2023/9/30

【青森】人気芸人とコラボも。未来につなぐアートの教育普及

高田公太 作家、ライター
2023年に開館から3年を数えた青森県弘前市のれんが倉庫美術館は、地域を中心に添えた展開をくり広げることで、「親しみやすい現代美術館」として市民から愛されています。

地元の学生を迎えて展覧会にちなんだ演劇ワークショップを開催したほか、ラーニング・キュレーターによる教育普及のための関連事業を開始するなど、美術と地域の未来が絡み合う同館の動きは、美術館の役割を再認識させてくれます。

同館の広報・PRを担当する大澤美菜さんに、同館の動きとそれがもたらす成果や、未来像について話をうかがいました。(第3回/全3回)
2022年12月、地元の10~20代が参加した「もしもし演劇部」の成果発表会「A to A」。2000年代に開催された奈良美智展弘前について部員たちが個々の記憶からリサーチし、演劇を創作。写真提供:弘前れんが倉庫美術館
INDEX
  • シソンヌじろうさんのワークショップ
  • 教育普及担当のラーニング・キュレーター
  • 地元の子どもたちとアーティストの交流からアートが
  • 地域の子どもとアートの距離を近づける試み
  • 次世代につなげる「新たな“記憶”の継承」

シソンヌじろうさんのワークショップ

人気お笑いコンビ「シソンヌ」のじろうさんは弘前市出身。高校卒業まで同市で暮らしていました。
同館は2022年5月に小学生を対象にした「シソンヌじろうさんとオリジナルキャラをつくろう!」を、2023年1月には小中高対象の「お正月もじろうさんと、あそぼう!」を開催しました。
大澤『オリジナルキャラをつくろう!』は事前に子どもたちに自分がなりたい空想の人物像を考えてもらって、その人に扮装して参加してもらいました。じろうさんは『じゃあそれはどういう人なの?』と問いかけて、口癖や性格を作り込む手助けをする役割です。
最後にじろうさんがインタビューの聞き手になり、空想の人物になりきった子どもたちが質問に答えました。演じることの面白さを子どもたちに体験してもらおうというプログラムでした」
じろうさんの2回目のワークショップはさらに趣向を凝らし、シソンヌの得意とする「コント」の世界へ市民をいざないました。
大澤『お正月もじろうさんと、あそぼう!』は小学生対象と中高生対象の2種類を開催しました。このワークショップはじろうさんが短いストーリーの台本を書いて、それぞれ役を与えられた参加者がセリフを読み上げるものです。
これらのワークショップは、じろうさんが、以前から地元の子どものためになるようなことをしたいという思いがあったので、一緒にプログラムを考えました」
自発性を問われる演技、エチュードのワークショップに子どもたちの反応は。
「お正月もじろうさんと、あそぼう!」開催時の様子。写真提供:弘前れんが倉庫美術館
大澤「ワークショップには自発的というより親のすすめで参加する子もたまにいます。それでもじろうさんの台本を読むと、教科書にあるようなものと内容がまったく違うので、そこに笑いがあり、楽しさがあるんですよね。
お笑いの間の取り入れ方とか、じろうさん独特のユニークなセリフ回しとかを間近で見ることができる。
普段はおとなしくて人前で話すことが苦手な子が、般若のお面をかぶり警察官の格好をしてみたら、楽しく演じられたということがありました。じろうさんの場を和ませる力も見事でした。コロナ禍で少なくなっていた、人と触れ合う機会にもなったと思います」
写真提供:弘前れんが倉庫美術館

教育普及担当のラーニング・キュレーター

また、同館には教育普及を担当するラーニング・キュレーターがいます。ワークショップの企画や、地域の学校との連携なども行っています。
大澤「展覧会の感想を書き込むシートや、鑑賞支援ツールなどさまざまな企画に取り組んでいます。
『大巻伸嗣-地平線のゆくえ』展(10/9まで開催)の鑑賞支援ツールはラーニング・キュレーターが地元のクリエイターと一緒に企画をして作ったものなんですけど、より深く作品を味わってもらうための仕掛けを考えました。弘前市内の学校や来館した方たちに配布しています。
展覧会『りんご宇宙 — Apple Cycle/ Cosmic Seed』(2021年)のときには、地元のりんご産業に関わる方たちをゲストに招いて、レクチャーやトークをしていただきました」
鑑賞支援ツール。写真提供:弘前れんが倉庫美術館

地元の子どもたちとアーティストの交流からアートが

2020年度開催のワークショップ「おがるおにっこ」ではアーティストの潘逸舟が母校、弘前大学教育学部附属中学校の美術部員と弘前の「鬼」伝承をもとにワークショップを開催し、その成果はインスタレーション作品として発表されました。
大澤「『おがるおにっこ』は鬼の面を作るというワークショップでした。美術部の子たちはフェイスシールドに色をつけたり、装飾し、オリジナルの鬼を制作しました。
鬼が題材となったのは、弘前の鬼沢地区では鬼と仲良く暮らしていたという伝承があったことに潘さんが着想を得たからです。参加者自身が考えた鬼にまつわるストーリーを語った声が潘さんの作品に取り入れられました」
「おがるおにっこ」のワークショップでは、活発に潘さんに相談する中学生の姿があり、潘さんもアーティストとしての観点から真摯に答えていました。
大澤「国内外で活躍するアーティストと直接触れ合える機会を参加者それぞれが喜んでいました」
潘さんは2021年度春夏プログラム「りんご宇宙 — Apple Cycle/ Cosmic Seed」展にて、ワークショップの成果を取り入れた「おにっこのちはりんごジュースの滝」を発表。
潘逸舟《おにっこのちはりんごジュースの滝》(2021) 撮影: ToLoLo studio
洞窟のような展示空間では、津軽の鬼信仰とりんごの歴史が時空を超えて出会うストーリーを通して、故郷や他者との距離に関する問いかけを行うインスタレーション作品が展開されました。
同展示のそこかしこにはワークショップ参加者が制作した鬼の面が配置され、成果が作品として見事に昇華されていました。

地域の子どもとアートの距離を近づける試み

同館の展覧会は全国の高校生以下の観覧料が無料です。保育園、幼稚園からも団体の見学を受け入れており、若者たちが気軽に現代アートに触れる機会の場として機能しています。
幅広い年齢層にアートの魅力を伝えられるよう、さまざまな取り組みを行っています。
大巻伸嗣《Echoes Infinity -trail-》(2023) 市民が制作に協力した作品。白いフェルトの床にステンシルのように型と顔料を用いて新岩絵具で描かれたモチーフは、描かれた花や紋様などモチーフが広がる
大澤高校生以下が観覧無料であるのはもっと知っていただきたいですね。さらに企業の支援を受けて、学生鑑賞支援プロジェクトを実施しています。
弘前市内の5つの大学(弘前大学、弘前学院大学、柴田学園大学、弘前医療福祉大学、放送大学青森学習センター)に通う学生は、先着1000人まで観覧無料としています。
地元企業のサポートの上で成り立っている企画なんですが、地元の大学生も訪れやすい環境を作っています。
それに、ラーニングって子どもに限らないと思うんですよね。大人も対象になります。
あとは月に1回、建築ガイドツアーを開催しています。館内、美術館の建物の成り立ちや、建築の見どころを紹介する30分ほどのツアーです。
開催中の『大巻伸嗣展―地平線のゆくえ』の関連プログラムではリサイクル素材を使ってブローチや思い思いの生き物を作るワークショップなども開きました」
写真提供:弘前れんが倉庫美術館

次世代につなげる「新たな“記憶”の継承」

同館のウェブサイトでは「特徴」の一つとして「サイト・スペシフィック(場所性)」が挙げられており、建築や地域に合わせた新たな作品制作や、展覧会が開催されています。“場所性"は、展覧会以外でも館内の至る所で感じられます。
大澤「展覧会を見に来た地元の小学生がライブラリーの椅子に座って『座り心地が良い』という感想をくれたことがありました。来れば何かが見つかりそうな場にしたいです。
いろいろな世界への入り口みたいなものが美術館で見つけてもらえたらいいなと思いますね。それもまた場所性が関係しているという言い方もできるかもしれません。これからが楽しみです」
長年の不況の影響で、決して勢いがあるとはいえない街に巧みにデザインされた現代美術館が建っている事実だけでも、街を好きになる理由になりえます。
ましてや、その美術館がこちらに手を差し伸べてきたら、なおのことこの街に新たな価値を見出しやすくなります。
東北の小都市に建つ地域にやさしい現代美術館は、新たな表現とライフスタイルをこれからも生み続けるでしょう。