2023/9/29

【重田園江】社会問題を捉える土台としての哲学的思考

JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」

NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

大好評だった昨年につづいて、今年は全7回(予定)の配信を通し、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

重田園江×波頭亮 哲学から社会問題をRethinkせよ

日本がいま直面している様々な社会問題について、哲学のスコープを通してアプローチする今回の「Rethink」。
明治大学政治経済学部教授でありフーコー研究者の重田園江さんをゲストに招き議論します。モデレーターは経営コンサルタントの波頭亮さんです。

重田園江が読み解く哲学者・フーコー

波頭 重田さんはフーコー研究の第一人者として知られていますが、そもそもミシェル・フーコーとはどのような哲学者なのでしょうか。
重田 日本と違ってフランスには、哲学者がアイドルのようにもてはやされる土壌があるんです。その中でフーコーは、もともとポスト・サルトルという立ち位置で人気を得た哲学者で、サルトルの実存主義に対し、ポスト構造主義と言われる新しい思想を唱える哲学者の一人として認知されました。
では彼は具体的に何をやったのかというと、ひとつには認識の歴史化が挙げられると思います。同じく哲学者のカントが、人は眼鏡や言語を通してしか物を見ることができない、考えることはできないと言ったのに対して、フーコーは「時代や地域によってその眼鏡は異なる」と主張したんです。
波頭 新自由主義について肯定的な立場でしたか?
重田 よくそう言われますけど、実はそれは間違いで、フーコーが新自由主義を受け入れていたとは考えにくいです。また、彼はポストモダンの人なので、そもそも何かを支持する、支持しないという表明はあまりしないタイプであることが前提にあります。
ただ、アイロニカルな一面があって、新自由主義に関しても皮肉を利かせた視線で捉えていた節はありますね。
波頭 なるほど。そのあたりがフーコーのわかりにくさの要因なのかなあ。たとえばドゥルーズなどは逃走線、つまり「逃げよう」というメッセージが明快だったから心を掴まれたところもあります。
重田 逆に私は、ドゥルーズのそういう子どもじみたところがあまり好きではなくて(笑)。普通の大人は言われなくても、必要ならちゃんと逃げますからね。
波頭 ああ、ある意味プリミティブでシンプルだからこそのわかりやすさがあるわけですね。
重田 そうですね。それに、どこか本質主義の雰囲気を感じてならないんですよ。

哲学から紐解く管理・監視社会の変化

波頭 その本質主義についてですが、これは哲学的にどういう意味なのかご解説をお願いしてもいいですか。
重田 文字通り、どこかに本質があるという考え方ですね。しかし、フーコーはカントを歴史化した際、すべてを歴史化してしまうことで本質をなくしてしまいました。この世の中で人間が認知したり関わったりするものは、すべて変わり得るものである、と。
ついでに言えば、なぜポストモダンが本質主義を嫌うのかというと、近代で主体というものが絶対的な存在として扱われ、世界の中心のように捉えられていることにポストモダンは異を唱えているからです。
波頭 主体というと、「我思う、故に我あり」のデカルトが、自分は考えているのだから存在しているんだと言ったのが典型的ですよね。そこから近代が始まったと言ってもいい。
重田 ポストモダンというのは、思想運動であると同時に社会運動でもあったと思うんです。それは権威をそこから引きずり下ろす運動と同義で、日本でいえば東大紛争が近いでしょう。東大紛争はもともと、医学部の医局のヒエラルキーの中で、若手ばかりがこき使われているのはおかしいというのが発端で、すなわち権威に対する否定ですから。
波頭 ちなみに私は、管理・監視社会という観点でフーコーにすごく興味を持っています。現在、政府と国民との関係がどんどん息苦しくなっているうえに、テクノロジーの発展でより緻密な管理・監視が可能になりました。おそらくフーコーはそれを見越して警戒していたのではないかと。
重田 なるほど。監視社会について紐解くと、ベンサムがパノプティコン(監獄全域が中央の監視塔から見渡せる円形の刑務所)を構想した時は、刑務所の民営化の話がセットでされました。18世紀のことですから、これはかなりユニークな意見でしたが、彼はそのほうが安上がりだと説いたわけです。
たしかに、昔ながらの真っ暗な牢獄では囚人のリーダーも生まれてしまうし、中で何が行われているかわからないデメリットがあります。だったら民営化してより合理的にやりましょうというのがベンサムの提言で、これは経済合理性や効率、マネジメントの議論でもあります。
その一方で、フーコーは『監獄の誕生』の中で、「パノプティコンの統治」と「新自由主義の統治」を分けて議論しています。コストがかかっても細部まですべて管理することを規律訓練と呼び、ベンサムのパノプティコンは規律訓練であるとカテゴライズしました。
波頭 なるほど。支配の貫徹というより、オペレーショナルな技術発明としてパノプティコンが生まれたというのは面白いです。
重田 でも、日本の管理教育もそうですが、規律訓練はやり過ぎるとコスト過多でまったく生産性が上がらず、一体何のためにやっているのか、わからなくなってしまうことがあります。それに対して、一定の自由を与えながらそれぞれが合理性やコスパを追求することで全体がうまく機能するという、まったく異なる統治論が登場しました。これをフーコーは「新自由主義の統治」や「セキュリティーの統治」など、様々な言葉で呼んでいます。
フーコーはパノプティコンを規律訓練だと言いましたが、ベンサムは自由にさせながら上手に統治する新自由主義の統治の考え方の元祖なんです。
その上で、今の監視社会の話に戻すと、ネットの普及もあり、国が監視しているのか学校が監視しているのか、主語がよくわからなくなってきています。言ってみれば、いつ誰が誰を監視しているのかわからない、マルチな監視社会が生まれていると言えます。

「監視される側」の意識の変化

波頭 それって、パノプティコンとまったく同じ状況ですよね(笑)。つまり、見られている意識が己を律する環境で私たちは生きていると。
重田 そうですね。ただ、パノプティコンには中心があるので、どこから見られているかわからないわけではありません。しかし今の社会はどこから見られているかわからないし、自分も誰かを監視することができます。だから新しい監視社会論が必要だ、という議論が一時期活発化したんですよ。
ところが最近になって「独裁」や「権威主義国家」が改めて問題になり、具体的にはロシアや中国を見ていると、やはり権力に中心がないとは言えなくなってきています。実際、日本とロシア、中国の監視社会は形が違うじゃないですか。
波頭 そうですね。日本は空気による支配が強い気がします。
重田 そこで、日本の監視の在り方は本当にロシアや中国よりマシなのかという議論が、民主主義論との兼ね合いで再燃しています。
波頭 テクノロジーがこれだけ進化した今、監視される側の意識はどう変化しているのでしょうね?
重田 監視されている側が監視されていることに気づいていないことも多いですよね。例えば何らかのサイトをクリックすることで、ある種の情報を与えてしまっているという意識がない人も大勢います。あまり気にしていないというか。
波頭 では、今の資本社会、資本の支配については、重田さんはどうお考えですか。
重田 私は日本社会が70年代までと80年代以降で大きく変わった要因は、アメリカだと考えています。要は日本の経済をアメリカ式に改革されて、アメリカが儲かる仕組みを世界標準だと植え付けられたわけです。でも戦後の日本は結局、アメリカの言う通りにするしかなかったのも事実ですよね。
株主資本主義にしてもアメリカから入ってきたものですけど、ステークホルダー資本主義においてステークホルダーに相当するのが株主だけだからおかしなことになっています。本当のステークホルダーは経営者や従業員も含むはずなのに、株主ばかりに還元する考え方が定着しています。でも、それはおかしいという話はアメリカでも起きていて、これから少しずつ変わっていくかもしれませんね。

日本の経済成長の可能性と、岸田政権の現在地

波頭 では、日本の社会をいかに安定させ、経済成長をどう実現していくかという観点ではいかがですか。30年間も経済成長から見放されている国は世界に類を見ません。これほどのローパフォーマンスは異常と言っていいと思うのですが。
重田 根本的なことでいうと、経済成長が鈍化しているのは、いけないことなんでしょうか? もちろん、低所得者がホームレスになってしまうのは決していいことではありません。でも、いつまでも成長し続けられるわけがないですし、国際社会の中での順位がどうというより、環境問題など目を向けなければならない課題は山ほどあります。
つまり、永久に拡大していかなければならない経済の仕組みというのは、やっぱりおかしいと思うんですよ。
波頭 それで言うと、岸田政権は新しい資本主義を作ろうと掲げていましたよね。私は当初、資本家vs労働者の中での分配のバランスを是正し、再分配的なことをやるものだと理解していたんです。ところが蓋を開けてみればそうでもなさそうで、オリンピックを見ても7000~8000億円のはずだった予算が、気がつけば3兆5000億円に膨らみました。
これは政権の人気取りのベースのひとつなのでしょうね。予算をどんどん膨張させて、お金の力で周囲を巻き込んでいく、という。それで本当にヤバくなったら、公文書の改ざんまでがまかり通ってしまう。これは民主主義国家の政治経済運営としては異常ですよ。
重田 新しい資本主義というのが、再分配的な政策なのだとしたら、それは新自由主義とはまったくの別物ですよね。一部に富が集中して、資本がそれをどんどん吸い上げていく構造は、むしろ新自由主義と非常に親和性が高いのではないかと思います。経済学者が頭の中で何を考えようとも、歴史を見るかぎり、本当の資本主義というのは、資本が肥え太ることでしかないですから。
波頭 なるほど。資本主義の本質として、資本は膨張し続ける、と。そんな重田さんから、若い世代へ向けてメッセージをいただけないでしょうか。
重田 私はかれこれ23年くらい大学で教えているんですけど、一度も生き方について学生から聞かれたことがないんです。だから、今の若い人たちが果たして私のような考え方の人間から、何か生きるヒントを聞きたいのだろうかという疑問があります(笑)。
でも、それがまさに哲学なんです。「○○について教えてください」と言われた時に、「それって本当に聞きたいと思うことなの?」と疑うのが哲学的思考ですから。だからこそ、説明しすぎたり、「こうすべきだ」「ああすべきだ」と伝えたりすることが、相手の自由を奪う行為に感じてならないんです。
結局、わからないならわからないなりに考え続けるしかなくて、その途中で考え方もどんどん変わるでしょうけど、それでいいのではないでしょうか。
波頭 すごく哲学者的な、いい答えですね(笑)。では最後に、Rethinkするキーワードをお願いします。
重田 はい、「本質はない! すべては変えられる」で。本質がないということは何でも変えられるということで、社会でも歴史でも何かが変わる時は、人が何かをしているから変化が起きているわけです。逆に言えば、何かをすれば変えられるんだということを、多くの人に再確認していただきたいですね。
波頭 ありがとうございます、本当に貴重なご意見を聞かせていただきました。
Rethink PROJECThttps://rethink-pjt.jp

視点を変えれば、世の中は変わる。

Rethink PROJECTは、JTがパートナーの皆さまとともに行う地域社会への貢献活動の総称です。

私たちは、心みたされるよりよい明日の実現に向けて、「Rethink」をキーワードにこれまでにない視点や考え方を活かしながら、地域社会の様々な課題に向き合っていきます。

「Rethink」は2023年5月より全7話シリーズ(予定)毎月1回配信。世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

NewsPicksアプリにて無料配信中。

視聴はこちらから。