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Chapter 1:テクノロジーの進化がもたらしたもの

「出版」「音楽」「農業」はテクノロジーでどう変わったのか

2015/4/6
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第三弾である『 大前研一ビジネスジャーナル No.3「なぜ日本から世界的イノベーションが生まれなくなったのか」』(初版:2015年2月6日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。本号では「イノベーションを生みだすにはどうすればよいのか」をテーマに、日本の現状を掘り下げている。今回テクノロジーの進化によって大きく変化した業界・産業の代表例として、「出版」「音楽」「農業」を取り上げて、その現状を考察する。
大前研一特別インタビュー(上):「疑問を持つこと」がイノベーションの種になる(3/26)
大前研一特別インタビュー(下):異質な人間同士の「出会い」がイノベーションを生む(3/30)
本編第1回:ユビキタス、フリクションフリー世界の到来(4/2)

出版社に求められる“プロデュース機能”の強化

出版業界に関して、以前から私は「これからは、2大取次会社の日販(日本出版販売)とトーハンに依存していてはダメだ。ネット社会では、出版社の役割が変わってくる」と言ってきました。

ところが出版業界の人たちは「まあ、それは次の世代に任せますよ」などと言っていた。そんな時、アマゾンが何をやり始めたと思いますか? 映画や音楽のストリーミング配信と同じように、月々9ドル99セントで好きな本を読み放題、というサービスを始めたのです。そして、そのライブラリーには、なんと60万冊もの本があるのです。そんな数の本は、図書館に行ってもありません。

当然、「えっ、それじゃ我々出版社はどうしたらいいの?」ということになります。そこで一部の出版社がアマゾンに抵抗しましたが、アマゾンは出版社ごと買ってしまったり、出版社に残っている在庫を全部買ってしまう、ということをやり始めました。

そうやって、アマゾンで売らざるを得ないように出版社を追い込んでいるのです。こうなると、出版社はもうアマゾンに追随するしかありません。ちなみにアマゾンは赤字にも拘わらず時価総額の高い珍しい会社です。

アマゾンの出現により、今出版社は、その存在意義と役割を改めて問い直されています。おそらくこれからの出版社は、よりクオリティーの高いコンテンツを作るプロデューサー機能の部分をさらに充実させていかなくてはならないでしょう。

音楽はストリーミングの時代へ

音楽業界でも同じことが起こっています。スティーブ・ジョブズ時代のアップルがiPodを出した時、ダウンロードという新たなコンセプトで、「好きな曲だけ落として」と言いました。これに対してレコード会社側は一斉に抵抗したのですが、アップルはミック・ジャガーを個人的に口説いて、ザ・ローリング・ストーンズから始めて、やがて他のレコード会社も加わって、結局ソニーも渋々これに参入したのです。

今、そのアップルが、「これからはダウンロードじゃない、ストリーミングだ」と言い始めています。ストリーミングというのは、インターネットを通じて映像や音声などのデータを視聴する際に、データを受信しながら同時に再生を行う方式です。クラウドの方に、著作権協会から許可を得た膨大な数の楽曲があって、ユーザーは好きなときに好きな曲を落として聴けるのです。米国のパンドラ・メディアという会社が、このストリーミングサービスの先駆けです。

今、時代はダウンロードからストリーミングに変わりつつあります。したがって、かつてダウンロードで世間を驚かせたアップルでさえも、ストリーミングモデルを取り込むために、ビーツというストリーミング会社を3000億円で買わざるを得なかったのです。

ストリーミングで音楽を聴いていると、「この曲を聴いている人はこんな曲も聴いていますよ」と、レコメンデーションが出てきます。映画もそうです。ネットフリックスやHuluなどで映画を観ていると「たぶんこんな作品も気に入ると思います」とレコメンドしてきます。そうすると、ついどんどん観てしまう。レコメンデーションにハマってしまうのです。

こうしたレコメンデーション機能を使って、自動車を運転している時、ボタンを押すだけで自分のお気に入りの曲が2時間でも3時間でもずっと流れてくるというサービスもあります。

今の世の中はユビキタスとフリクションフリーの世界です。DVDレンタルだと1枚借りていくら、そして何曜日までに返さなければいけない、というストレスが生じます。しかしネット上ではそういう心配はしなくていい。アマゾンもついに配送無料などのサービスを始めていますが、ネット社会では、全てのサービスがストレスフリー、フリクションフリーの方向へ動いているのです。

これは、言ってみれば大革命です。「そんなもの、自分の商売には関係ないよ」と言う人もいるかもしれませんが、現代社会でテクノロジーの影響を受けない産業はありません。あらゆる産業がテクノロジーの影響を受けている。あるいはこれから受けるはずです。

エスタブリッシュメント(既存企業)の人たちは、こうした変化からなんとか自分たちの会社を防衛しようとしているようですが、時すでに遅しです。周りはすっかり時代の波に乗った新興勢力に囲まれてしまっているといった状況です。

「年商2500万円の農家」が生まれた理由

農業の分野でも、テクノロジーを駆使して先進的なことをやっている人が勝ち残っていくはずです。オランダというのは今、欧州最大の農業輸出国です。オランダのような小さい国でも農業輸出大国になれるのです。彼らはICTを駆使して、まるで工場のような所で付加価値の高い農作物を作ります。

日本の農業はオランダに比べれば遅れていますが、日本の農業にも希望があります。例えば長野県川上村(※Keyword!)。ここの農家は平均年商2500万円と言われています。主にレタスを作っているのですが、ICTとケミストリーを非常に駆使しています。あらゆることにチャレンジして、非常においしいレタスを作っているのです。そういう所が千曲川の上流にあります。私もバイクでよく行きます。

安倍首相は、「子どもをもっと増やさないといけない。そうしないと消滅する地方都市がたくさん出る」などと言っていますが、川上村には、都会から若い女性がたくさん訪れます。それで年中お見合いをやっています。女性も農家の青年の年収を聞いて、「じゃあ私、ここに泊まるわ」ということになる。

そうして結婚は増えるし、子どもはたくさん生まれるし、育児施設もたくさんあるし、と。これが正解なんです。要はお金なんです。そして、そのお金のもとがICTなのです。ここではICTを活用して、オランダにも負けないような農業をやっているのです。

このように、「テクノロジーの影響を受けない産業はない」ということを皆さんも念頭に置きながら、自分は、また自分の会社は今後どうしていけばいいのかを考えていただければと思います。

Keyword!:川上村
長野県南佐久郡川上村は、千曲川(信濃川)の最上流部に位置する、人口約4760人(平成17年国勢調査より)の村。長野県内で唯一、埼玉県(秩父地方)と境を接する自治体で、村の一部は秩父多摩甲斐国立公園に指定されている。

村域全体が標高1000mを超える高冷地に位置し、川上村役場は標高1185m。役場や役所の所在地としては日本で最も標高が高い。

村の基幹産業は野菜産業であり、村内の就業者の約6割が第1次産業にかかわっていると言われている。川上村では7月下旬から11月初旬にかけ、様々な高原野菜が生産されており、特に日本有数のレタス産地として知られている。

また、「一戸あたりの平均年商が2500万円を超える村」としても有名で、村内の農家約600軒の高原野菜の販売額は2007年で約155億円にも上ると言われている。また以前から学生アルバイトなどを季節労働的に全国から募集して労働力需要を補っていたが、近年は外国人研修制度を利用した中国人などの外国人実習生が農作業を支えている。一方、一部メディア等で外国人労働者の労働状態等について物議を醸している。

※参考:藤原忠彦著『平均年収2500万円の農村─いかに寒村が豊かに生まれ変わったか─』(ソリックブックス/2009年)

次回、「消え行く産業の垣根」に続く。

※本連載は毎週月曜日と木曜日に掲載予定です。

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