2023/10/20
「原始時代ぐらい遅れてる!」焦りが生み出すグローバル戦略
NewsPicks / Brand Design Division
日本のスタートアップ・エコシステムは、この10年で確かに成長してきた。しかし、諸外国との差は広がるばかり。なぜか。
そんな問いを巡りながら、日本ならではの希望と勝ち筋を探る、NewsPicks主催のカンファレンス
『START UP EVERYTIME』が開催された。
カンファレンスと連動し、すべてのステークホルダーのリテラシーを上げる大型連載、題して「〝スタエコ〟の論点──日本のスタートアップ・エコシステムの論点」をお届けする。
「多様性」が強さの源泉となる
国内ではユニクロの倉庫自動化などで知られ、アメリカでも大手小売業や飲料メーカーなどを顧客に持つロボットベンチャーの雄・Mujin。2019年の中国オフィス設立につづき、アメリカ、ヨーロッパへと展開する滝野一征氏に、日本のスタートアップエコシステムにおけるグローバル展開の要諦と課題を伺った。
──Mujinの社内グローバル比は、現在どのぐらいですか。
滝野 従業員が300名以上で、半数以上が外国籍のメンバーです。
創業者である僕と(Diankov)Rosen、それから中国オフィスのVP(Liu)Huanは、それぞれ日本人、アメリカ人、中国人です。創業当初から毛色の違う3人が集まり、その後国籍問わず優秀な人材とMujinのビジョンに共感してくれるメンバーを探していたら、自然と外国籍メンバーの割合が増えていった、というのが実情です。
製造業の中でも世界最高の利益水準を誇る超硬切削工具メーカー、イスカル社の日本支社で、生産方法を提案する技術営業として活躍。営業成績1位となるなど輝かしい実績を残す。その後、ロボットの知能化により世界の生産性向上に貢献したいという想いを胸に、2011年にデアンコウ・ロセン博士とMujinを設立。
──海外展開は好調だそうですね。
ええ、特に欧米では自動化という足元自体、かなり好調なんですね。短期的なリセッションはあるとしても、長期的にここからさらに伸びていく見通しです。背景として、主に3つの要因が挙げられます。
1つ目は、人件費の高騰です。
コロナ禍での金融政策などの影響で、多くの国がインフレに見舞われています。特に欧米は顕著で、例えば倉庫でピッキングするオペレーターの方の時給が30ドル以上したりする。これを価格に転嫁しようにも限度があります。なので、経営者としては「人件費を抑えるために自動化を進めたい」という話になるわけです。
2つ目は、先進国全体が人口減少傾向ですから、労働力が足りない。不景気なのに人手不足なんです。
もともと労働力を移民にかなり頼ってきた国・アメリカでは昨今、厳しめの移民政策にシフトしています。ヨーロッパに目を向けると、こちらは労働法が厳しい国が多い。人が運ぶものに重量制限があるなど、いろいろ規制があるのです。なので、結果的に自動化を受け入れやすい状況になっています。
3つ目は、技術流出や政治リスクの問題ですね。
現地に工場を建てる場合、技術が人に依存していると、ノウハウを教える必要があります。技術流出の危惧もさることながら、ゼロから熟練工を育てるコストもかかります。でも、先に自動化しておけば、ボタンを押すだけですから、そこの問題は解決できる。
また、指導者層の一声に制度が左右されるような国だと、ある日、急に工場を第三国へと移管しなくてはならないような局面が来るかもしれない。そういった場合も、自動化しておけば、移管先での業務再開もスムーズです。
(画像提供:Mujin)
──滝野さんから見て、日本のスタートアップにおけるグローバル展開の障壁があるとすれば、どのあたりでしょう?
今回のカンファレンスもそうですが、よくスタートアップ関連のイベントやコンペティションに参加して、いろんな話を聞きます。そこでいつも思うのは、起業の段階からターゲットを日本市場に絞っているプレイヤーが多いな、ということです。
アイデアの時点から「世界中、誰でも使える」という発想でないと、グローバルに打って出るのは難しいと思います。
あと、「海外でも使えます」という場合も、プラットフォーム戦略がないと厳しいですね。どうしても人のプラットフォーム上で自分のアプリを売るという感じになってしまうので。「国を挙げてアプリ製造会社になってしまってはいないか?」ということを最近、強く感じます。プラットフォーマーが本当にいないんですよ。
──プラットフォーム戦略を描くにあたって、足りないものは何でしょうか。
まず、シンプルに、世界で起きていることを常に知る必要があります。プラットフォームとは世界中の人たちが使うものですから、前提として世界の市場やサービス、ビジネスモデルの動向を把握できていないと話になりません。
もしくは、それがわかる人材を世界中から集めるのでもいいと思います。
──日本人だけで世界で勝とう、というのはなかなか厳しいですか。
どこの国なら、ということではなく、世界中にはさまざまな物の見方や考え方があることを理解した上でないと、プラットフォーマーになるのは難しいですよ。
プラットフォームに関してはアメリカが圧倒的に強いわけですが、強さの源泉はダイバーシティだと思うんです。
僕自身もアメリカの大学を卒業しましたが、アメリカには世界中の国や街から、とびきり優秀な学生が集まってきます。しかも、こちらの常識を越えた発想をしてくるので、「えっ! そんな考え方あるんだ!」と驚かされることの連続です。
この多様性が、ビジネスにかぎらず、アメリカの強さだと思うんです。
世界からの後れを正しく認識せよ
──そうした多様性のある才能を集めるために、東京に本社を置くMujinがしていることを教えてくれますか。
僕らについて言えば、世界中から人材を集めようと思ったわけではなくて、こちらがほしいと思うスキルセットを提示して、そこに見合った人に来てもらったら、たまたま外国籍メンバーが多かった、ということです。
ただ、MIT出身やスタンフォード出身みたいな人材を採ろうと思ったら、自分たちで動く必要はあると思います。これは、という人がいたらリーダー陣が総出で口説かないと。実際、最初の20人ぐらいは、僕らがそうやって集めたメンバーです。
優秀な人ほど、優秀な人と働きたいものです。例えば、MIT出身のメンバーがいれば、友達を紹介してもらったり、インターンにも高い給与を設定したりと、優秀なメンバーを採用するためにさまざまな対策をしています。
(写真提供:Mujin)
──海外でリモートワークを前提とした採用は?
基本的にありません。日本に来てくれる方以外は雇いません。
よくメディアで、「外国人に日本が人気」みたいなトピックが流れたりしますけど、残念ながらそれは旅行先としての人気だけであって、住む場所としてではないですよね。もちろん中には日本が好きな人もいますよ。でも、それはニッチ層です。「日本好き」で「プログラミングもかなり優秀」となると、もうスーパーニッチです(笑)。
ですから、彼らに来てもらうために、まずは会社が住み心地をよくしてあげないと。それもあって、社内コミュニケーションを英語に設定しています。
まだ会社が小さかった頃は、日本のよさを知ってもらうために、僕自身で食事をつくったり、遠足をしたり、温泉に連れていったり、家族同様であるメンバーのためにいろいろ企画しました。
そういう積み重ねの先に、徐々に外国人の比率が上がってきたんです。いまでは「社内だと日本であることを忘れられる」ぐらいのカルチャーができあがりました。
──そういったときに、日本という場所の地の利は何かありますか。
正直、従業員にとってはわかりませんが、会社にとってはあります。
例えば、シリコンバレーで「ロボットの会社です」と言っても、隣にAppleがあったりするわけじゃないですか。そこで人材を確保するのは、相当厳しい闘いですよ。しかも、採用できたとしても、リクルーティング会社もひしめいていて、それこそ社内をリクルーターが歩いていたりする(笑)。日本にいれば、そこに巻き込まれずに落ち着いて仕事ができる、というのはあります。
あと、これは僕らの業界の特殊性ですが、ロボットは日本が世界でいちばん強い。世界トップシェアの優秀なロボットメーカー各社様のヘッドクオーターがほぼ日本にあります。技術スタンダードも高くて、日本の厳しい水準で鍛えられることで、世界展開した時に評価をいただけます。
(写真提供:Mujin)
──日本のスタートアップ企業のグローバル展開に関して、ポジティブに感じる動きはありますか。
日本が弱い、とは思わないんです。やる気がある人もいっぱいいる。ただ、外を知らないだけなんです。知らないので、焦ることがない。僕は、すべては「焦り」から始まると思っています。
世界から遅れをとっていると認識できていないことは問題です。たしかにこんな少ない人口でGDP世界第3位というのは、本来すごい話ですよね。でも、自分の立ち位置を正しく知らないと、判断を誤ります。悪い情報でもいいので、正しい情報を知ることが大事。
自分たちの遅れさえ認識できれば、日本はまだまだ闘えると思います。
──政府による起業家のシリコンバレー派遣プログラムもありますが、一度行くぐらいでも意味があるのでしょうか。
あるとは思いますよ。ただ、アメリカなのか、とも思います。
もし僕がプログラム担当者だったら、中国の勢いある会社をひと通り見学させますね。それこそ、アメリカは焦っているからこそ中国を研究しているわけです。だからこそ、なぜその国を見ないんだ、と。
僕らは4年ほど前から中国にオフィスを持っていますが、ホントすごいスピード感です。1年単位で世界が変わる。道を走っているのはほとんどEV車ですし、CATLのようなメーカーもどんどん日本に進出してくる。彼らは「それでも日本はもっとすごいんだろう?」と思っているのかもしれませんが、実際は……(苦笑)。
──なかなか厳しい状況認識ですが、最後にもし日本の勝ち筋として見えるものがありましたら。
日本のいいところは右向け右で、みんなすぐ右を向けるところなのかなと。それが間違った方向に行くと危ないのですが、それはさておき、団結力はすごい。もし自分たちが遅れていると認識したら、普段の2倍、3倍の団結力で突き進むことができるはずです。
明治維新であるとか、高度成長期であるとか、その時々で世界を見て「まずい! 僕たち、原始時代ぐらい遅れている!」と焦って、国外からものすごい勢いで学んだ過去があるわけです。ああいったことがもう一度起こらなければならないと思うんです。
そして、大事なのは、日本のこれまでの勝ち方を捨てる必要はないということです。
日本は海外から燃料や原材料を輸入して、それを加工して販売してきました。ハードウェア中心の時代はそれでよかったのですが、いまはソフトウェアの時代です。では、今度は海外から何を仕入れるのか?
それが、まさに「人」だと思うんです。
つまり、僕たちには、優秀な人間や我々の常識を越えた人材を集めてきて「加工」する、という考え方が必要ではないでしょうか。
📍2024年1月31日まで高宮氏が登壇したセッションを含むカンファレンスのアーカイブが、無料配信中。「アーカイブ・オンライン配信」チケットを選択👇
取材:樫本倫子、中島洋一
デザイン:月森恭助
編集:梅山景央