大前研一_ビジネスジャーナル_バナー_midori (1)

Chapter 1:テクノロジーの進化がもたらしたもの

ユビキタス、フリクションフリー世界の到来

2015/4/2
これからのグローバル化社会で戦っていける「強いリーダー」を生み出していくためには何が必要なのか? そのために何をするべきかを長年伝えてきたのが元マッキンゼー日本支社長、アジア太平洋地区会長、現ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏だ。
本連載は大前研一氏総監修により、大前氏主宰経営セミナーを書籍化した第三弾である『 大前研一ビジネスジャーナル No.3「なぜ日本から世界的イノベーションが生まれなくなったのか」』(初版:2015年2月6日)の内容を一部抜粋、NewsPicks向けに再編集してお届けする。本号では「イノベーションを生みだすにはどうすればよいのか」をテーマに、日本の現状を掘り下げている。今回はユビキタス、さらにフリクションフリーの世界について解説する。

いつでも、どこでも、誰とでも

世界の歴史を振り返ると、最初の交通手段は、馬でした。そのあと鉄道が出てきて、かなり自由に早く目的地まで行けるようになった。次に自動車が発明されて、もっと自由にいろいろな所に行けるようになった。やがて飛行機の出現によって、今度は地上の法則も飛ばして、世界中を移動できるようになった。こうした歴史の延長線上に現在のネット社会があるわけです。

私は今から20年前の1995年に『インターネット革命』という本をプレジデント社から出したのですが、その頃、私のセミナーに米国のロータスというソフトウェア会社の元CEOのジム・マンジ氏を招きました。そこでグループウェアやコンピュータネットワークのことを紹介したのです。

そのセミナーを聴いていた多くの人が「大前さん、われわれが生きている間に、そんな世界は来ませんよね」と言っていました。ところが、1990年代後半あたりからあっという間にコンピュータネットワークの社会ができあがってしまった。みんな、えっこれってなんなんだ、という感じです。

当時、多くの企業は、そんな時代が来るのは分かっちゃいるけれど、まだ先だろうと思っていたのです。さらに大きなコンピュータネットワークの革命が、この10年、とりわけこの5年くらいの間に起こってきています。そして、「そんなものはまだ先だ」と言っていた人たちは、みんな足元をすくわれてしまった。

インターネットの黎明期、世界の多くの学者たちは「インターネットの世界は、ユビキタスの世界なんだ」と言っていました。

ユビキタスというのは当時聞き慣れない言葉で、みんな「それって何なんだ?」と言っていたのですが、「いつでもどこでも、誰とでも、どこにでもつながっている」という概念です。中世の時代に、エーテル伝説というのがありました。全ての空間をエーテルという物質が満たしていて、そのエーテルが光などを伝達しているという説です。それと似たような状態を表すワードとして、ユビキタスという言葉が使われ始めたのです。

今の世界を見ると、ほとんどの人はユビキタスを享受しています。例えばスマホを持っていれば、Wi-Fiや携帯の電波が届く限りは、いつでもどこでも、誰とでもコネクトできます。つまり、ユビキタスというのは現代社会でほぼ実現してしまったわけです。

例えば私がパラオでスキューバダイビングしながらオンライン大学の講義をする、ということも可能な時代になったのです。

摩擦のない世界“フリクションフリー”

それからもう一つ、多くの学者が当時言っていたのは、フリクションフリー(Friction-Free)です。フリクションフリーとは、インターネットを介在した経済においては、需要が増加すると価格が低下するなど、消費者にとって“摩擦やストレスのない経済”が成立する現象のことです。つまり、これまでリアルマーケットで生じていた、売り手と買い手の間の様々な摩擦やストレスが発生しないビジネスの仕組みが、ネット上では可能になるはず、という考え方です。

今では当たり前になったネットにおける無料のサービス提供などは、フリクションフリーの代表例です。ビル・ゲイツがソフトを売って儲けていたところに、グーグルが出てきて、「うちのサービスは全て無料です」と言い出した。世界中の情報をただで差し上げます、というわけです。

マイクロソフトは、なんでそんなことができるの? と思ったのですが、競争のモデルが違っていたのです。グーグルのほうは広告でものすごい収益を上げるというわけです。スマホの分野でも今iPhoneとAndroidが競っていますが、今のところ世界的に見るとAndroidの圧勝です。

ネットの世界というのは、ゲームなどもそうですが、ソニーや任天堂はまずゲーム機を買ってもらって、次にソフトを買ってもらう、というモデルでやってきたわけです。ところが、スマホゲームというのは基本的に無料です。最初は無料で利用でき、ユーザーが「いやー、このゲーム面白いな」と思ってハマってくると、今度はもうちょっと強力な有料キャラクターを買おうとなり、最終的にお金を払ってくれる。全ユーザーのうち2~3%がお金を払ってくれるユーザーなのです。

これがフリーミアムというビジネスモデルです。つまり、基本的なサービスや製品は無料で提供して、さらに高度な機能や特別な機能については課金する仕組みです。間口を非常に広くしておいて、何千万もの人に入ってきてもらって、納得した一部の人にお金を払ってもらう。これがフリクションフリーの世界です。

ネットの黎明期に学者たちが言っていたこの「ユビキタスとフリクションフリー」が今、実現してきています。したがって、有料でモノやサービスを売ってきた人たちは今、非常に困っています。従来の産業界というのは、まずコストベースで考えて、結果的に販売価格はいくらです、というようなことをやっていたわけです。そして売れば売るほどボリュームが増える、儲かる、と。

ところが、今ではボリュームを稼ぐためにまず無料で提供しておいて、お客さんをたくさん集めた上で、そのうちのいずれかのセグメントにお金を払ってもらう。つまり、このお金を払う人たちが、無料でサービスを受けている人たちのスポンサーになっているのです。こうなってくると、企業側にしてみたら誰がお客さんで誰が競争相手か分からなくなるわけです。

LINEのユーザーは今5億人以上いると言われています。5億人といえばすごい数ですから、企業側にしてみれば、その人たちを使ってどうやって儲けるか、ということをこれからゆっくり考えればいい。このような、従来と全く違うビジネスモデルが、ユビキタスとフリクションフリーによって出来上がりつつあるのです。

※本連載は毎週月曜日と木曜日に掲載予定です。

『大前研一ビジネスジャーナルNo.3「なぜ日本から世界的イノベーションが生まれなくなったのか」』の購入・ダウンロードはこちら
■印刷書籍(Amazon
■電子書籍(AmazonKindleストア
■耳で聴く本・オーディオブック(Febe
■大前研一ビジネスジャーナル公式WEBでは、書籍版お試し読みを公開中(good.book WEB
 N00144-cover