何を守るかを厳格に定義して、根幹となるルールは絶対に歪めないこと。
 計上してはいけないものは計上しない。売上目標があと0.1%で達成できたとしても恣意的に運用せず、99.9%の未達として計上する。今起こっていることを正しく把握することが、日々の営業においても経営においても重要なので、データに曖昧さを残さないことはかなり意識していましたね。
 もうひとつは、一人ひとりの営業が情報を入力しなくても、自動的に更新される基幹システムの計上データだけを見れば営業活動に活かせるようにしたことです。
 情報システムとしてのSPRは2001年にプロトタイプをリリースしましたが、本当に効果が見え始めるまでには3~4年かかるんです。日々の営業データが蓄積される前から顧客データや購買履歴は揃っていて、営業の成功確率を上げる武器になる。
 そういう設計にしたことで、うまくスタートを切ることができたと思います。

テクノロジーが、人間のためにできること

──AIなどの技術も進化し、取得できるデータも増えています。こういった新しいテクノロジーをビジネスの創出や経営の改善に結びつけるには?
大塚 まだ道半ばですが、私たちも2017年から本格的にAIを活用し、SPRの商談データの抜け漏れを補正するデータクレンジングや、お客様の購買パターンや接触パターンの分析に使っています。
 最近のAIは、おもしろいんですよ。人がまったく気づかないような変化や特徴を見つけて提案してきます。ただ、どれだけよいサジェスチョンが来ても、それを読み切るのはやはり人間です。テクノロジーを本当に活用できるかどうかは、人間にかかっていると思います。
 当社では、矢野さんのハピネスプラネットも一部で導入を始めています。これまではうまく捉えられなかった組織の風土や人間関係も見えるようになるかもしれない。
──ハピネスプラネットはどんなことができるんですか。
矢野 私たちはこれまでさまざまな組織や職業の人たちを見て、10兆個以上のデータを分析してきました。人のつながりと幸せや生産性との関係を大量のデータを使って調べ、幸せで生産的な集団とそうでない集団を分ける普遍的な要因「ファクターX」が見えてきたんです。
 それが「つながりの形」です。3人が相互につながった関係「三角形」が多い人ほど、幸せで生産的になることがわかりました。
出典:ハピネスプラネット「ソーシャルネットワーク研究と職場のハピネス」資料をもとに作成
 仕事は成果を求められますが、結果を出せと言われて出せるなら誰も苦労しませんよね。たとえばこのような関係性に基づき、心理的安全性や信頼関係を生み出すつながりをデジタル技術の支援で生み出すことで、組織のコミュニケーションやウェルビーイングの質を上げていくことができる。
 結果的に、マネジメントもメンバーも、一人ひとりがやりがいや充実感を抱きながら結果を出せる状態の実現を目指しています。
大塚 数字で見せられると、ハッとしますからね。疲れている人がいればフォローしなきゃいけないし、モチベーションが下がっているなら、自己実現と会社の目標を近づけられるように対話する。
 ハピネスプラネットのようなツールも含めて、人が行き届かないところをうまく技術でサポートできると、個人も企業も、もっと多くのことができるようになります。
 大塚商会は情報通信技術をさまざまなお客様に提供する企業です。私たち自身がテクノロジーのよりよい使い方を考え続けることで、社会に貢献していける。そう思っているんです。
大塚商会 実践ソリューションフェア2024 
〜AIではじまる、DXのあたらしいかたち。〜
AIやロボットなどの最新技術から電子化やセキュリティ対策まで、DX推進の実践的ソリューションが見つかるビジネスユーザー向けのイベントを開催。
東京:2024年2月7日(水)~9日(金)
大阪:2024年2月15日(木)~16日(金)
オンライン:2024年2月19日(月)9:30~28日(水)18:00
詳細は▶公式ページへ(リンク有効期限 2024年3月29日17:00まで)