2023/10/20

【プロに聞く】独立・起業準備で陥りやすい「3つの落とし穴」

NewsPicks Brand Design Editor
 働き方の多様化やキャリア選択の変化に後押しされ、開業や独立を選択することがより身近なものになった。
 国の制度的には、思い立てば資本金1円でも開業できる時代だ。
 しかし、そのプロセスは意外と煩雑。
 会社設立に必要な登記には、複数の書類提出が求められるほか、制度や仕組みを知らないことで損してしまうケースもある。
 スタートラインで思わぬ失敗をしないよう、何に注意すべきなのか。
 税理士でありチャンネル登録者数16.7万人超のYouTuberとしてお金や開業について発信する河南恵美氏と、独立・起業を支援するサービス「弥生のかんたん会社設立」を提供する弥生の高城圭右氏に、開業準備で陥りがちな失敗とその対処法を聞いた。

「会社をつくる」の基礎基本

──キャリアの選択肢が増え、企業に属さず独立することがそう珍しくない社会になっていますが、独立にはどのような選択肢があるのですか?
河南 開業や独立には、法人をつくることと、個人事業主になることの大きく2つがあり、それぞれメリットが異なります。
2006年に税理士免許を取得し、2012年に事務所を開業。法人・個人の相談を受ける傍ら、SNSで積極的に経理や税金などお金にまつわる情報を発信。YouTubeチャンネルは登録者数16.7万人を持つ。『フリーランス必見! 税理士TikTokerの経理・節税Q&A』(ぱる出版)著者。『大人気の税理士YouTuberが教える 30分でスパっとわかる! インボイスQ&Aブック』(宝島社)監修
──個人事業主ではなく、法人化した方が良いのはどのような場合ですか?
河南 まず社会的信用度を上げたい場合ですね。
 個人事業主に比べると、法人の方が確実に信用度は上がります。
 なかには「うちは個人事業主とは取り引きしていない、法人化してもらわないと困る」という企業もありますから、そうした企業と取引する場合には、選ぶ余地なく法人化する必要が出てきます。
 また、次第に利益が大きくなってくると、個人事業主の「所得税」の税率の方が、法人にかかる「法人税」より高くなるため、一定の水準まで稼げるようになったタイミングで節税のために法人化する人もいますね。
 逆に言うと、まだ事業規模が小さいうちに法人化してしまうと、かえって高い税金を払わなければならなくなるケースもあります。
 ですから法人化するかどうかは、信用度をどれほど高めたいかや、事業規模を大きく拡大させたい意向があるのか、といった観点で決めるのがいいと考えています。
──ちなみに法人には主に株式会社と合同会社という分類がありますが、これらはどのような違いがあるのですか?
高城 大きな違いは、設立後の資金調達における選択肢です。
慶應義塾大学経済学部を卒業後、新卒で弥生へ入社。スモールビジネス向けクラウド会計ソフト「弥生会計 オンライン」のデジタルマーケティング活動に従事したのち、2021年に起業支援サービス「起業・開業ナビ」を立ち上げる。現在は「起業・開業ナビ」のサービス企画を中心に、推進リーダーとして従事
 株式会社だと株式で資金を調達できますが、一方で合同会社には株主がいないため、資金調達方法が融資や補助金、助成金を受けるといった方法に限定されてしまいます。
 稼いだお金を元手に事業をスケールさせていきたいなら、株式会社の方が適していると言えます。
 法人化するかを決める際と同様、資金を集めてスケールさせるなら株式会社、そうでないなら合同会社を選ぶなど、開業の目的と照らし合わせて考えることをお勧めしますね。

開業プロセスで陥る落とし穴

──ひとくちに独立と言っても、さまざまな選択肢があるんですね。では、いざ会社をつくるとなったら、どんなプロセスが待ち受けているのでしょうか?
河南 まずは会社設立の全体像を把握しましょうか。具体的なステップは以下のように分けられます。
 こうした手続きを経れば会社の設立自体はできるのですが、準備不足のまま勢いで進めるのは危険です。私も税理士として、準備不足に起因するさまざまな失敗ケースを見てきました。
 そうした事態を避けるためにも、事前に「落とし穴」をしっかり押さえておくことは重要です。
河南 まず1つ目は、大事な開業資金のお話。
 創業時は、当たり前ですが事業を運営するためのお金を確保しないといけません。
 事業内容など人によって必要な金額は異なるため、一概にいくら用意しておけば良いとは言えません。
 ただ確実にひとつ言えるのは、開業時に必要な額だけでなく「運転資金」を十分に準備しておく方が良いということです。
 開業資金の準備において、運転資金を考慮していないケースは危険です。事業開始後にすぐ資金が尽きてしまわないよう、一般的に3〜6カ月分の運転資金は持っておいた方が良いとされています。
 自己資金でまかなうのか、借り入れをするのか、あるいは株式で資金を募るのか。どれだけの資金を、どこから確保するのか考えておくことが大切です。
高城 実は、創業して売り上げが立っていたとしても、運転資金が尽きて会社がつぶれてしまうケースがあります。
 その大きな要因は、単に運転資金が用意できていないだけでなく、売り上げの「入金時期」を把握していないこと。売り上げは、すぐに入金されるものばかりではないのです。
 その入金タイミングを把握しておかないと、支払いばかりが先行し、用意していた6カ月分の運転資金が先に底をついてしまいます。
 そうなると「黒字倒産」と言って、帳簿上では赤字を出していないのに、現金が尽きるためにつぶれてしまうことになるのです。
──しかしあらかじめ運転資金を確保しておくのも簡単ではなさそうです。
高城 まさに開業時の資金確保は多くの人が苦労することのひとつです。
 自力で集めるのは容易ではないため、「創業融資」の活用をされる方が多いですね。
 事業計画書の内容や、クレジットカードの返済滞納がないか、また取り組む事業にどの程度の経験値があるのかなどの審査はありますが、資金確保における手段のひとつとして知っておいて損はないでしょう。
河南 もうひとつ、会社の設立時における要注意ポイントが「役員報酬」の設定です。
 会社を設立すると自分で自分への報酬額を決めなければなりません。ここで自由に設定できるからといって報酬を上げすぎると、所得税などの税金が高くなります。
 所得税は法人税とは別の税金のため、「両方を合わせていくら納税するのか」を考えなければなりません。
 役員も会社から受け取る報酬で生活するわけですから、会社にお金を残そうと役員報酬を下げすぎてしまうと、自分の生活が苦しくなってしまいます。
 役員報酬は基本的に年に1度の期末決算のタイミングでしか変更できないため、「少ないので来月から上げよう」と思ってもできません。
 事前に計画を立てて、バランス良く設定する必要があります。
また、法人の税務申告や個人事業主の確定申告において、「青色申告」の承認申請を知らなかった、あるいは申請の締め切り時期を逃してしまったというミスも散見されます。
青色申告を行うには、複式簿記で記帳する、確定申告で貸借対照表(BS)と損益計算書(PL)の両方を提出するなどの一定の条件はありますが、節税に効果があります。
例えば、赤字が出ても、翌期以降の黒字と最大10年間繰り越して相殺することができるため、翌期以降に支払う税金を抑えることができるんです。
青色申告の承認申請を行わずに申告をしてしまうと、赤字の繰り越しの特典などがなく、節税ができません。会計ソフトを使えば簡単に青色申告の要件を満たすことができるので、特に理由がなければ青色申告の承認申請をしておくことをお勧めします。
河南 会社を立ち上げるには、法務局や税務局など、各行政機関にさまざまな書類を提出する必要があります。
 誤記入や記入漏れ、書類の不備など、届出まわりのミスは数多くありますね。
──大体、どのくらいの書類を準備する必要があるのでしょうか?
高城 登記時の書類だけでなく、登記後の税務書類などもあり、許認可が必要な事業かどうかなど事業内容によって出すものが変わるので一概には言えませんが、少なくとも二十数種類以上は必要になります。
 しかも書類によって、税務署、年金事務所、労働基準監督署など、提出場所が異なるため、提出しに行く物理的な労力もかかります。
 さらに最初から従業員を3人雇用して起業する場合であれば、3名分の保険届、被保険者届、雇用保険の届出など、人数分の提出が必要になるのです。
河南 提出すべき書類の確認や提出期限、手続き上の期日なども把握しておく必要がありますね。
 さらに今年10月からはインボイス制度も始まりました。個人と法人両方とも、消費税に関するルールがより複雑になるので、しっかり制度を押さえておかなければえらい目に遭うなと、私たち税理士も細心の注意を払っています。
高城 弥生では、こうした手間や負担を軽減させるべく、会社設立における書類作成から申請までをオンラインで完結できる「弥生のかんたん会社設立」を提供しています。
──自分で手続きを進めるのと、何が違うのですか?
高城 イメージとしては、アンケートに答えるかのように必要な箇所を入力していくだけなので、そもそもどんな書類が必要か自分でゼロから調べて準備する必要がなく、書類の不備や出し忘れが生じるケースもほぼなくなります。
 デジタル庁のマイナポータルと連携しているため、すべて記入が完了すればオンラインでそのまま申請ができるんです。
 登記後も、本来なら税務署や労働基準監督署などに提出しなければならない書類がありますが、それも汎用的な書類はすべてオンラインで作成し提出できるため、書類準備や整理も必要なければ、家から移動しなくても申請が完了します。
河南 会社の設立時って、法務局や税務署などに何度も行きますから、その手間がなくなるのは良いですね。
 たとえば記入ミスや記入漏れがあっても、作成中にすぐ教えてもらえたら嬉しいなと思いました。
高城 事業の開始年月といった入力ミスはシステムで正誤判断ができませんが、入力箇所に明らかに不適切なテキスト情報が入力されている場合は、アラートが出ます。
 これまで、たとえばネットのテンプレートなどをダウンロードして作ってしまうと、記載事項を間違えてしまうことも起きていたと思います。
「弥生のかんたん会社設立」は、当然ながら一般的な会社設立に対応できるテンプレートを採用していますから、フォーマット自体を間違えてしまうといったことは起こりません。
 また、電子定款に対応していることで、自分で紙定款を依頼して作成するより、コストも抑えられます。
──こうした会社設立支援サービスも登場し、手続きの効率化も進んでいるなか、これから起業・開業する人が心得ておいた方が良いことは何ですか。
河南 こうしたサービスが登場するなかでも、やはり独立開業時においては「情報を得る」ことが何よりも大切です。だからこそ私もYouTubeやSNSで情報発信をしています。
 日本人は、義務教育で経理・税金の勉強をしたことがありません。
 だから創業の借り入れがあることも、役員報酬額を決める際の注意点についても、自分から情報を得なければ知らずに損をしてしまう。「弥生のかんたん会社設立」も、知らなかったら結局は使えずに苦労してしまいます。
 だからこそ、開業で第一に大切なことは、情報を取り、知識を得ること。
 しっかりと起業や税務の勉強をして、弥生のサービスなどもうまく活用しながら、不本意なミスのない開業準備を進めてほしいですね。