記者クラブの外から見る

花巻東リポート第2回

大谷を怪物にした花巻東高校の「目標達成用紙」

2015/3/27
雪国から好選手が生まれないという野球界の常識は、もはや過去のものになろうとしている。花巻東高校から菊池雄星(西武)や大谷翔平(日本ハム)が現われ、後輩たちがそれに続こうとしている。その立役者が同校野球部の佐々木洋監督だ。佐々木が起こしたみちのくの野球革命とは──。
花巻東高校の佐々木洋監督がビジネス書で出会い、導入している目標達成用紙。大谷翔平は高1のとき、中央に「ドラフト1位で8球団から指名される」と書き込んだ。(写真:中島大輔)

花巻東高校の佐々木洋監督がビジネス書で出会い、導入している目標達成用紙。大谷翔平は高1のとき、中央に「ドラフト1位で8球団から指名される」と書き込んだ。(写真:中島大輔)

ピークを見極める育成法

今から3年前の2012年7月中旬、まだ花巻東高校3年生だった大谷翔平(日本ハム)が岩手県大会で成し遂げた偉業は、全国のニュースで大きな驚きとともに伝えられた。プロでもほとんどの投手が投げられない球速160kmという領域に、18歳の少年がたどり着いたからだ。

周囲の喧騒をよそに、監督の佐々木洋は淡々と現実を受け止めていた。

「大谷はボールを投げていたらたまたま160kmが出たのではなく、160kmを投げようと思って出した」

身長193cm、体重90kgの大谷が投手として恵まれた体躯を誇っていることに疑いの余地はない。だが、この右腕投手が「怪物」と言われる力を身につけることができたのは、確固たる必然がある。

大谷が大きく羽ばたいた高校時代、その第一歩となったのが、佐々木の実践する「ピークを見極める育成法」だ。

「成長段階にある子どもたちを伸ばすには、ピークを見ないといけません。高校時代がピークの子もいれば、その先にある子もいます。高校に来て成長が止まる子もいるし、指導者にとってピークを見極めることはすごく大事だと思います」

肘の骨端線をチェック

佐々木のピークを見極める方法は、至極論理的だ。花巻東では入学してきた全選手を検査に連れて行き、肘のレントゲン写真を撮影する。骨の先端にある骨端線が開いていれば、まだ身長が成長中だ。一方、閉じている子は骨の成長が終わっている。前者の子どもが肘に過度の負担をかけると、故障のリスクが一気に高くなる。

大谷が検査を行うと、骨端線が開いていた。そこで佐々木は、「ピークを22歳ごろと見なければ」と考えた。

「骨の成長が止まって、初めて横に太り出し、筋力もついてきます。体が出来上がるのはそれ以降。大谷はまだ伸び盛りの状態だったので、それを踏まえて起用しなければと思いました」

佐々木は大学卒業後に帰郷し、トレーナーになろうと考えていた時期がある。雪国から甲子園の頂点を狙うには、冬のすごし方を改善する必要があると感じていた。そうして運動生理学やトレーニング方法を学び、「ほかの指導者より相当、詳しいと思う」までになった。豊富な知識があるからこそ、「ケガを治療する前に、予防が大事」と考えているのだ。

夢と目標と決意の区別

選手に応じた指導指針をつくったら、次に教えるのは「夢のかなえ方」だ。その前提として、指導者は自身の役割と限界を理解しておくことが必要になる。

「僕は160km投げたことがないので、その投げ方を大谷に教えられません。でも指導者として教えなければならないのは、打ち方とか投げ方ではなく、考え方。身体能力を失うことはあっても、考え方はほぼ失うことがありませんからね」

夢をかなえるためには、第一に目標を見定める必要がある。佐々木は自身を反面教師に、生徒たちにその方法論を説いている。

「私にはプロ野球選手という目標がありましたが、夢と目標と決意の区別がつかず、夢をかなえる秘訣が分かりませんでした。例えば『太ってきたので、痩せたい』というのは、目標ではなく決意。『今日はこれしかカロリーを摂らない』が目標。そうやって追っていくと、必ず結果が出ます。これって足し算や掛け算より、本来であれば小学生のときに教わらないといけないテクニックだと思います」

72のアクションとして具体化

夢をかなえるために、花巻東で導入されているのが目標達成用紙(図を参照)だ。例えば大谷は高校1年生のとき、「ドラフト1位で8球団から指名される」ことを掲げた。それを縦、横3×3のマス目の中央に書き、夢をかなえるために必要な要素を周囲の8マスに記す。
 大谷チャート

次に、その8要素をそれぞれ3×3で並ぶマス目の中心に書き、それぞれの項目を達成するために求められるものを周囲のマスに書いていく。この作業を行うことで、どうすれば夢をかなえられるかが72のアクションとして具体化されるのだ。

夢をかなえるためには、発想のコツもある。例えば球速160kmを出したいと思ったら、163kmくらいに目標を設定するのだ。それは、花巻東の代名詞のように言われる「全力疾走」の考え方にも通じる。

「僕自身がそうなのですが、あの電信柱まで全力で走ろうと思っていたら、その2、3歩手前で抜いてしまう。だから、電信柱の先にゴールを設定します。うちの全力疾走ではベースをゴールにせず、3mくらい先がゴール。その考え方は目標設定でも同じことです」

野球のメカニズムを追求

佐々木の指導は、練習法もロジカルだ。

「野球では経験論ばかりで語られるところがありますが、うちの指導ではメカニズムとして教えることを大事にしています」

例えば、「いい投手はお尻が大きい」と言われている。従って投手は走り込みを繰り返し、下半身を強化すべきだというのは昔からの定説だ。

だが花巻東では、必要以上に走り込みを重視しない。

「走ってボールが速くなるなら、長距離ランナーはめちゃくちゃ速いはず。投球動作を分解して考えると、下半身で大事なのは大臀筋です。足をステップするときに大臀筋を使いますよね。そこに筋肉をつけたかったら、足を開いた状態でスクワットをすればいい。そうやって物事を分解して考えていけば、正しいことが分かってきます。なんで速いボールを投げられるのか、うちでは科学的に考えています」

走ることで、下半身が鍛えられるのは事実だ。だが、もっと効率的な練習法で下半身の力をアップさせることができれば、残りの時間をほかのトレーニングや勉強にあてられる。万人が1日24時間で生きている以上、合理的に使える者が勝者たり得るのだ。

逸材を怪物に育てあげる使命

花巻東では、練習を意欲的に取り組ませるための工夫もある。例えば上体反らしのトレーニングを行う際、佐々木はただ「柔らかくしろ」と言うわけではない。「頑張れば、これくらいになるんだよ」と菊池雄星(西武)の写真を見せる。あるいは「大谷は高校1年のとき、20km増えたよ」と数字を示すことで、やる気に火をつける。大谷や菊池という成功例を引き合いに出すことで、選手は明確な道をイメージできるのだ。

「うちでは腕の位置がどうなっているかとか、映像を見せながら教えていきます。『雄星はこれくらい柔らかかったよ』と見せて、今度は数字でアプローチしていく。やっぱり、計測、計算がないものは伸びていかないと思います。現代のテクノロジーを使いながら、選手を競わせることで伸びていく」

大谷のような才能を誇る選手は、日本中を探しても決して多くない。だからこそ、指導者には大成させる責任があると佐々木は考えている。

「大谷翔平というひとりのスター選手を育てるために、花巻東があるわけではありません。ただ、大谷を育てなければいけないのは、僕の使命です。うちを選んで、来てもらっているわけですからね。その両方を組み合わせながら、本人を伸ばしています」

球界で前人未到の道を切り開き、これからピークにたどり着こうとしている大谷。この「怪物」が現れた背景には、確たる理由があるのだ。(敬称略)

花巻東高校の佐々木洋監督。2009年春の甲子園で同校を準優勝に導き、同年夏の甲子園では岩手県代表として90年ぶりのベスト4に。2013年夏の甲子園でもベスト4に進出した。((写真:中島大輔)

花巻東高校の佐々木洋監督。2009年春の甲子園で同校を準優勝に導き、同年夏の甲子園では岩手県代表として90年ぶりのベスト4に。2013年夏の甲子園でもベスト4に進出した。(写真:中島大輔)

※本連載は隔週金曜日に掲載する予定です。