2023/9/29

デジタル社会に、コンビニATMが必要とされ続ける理由

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 セブン銀行のATM事業が好調だ。
 2023年3月決算では過去最高の経常収益を達成。ATMの総利用件数は前年同期比プラス7,000万件にのぼる。
 スマホの普及やキャッシュレス化の波で、現金を使う機会が減ってなお、なぜセブン銀行のATMは、時代の変化に負けないソリューションであり続けられるのか?
 これまでのATMの進化と、セブン銀行が新たに仕掛けるプロジェクトについて、同社でATM開発一筋24年のキーパーソン・常務執行役員 深澤孝治氏に話を聞いた。
INDEX
  • 進化のポイントは、機能から“存在”へ
  • デジタル化には“リアル”が必要
  • 「ATM」をやめたかった
  • プロジェクトの“成功”とは
  • ATMがオープンプラットフォームになる日

進化のポイントは、機能から“存在”へ

──深澤さんご自身は、創業時から一貫してATM開発に携わられてきた“ATMのプロ”だと伺いました。
深澤 もう24年もATM開発を続けていますね(笑)。
 私が担当役員を務めるATMソリューション部が、いわゆるシステム開発部門であり、サービス企画をはじめ、研究開発やリリース後の改修に至るまで、一気通貫で担うのが特徴です。
2001年、株式会社セブン銀行に入社。以降、開業から約20年近くATM開発に携わり、目の不自由なお客さまへの対応や海外カード取引の実現、環境に配慮した設計など、他行に先駆けた新しいATMを提案。2019年9月、第4世代ATM「ATM+」を発表。キャッシュレス化とも融和する多様な機能を実装。2022年3月、BaaSプロジェクトを立ち上げ、2023年7月より現職。
 企画部門・開発部門・業務部門……と、一般的な組織構造のような業務レイヤーで分けていない理由は、私たちが「ATMプラットフォーム事業」というニッチなビジネスモデルであることに起因します。
 ビジネスとしてATMを発展させるには、ITスキルだけでなく、ATMの機能や仕組み、サービスの理解が欠かせません。そこで初めて「ATMでどんな課題解決ができるか」の話が可能になります。
 ATMのサービスや開発、業務を熟知した“プロフェッショナルたち”が、自ら考え、作り、動く。それがセブン銀行のATMソリューション部です。
 社長の松橋も、歴代すべてのATMのハードウェアやソフトウェアの開発に関わってきました。
 セブン銀行が開業した2001年は、まだ夜間や休日の手続きがままならなかった頃。そのような状況のなか、24時間365日使える「コンビニATM」を確立させようとしたのが、第1世代のATMでした。
 銀行とは置かれる環境が異なるので、当初は予想外のことがいくつも起こりました。
 たとえばコンビニってガラス張りじゃないですか。窓際に置かれたATMが、直射日光を浴びて熱暴走で止まってしまったり。
 現在は排熱ファンを搭載していますが、当時は現場に急行しては、ATMのカバーをパタパタ開け閉めして、あおいで復活させていました(笑)。
──そこから第2世代、第3世代とバージョンアップを重ねてきたのですね。
 そうですね。ATMの筐体というハードウェアはもちろん、ソフトウェアも進化しています。
 ATMって、設置場所によって1台1台使われ方が異なるんです。たとえば学生街は1000円札が減りやすい。あるいは、近所でお祭りのあるたった数日だけ現金が多く必要になる、というように。
 当初は需要がつかみきれず、よく「現金切れ」を起こしていましたが、現在は約2万7000台すべての現金需要をAIで予測し、現金を補充するタイミングを逃さぬようにしています。
 こうした第3世代ATMまでの進化は、コンビニATMをより安全に、より安定させるための機能面の進化に徹してきました。
 2019年に導入した最新の第4世代からは“存在の進化”が始まったと言えるでしょう。
「口座からお金を出し入れする機械」から、行政をはじめ多種多様なサービスを受けられる「サービスプラットフォーム」へと進化していく。
 その第一歩が、第4世代ATMの「ATM+」なのです。

デジタル化には“リアル”が必要

──ATM+の展開に伴い、セブン銀行では新たにBaaS(※)プロジェクトがスタートしたと伺いました。その背景と概要についてお聞かせください。
※Banking as a Serviceの略。クラウドを介して銀行機能を他の事業者に提供する仕組みを指す。
 セブン銀行は創業以来20年間、手軽に口座から現金を出し入れできるATMサービスを追求してきました。しかし、キャッシュレス化の波は避けられません。
 すでにキャッシュレス決済の現金チャージや口座不要のBtoC送金サービスの提供など、現金の利便性向上に取り組んでいますが、やはり現金以外の領域に踏み出していかねばならないでしょう。
 私たちのBaaSプロジェクトで目指すのは、ATMがあらゆる手続きや認証の窓口になる世界です。
 たとえば、いま銀行では店舗の統廃合が進み、有人窓口がどんどん減ってきています。銀行側は「スマホで手続きができます」とデジタルへの移行を推進しているものの、セキュリティへの不安やリテラシーの格差もあるので、誰もが対応できるとは限りません。
 ならば、コンビニATMで口座開設などの手続きができるようにしよう、と。
 そうすれば、「窓口で手続きをしたい」というユーザーの思いにも、「デジタル化を進めたい」という銀行の課題にも応えられますから。
──デジタル化を推進するために、リアルの接点が役立つというのは盲点でした。
 このように考えたきっかけは、セブン銀行ATMが提供する「キャッシュレス決済の現金チャージ」サービスでした。実は、このサービスの利用者数が最近とても伸びているんです。
 本来、クレジットカードや銀行口座をアプリに紐付ければ、チャージはスマホひとつで完結します。それでも、ATMから現金でチャージしたい人がこんなにいるのか、と私たち自身も驚いています。
 そこには、合理性だけでは答えが出ないユーザー行動がある。
 マイナポイントの申し込みでも、やはりスマホアプリで完結する手続きにもかかわらず、ATMを利用される方がいます。
 聞けば、遠方に住む両親に申し込みを勧めるとき「マイナンバーカードを持ってセブン‐イレブンのATMに行けばできるよ」と教えるほうが簡単で、喜ばれているとか。
 こうして、デジタル化の過程で、リアルのチャネルが絶対に必要だと確信しました。誰一人取り残されないデジタル社会に向けて、セブン銀行にはもっとできることがあると思います。

「ATM」をやめたかった

──BaaSプロジェクトによる「ATMがあらゆる手続きや認証の窓口になる世界」の実現とは、金融以外にもリアルチャネルを広げるということでしょうか?
 もちろんです。証券会社や保険会社、クレジット会社といった金融機関に限らず、一般事業者や宿泊施設、行政など、窓口に関するニーズは多くあります。
 2022年3月にBaaSプロジェクトを立ち上げ、2023年7月には「ATM+企画部」として組織化しました。そして2023年9月に「+Connect(プラス コネクト)」というブランドのもと、新事業をスタートし、まずは銀行へサービスを提供していきます。
 私たちのビジネスモデルはBtoBtoC。提携先の企業さんと、その先にいるユーザーの課題解決が主眼です。アイデアの種も、提携先のみなさんの中にあります。
 その種がいつか芽吹くように、コミュニケーションし続けることが大切と考えています。
+Connect発表会の模様。日本マイクロソフト エバンジェリストの西脇資哲氏(左から2人目)や静岡銀行デジタルチャネル営業部長の大石康太氏(右から3人目)、モデル・タレントの谷まりあさん(右から2人目)らを迎え、ATMサービスプラットフォーム事業の展望を明かした(画像提供:セブン銀行)
──チャネルを広げるには、他社との共創や連携が欠かせない、と。ただ、新しいATMのあり方を理解してもらうのは、なかなか難しそうです。
 さまざまな企業さんとお話しする機会がありますが、たしかに最初は「ATMはお金を下ろす機械」という見方から離れられません。そもそもが「Automatic Teller Machine(現金自動預け払い機)」だから、無理もないと思います。
 そこで私たちが提携先の方々に伝えるのは、「ATMは、日本全国に2万7000台ある、24時間365日使える顧客接点なんですよ」というお話です。
 すると、みなさん「それは欲しい」と言ってくださる。会話を重ねることで、「こんなことってできませんか?」とお声がけいただく機会も増えてきました。
 正直なところ、個人的にはもう「ATM」という呼び方自体をやめたいとさえ思っているんですよ。
 ATMの価値を捉え直せば、もっとできることはあるし、まだまだ発想が広がる。
 現在は「ATM+」という名称に落ち着いていますが、私はATMという呼び方がなくなるまでの“移行期間”だと考えています。それくらい、この領域に期待しているんです。

プロジェクトの“成功”とは

──セブン銀行が掲げる「第二創業」の実現を目指すなかで、新ブランドの+Connectはどのような位置付けでしょうか。
 当社において、ATMは経営戦略の基盤となる主力事業。我々がATMの価値を再転換し、継続的かつ盤石な事業構造を形成することが、第二創業の一丁目一番地であると認識しています。
 その意味で+Connectは、“成功させなければいけない事業”です。多くの提携先やユーザーを巻き込んで進める上でも、「次世代の社会インフラをATMで作る」という強い思いで取り組んでいます。
BaaSプロジェクトから発展したATM+企画部は、現在約30名が所属する。部長を務めるのは、プロジェクト発起人だった30代の若手社員だ。
──第二創業に向けたカルチャー変革プロジェクト「SEVENBANK Academia」といった組織改革の取り組みも進んでいますよね。
 組織改革の取り組みには、大いに影響を受けています。新しいことを始めるのに、アイデアだけでは前に進みません。学びと挑戦が不可欠です。
 SEVENBANK Academiaでは「越境学習ゼミ」をはじめ、スキルとマインドの双方に作用するコンテンツが多い。メンバーにも挑戦マインドが根づいた実感があります。
 新規事業として経営にコミットするのはもちろん、若手が立ち上げた事例としても、必ず事業を成功に導くつもりです。
──その「成功」とは、何を達成したとき得られるものでしょうか?
 定義はさまざまですが、1つ挙げるならば“ユーザーの声”ですね。
 私たちが事業として会社に貢献できる状況や目指す世界の実現は、もう少し先の未来かもしれません。
 でも、ATM+を使った方から、「こんなこともできるんだ」とか「すごく便利になった」という声が届いたら、今この瞬間にも、メンバーたちは胸を張って「成功した」と言っていいのではないかと思うのです。
 その成功を積み重ねた先に、事業としての成功があり、誰一人取り残されないデジタル社会があるのだと考えています。

ATMがオープンプラットフォームになる日

──+Connectのこれからの展望について教えてください。
 直近では9月から「ATM窓口」「ATMお知らせ」という2つの新サービスが始まります。
 前者はその名の通り、銀行の窓口業務を。そして後者は、セブン銀行ATMで出金を行う際に、サービス提供企業から利用者に対してATM画面上で各種情報を通知したり、その通知に対する回答を受領したりするサービスです。
 つまり、お客さまの手間を削減するのはもちろん、提携先の金融機関が抱える事務手続きの負荷を軽減し得るサービスなのです。
──窓口業務の代替だけでなく、銀行業務の課題解決までATMでまかなうわけですね。
 はい。特に郵送での事務手続きは負担が大きく、長年の課題だと聞いていました。
 今後、顔認証で入出金できるサービスも予定しています。キャッシュカードは必要なく、ATMの前に立てばお金が下ろせるようになります。
 ここから先は私の妄想ですが、いつかコンビニの買い物も顔で決済できるようにしたいですね。そうした広がりも期待できるサービスだと考えています。
──従来の「ATM」から可能性が広がるのを感じます。深澤さんの中にある“一番の妄想”は何ですか?
 将来的には、オープンプラットフォームとしてATM版の「アプリストア」を作れたらと考えています。
 スマホアプリのようにサードパーティーにATMを開放することで、さまざまなサービスが提供される世界にしたい。これも今はまだ妄想かもしれませんが、私が現役のうちに実現したいですね。