2023/11/14

業務効率が「36倍」に。パナソニックが語る、生成系AIのインパクト

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OpenAIによる「ChatGPT」の登場から、1年。生成系AIによって、今や我々の仕事は大きく変わろうとしている。とはいえ、企業は生成系AIを導入し、生産性の効率や創造性はどのように高めているのか?

生成系AIには、ハルシネーションというAIの“幻覚”現象(もっともらしい嘘)やセキュリティの課題もあり、本格的導入に踏み切れていない企業も多いという。 そうした課題を、企業はどう乗り越えればいいのか。

そんな最旬のアジェンダに対し、先行実例を通して解答を示したのが、9月26日に開催されたオンラインイベント「大企業も、スタートアップも。企業のAI実装、その第一歩」だ。 企業のAI実装法がリアルに語られた当イベントから、ポイントとエッセンスを抜粋してお届けする。
INDEX
  • 生成系AIの“現在値”
  • 9万人に導入できた理由
  • 生成系AIのROIは高い
  • さらに有効活用するには?
  • セキュリティ問題の解決法

生成系AIの“現在値”

西脇 茂木先生は、今の生成系AIのムーブメントをどう捉えていますか?
茂木 実は、僕がもともと脳科学を始めたのは、ノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズの『皇帝の新しい心』を読んだからなんです。
 そこでAIの限界について議論されていたのをきっかけに、人の脳について研究し始めたんですよね。
 だから、僕の研究はAIが原点なんです。そして、30年以上前からAIに興味がある僕にとって、このムーブメントは100年に1度の変革だと捉えています。
 ChatGPTは、下記の図のように文字列の次に何がくるかを確率的に予想する単純なアプローチがベースです。それによってこんなことが起きるとは予想もしていませんでした。
 作った本人たちも、予想外だったのではないでしょうか。
 人工知能の父といわれるジェフリー・ヒントンは、こんな美しいたとえを使っています。
「Humanity’s butterfly」
 つまり人類という“幼虫”が、一生懸命ネットに書き込んだりしてきた努力が報われて、生成系AIという“蝶”が生まれたと。
西脇 企業側としては、生成系AIの登場をどう受け止めているのでしょうか?
向野 昨年11月にChatGPTが出た時は、すごいものがきたと感じていました。
 我々としても、ビジネスに積極的に導入していく必要性を感じ、ChatGPTをベースとしたAIアシスタントサービス「ConnectAI」を、パナソニック コネクトの国内全社員13,400人に導入しました。
 その後、それをパナソニックグループの全9万人にまで広げました。おそらく、1企業体によるChatGPTのユーザー数でいえば、世界最大規模だと思います。
西脇 一方で、生成系AIを本格的に活用していない企業もまだまだありますよね。
茂木 そうですね。ただ、生成系AIを使わない選択肢は、企業にはないのではないでしょうか。
 生成系AIのアウトプットをベースに、人間の判断や創造性を加えれば、これまでとは違うレベルのパフォーマンスとなりますから。
 たとえば将棋の世界では、今やAIを使わない棋士は、トップレベルでは戦えなくなっています。
 それと同じように、生成系AIを使わない企業やビジネスパーソンも、競争のスタートラインにすら立てなくなると思います。
向野 私も、まったくの同意見です。

9万人に導入できた理由

西脇 大きな会社ほど、動きは重くなりがちです。なぜ、9万人以上の社員がいるパナソニックは、生成系AIを導入できたのでしょう?
向野 生成系AIと聞くとハードルが高そうに感じる企業もいると思いますが、実は驚くほどかんたんに導入できます。
 当グループの場合、ChatGPTを組み込んだマイクロソフトのクラウドサービスを使うことで、容易に導入ができました。
 最近は、マイクロソフトやGoogleなども生成系AIを実装するなど、導入のハードルはかなり下がっていて、決断さえすれば明日からでも使える状況にあります。
 ひとつ気をつけたいのは「間違うこともある」点です。
 先ほど茂木先生がおっしゃった通り、CharGPTだと、基本的に確率で文字列をつなぎあわせているので、事実と異なるアウトプットも生まれてしまう。
 そういった生成系AIの特性を理解することが最も大切で、理解すれば躊躇する企業も「あ、こういった点に気をつければ安全に使えるんだな」と決断できるはずです。
 いずれはすべての人が使う技術だけに、使えない理由を探すより、マイナス面も知った上でどうすれば活用できるかを考えることが重要なのかなと。
西脇 生成系AIの推進にあたり、社員から懸念点はあがりませんでしたか?
向野 通常の社内システムなら抵抗にあうのが普通ですが、ChatGPTは大きなトレンドになっていることもあってか、抵抗はほぼゼロでした。
 パナソニック コネクトの「まずはやってみよう」といったカルチャーも、後押しになったのかなと思います。

生成系AIのROIは高い

茂木 以前は、企業の社長さんと人工知能の話をすると「それを入れるのにいくらかかり、どのくらい効果が見込めますか?」と、費用対効果についてよく聞かれました。
 それに対して当時はまだ、ズバッとおすすめできませんでした。でも今なら「導入コストに比べて、ベネフィットが圧倒的に高い」と自信をもって答えられますよね。
向野 正確な数字は出せていませんが、当社でも生成系AIのROI(投資利益率)は、かなり高いものになっているはずです。中には、その効果が飛躍的に高まる場面があります。
 たとえばプログラマーがテスト用にダミーデータを作る際、人がやると3時間くらいかかったりします。
 しかし生成系AIであれば、5分でできてしまう。180分が5分になるので、生産性は実に36倍ですね。
西脇 36倍はすごい。生成系AIをうまく活用すると、圧倒的な生産性があるわけですね。具体的にはどんな形で、一緒に仕事をするのでしょうか。
向野 生成系AIの使い方を大まかにわけると、「聞く」と「頼む」の2通りになるのかなと。
 以前もチャットボットで「聞く」はできましたが、GPT-4になって「頼む」ができることで、仕事が劇的に変わると感じています。
 そこで当社では、生成系AIはたとえばこんな形で使えますという「利用サンプル」をつくり、社員への促進を図りました。
 たとえば「頼む」のひとつに、「ミーティングアジェンダの作成」があります。
 会議の時間とテーマを設定すると、話す内容と時間配分が明示されたドラフトがすぐにできあがる。もちろん、ミーティングの議事録も自動で作成されます。
 一方「聞く」の方では、こんな使い方もしています。
 当社では、2023年4月からジョブ型人材制度を採り入れたため、キャリア構築に対する関心が高まっています。
 そこで生成系AIに「データアナリストが、自分のキャリアオーナーシップについて考えないといけない要素とは?」などと聞くと、まずは“やっぱりそうだよね”といった答えが上位に挙がってくる。
 ところが下位に、“コミュニケーション能力”や“プロジェクトマネジメント能力”といった答えが挙がる。
 こういった意外な答えも出るところが、思わぬ発見につながったりするので、よりメタな視点でキャリアを捉えられます。
茂木 生成系AIとのアラインメント(連携)の仕方は、「丸投げ」と「壁打ち」のふたつの道があるとも言い換えられます。
 前者は、作業をまるっとお願いして、人の作業量を徹底的に減らす。
 後者は、AIと対話を重ねることで、自分を高めていくものです。将棋と同様、生成系AIは、対話を通して人の能力を飛躍的に拡張する力があります。
向野 「コーチング」を受けている感覚にも近い。しかも何でも言ってくれるし、いつまでも壁打ちに付き合ってくれる。
西脇 AIは疲れないから、夜中でも付き合ってくれますもんね(笑)

さらに有効活用するには?

西脇 他には、どんな効果的な生成系AIの活用法が考えられるでしょうか。
茂木 最近の論評で面白いなと思ったのが、生成系AIを、企業の組織編成に活かす方法です。
 たとえば、強いリーダーシップでメンバーを牽引するパワフルなリーダーと、傾聴型のリーダーがいたとして、置かれた状況によってチームの成果はどう変わる?といったことを、実際の組織でシミュレートするのは大変です。
GettyImages / Hispanolistic
 でも、生成系AIベースのエージェントモデルであれば、かんたんにシミュレートできる。
向野 さらに生成系AIは、あらゆる分野に通じる“ちょっとした専門家”として活躍してくれます。
 たとえば、当社でしたら高速でデータ転送できる360度カメラを開発したけど、それをどうビジネス活用する?となる。
 そんなときに生成系AIに聞けば「10の業種でこんな使い方が可能です」と教えてくれる。その中に気になる項目があれば、「3の具体的な事例は?」と、壁打ちで掘り下げていけます。
茂木 まさに、RPGゲームでいうNPC=ノンプレイヤーキャラクターの役割も、今後は生成系AIが果たしていくんじゃないでしょうか。
西脇 NPCって何ですか?
茂木 NPCとはRPGに出てくる村人的な存在で、プレーヤー以外のキャラクターを指します。そして、ゲームを進めるための重要な情報を持っている。
 たとえば仕事の会議で、話が煮詰まるときがありますよね。そんな時に生成系AIのNPCがいれば、「こちらの方向性も考えてみませんか?」と、状況を打開するヒントをもらえる。
向野 まさに、ブレストでよくそうした使い方をしています。「今こんな話し合いをしているけど、ChatGPTはどう思う?」と聞くと、違う角度を提示してくれますから。
 それと、インパクトの非常に大きいのが、これまで効率化の難しかった「非定型業務」を、生成系AIに頼める点です。
 企業ではこれまで、バックオフィスの繰り返し業務といった「定型業務」を標準化し、システム化やアウトソーシングで効率化してきました。
 対して、資料作りやプレゼンのプロット作成といった「非定型業務」は、なかなか標準化できなかった。ところが生成系AIなら、非定型業務もこなせてしまいます。
 もちろんすべて任せるのではなく、最終的な判断やアレンジは、今後も人間がやり続けるでしょう。
 でも、情報収集や整理を生成系AIに手伝ってもらうことで、人間は創造性を発揮するところにリソースを割けるようになります。
茂木 それで、みんなの仕事が楽しいものになったらいいですよね。
 実は、脳科学の研究でも、創造的な人は上機嫌であることがわかっています。実際、クリエイティブな人は、楽しげにしていますよね。
 生成系AIによって、仕事が機嫌よくできるものになれば、日本のオフィスの景色も大きく変わると思います。
生成系AIの可能性は理解しつつも、導入への障壁になる問題がある。それが「セキュリティ」だ。そのハードルを乗り越える方法のひとつが、サードベンダーのサービスの活用だ。

ここからは、Google WorkspaceやMicrosoft 365をはじめさまざまなビジネスツールの導入支援とあわせてセキュリティサービスも展開する、株式会社サテライトオフィス 代表取締役社長・原口豊氏に、生成系AIの“セキュリティリスクの突破法”を聞く。

セキュリティ問題の解決法 

川口 サテライトオフィスの顧客企業は6万社、ユーザー数は1900万人にのぼるそうですが、各企業の生成系AIの導入状況はいかがでしょう?
原口 当社では十数年前にもクラウドの大ブレークを経験していますが、生成系AIに関しては、その時以上に企業さまからの問合せが集中しています。
 とはいえ、4~5月の段階ではまだ「セキュリティが心配だ」との声が多く、二の足を踏む企業が目立ちました。
 ところがその後、セキュリティを担保するサービスが整ってきたこともあり、生成系AIの導入に踏み切る企業さまが目立つようになりました。
川口 セキュリティを担保するには、何がポイントになりますか。
原口 まずは「AIに機密情報を学習させないこと」が前提になります。
 とはいえ、社員さまによって機密情報が入力されてしまう可能性もあるので、それをシステムの力でブロックする。
 あわせて、やりとりのログも、プログラムの力で必ず残す。このように「学習させない」「機密情報を入力しない」「ログをとる」の3つがポイントになります。
 当社では「サテライトAI」の名前で、生成系AIのセキュリティソリューションを展開しています。
川口 サテライトAIとは、どんなものですか?
原口 たとえば「AIボード」というツールでは、ChatGPTと同じようなインターフェースで生成系AIの機能を使えつつ、学習させないなどのセキュリティ面が確保しています。
 AIボードには、登録したプロンプトの一覧表示や、全文検索、音声入力など、プラスαの便利機能も搭載しています。
 また「チャットAI」は、TeamsやSlackなど企業さまが日々使うチャット/メールアプリの中で、ChatGPTを使えるツールです。
 生成系AIに情報やアドバイスをもらいながら、メンバーとディスカッションできる一方で、セキュリティはしっかり担保されます。
川口 生成系AIに学習させなければ学習理解度が下がり、本来の機能が損なわれてしまわないかと考えるのですが、いかがですか?
原口 プロンプトの段階で読み込ませたくない情報がある場合、我々のシステムが情報に優先順位を付け、質問をグッと集約したうえで、ChatGPTに投げる形で生成系AIから回答を引き出します。
 それにより、状況は生成系AIにきちんと理解させながら、企業情報は学習させないといったことが可能になるんです。
川口 なるほど。セキュリティ面を担保しながらも
 生成系AIの能力を最大限に引き出せるわけですね。
原口 そうですね。生成系AIは革新的なツールであり、今後、あらゆる企業がつきあう時代がくる。
 だからこそ、セキュリティ対策を整えた上で、安心して使っていただきたい。特に当社のようなサードベンダーの製品がとても有用になるので、ぜひご活用いただければと。
 生成系AIに対しては我々自身も、10年・20年先はいったいどうなっているんだろうと、ワクワク感を抱いています。
 今後も、さまざまソリューションを開発していくので、ご期待ください。