2023/9/22

【福音派】アメリカを動かす最大の宗教勢力

近年各国で目立つ政治と宗教の関係。トランプが勝利した2016年の大統領選挙ではアメリカ国内最大の宗教勢力・福音派の存在が結果に大きな影響を与えました。
来年2024年の大統領選挙を控え、福音派はどのような動きを見せるでしょうか?
NewsPicksトピックスで「宗教とグローバル社会」を連載中の加藤喜之氏と、アメリカ大統領選挙の動向を追うNewsPicks編集部記者のキアラシ・ダナがアメリカにおける国家と宗教の現状を語ります。
INDEX
  • 宗教との出会い
  • 若者の宗教離れ
  • アメリカ大統領選と福音派
  • 「エニウェア族」と「サムウェア族」の分断

宗教との出会い

キアラシ:私は日本で生まれ育ちましたが、父親がイラン出身です。この二つの国は宗教のあり方がかなり対照的だと受け止めています。イランは「宗教=国家体制」の国です。最高指導者はイスラム法学者で、イラン・イスラム革命を体現する存在。選挙で選ばれるのではなく、一番偉いお坊さんのような立場です。国の法律や社会のあり方は、イスラム教シーア派の教義に基づいています。
 私はイランの大使館に付属した小学校に一時期通ったことがありました。そこではクルアーンの授業もありましたが、特に印象深かったのは周りのクラスメートでした。みんなイスラム教徒なので、断食月(ラマダン)になると、お昼ごはんを食べないんですよね。当時、子供だった私はあまり事情を知らなかったので、衝撃を受けました。学校で親の目があるわけでもないのに、本当にこんな感じなんだと。それが僕が宗教と出会った出発点でした。学問としてというよりは、自分の経験として人生の中にあったと思います。
加藤:そのような経験をされたとは大変興味深いです。宗教社会学という学問で扱われる問いのひとつに、近代社会において宗教はどのような役割を果たしているかというものがあります。1960年代以降、世界で宗教は必然的に衰退する=「世俗化」するという考えが研究者のあいだでは強くなりました。しかし、ここ30年ほどは、近代社会においても宗教はいまだ力を持っているという考えがでてきました。
いわば、ポスト世俗とでもいうべき考え方が出てきたんですが、その根拠のひとつに1979年のイラン・イスラム革命があげられることがあります。現代において宗教が国家の中でこんなに力を持つことができるのかという衝撃が研究者のあいだにあったのですね。この非常に特異な現象以降、世界的に宗教と社会の関係が密接になっていきました。
(Getty Images/Anadolu Agency)
キアラシ:そもそも加藤さんが宗教に関心を持ったきっかけは何だったのでしょう?
加藤:私は名古屋出身なんですが、日本の伝統的な習慣を重んじる家庭で育ちました。家に神棚があって、隣の祖父母の家には先祖代々の霊魂を祀る仏壇がありました。初詣などの年中行事もきちんとやるほうでした。
父と祖父は獣医だったので、一方で近代的な科学主義を信奉しつつも、もう一方では日本の慣習・風習もきちんと守るんですね。そこにあまり矛盾を感じない、非常に日本的な家庭だったと思います。キリスト教系の中学・高校に通っていたので聖書の授業があって、創世記やイエスの話など基本的な知識を学びました。その学校は宗教教義に関してはリベラルな立場だったので、それを字義通り受け取るというよりも、一般的な歴史教養・宗教教養として教わりました。
高校の最後からアメリカに留学しましたが、大学2年生の頃、自分の中で宗教とは何か、スピリチュアルなものとは何かを考える機会がありました。当時、周りの知人らの影響で一緒に教会に行って、洗礼を受けることになり、キリスト教徒になろうと改宗しました。大学時代は、宗教との関係で哲学にも興味を持って、それらを学問として理解したいと思うようになったんです。

若者の宗教離れ

キアラシ:近年アメリカでは無宗教の若者の割合が増えているそうですね。統計を見ると、福音派やカトリックの人と同程度の割合のようです。
加藤:ここ10年くらいでかなり大きく変わっていますね。自分はどの宗教にも所属しないと考える「nones(非宗教者)」と呼ばれる人たちが増えました。ただ、必ずしもその全員が宗教を否定する無神論者、あるいは懐疑論者であるかはわからないところです。明確に所属している教団や教会がないと言っているだけで、何らかのキリスト教的な価値観は残っているかもしれません。いずれにせよ、福音派の家庭で育ったような若い世代でも、一定数は所属をなくして無宗教的になっている傾向はあります。アメリカ社会で非宗教化が進んでいると言えるでしょう。
キアラシ:アメリカで歴史上、こんなことはあったんですか?
加藤:初めてだと思います。例えば19世紀の有名な話で、トクヴィルがアメリカを訪れた時に、ヨーロッパと違ってみんなが宗教に熱心であることに驚いている。その後も信仰復興運動が何度も起きて、アメリカ人の心を揺さぶってきた経緯があります。もちろんどの時代も信者じゃない人、無神論者は一定数はいたでしょうが、その数は限られていた。これほど大きく教会離れが進んだことはなかったと言われています。
(Unsplash/Aaron Burden)
キアラシ:なぜ、若い世代は宗教から離れたのでしょう?
加藤:いろいろな考え方があると思いますが、一つにはライフスタイルと教会があまり合わなくなってきています。例えば、宗教に関する情報はこれまでは教会に行かなければ得ることができなかった。そこである種の専門家によって、宗教的な知識が伝えられていたわけです。しかし近年、インターネットで何千もの宗教指導者の話を聞くことができる。以前のようには教会という共同体に所属する必要性がないのでしょう。
 もう一つは、アメリカではLGBTQなど多様性に関する価値観について、世代間でかなりズレが生じています。若い世代では多様性に対してかなり寛容である風潮がある一方で、上の世代、特に福音派はLGBTQ、同性婚は認められないと主張している。その価値観の違いは、若い世代が嫌悪感を感じるところなのでしょう。

アメリカ大統領選と福音派

(Getty Images/Mark Makela)
キアラシ:アメリカ国民の25%ほどが福音派だと言われますが、前回の選挙では、(支持を受けた)ペンスが副大統領候補になったこともあって、福音派はトランプを全面的に支持しました。今後もその傾向は続くでしょうか?
加藤:今の時点で共和党で誰が一番人気かを見ると、圧倒的にトランプですね。ただ、福音派もおそらく迷っているところはあったと思います。2016年の選挙では白人の福音派の81%がトランプに投票したと言われています。それが2020年の時は84%に増えたんです。2016年では福音派のあいだでは「本当にトランプみたいな人間を支持していいのか」と意見も割れたんですよね。
キアラシ:トランプは女性関係のスキャンダルを含めて、めちゃくちゃですよね。厳格なキリスト教的価値観を持った人たちに受け入れられているのが、信じられないところがあります。しかし、それでも増えていると。
加藤:2016年の段階では、一部の福音派の人々はおそらくそれほど強い意志を持って選んだわけでもなかったのでしょう。他に誰もいないのでトランプを支持した。やはりそこではヒラリー・クリントンにだけは入れたくないという判断があった。特に中絶の問題は、彼女はプロ・チョイス(人工妊娠中絶を女性の権利として認める立場)だったわけですから、福音派としては支持できないわけです。
 もう一つ、これは最近の興味深い事例ですが、教会に熱心に通っていないような人たちも、また、政治的に保守の立場をとるユダヤ人や東方教会のひとたちも、福音派を自称しているんです。そんな人たちの中にかなり熱烈なトランプ支持者がいます。名称自体が独り歩きしている部分があるんですね。
キアラシ:去年、アメリカに中間選挙の取材に行きましたが、一つの重要なテーマが中絶の問題でした。テキサスなどで中絶絶対反対派の人々に直接話を聞く機会もありました。やはりプロ・ライフ(キリスト教の教えに基づき、中絶を認めない立場)とプロ・チョイスの問題は、一番大きいイシューなのでしょうか?
加藤:最も重要なイシューのひとつだったと思います。福音派らの保守にとって、1973年に最高裁が「女性が中絶する権利」を認めた「ロー対ウェイド判決」は問題だとされてきました。それを何とかして覆したいというのが長年の夢であり、政治的な行動の一つの大きな原理だった。
 トランプは最高裁判事に保守派を3人も加えることで、全9人のうち6人が保守派になったわけです。その結果、去年の6月にロー対ウェイド判決が覆されることになった。それ以前も共和党を支持するような州では、中絶を禁止する法律もありましたが、それが覆された途端に一気に中絶禁止の州が増えていったわけです。

「エニウェア族」と「サムウェア族」の分断

キアラシ:それが覆された今となっては、次なるイシューは何なのでしょう?
加藤:確かに大きな問題ですね。中絶に関する議論は一旦落ち着き、トランプが求心力をなくすかどうかは、ちょっとわからないところです。一方で、アメリカの社会が世俗化しているという話をしました。つまり、トランプ支持者の中には、キリスト教というアイデンティティの根幹は持ち続けるものの、礼拝に参加することやキリスト教的な倫理にはそれほど重きを置かない人たちが増えています。
 トランプを支持する人たちにとって、より重要な問題はいくつかあると思います。例えば、反グローバリズム・移民の問題があるでしょう。一方、伝統的な福音派や共和党が支持していた自由市場、世界の警察的なアメリカの役割、あるいは非常に保守的な家族観などは、今のトランプ支持者はそれほど支持しないかもしれない。政府の立場にしても、これまでは市民の生活に介入してきませんでしたが、反グローバルでプロ・アメリカであるべきと考えるトランプ支持者たちは、政府が経済に介入してほしいと考えている。そのあたりの今後の動向は、かなり気になるところですね。
キアラシ:若い世代で無宗教化が進むと、長い目で見てアメリカの政治や社会はどのように変わるでしょうか?
加藤:保守・右派の立場からすると、教会が一つの地域共同体を作り上げてきました。特にトランプ支持者が多いラストベルト(鉄鋼や自動車などの従来の産業が衰退した地域)は、元々は工業が盛んな地域でしたが、教会や労働組合など様々な中間団体があって、人々に共同体の意識を供給していました。しかし、今ではどちらも弱くなっていますし、それにより個人は孤立化している。そんな状況だからこそ、トランプが訴えかける力を持っているとも言えます。取り残されてしまった人たちにとって、彼の言葉が非常に強く響く。
(Getty Images/John Moore)
キアラシ:まさにその論点で言いますと、ある共和党支持者の調査を見て、衝撃を受けました。「誰があなたに対して真実を語ってくれますか」という質問に対して、友達や家族、ましてやテレビや新聞ではなく、トランプだと答えた人が一番多かったそうです。
加藤:社会構造が大きく変化して孤立化してしまった個人にとって、特にエコーチェンバーと化したソーシャルメディア空間において、トランプの言葉が非常に強く響き、信頼してしまうのでしょう。
 またメディア構造の観点だけではなくて、トランプはその層に響くメッセージを持っている。そこは左派が理解できなかった点、あるいは忘却してしまった点です。左派が同性婚やLGBTQの問題といったアイデンティティ・ポリティクスに傾倒すればするほど、白人を中心とした地域共同体で生きてきた人々は取り残されてしまう。
キアラシ:去年、アメリカ取材をした時、ロサンゼルスの知人と会ったんですが、私が「これからテキサスとジョージアとオハイオに行く」と言ったら、「え、あんなところに何しに行くの?」と驚いていました。明らかに見下しているような感じがあって、その間に大きな断絶があることを実感しました。
加藤:そうですね。ヨーロッパでも同じような現象が起きています。エリートではない層が、EUを中心とするエリート層に対して強い反感を持っている。その辺りの問題について先日、トピックスの記事でも書きましたが、イギリスのジャーナリストのデイビット・グッドハートが、世界中どこでも働くことのできる「エニウェア族」、他方で特定の国でしか働くことのできない「サムウェア族」の二種類の人々がいると分類しています。
 トランプを代表とする極右の政治家たちは今、グローバル化の恩恵を受けられない「サムウェア族」をターゲットにして語りかけることができる。それは非常に効果的で、選挙に勝つことができるわけです。左派政治家は何らか政治的な政策が求められるでしょうし、エリート層からの対策やコンパッションが必要でしょう。あるいは、教会や労働組合のような中間団体が復活し、彼ら彼女らの意見をすくい上げることができれば別かもしれません。そうしたことができなければ、今後も断絶のある状況は続き、トランプでなかったとしても、トランプのように語る人物がそうした人々の支持を得るのはとても容易なように思われます。
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