2023/12/1
【警鐘】そのスタートアップは「世界標準」の設計になっているか?
日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンス『START UP EVERYTIME』が開催された。
カンファレンスの反響を受け、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。
なぜ国際協調投資は増えないのか
米国でSozo Venturesを創業し、ベンチャー・キャピタリストとして、Twitter、Zoom、Square、Coinbaseなど、錚々たるスタートアップへの投資実績を誇る中村幸一郎氏。世界中のイノベーションがグローバル市場でカテゴリーリーダーとなる課程をつぶさに見てきた氏は、いま日本の現状をどう見るのか。話を聞いた。
──グローバルなベンチャーキャピタリストとしてSozo Venturesを率いてこられた中村さんから見て、日本のスタートアップ・エコシステムの課題は何でしょうか。
中村 まず浮かぶのは、日本はリスクマネーが足りないとか、ミドル、レイター以降のステージへの投資が少ないのでそこに政府がお金をもう少し出すべきだ、という議論がありますよね。
国を挙げてユニコーン企業を生みだそうという気運は素晴らしいことだと思うのですが、国がお金をつぎ込もうという声には少し疑問があります。サステナブルではないからです。
前提として、2000年代以降、世界的に起こったスタートアップの巨大化は、グローバル化がセットになっています。すなわちそれは、自国以外の投資家、特にアメリカを中心としたトップベンチャーキャピタルの投資やサポートを受けることで実現してきたわけです。
対して、日本のスタートアップは、いまだ海外との協調投資(※)の割合がとても低く、国内の投資による割合が非常に高い。このことが、ミドル、レイターステージへの投資不足の原因にもつながっています。
※協調投資:協調投資とは複数のVC本体が同一企業に投資すること。日本では、欧米と比べて協調投資の比率が高いが、国際的な協調投資は少ない。
イスラエルにしても、北欧にしても、ヨーロッパにしても、シンガポールにしても、海外の投資家からお金の入っていないユニコーンはほとんど存在しません。
つまり、グローバル市場を取るほど巨大化するようなスタートアップの資金ニーズを、自国の投資家だけで賄うことはかなり難しいのです。もっと国際協調投資の割合を増やさないと、グローバルに成功する大きなベンチャーや、エコシステムはつくれないと思います。
──国際協調投資を実現するには、何が必要でしょうか。
そもそもベンチャーキャピタルが投資先をどうやって評価するかというと、基本的に、類似する過去の成功パターンとの比較で見ていきます。必ずしも過去の成功企業と同じである必要はありませんが、少なくともそれとの違いがあれば、なんらかの合理的な説明が必要となります。
では、海外の投資家は何に基づいてスタートアップの類似性を判断するかというと、「標準形」と「相場」です。
「標準形」というのは、契約や制度ですね。この契約や制度のグローバル標準から外れてしまうと、国際協調投資において、大きな障害になることをまず理解すべきです。
これは日本の制度や契約が劣っている、という話ではありません。そもそもスタートアップ投資には特殊なノウハウが必要なわけですが、さらに日本独自の契約や仕組みが、海外VCにとって壁になっているのではないか、ということです。
ベンチャーキャピタル投資は、基本的な構造として、1対1の相対契約ではなく、1対Nの集団投資契約という形態をとります。リード投資家の設定した契約と同じタイミングで、投資を行うすべての投資家が連判状のように名前を連ねて契約します。
また、最初のタイミングでの契約条件は、基本条件として踏襲され、次の投資ラウンドにおいては、そこまでの契約条件を引き継ぎつつ、少しずつ変更を加えるなどして契約が決定します。
このような投資契約の形態をとるため、参加する投資家は、自分たちの知らない条件が設定されている契約条件に対しては、先々の問題点を検証するリスクとコストを鑑みて、投資を敬遠してしまうのです。
結果、スタートアップという投資対象については、過去の事例や相場から導き出されたおおよその標準形がつくられており、それに基づき投資するというのが通例です。
──なるほど。日本でガラパゴス化した投資契約の条件は、海外投資家にとっては、中身を改めるのも面倒だということですね。もう1つの「相場」とは、どのようなものになりますか。
相場の例として、「バリュエーション」についての議論が挙げられます。
投資契約と同様に、基本的にスタートアップの株式投資に関しては、いったん投資をすると上場やM&Aのタイミングまでは換金ができません。つまり必然的に、株主としては、投資割合に応じた追加投資や事業成長への貢献についても責任を持つことになるのが、アメリカのベンチャーキャピタリストの流儀です。
その前提で、投資家は投資先のスタートアップの企業評価額が適切かどうかの判断を行うわけです。これもまた、類似の成功企業がどのような企業評価でいくらの資金調達を行い、どの程度の売上のビジネスを実現しているか、との比較で考えます。
この「相場」からズレている場合は、少なくともその違いについて把握し、合理的な説明ができることが必要です。
──バリュエーションについても高度な分析と検証がなされている、と。
アメリカおいては未上場株式の「バリュエーション」について、米国会計基準ベースでガイドラインが設定されています。また、COMPSと呼ばれる企業評価と売上等との倍率比較などのデータも、業種、成長率別に発表されているものがあります。
企業を評価するために、過去調達した金額や会社の成熟度、売上、従業員数など、その他、さまざまな指標に関しても、過去の類似分野の成功企業と比較して、企業価値の妥当性を検証するのが、アメリカのベンチャーキャピタルなのです。
日本ではあまり他社の例との比較が議論されず、バリュエーションも個別交渉で行われるようです。また、投資ラウンドや上場のニュースを見ても、バリュエーションの数字だけがひとり歩きしてしまっているケースが見受けられます。
たとえば高い企業価値に対して調達金額が成功事例の「相場」より少ないと、「ビジネスの中身がきちんとつくられているか?」が疑問視され、検証されます。もちろんそうした場合にも、売上や従業員数などでしっかりと成長できていることを示すことができれば、問題はありません。
ようするに、国際協調投資において「標準形」や「相場」からずれている場合、ビジネスの中身以前に、投資決定のハードルが上がってしまうのです。
これこそが、いま日本のスタートアップ・エコシステムに起きている課題だと思います。
──ここに至る原因はどこにあると思われますか。
日米間でスタートアップのノウハウに大きく差がついたことが大きい。アメリカが進化したとも言えます。
起業家サイドから見ると、1990年代以降、アメリカでは、ベンチャー特有のファイナンスや経営管理手法が広まりました。
また、それに呼応するように、VCや投資家の側も、スタートアップを評価するための手法において専門性が高まり、実務面も進化しました。
2000年代以降、こうしたスタートアップの組織運営や経営管理、評価に関する経験と専門知識が、ヨーロッパや南米、アジアに広がり国際的なスタンダードになっていきました。このようなグローバルスタンダード化やそれによって実現される国際協調投資が可能な段階に、日本はまだ至っていない、という見方もできると思います。
ただ、このような国際的な標準化に対応するにはコストもかかりますし、専門人材も必要となります。つまり、そのコストをかけてでもグローバルな巨大スタートアップをつくっていく気運、そして体力が備わってきたからこそ、こういう議論ができるともいえます。
日本のスタートアップ・エコシステムは、まさに次のステップに進む段階にきているのではないでしょうか。
エリート専門家教育の必要性
──打開策として、どのようなことが考えられますか。
現代のスタートアップ経営や投資は、おそらく大部分の方が想定されているよりも巨大な組織によるビジネスです。そこでは、高度な専門性が要求されるようになっています。
つまり、日本のスタートアップ・エコシステムも、高度化、プロフェッショナル化をさらに推進していく段階にきていると思います。
スタートアップに関しては、これまで声高に規制緩和が言われてきました。たしかにスタートアップのビジネス参入に関しては、規制緩和は依然として重要です。ただ、それと同時に、投資管理や情報開示義務、コンプライアンスの分野に関しては、規制を強化する必要もあるのではないかと思います。
もう少し制度を整備して、透明性を高めることで、プロフェッショナルな金融投資家が入ってきやすくなる部分もあるのではないかと。
なぜアメリカでさまざまなベンチャー投資の数字が開示され、評価指標などが透明化されているかというと、公的年金などが投資に回されていることで、データの開示義務があるからなんです。
結果、個別バラバラで恣意的な要素が入りがちなファンドマネージャーやスタートアップ側からの報告情報ではなく、投資家が客観情報として使えるデータになっているのです。
こういった仕組みは、日本も見習えるのではないでしょうか。
──具体的にはどのような方法が考えられますか。
現在、日本では、VCファンド投資の重要な担い手であった事業会社に加え、政府系の出資ファンドからの出資も増えてきています。
こうした政府系のファンドに関しては、投資家として得た投資先のパフォーマンスの数字などを指標データとして開示する。そういったことを義務づける、というのも1つの手だと思います。
ファンドの言い値の数字ではなく、投資家やLPとして集めた資金の客観的な数字を公表する。そのレポート実績をもとに、横断的な相互評価指標などをつくる。それができれば、標準的な比較評価が可能なアセットに成長させる一助にもなるのではないでしょうか。
また、正しい知識に基づいた成功例をつくることも、ソリューションになりえます。
じつは2000年代前半、ヨーロッパも、いまの日本と似たような問題を抱えていました。クローズな市場で小粒な投資が多く、アメリカの大口投資家のお金が入ってこなかったのです。
この状況を大きく変えたのが、スウェーデンで生まれたクランダムというファンドです。彼らは、グローバル協調投資の大成功例であるSpotifyに投資をしました。
この成功例によって、フィンテックを中心に次々と巨大企業が生まれるようになり、いまやスウェーデンは、ヨーロッパにおけるスタートアップ・エコシステムの中心国です。つまり、Spotifyの大成功によって「ガラスの天井が砕けた」のです。
クランダムを立ち上げげたのは、大学年金と政府の支援で戦略的につくられた「カウフマン・フェローズ・プログラム」(※)でグローバルスタンダードの知識を学んだ2人のベンチャーキャピタリストです。私もこのプログラムを受けています。
※シリコンバレーに本拠を置く、ベンチャー・キャピタリスト業界の次世代リーダー育成プログラム。
このことは、日本においても示唆的です。つまり、教育についても改善の余地があると思うのです。
スタートアップ・エコシステムの裾野を広げる教育も重要ですが、リーダーとして成功例をつくりうる優秀な人材に集中的に教育を施す必要があります。それも、スタートアップの経営やリソース管理、ファイナンスなど専門的な教育です。
さらに起業家だけでなく、エコシステムを構成する投資家や、顧客となる大企業、制度設計者など、関連するすべてのプレーヤーのリテラシーを上げること。これが成功例をつくる近道だと思います。
このような教育プログラムを、私たちSozo Venturesも2024年をメドに準備しているところです。
──高度で専門的な教育をもっと増やす必要がありますね。
日本では、一般的にジェネラリストが重要視される傾向があります。これは安定成長の組織においては、1つの合理的な考え方でしょう。しかし、スタートアップやベンチャーキャピタルのような専門性が重要視される業界にはあまり当てはまりません。
専門性を軽視した結果、たとえば企業で駐在員をしていたような人材や、R&D部門でキャリアを積まれた方が、体系だった理論や十分な経験に基づかないまま、起業家教育やベンチャー投資の教育を大学で担当する、といったことが多く見受けられます。
こうした場合、マインドセットやプレゼンテーション教育に終始してしまう傾向があるのではないでしょうか。
マインドセットやプレゼンテーションを教えることも、それはそれで意義があるとは思いますが、高度化するスタートアップの経営や投資とはあまり関連がないのではないかと思います。
アメリカにはカウフマン・フェローズ・プログラムのようなプログラムや、エンデバーのような起業家支援コミュニティをはじめ、起業家教育についての実績あるコンテンツが揃っています。まずは、それらを徹底的に学び直すのがよいのではないでしょうか。
Sozo Venturesの共同創業者のフィル(・ウィックハム)の言葉を借りれば、日本は工業社会なんです。工業社会では、フローにしたがって、ビジネスを定常的に回していきます。だいたいの組織が、毎年10パーセントぐらい成長していくモデルです。
ですが、ハイレベルなスタートアップの世界では、50パーセントの成長を目指します。言葉を選ばずに言えば、少し異常な組織なんです。2年経てば、半分は新しい人になっているわけですから。その人たちを全員、同じ方向で頑張らせるというのは、とてつもなく大変なことです。
この尋常ではない組織を率いる人材は、ある意味とても特殊な人である、ということを理解する必要があります。世界で急成長するスタートアップ産業は、ごく少数の選ばれたアスリートたちによる激烈な競争世界なのです。
ですから、みんなが起業家になる必要はないし、そのための専門的な教育を受ける必要もありません。スタートアップに向いている、世界で勝てる人材を選んだ上で、徹底的に支援する、という仕組みがまずは大事だと思います。
そして、世界で勝負するには、起業家だけではなく、起業家を支援する専門家もまた、同時に養成していく必要があるでしょう。
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申込みの際は「アーカイブ・オンライン配信」チケットを選択👇
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執筆:梅山景央
デザイン:月森恭助
取材・編集:中島洋一
デザイン:月森恭助
取材・編集:中島洋一
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