2023/10/17

【提言】日本のマーケティングを変えるのは「物言う他者」だ

NewsPicks Brand Design Editor
 市場の調査、分析、施策の提案、実施、検証。こうした工程を経て消費者や顧客企業の購買意欲を喚起し、行動促進を図る「マーケティング」。
 一般的に、ユーザー獲得、ブランド構築や競争力強化など、サービスやプロダクトの価値を最大限に引き出し、顧客と関係を築く手法として使われてきた。
 そんなマーケティングのあり方に異議を唱えるのが、自社を「デザイン&マーケティングカンパニー」と位置づけるセブンデックスだ。
 2018年創業の同社は、「日本のマーケティングの負を打破する」をミッションに掲げ、マーケティングそのもののあり方を根本的に問い直そうとしている。
 彼らの言う、日本のマーケティングの“負”とはいったい何か。これまで提唱されてきたマーケティングの役割にとどまらない、本来あるべき形とは。セブンデックス共同創業者の中村伸啓氏、堀田信治氏に聞いた。
INDEX
  • そのビジネスに“勝つ意識”はあるか
  • “事業開発集団”ゆえの提供価値
  • クライアントが真に求めているもの
  • マーケティングの民主化を目指して

そのビジネスに“勝つ意識”はあるか

──セブンデックスのミッションには「日本のマーケティングの負を打破する」とあります。この“負”とはいったい何でしょうか?
中村 私たちがマーケティングやブランディングを支援させていただくなかで、日本のマーケティングにおける問題だと感じる点が大きく2つあります。
まず、「目的と戦略がないこと」です。
 どんなゴールへ向かうための施策なのか。何のためのプロダクトやサービスなのか。そうした「目的不在」で、目の前の数字をとりあえず改善するために施策に取り組んでいるケースが少なくありません。
 言い換えるなら、“勝つ意識”が希薄であると感じる場面が多くあるのです。
1992年生まれ、大阪府出身。株式会社マイナビにて広告のディレクション、サービス開発を経て2018年にセブンデックスを共同創業し、代表取締役に就任。顧客起点のマーケティングとデザインを実現し、事業成長へと導くデザインスタジオ事業を展開。「心が熱くなる未来と時代のシンボルになる企業を創る」をビジョンに、日本のビジネスシーンのアップデートに取り組む。経営戦略、事業戦略、ファイナンスを管掌。
──勝つ意識ですか。
堀田 マーケティングの本来の目的は、「自社の事業を勝たせること」。サービスの勝ち筋を描いた上で、取り組むのが大前提なんです。
1991年生まれ、大阪府出身。2018年に株式会社セブンデックスを共同創業し、代表取締役に就任。事業成長へと導くマーケティング&デザインソリューション事業を展開しており、これまで携わったプロジェクトは、ブランド戦略、UXデザイン、新規事業開発と多岐にわたる。現在は自社内の新規事業立ち上げに従事。
 中村や私が企業様にヒアリングをしていると、具体的な施策以前に、そもそも勝ち筋が見えない戦いをしている場合があります。
 たとえば不動産賃貸の情報サイトを運営する企業様から、SEO対策の相談をいただいたとしましょう。
 たしかに、不動産情報サイトは検索での集客がカギになることもあるため、SEOに注力すべきシーンもあります。
 しかし、短期的・部分的に良い影響があるとしても、その施策にフォーカスすべきかは別問題です。
 事業戦略の全体像から勝ち筋を描いた上で、何にどれくらい注力すべきかを考えなければいけません。そうすると、いま注力すべきは物件ページの情報設計や会員向けの機能拡充、ITインフラへの先行投資かもしれない。
 全体像や描く勝ち筋によって、本質的になすべきことはまったく異なるはずです。
──事業やプロダクトのゴールが明確でないために、本質ではない部分へ注力してしまう場合があると。
中村 そうです。そしてもう1つのマーケティングの問題点は、「KPI至上主義による組織の分断」です。
 企業には、広報・PRチームや、プロダクトを制作するチーム、あるいはLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)向上を目指すチームなど、さまざまなチームが存在しますよね。
 これらは、会社が掲げるミッションのもと、同じあり方やゴールを目指して走っていくはず。
 しかし、組織の拡大に伴って、個々のチームがPR至上主義、クオリティ至上主義、売り上げ至上主義など、各々の“正義”を掲げ始めるようになる。
 すると、チームの目標を達成するためだけに動くようになり、次第に組織の分断が生じてしまうのです。
堀田 我々が何度か経験したのが、綿密な調査を経て、目指したい事業成長とリソースといった“理想と現実”のバランスを踏まえつつ、いくつかの構想と施策を提案したところ「ぜひやってみたいが、やりきれるか不安」と言われるケースです。
 理由を尋ねると「他部署の管理が厳しいから」なんです。
「巻き込むのに工数がかかる」とか「あっちの部署はKPIが違うから」といった分断を解消できなければ、施策の効果が一時的だったり局所的だったりにとどまるかもしれません。
中村 日本には数多くの良いサービスやプロダクトがあり、多大なマーケティング費を投じて施策を打っているにもかかわらず、事業が伸びない場合が往々にしてある。
 それらの大きな要因は、こうした「組織の分断」と「目的不在」にあると思うのです。
 まずは「事業や企業の価値向上」に起点を置かなければならないのに、その1段も2段も下のレイヤーで話を進めてしまうと、低いROI(Return On Investment:投資利益率)の施策を繰り返すことになる。
 これこそが、日本企業のマーケティングの“負”なのです。

“事業開発集団”ゆえの提供価値

──適切な施策が打てていない企業に対して、セブンデックスでは具体的にどのような支援をしていくのでしょうか。
中村 セブンデックスは、マーケティングとデザインという2つの軸でクライアントを支援する“事業開発集団”です。
 市場をつくるマーケティングと、ビジネスを設計するデザイン。
 2つの領域から、表層的な改善ではなく、クライアントの事業を根幹から考え、成長へつながる支援を基本としています。
堀田 支援の形は多岐にわたりますが、事例を2つ紹介させてください。
 1つ目は、ジーンズを中心としたセレクトショップ大手ライトオンのECサイト改善です。
 当初はECサイトのリニューアルにあたって、UXUIデザインの改善からスタートしました。
 ただ、顧客体験は、ECサイトの中だけで完結するものではありません。最終的には、顧客接点の改善や成長に向けた戦略・施策を幅広く担当させていただくことになりました。
 このとき特に我々が注力したのは、CAC(顧客獲得単価)とLTV(顧客生涯価値)の統合です。
 ECサイトは新規顧客の獲得施策として、どうしても「CACをいかに最小化するか」を追いかけがちです。しかしEC全体、ひいては事業全体で捉えると、LTVの最大化にもつなげていく必要があります。
 CACとLTVはバッティングしかねないケースもある。
 両者に折り合いがつくように戦略を描き、マーケティングツールやSEO支援の企業などを統括したのがセブンデックスです。
 施策の可否をCACとLTVの両面から捉え、アプリなどのさまざまな顧客接点の最適化に尽力しました。
 もう1つは、日本鋳鉄管のコーポレートブランディングの事例です。
 当初はWebサイトリニューアルのご相談をいただきました。ところが深く話を聞いていくと、新社長の「これから会社を大きく変革していく」という強い意志が大前提にあったのです。
 そこで企業変革に向けた意思表明に主眼を置き、セブンデックスからは全社のブランド構築プロジェクトをご提案しました。
 まず今後の企業としてのあり方や事業戦略を整理し、パーパスや行動指針の策定を経て、Webサイト等まで一気通貫での支援です。
 約4カ月かけたブランドリニューアル後は、社内への理念浸透に注力しました。ときには、営業現場のオペレーション構築などを手がけ、事業戦略推進のボトルネック解消まで伴走させてもらったりしましたね。
──いずれの事例も、デザインから体験全体の設計、事業推進に至るまで、支援領域の幅が広いですね。
中村 我々はあくまで事業開発集団です。
 先ほどもお話しした「事業を勝たせること」こそマーケティングであるという前提で、デザインをすることもあれば、営業現場のオペレーションを改善することもスコープに入ります。
 事業のフェーズもさまざまです。0→1もあれば、10→100もある。
 それぞれで必要とされる提供価値も、勝つために担うべき役割も変わりますから、その時々、その組織や事業に応じて提供すべきものは変わって然るべきでしょう。
 その企業や事業を取り巻く市場全体を見ながら、戦略を描き、実行し、成果をたぐり寄せるまでを担うのが私たちの役割です。

クライアントが真に求めているもの

──多岐にわたって企業を支援する際に、特に気をつけているのはどのような点ですか。
堀田 事業やプロダクトを形づくる全工程において、“意志の純度”を落とさずに進めていくことです。
 プロダクトをつくるとき、あるいはブランドをリニューアルしたときなど、事業やプロジェクトのスタートラインで必ず掲げるのが、純度100%の意志です。
 この意志とは、経営者や事業責任者などトップの思想や目指す世界観であると同時に、ビジネス戦略やプロダクトビジョンでもあります。
 この純度を落とさずに社内に浸透し、そこからの社外発信でも純度を保ったまま世の中に伝えていける。
 これが、理想的なブランドの形ではないでしょうか。
──外部パートナーであるセブンデックスがクライアントの意志を忠実に理解するのは、社内浸透よりもなおハードルが高そうです。
中村 たしかに、クライアントの事業が持つ価値を理解し、その未来に向き合うのは容易ではありません。トップと同じ目線で、同じ景色を見られるくらいの熱量が必要だと思います。
 我々はいわば、他人の未来の方向性を指し示す立場。クライアントからすれば、自分たちの大事な行き先を他人に軽率に決めてほしいわけがありません。
 だからこそ、セブンデックスの支援は、まずは持てる熱量をすべて注いで、圧倒的な当事者意識を持つことから始まります。
 短くとも4カ月、長ければ数年にわたってクライアントと向き合うなかで、我々に信用がなければ、どんなに正しいことを言ってもクライアントから納得は得られません。
 そこから事業やプロダクトがどうあるべきか、戦略が間違っていないかなど、良いことも悪いことも本音で伝えていきます。
 この点は、クライアントからもよく「理想と現実を両方扱える」と評価をいただきます。ありたい姿を掲げ、それをどう叶えるか。問題点も含めて率直に議論できると感じてくださっているようです。
──とはいえ、発注主であるクライアントに対し、正直に指摘することへの不安はないのですか。
中村 クライアントのためを思っての本音を伝えることに、恐れはありません。
 指摘するからにはもちろん、自分の言葉に責任を持つ覚悟です。究極的には、誠意を尽くしたご提案の結果、自分たちの立場や契約が危うくなっても仕方ないとも思っています。
 我々のようにクライアントワークをする企業の多くは、より案件規模が拡大したり、期間が長くなったりする方が事業上はありがたいもの。
 しかし、もしクライアントのためにならないリスクがあるなら、それは不誠実な提案です。
 クライアントが本当に求めているのは、「怖がらずに意見する他者」なんですよ。
 そこに応えて支援しきれることが、結果的に弊社の差別化戦略の1つになっています。
 クライアントに本音を言えなければ、自分たちが優位性を失うことになる。その方が怖いですね。
 そういった姿勢で臨むからには、考え抜き、本音をぶつけ合えるだけの当事者意識が必要になるんです。
堀田 当社は2018年創業で、良くも悪くも若い企業です。
業界何十年というプレイヤーではないからこそ、課題解決につながる方法を見出すために、専門外の知識やスキルもインプットし続け、クライアントに提供できる価値を必死で考えます。
 事業開発に決まったやり方はなく、経験のない分野でも、常に自分なりの仮説を立てて飛び込まなければならない。
 こうした姿勢を、社内では「暗闇ジャンプ」と呼んで大切にしています。
 もしクライアントの事業に向き合う中で、未知の領域が現れたときに、まったくの手探りでも、勇気を持って飛び込めるか。
 それくらいの覚悟と当事者意識を持って支援しています。

マーケティングの民主化を目指して

──日本の“マーケティングの負”をどのように解決していきますか。
堀田 まず成功事例を増やしていくことです。
 国内のマーケティング領域では森岡毅さんや西口一希さん、ブランディングでは佐藤可士和さんといった方々が、すでに素晴らしい事例を生み出しています。
 しかし、マーケティング本来の価値は、そういった一部のプレイヤーによってしか発揮されず、まだごく限られた企業しか手が届かない状況にあると感じています。
 彼らのやってきたような確かな結果を出す“正しいマーケティング”を民主化し、より多くの企業へ価値、思想などを届けていきたいです。
中村 トップマーケターの方々が生み出した事例は、真似できない“スーパースターの偉業”ではありません。本来のマーケティングを正しく実践できているからこそ、結果につながっているのです。
 セブンデックスのミッションである「日本のマーケティングの負を打破する」とは、日本に広まっている誤ったマーケティングの意義を根本的に塗り変えることです。
 そのためには「規模の力」が必要です。
 私たち自身が顧客を増やし、メンバーを増やし、企業として成長を遂げなければなりません。
 弊社は今年で5期目に入りました。従業員数は今年新たに約10名が加わり、現在30名(2023年7月時点)。2023年7月の4度目となるオフィス移転では、2倍以上に増床し、さらなる事業拡大を目指していきます。
 セブンデックスの事業が一定の規模に達したときに初めて、大衆に我々の声が届くようになる。
 そこから少しずつ、日本でマーケティングが本来持つ価値が正しく発揮されるように変えていけるはずだと思っています。