2023/10/27

【教えて】 なぜ、スタートアップが国の「ルール」を動かせたのか

NewsPicks / Brand Design editor
 日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
 そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンスSTART UP EVERYTIMEが開催された。
 カンファレンスと連動し、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。

今の時代、アクションのROIは高い

国内Fintechの雄・マネーフォワード。個人向けお金の見える化アプリ「マネーフォワード ME」では、銀行や証券口座の入出金データを自動取得し、リアルタイムで資産を可視化できる点が最大の特徴だ。だが創業当時、その根幹の技術がグレーゾーンなものとされ議論を呼んだ。そこで同社執行役員の瀧俊雄氏が中心となり金融庁に直接働きかけ、業界の常識を変えたことは、日本Fintech史の転換点にもなった。当時のルールメイキングの実話を同氏に聞いた。
──瀧さんは2012年からマネーフォワードの設立に参画し、2015年からは「Fintech研究所」の所長も務められています。そもそもマネーフォワードは、どのような思いから生まれた会社なのでしょうか。
 マネーフォワードは今年で創業11年目を迎えました。5年目で上場したので、もはや上場してからのほうが長い会社となりました。
「お金」は、人生においてツールでしかありませんが、一方で自身と家族の身を守るため、夢を実現するために必要不可欠な存在でもあります。そんなお金にまつわる悩みごとを減らし、あらゆる人が自分のやりたいことのできる社会を作りたいと思ったのが、設立のきっかけです。
2004年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村證券株式会社に入社。株式会社野村資本市場研究所にて、家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデル等の研究業務に従事。スタンフォード大学MBA、野村ホールディングス株式会社の企画部門を経て、2012年より株式会社マネーフォワードの設立に参画。内閣官房 デジタル行財政改革会議有識者構成員、内閣府 規制改革推進会議専門委員(共通課題対策ワーキング・グループ)、一般社団法人電子決済等代行事業者協会 代表理事、一般社団法人Fintech協会 アドバイザー、経済産業省 認知症イノベーションアライアンスWG 等メンバー。
 私も代表の辻(庸介)も、金融業界、証券会社の出身で、貯める一辺倒よりも「生きたお金の流れを作りたい」と考えていました。一般の人が未来に投資できる環境を作るためには、お金に関する自身の伸び代や現在地を知れるシステムが必要だと思って生まれたのが、お金の見える化アプリ「マネーフォワード ME」です。
 でも実際にお金の見える化を実現するのは、想像以上に大変でしたね。多くの日本人が、自分のお金の使い道や、いくら持っているかを正確に把握していない。
 そこでユーザーさんから銀行口座にログインするための情報を預かる「技術」を用いて、毎月の支出額が可視化できる仕組みを作りました。
──その技術とは、いわゆるウェブ・スクレイピングのことですね。マネーフォワードは、2018年の銀行法の改正に影響を与え、スクレイピングを原則廃止し「オープンAPI」の制度化を業界に浸透させました。
 はい。2012年創業当時、ユーザーに代わって金融機関にアクセスし口座情報を参照するウェブ・スクレイピングは、法的には問題なかったものの、グレーゾーンと認識される可能性がありました。
 なぜなら、その技術を応用すれば、悪いこともできてしまうからです。
 もちろん自分たちは善人だと思って経営をしていますが、そうした社会の仕組みの中では悪いプレイヤーが出てくることもあり得ます。そのリスクが残った状態では、いずれ自分たちも生き残るのが難しい局面が来ると感じていました。
 そこで当社が中心となって金融庁に働きかけ、2018年の銀行法で規制対象にしてもらい、契約のないウェブ・スクレイピングは違法となる銀行法の制度が生まれました。
 客観的に見ると、自分たちがやっていたことを、自分たちで規制した、ということになります。
 それ以来、ユーザーの金融機関へのアクセス情報を当社に預けることなく、より安全・安心にサービスを利用いただけるようになったのが経緯です。
※APIとは「Application Programing Interface」の頭文字で、金融機関の口座情報などのデータを外部のサービスやアプリに連携して安全に活用するための接続方式のこと。また、それを外部の事業者に開放することを「オープンAPI」と呼ぶ。
──“自主規制”で法を変えるのはあまり例を見ないですが、設立したばかりのスタートアップが、金融庁とどのようにコミュニケーションを進めていったのでしょうか。
 実は法改正以前の2013年頃から、実績ある顧問弁護士と協議し、当時の法制度に則ってサービスをいかに運営していくかについては、しっかりと検証していました。
 官庁とのコミュニケーションで変化があったのは、2015年3月のことです。ある日、一通のメールが来ました。差出人は金融庁の方で、私が執筆していた会社の公式ブログを見たというのです。
 恐る恐る話を聞いてみると、「Fintechについて講演してほしい」とのことでした。
 当時、金融庁内では新しく生まれた“Fintech”という領域や決済サービスに対応する法制度の見直しが始まっており、そこから次第に情報交換や政策提言を行うようになりました。
──官庁とのコミュニケーションにコツはありますか?
 官庁に限らず、私が普段からコミュニケーションで大切にしているのは、お互いバイネームで他社のキーマンと語り合うことです。つまり、個人間の信頼関係をしっかり作ること。
 たとえ意見やインセンティブが違っていても、合意できる場所はちゃんと考えておく。お互いに譲れない時は、自分たちが半歩引く。会話をすること自体が価値なんです。
 仕組みを変革する際は、そうした姿勢をルールを作る側にもしっかりと見せていくことも重要だと思います。
 当初、銀行と金融庁、両方とも合意できる内容が生まれないのではないかと危惧していました。でも、彼らと何度も会話を重ねていくにつれて、それは違うとわかりました。
 とくに金融庁の方々はイノベーションフレンドリーで、私が証券会社にいた頃に思っていたような姿ではなくなっていて、スタートアップを取り巻く環境が社会全体で変わっているのを感じましたね。
──瀧さんは、今の日本のスタートアップ・エコシステムをどのように捉えていますか。
 社会全体で、スタートアップを推し進める「空気」のようなものが必要だと思っています。
 やっぱり日本は、空気で動く国なんですよね。明文化されたルールを厳格に守るというより、自分の周りの動きを見ながら、先を行こうとか、遅れちゃダメだとか思いながら行動する様式が多い。
 だから、日本のスタートアップを前に進めるためには、なにかインセンティブを出すよりも、社会にとってこれをやっていないと恥ずかしい、という雰囲気を醸成するほうがきっと物事が動きやすい。
 マネーフォワードが法改正に携わった当時も、「空気」みたいなものがありました。
 Fintechのことならとりあえず“Fintech研究所 所長の瀧”に会いに行こう、みたいな。実は私は当初、研究所を作るのも所長を名乗ることにも後ろ向きだったんですが(笑)、代表の辻は諦めませんでした。ポジション取りの重要性を理解していた点に、先見の明があったんだと思います。
 あと、日本のスタートアップは、事業の「公共利益」をより積極的にアピールしていく必要があると思います。
 世の中には、企業が儲けることに対して否定的な考えを持つ人がいます。たとえば、「焼肉屋のお肉の原価が値段の3割だから、3割しか払いたくない」とびっくりするようなことを言う人もいる。日本全体を見ると資本主義への理解度はバラバラなので、そうした層は少数派ではありません。
 本来、儲けるとは、物事を動かすために必要な構造であるはず。とくにスタートアップのような大きな社会変革を目指す企業は、成長資金を呼ぶ必要がありますよね。
 すべてのサービスには価値があるのだから、そうした”嫌儲主義”のような価値観を転換していくためにも、スタートアップはまず事業の公共利益を社会に伝え、丁寧に説得していく必要があると思います。
──現在、法律や規制の壁を乗り越えようとチャレンジしているスタートアップに向けて、メッセージをお願いします。
 私はルールというものは、社会課題の文脈の中で、必要に応じて変化していくものだと思います。
 マネーフォワードも、個人のお金の管理にハードルがあることが社会問題だと思って、それを正直に官庁に対してやらせてくださいと言い続けただけなのです。
 みんなが困っていて、技術的には可能だけどまだ実行できていない領域って意外とたくさんあるんですよね。うちの場合、その一つが自分の帳簿を自動で付けることでした。
 官庁には官庁の行動目的があります。金融庁なら、お金を融通する機能が安定していて、必要な場所にお金が流れるようにすることが仕事です。
 だから、私たちはそこに反抗するのではなく、円滑にする手助けをしたという理解です。
 一方で、激変することは社会として良くないから、その道筋を見通した上でゆっくり変わる必要があるというコンセンサス(合意形成)も必要です。
 もし自分たちがそうした過程にいるなら、積極的に政策提言をすべきだと思うし、今の時代はそれを応援してくれる国会議員の方々もたくさんいるので、アクションすることのROI(投資対効果)は高いでしょう。
 たまに「瀧さんが”銀行API法”を作った」という方がいますが、それは間違いです。たまたまその潮流の真ん中あたりで傘を差していたら、通り雨が2015年から降り始めた、というイメージですね。
 だから、私たちがすごいのではなくて、準備をして適切なコミュニケーションを取っていけば、どのスタートアップでもルールを変えられる可能性がある。
 みんなにとって必要だと共感された時に制度が動くと思うので、スタートアップの方々には臆せず挑戦してほしいですね。

ルールメイキングの秘訣は、地道に丁寧に

政治家や政党からの相談や意見募集中のテーマにコメントすることで、政策を進めるサポートができるプラットフォーム「PoliPoli(ポリポリ)」。代表の伊藤和真氏が大学1年生の時(2018年)に創業した。デジタル庁に正式採用される他、PoliPoliによって動いた政策の実績もある中で、伊藤氏は国会議員や行政側との対話を積極的に行い、近年では国家プロジェクトに参加する機会も多い。法制度が事業の命運を握ることもあるスタートアップは、行政とコミュニケーションをいかに取るべきなのか。伊藤氏に聞いた。
──伊藤さんは現在24歳。すでに事業売却を経験して、PoliPoliを運営されています。起業のきっかけは?
伊藤 最初のきっかけは、俳句でした。
 趣味の俳句を気軽にシェアしたくて、大学に入学してすぐに「俳句てふてふ」というSNSアプリを作ったら、毎日新聞社が買ってくれることになって。
 そこから次第にスタートアップとのつながりが増えて、ベンチャーキャピタルのアソシエイトとして働くようになりました。投資業務に関わる中で、スタートアップはとても健全なシステムだと気付いたんです。
1998年生まれ、愛知県出身。慶應義塾大学卒業。大学進学後、俳句SNSアプリ「俳句てふてふ」を開発し、毎日新聞社に事業売却。18歳当時、2017年の衆院選で感じた政治・行政と人々の距離が遠いという課題から、2018年株式会社PoliPoliを設立し、政策共創プラットフォームを開発・運営。その他、経済産業省や総務省の有識者委員をつとめ、経済誌 「Forbes」 日本のルールメーカー30人などに選出。
 そんな時にちょうど選挙があって、もともと政治に強い興味があったわけではないのですが、政治と国民の距離の遠さに課題を感じて。テクノロジーの力で政治の仕組みを変えてみようと、大学1年生の2018年2月にPoliPoliを立ち上げました。
 最近ではリリースを毎週出しているほどの状況ですが、起業から3年くらいはなにもできなかったですね。やりたいことやビジョンはあるけど、なかなか芽が出ない時期が続きました。
──PoliPoliとしての一番のブレイクスルーはどこでしたか。
 2021年9月にデジタル庁がサービスを正式採用してくれたのが大きかったですね。
 国会で議論になった「生理の貧困」問題のきっかけを作れたことや、ネットショップを作る際に個人の出品者の方が自宅の住所を晒さなくてもよくなるなど、PoliPoliを通じて政策が変わった実績が少しずつ広まりました。いろいろなステークホルダーに認めていただけるようになったのが、ここ数年です。
 起業からの歩みは大変だった一方で、僕が若いからこそ応援してもらえた部分はあると思います。チャレンジを後押ししてくれる方にたくさん出会えました。
──最近では企業からの問い合わせも増えているとか。
 そうですね。「政策共創」という独自のポジションが強みだと思っていて、政策に関する情報提供だけでなく、政党やNPOなどをつなぐ、中立な橋渡し役としてのプラットフォームでもあります。
 業務の特性上、業界のトッププレイヤーや社会的責任が大きい方、団体から相談が来ることも多く、現在、業務委託を含めて36名の小さな組織が、これほど大きな仕事をさせてもらえるありがたさを日々感じています。
──“政治の世界”には、通常のビジネスの常識とは違う部分もあるかと思います。行政とコミュニケーションする際に気をつけていることはありますか。
 本当に丁寧にやる、これだけです。
 確かに、政治の領域はステークホルダーが多い上、独特のマナーがあるので、そこは気を付けています。
 その前提で、各領域の言語に合わせて一人ひとり丁寧に対話し、誠意をちゃんと見せることが大切だと思っています。
──伊藤さんはこれまでの知見を活かして、手早く“儲かる”ビジネスをすることも可能だったと思います。政治という難しい領域にあえて挑戦するモチベーションはなんですか。
 端的に言えば、インパクトがあっておもしろいからですね。
 最近では、日本・ASEANのプロジェクトに携わったり、国の単位で社会のルールを変えられる現場にいられることなど、この規模のスタートアップでは通常なかなかできないことに挑戦させてもらえています。
 別の視点から見れば、PoliPoliは、リソースが限られる政府や政治・行政の機能を補完しているとも言えます。だから、その分ビジネスへの転換がうまくできれば経済的なインパクトの大きさも見込める。
 時間はかかるかもしれませんが、将来的には何兆円規模の会社になると信じています。スタートアップをやるからには、そうしたスケールも追い求めていきたいという思いも強いんです。
──社会のルールメイキングに取り組んでいるスタートアップにメッセージをください。
 小さくまとまらないで、大きく挑戦してほしいと思います。
 政治や行政側も、社会をよくしていきたい、という思いは共通しているはず。協力関係のために必要なのは、正しい社会課題への認識とロジック、一人ひとりへの丁寧な説明です。
 いわゆる“銀の弾丸” は存在しません。でも、わずかでも少しずつ進めていけばいつか花開くことは自分の起業を振り返っても実感しています。
 自分も今、チャレンジの途中です。全然ダメだなと思うことも日常茶飯事ですが、諦めず自分が正しいと信じたことをやっていけば必ずいい方向に変わっていくと思います。
📍2024年1月31日までPoliPoli伊藤氏が登壇したセッションを含むカンファレンスのアーカイブが無料配信中。「アーカイブ・オンライン配信」チケットを選択👇
〝スタエコ〟の論点
  1. 【新】スタートアップ・エコシステムってなんですか?
  2. いまこそ、スタートアップ⇔大企業を「越境」せよ
  3. SaaS=オワコンに「NO!」日本市場には伸びしろしかない
  4. 「原始時代ぐらい遅れてる!」焦りが生み出すグローバル戦略
  5. アメリカ進出1年。未来をつくる“覚悟”と見えてきた“勝ち筋”
  6. 「しょうがない」って言うな。一人の強い思いから未来は変わる
  7. 【教えて】 なぜ、スタートアップが国の「ルール」を動かせたのか
  8. “儲かる”構造づくりが「未来世代のための社会変革」への近道
  9. 「日本のポテンシャル」は低くない。勇気を持ってグローバルに挑め
  10. 「自然への思い」が巨大事業を動かす。再エネスタートアップの規格外の挑戦
  11. 東大・京大だからこそのVCの姿。トップに話を聞いたらすごかった
  12. 医療危機にどう対応するか?「重い」業界を変える変革者たち
  13. 日本の最先端がここに。「3つのアワード」に込められた思い
  14. 足りないパーツは明確。いまスタートアップ・エコシステムに必要なもの
  15. 準備OK。さあ、1兆円スタートアップを目指す時がきた
  16. 宇宙大航海時代をリードする、日本発スタートアップの未来図 
  17. やるからには、数十兆円級の「ホームラン」を目指さないと意味がない
  18. エネルギーの源は「資源」から「技術」へシフトする
  19. これが現実。次の世界スタンダードを獲る「Deep」な技術を見逃すな
  20. 【警鐘】そのスタートアップは「世界標準」の設計になっているか?
  21. 【みずほ・MUFG・SMBC】メガバンクにとってスタートアップとは何か
  22. 日本の技術で世界に切り込む、ディープなスタートアップの今