2023/10/18

「周囲を巻き込んで成功する人」の条件とは

作家 マンガ原作者
ビジネスを題材にした作品ではないけれど、なぜかその作品には仕事の悩みを解決するヒントや知見があった。人に相談しづらいことでも、共感できるマンガに出合ったことでいつのまにか心が軽くなっていた──。

そんな魅力が人気マンガにはあります。マンガ編集者の経験を持ち、作家業の傍らマンガ原作も手掛ける堀田純司氏がさまざまな仕事の悩みを軽くするヒットマンガを紹介するシリーズ2回目。

ジャズに魅せられた仙台の高校生が世界一のジャズプレーヤーを志す物語『BLUE GIANT』をご紹介します。
INDEX
  • 「一匹狼」タイプには限界がある
  • 才能だけではダメ。指導者の存在が大事
  • 応援者は「堂々とやりたいと言える人」につく
  • やらない理由を探すより、まっすぐに突き進め

「一匹狼」タイプには限界がある

石塚真一さんのマンガ『BLUE GIANT』の主人公・宮本大は、人の縁に恵まれた人物でした。
自分よりも高いレベルにいる人間に引き合わされたり、あるいは困難なときに貴重な助力を得ることができたりと、彼の運命そのものが人の縁によって切り開かれてきた面がありました。
しかしその縁は決して偶然ではなく、彼自身の資質がもたらしたもの。
人間は社会的な動物。どれほど才能に恵まれようと「一匹狼」では、できる事業にも限界があります。だから人を巻き込むことのできる人間が強い。
Aleksei Morozov / iStock
『BLUE GIANT』は「どんな人間が、人との縁に恵まれるのか。どんな人を応援したくなるのか?」ということを教えてくれます。
このマンガは「世界一のジャズプレーヤー」を目指す若者の物語。2013年、小学館ビッグコミック誌で連載開始。2017年には小学館漫画賞一般向け部門を受賞し、2023年4月の時点でシリーズ累計1100万部を突破している大ヒット作です。
今年2月には劇場版アニメーション映画も公開されました。
主人公・宮本大は、物語の開始時点では宮城県仙台市の高校生。彼は中学生のときにふとしたきっかけでジャズの演奏に魅せられる。そして「世界一のジャズプレーヤーになる」と決意します。しかし周囲にジャズをやっている人などはいなかった。
そんな彼のために、社会人になったばかりの兄が36回ローンでサックスを買ってくれます。大は高校ではバスケット部に籍を置きつつ、放課後、河原に行き、ひとり毎日、サックスの練習を続けていました。
独学で練習してきた彼の技術はぶっちゃけ低い。しかしその「音」には、人の心を動かす「強さ」がありました。

才能だけではダメ。指導者の存在が大事

ただ、そんな彼の資質も、もし見つけてくれる人がいなかったら、地方で埋もれたままで終わっていたかもしれません。
どんなに才能があっても、個人で到達できる領域はたかがしれています。
太宰治にも井伏鱒二という師がいましたし、三島由紀夫には川端康成がいた。表現者だけではない。豊臣秀吉には織田信長というお手本がいましたし、宗教家の親鸞にも法然という先達がいました。高いレベルに行くためには指導者の存在が大事なのです。
大もまた、自分の中に埋もれた資質を見いだす人と出会い、師に恵まれます。
通い詰めた楽器店の店主が大の情熱を知り、その縁で由井という中年男に引き合わされる。由井はかつてジャズプレーヤーとしてアメリカに留学した経験を持ち、彼の(無償の)指導は大の技術を大きく向上させることに。
この出会いがなければ、大は、ただのローカルの音楽好きで終わっていたかもしれません。しかし由井との縁は、大の、彼自身の姿勢が「必然として」引き寄せたものでもありました。
「世界一のジャズプレーヤーになる」
しかし大はごくふつうの家庭で育ち、特に音楽の英才教育を受けたわけではない。ただ、大のすごいところは、彼は本気なのです。
本気で世界一を目指し、来る日も来る日も河原でサックスを吹いていた。
迷いはない。てらいもない。
エクスキューズは断じてない。
ときには「バカか」と思われるほどまっすぐに夢を求めていく。
その姿勢が彼の強い「音」をつくり、彼の「道」を切り開いていく。

応援者は「堂々とやりたいと言える人」につく

現代社会は、莫大な情報にアクセスすることが可能です。ですが「情報が多い」ということは、どんな細かいことでもあれこれ検討できてしまうことでもあります。
それはつまり「どんなことでも、なんとでも言えてしまう」という状況であり、あらゆる事象が相対化されてしまう(これについてはすでに人文分野では、弊害が出てきています)。
そしてフェイクとファクトの境界が曖昧になり「どんなことでも、なんとでも言える」世の中になると、リスクばかりを取り上げてメタ的に評論する人が幅をきかして、なんだかカッコよく見えたりするものです。
みんなこうした情報の海の時代を生きているだけに、逆に大のように、迷いなくまっすぐ生きる人を見ると応援したくなるのでしょう。
彼のライフスタイルは、「やりたいことがあるのなら、言い訳する必要はない。てらいもいらない。まっすぐ堂々とやりたいと言え。そうすると応援してくれる人も現れる」という人間社会の原理を教えてくれます。
大はのちに東京に出て、厳しいバイト生活を送りながら練習を続ける。
そしてやがて自分と同じ「強さ」を持つピアニスト、沢辺雪祈と出会う。ふたりはぶつかりながらも仲間を入れて、名門ライブハウスでの演奏を目指す。
さらに続編『BLUE GIANT SUPREME』では単身、ドイツに渡り、『BLUE GIANT EXPLORER』ではついにアメリカ進出を果たすことになりますが、世界でも彼は人の縁に恵まれます。
ドイツで出会ったクリスに至っては、大の音を聴く前から大を助けてくれた。部屋を貸し、大のために店と交渉し、客を集めてくれました。
「なにか面白いことが起こりそうだ」
「だって彼が有名になったら、自慢できるでしょう?」
この作品では、その心理が、すごくリアルに伝わってくる。
大みたいな人を前にすると、あれこれネガティブファクターを指摘したり、理屈をつけてやらない理由を探したりするよりも、彼がどんなことをしでかすのか、それを見たくなるのでしょう。
大きなプロジェクトを達成できる人とは、こうした形で人の縁に恵まれる人だと思います。

やらない理由を探すより、まっすぐに突き進め

現実の世界でも、シンガーソングライターの大江千里さんは、すでに日本でキャリアを構築したのち、2008年にアメリカに渡り、ジャズの大学に入学。若い学生たちと一緒にジャズピアノを学び、ついにジャズピアニストとしてのデビューを実現しました。
おそらく「アメリカに行く」と言い出したときには、周囲は「そんなバカな」と反対したことでしょう。
分野は違いますが、ショパンコンクールで2位になったピアニストの反田恭平さんは、まだ20代後半の若さで室内管弦楽団、ジャパン・ナショナル・オーケストラを立ち上げ、それを株式会社として運営するという、新しく大胆な試みを行っている。
こうした人々に共通するのは、まっすぐなこと
この複雑な世界では「やらない理由」はいくらでも見つかります。しかしそれだけに、常識にとらわれずまっすぐチャレンジをする人を見ると、人は応援したくなるのでしょう。
この作品がシリーズ累計1100万部を突破する大ヒットとなっている現実は、同じように感じる人が圧倒的にいることを示しています。
自分ももしやりたいことがあるのなら、あれこれ言い訳せず、まっすぐに目指したいものです。これがなかなか、むずかしいのですが。
あと単純に、『BLUE GIANT』はめちゃくちゃ面白いです。時間を忘れて読みふけってしまうことでしょう。いや、ジャズをテーマとするこの作品の場合は、時間を忘れて「聴きいってしまう」と言うべきかもしれませんが。
<POINT>
・いい縁に恵まれ、応援者が集まる秘訣は「まっすぐさ」
・どんなに才能があっても引き上げてくれる指導者が必要
・言い訳をしたり逃げ道をつくろうとしたりするとチャンスは訪れない
・本気で向き合う姿勢が人の心を動かす