2023/9/22

【根本問題】なぜ企業には「設備投資」が必要なのか

NewsPicks Brand Design Editor
 株主の期待、顧客の要望、消費者からの意見──
 こうした数々の声に応えるべく、企業は常に進化と成長が求められ、さまざまな先行投資を行う。そのひとつが「設備」への投資だ。
 新しい設備を導入することで、ビジネスの生産性を高め、拡張させられる。
 しかし、大企業や成長著しいメガベンチャーならまだしも、帳簿と向き合いながら日々の営業を回そうと苦心する中小企業にとって、大きな投資はどうしても後回しになりがちだ。
 そうしたなか、東京都が「助成金」による設備投資支援を進めている。
 中小企業におけるDX推進、イノベーションの推進、事業承継といった場面における設備やソフトウェアの導入に対し、経費の一部を助成するというものだ。
 最大1億円と、助成額はかなり大きい。
 こうした支援制度の情報をうまくキャッチアップしながら、経営者が前を向いて設備投資を考えていくにはどんなマインドセットが必要か。
 これまで数々の事業開発や起業を成功に導いてきた新規事業家の守屋実氏と、東京都の助成金を利用して新たな設備を導入したデザインカンパニー・アートフリーク(ARTFREAK)の駒田卓也社長へのインタビューを通し、中小企業が未来に投資する術を考える。
INDEX
  • 設備投資は「する」が大前提
  • 攻めのOSをインストールせよ
  • 「3年」かけて結果を出す
  • 助成金がなければ、いまはなかった

設備投資は「する」が大前提

──設備投資というと仕事に必要な機材を購入するイメージがありますが、企業にとってどのような意味を持つのでしょうか。
守屋 法人を設立して企業経営をしているからには、何かしらの「つくりたい未来」があるわけですよね。
 つまり、起業家や経営者がなぜ設備に投資するのかといえば、その未来をつくるための成長を得たいからではないかと。
 そう考えれば、設備投資は企業にとって「して当たり前」なことであり、「設備投資を考えない」はずはありません。
 経営の大前提として、設備投資は放っておいても行われるものなのです。
 その前提に立った上で、それでも経営者が投資に踏み切れないとしたら、阻害する何かがあるからです。
 たとえばコロナ禍のように先が見通せない状況。あるいは経営者の高齢化によって、将来を見据える意欲が失われ、“消化試合”のようになっている状況。そうしたブレーキ要因が増えると、先行的な投資は後手に回っていきます。
 この30年ほどの世界の動向を見ていると、日本は圧倒的にブレーキの力が強く、企業はなかなか設備投資のようなアクセルを踏めない異常な状況が続いてきました。
 いまそれが、少しだけ正常に戻りつつあるのではないでしょうか。
──企業に設備投資が必要になるのは、どのようなタイミングですか。
 まずわかりやすいのは「事業承継」のときです。
 親子で考えると、跡を継ぐ二代目にとっては、親が実現できなかった未来をつくるぞというスタートラインにあるわけですから、まさしく投資を考えるタイミング。
 製造設備への投資はもちろん、たとえば事務管理業務ひとつとっても、紙やファクス文化が根付いていて変えられない企業はまだまだ多い。
 こうしたことも含め、経営者が替わるタイミングは、変化に踏み切るチャンスです。
──とはいえ、足元の業務を回すことを考えると、投資が後手に回ってしまう気持ちもわかる気がします。
 それはそうですよね。これまで変化や投資を考えてこなかった経営者に「さあ考えてください」と言っても、難しくて当然です。
 従業員の先々の給料を支払えるかを心配している経営者に、「未来に向けて投資しましょう」とか「事業の変革が必要です」と言っても、せいぜい機嫌が悪くなるくらいじゃないでしょうか。
 じゃあ日本の中小企業はどうしようもないのか。未来に投資して事業を成長させる余地がないのかといえば、そんなことはない。未来に投資して成功するケースが増えれば、マインドも変わっていくと僕は思っています。
写真提供:守屋実氏
 一番わかりやすいのが製造業です。
 たとえば、アメリカ、中国、ドイツ、インドなどの諸外国と比べても少量多品種の製造で見ると、日本は非常に秀でています。
 国内に閉じていると気づけないかもしれませんが、自社の事業を見直せば、実はグローバルでも勝てる技術やアセットが見つかるかもしれない。
 それに、いま日本は円安です。一方、アメリカを筆頭とした多くの国では、為替相場も物価も高くなっています。
 こういう時代には、国内に閉じこもらずにグローバルへと目を向ければ、大きくマーケットを広げる余地があるはずなんです。

攻めのOSをインストールせよ

──視点を切り替える必要があると。
 設備投資に踏み切れない要因は、多くの場合、短期的なPL(損益計算書)しか見えないPL思考に陥っているからです。
 PL思考では企業の目指す方向に進む力が弱すぎて、一時凌ぎ的なアクションに終始してしまいます。そうしたアクションは投資とは言えず、たいていは失速します。
 そうではなく、企業の長期的な成長を見据える思考に切り替える。
 自社が成し遂げたいことは何か。そのためにどんな成長をしたいから、設備投資をするのだと。
──設備投資には、大規模な資金が必要になる場合もあります。それも、経営者が二の足を踏む理由になっているのではないでしょうか。
 キャッシュを回すのに精一杯でも、調達手段はいろいろあります。エクイティ(株式を元手にした調達)なのか、デット(金融機関からの借り入れ)なのか、あるいは手金でやるのか、助成金を利用するのか。
 助成金などの公的な支援の情報は、調べると条件や金額もさまざまなものが、驚くほど出てきます。それを知らずにビジネスが進展しなかったり、事業が頓挫してしまう事態に陥ったりするのは非常にもったいない。
 条件に合う助成金があるのなら、それを利用するに越したことはないでしょう。成長戦略を描き、事業計画を策定することで、融資や助成を受けられるようになるんですから。
──未来を見据えているかどうかで、得られるものが変わってくると。
 ただ事業の成長や未来を考え、前進し続けることは簡単ではありません。
 会社を立ち上げたときに前向きに掲げていたはずの目的が、いつしか見えなくなってしまうのは、一種の心の病のようなものだと思うんです。あまりにも転んだ回数が多くて、どうにも足腰が立たないと。
 僕の場合、学生時代に参加したベンチャー経営の経験を皮切りとした、「新規事業の量稽古」が、新規事業家としての自分を支える土台となっています。
 空振りばかりでも、打席に立ち続ければそのうちヒットもホームランも打てる。2連敗したなら3連勝すればいい。当時の苦しい経験のおかげで、少しでも可能性があれば躊躇なく前進する“OS”をインストールできたんです。
 この設備があれば、ビジネスの可能性が広がる。そう思えるなら、チャレンジした方が得です。
 そうして常に未来に投資する意識があるだけで、事業成長の成功確率はグッと上がります。
ここからは、都内の中小企業を対象とする設備投資のための助成金事業(躍進的な事業推進のための設備投資支援事業)に採択されたデザインカンパニー・アートフリーク代表の駒田氏へインタビュー。

どのような設備投資に活用したのか。リアルな実情を語ってもらった。

「3年」かけて結果を出す

──アートフリークはビジネスイベントにおけるブースの設計・製作をメイン事業としていますが、設備投資を検討するにあたり、そもそもどのような課題があったのでしょうか。
駒田 我々のメインビジネスは、東京ビッグサイトや幕張メッセといった会場で開催されるBtoBビジネス展示会の空間プロデュース。各ブースの造作物の設計、製作を手がけており、それがアウトプットになります。
 にもかかわらず、私が代表になって10年以上、いかにクライアントを増やすか、売り上げを立たせるかばかりを考えており、弊社の製作スタジオの課題解決は後手に回ってしまいがちでした。
 製作の大部分を手作業に依存させていたスタジオでは、技術的な部分が個人頼みになってしまっていたのです。
 現在、売り上げは約30億円、従業員は約130名。
 業界ではまずまずの規模になりましたが、同業他社からは「その規模で機械を導入していないのはおかしくないか?」と言われていました。
 そこで、メインビジネスである空間プロデュース事業を成長させるため、NCルーターという機械を導入したのです。
 我々のようなものづくりの仕事は、いわば職人仕事です。
 大工をイメージするとわかりやすいですが、大工は親方に従って、それぞれの職人固有の技術を活かしながら家を建てます。
 一方で展示会ビジネスは、建築に比べれば規模は小さく、短期間に多数の製作を進めるためスピードがいる。若いメンバーも増やすためには、イチから職人を育てるようなスタイルを続けていられなかったのです。
──NCルーターの導入によって、何が変わるのでしょうか。
 一番大きいのは、もともと図面に合わせて職人さんが木取り(木材を決められた寸法に切削する作業)をしていたのが、3Dモデルの設計図をもとにNCルーターでそのまま削り出せるようになったことです。
 それによって、作業時間が大幅に短縮できるようになり、図面をつくるデザイナーの表現できる幅も広がりました。
 これまで採用対象は職人として経験を積んできた人材に限られていましたが、新しい設備を導入したことで、デジタルに明るい若いメンバーを採用できるようにもなったんです。
 いまでは高卒の新入社員を毎年2名ずつ採用できています。
 彼らは吸収力があるため、積極的にNCルーターの仕組みを覚え、新たな使い方を考えてくれています。

助成金がなければ、いまはなかった

──都が提供する設備投資の助成金は、どのようにして知ったのでしょうか?
 コロナ禍がきっかけです。当時ありとあらゆるイベントが中止になったことで、メイン事業の収入が入らなくなった我々としてはどうしようもありませんでした。
 一方で、仕事がないことで「考える時間」が増えた。
 ちょうどその時期に、コロナによって事業縮小が余儀なくされた企業に対して厚労省から雇用調整助成金が出ていたのを見て、「助成金」というもの自体を初めて知りました。
「なるほど、こういうものがあるのか」と。そこから助成金について調べているなかで、都が提供する設備投資の助成金にたどり着いたんです。
※1. ソフトウェアの助成金交付申請額は、300万円以上、1000万円以下。
※2. その他、事業区分等によって条件が異なる(東京都中小企業振興公社の資料を参照)
 この助成金の申請をきっかけに、細かな事業計画書を書けたことも、事業を見直せる意味での副次的なメリットでした。書き方や内容について中小企業診断士の方のアドバイスをいただいたのですが、外から自社のビジネスがどう見えるか客観的な意見をもらえたんです。
 助成金があったことで、最悪の状況からアクセルを踏むことができた。正直、これがなければ、いまの当社はなかったと思います。
──今後、どのような事業成長を描いていますか。
 いま我々が扱っているのは展示会における仮設の建物ですが、今後は事業の規模を拡大して常設の建物を取り扱えるようにしていきたい。イベントのプロデュースに限らず、企業の販促や広報を企画から制作まで一貫して対応できる企業を目指します。
 そのためにはテクノロジーや市場動向も正確に捉えていく必要があるため、物理的な空間デザインや造作だけでなく、デジタル空間やSNSの理解も深めなければなりません。
 小さな投資でも事業の未来を大きく開くことができる。
 厳しい状況でこそアクセルを踏みながら、企業として成長し続けていきたいですね。