2023/9/12

八芳園の正統進化。理念が生んだ、絶え間ない変革の内幕とは

NewsPicks NewsPicks Brand Design 編集長 / NewsPicksパブリッシング 編集者
 多くの日本人が「八芳園」と聞けば、結婚式場を思い浮かべるのではないだろうか。
 訪れたことがある人は、「四方八方どこから見ても美しい庭」という八芳園の名の由来となった、広大な日本庭園を思い浮かべるだろう。
 しかし令和の八芳園の事業は経営を多角化し、著しい変貌を遂げている。ウエディング事業は、実に7つある事業のうちの一つに過ぎない。
「総合プロデュース企業」として、イベントプロデュースからDX推進ビジネス、フードビジネス、コンテンツプロデュースまで多岐にわたる事業展開をしているのだ。
組み立て式茶室「無常庵−MUJYOAN−」。福岡県大川市に伝わる組子の技法を使った組み立て式茶室。庭園などに建て、桜や新緑、紅葉などに囲まれてお茶を楽しむことができる
八芳園が企画制作を担当したリアルとオンラインのハイブリッド型交流イベント「第2回 交流の未来」。椅子やテーブル自体を新しくデザインした会場設営をはじめとして、八芳園のイベントプロデュース能力を十分に発揮した
オンライン配信スタジオ「KOUTEN」。コロナ禍に、宴会場の一つを改装してオンライン配信スタジオを設置した
 売上に占めるウエディング事業の割合は2014年頃まで80%を超えていたが、現在は約70%になっている。
 とはいえ、婚礼事業の規模が縮小しているわけではない。コロナ禍の2020年から2022年にかけて、式場の下見組数が最も多かったのが八芳園だった(ゼクシィ調べ)。
 2022年5月には、バイデン大統領を招いた岸田総理大臣との非公式夕食会が催されるなど、名実ともに日本を代表する会場・式場でありながら、変革の手を緩めることはない。
 2023年に創業80年目を迎えた八芳園は「交流文化創造市場を創出する」と宣言した。
 現場に入り込んで事業を主導する井上義則社長に、八芳園が取り組んできた「無常の変革」の足跡について、話を聞いた。
INDEX
  • お客様の課題を解決するため、手を打ち続ける
  • 食の多様化に対応し、グローバルイベントを誘致
  • 2大会連続で、東京オリンピック運営の大役を担う奇跡
  • 交流が観光資源を磨く。新しい観光産業の創出へ

お客様の課題を解決するため、手を打ち続ける

 まずは現況を聞いてみた。
 コロナ禍の影響を受け、結婚式の延期や中止が相次いだこの3年間。2023年に入り、挙式組数はどのように推移しているのだろうか。
「八芳園で挙式する組数は2019年とそれほど変わっていません。2020年、2021年に延期されていた式が2022年から今年にかけて開かれています。結婚式自体を取りやめた、というお客様は少ない。
 東日本大震災の時もそうだったのですが、人には有事の時こそ儀式を大事にしたいという気持ちが芽生えるようです」
1970年生まれ。1988年、ブライダル企業に入社。サービスや営業、企画、広報などを経験した後、婚礼システム開発会社に転職。2003年に八芳園に入社。結婚式場業の市場規模が縮小し、年間挙式組数が落ち込む中、新商品の開発やサービスの改善を推進し、4年で約1000組を2000組へV字回復。2007年、取締役営業支配人、2008年常務取締役総支配人、2013年取締役専務総支配人を経て、2021年10月取締役社長に就任
 言うまでもなく、市場全体としては大きな打撃を受けた。八芳園が堅調な理由を、井上氏は「新しい手を打ち続けているから、お客様が来てくださる」と分析する。
「2020年からはお客様の課題について、新型コロナ対策を前提に考えるようになりました。悩みや不安についてプランナーが丁寧にヒアリングし、解決するためのさまざまな施策を提案する。これが、お客様の支持につながったのではないかと思います」
 八芳園では早いうちから、相談会や下見をオンラインで実施可能にした。
 2021年1月にはウェブサービス開発企業と共同で、オンライン参列ができるウェブサービス「WE ROOM」を開発。WE ROOMはただ会場とオンラインでつなぐだけではなく、実際の式場のテーブル分けを再現することができ、新郎新婦がテーブルごとに参加して会話もできる。
 さらに八芳園から料理や飲料を参列者の自宅に配送し、よりリアルな参列体験ができるようサービス設計したのだ。

食の多様化に対応し、グローバルイベントを誘致

 八芳園の企業理念は「日本のお客様には、心のふるさとを。海外のお客様には、日本の文化を。」というものだ。
 井上氏は総支配人であった頃から、この企業理念について深く思いを巡らせていた。そうしてたどり着いたのが、「生涯式場」というコンセプトだった。
「結婚式を挙げることをきっかけとし、八芳園が子どもの七五三など生涯にわたって人生の節目の行事を行う場所になったらいい。記念日ごとに帰ってくる、『心のふるさと』でありたいと思ったのです」
 それを象徴するのが、2009年から開いている「サンクスパーティ」だ。この日は、過去に八芳園で結婚式を挙げたカップルとその家族を招待し、写真撮影や思い出のメニューの再現などを行う。
 まさに、八芳園に「帰ってくる」日となっているのだ。
 この「生涯式場」というブランディングは、他の結婚式場と一線を画す差別化にもつながっている。
 では、企業理念の後半の「海外のお客様には、日本の文化を。」とはどういうことなのか。結婚式場のイメージが強い八芳園だが、実は2000年代初頭からMICE※の誘致に積極的に取り組んできた。
※MICE(Meeting,Incentive Travel,Convention,Exhibition/Event) :企業などの会議、報奨・研修旅行、国際機関・団体や学会などが行う国際会議、展示会・見本市やイベント
 特に力を入れてきたのが、食のダイバーシティ対応だ。
 世界にはムスリムやヴィーガン、ベジタリアン、グルテンフリーなどさまざまな食の制約を持つ人たちがいる。そうした方々にも日本の食文化を最大限楽しんでもらえるよう、材料の選定やレシピ開発を進めていった。
「ベジタリアンだからといって、精進料理やサラダを出せばいいというわけではないんです。それは、八芳園が大事にしている『おもてなし』とは異なりますし、実はお客様が求めているものでもありません。
 日本で食べてみたい代表的な料理、たとえば寿司やすき焼きなどを、ベジタリアンの方でもおいしく食べられるようにアレンジする。そういったことが望まれているのです」
 海外視察などを重ね、試行錯誤した結果、器に盛って出すという形式にこだわらず、ピンチョスなどのフィンガーフードにすることで、食べやすく見栄えも良くなることがわかってきた。
ベジタリアン対応のメニュー
グルテンフリーのメニュー
 徐々に八芳園が食のダイバーシティに対応できる会場だということが知られていき、ビジネスのグローバルイベントにも選ばれやすくなっていった。

2大会連続で、東京オリンピック運営の大役を担う奇跡

 海外からの訪問客は、日本の伝統文化を体感できる場として八芳園を選ぶことが多い。そうした人たちに、食以外にも日本文化を伝えられるコンテンツはないだろうか。
 そこで生まれたのが、記事冒頭でも紹介した「無常庵−MUJYOAN−」だ。
福岡県大川市に伝わる組子の技法を使った組み立て式茶室。庭園などに建て、桜や新緑、紅葉などに囲まれてお茶を楽しむことができる。福岡県大川市とは包括的連携協定を結んでおり、自治体のイベントプロデュース事業の一環で茶室のコンセプト開発を行った
 出来上がったのは2014年の4月、ちょうどお花見の時期だった。そこで、八芳園では大使夫人を招待する観桜会を開催し、無常庵をお披露目した。
「日本各地を視察するとどこの地域にも素晴らしい職人たちの技術がありました。しかし、需要も低下する中で継承者もおらず、肩を落としている方も多かった。
 では家具でなく別のものを作ることで、この技術を活かし続けられると考えました。そこで八芳園の『おもてなし』の精神につながる茶道を体験するための茶室を作ったらどうだろう、とアイデアが浮かびました。
 ただの茶室ではなく、さまざまなところに設置でき、使わないときには片付けられる茶室。家具を作るように茶室を作ってもらえないか、と頼んだのです」
 無常庵が全貌を現したとき、その美しさに大きな歓声が上がった。拍手喝采の様子を見た職人の目からは涙がこぼれていた。
 伝統文化とのコラボレーションに手応えを得た井上氏は、2016年に日本の職人技を体感できるイベント「WAZA DEPARTMENT」を開催。福岡県大川市をはじめとして、山口萩、佐賀有田、大分中津、京都などさまざまな地域の職人が、お客様の前でその技を披露した。
 2018年8月には、八芳園の全館を使って「SDGs Business Event」を開催。このイベントにはIOC、JOC、内閣官房東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局の関係者なども招いた。
 こうした取り組みが実を結び、2019年6月には東京2020オリンピック・パラリンピックの「ホストタウンアピール実行委員会」への参画オファーを受けた。
※ホストタウン:オリンピック・パラリンピックの参加国・地域との人的・経済的・文化的な相互交流を図る地方公共団体のこと
 ホストタウン・ハウスの企画、イベントプロデュース、メニュー開発などを八芳園が担当することになったのだ。
 実は、八芳園の創業者は1964年の東京大会で、プレスハウス・レストランの最高責任者を務めていた。
「食を通じて交流事業を担う。企業理念に則って事業を展開していくことで、2大会連続でオリンピック・パラリンピックの大役を務めることになったんです。オファーをいただいたときは、なんて奇跡的なことかと胸が熱くなりました」
 コロナで2ヶ月閉業。そこから新しい八芳園が始まった
 しかし2020年の1月、新型コロナウイルスの感染者が国内で初めて確認された。感染者は世界中で増加し、2月に開催するはずだったホストタウン・ハウスのプレイベントも中止になった。
 事態が混迷を極める中、八芳園は約2ヶ月営業を停止した。同業他社と比べどこよりも早い決定だったという。
「オリンピック・パラリンピックの準備に向けて邁進していたので、大会が終わった後、東京、そして八芳園がどうなるのか予想できていなかった。そこに新型コロナの感染拡大が来て、さらに先のことがまったくわからなくなったんです。
 開催の延期が決まって時間ができたとき、今すぐ新たな事業方針を立てなければと考えました」
 社員には環境を整えた上で自宅勤務を命じた。やるべきことは唯一つ、お客様とのつながりを保ち続けることだ。
 経営陣は人気のない八芳園に集まり、事業ポートフォリオの見直しと経営体制の再構築に取りかかった。
「八芳園は装置産業であり、労働集約型産業です。ストロングポイントはブライダル事業で培ってきた企画力、デザイン力。ウィークポイントはデジタル領域なので、ここは克服していく。そして、デジタルテクノロジー、デザイン、庭園を含めた装置、労働力の4つを組み合わせて事業を創っていくことにしました」
 2021年10月に、総支配人だった井上氏は取締役社長に就任。井上氏は、社長としての仕事を「国内外に足を運び、時代の流れを読んで、次の打ち手を考えること」だと言う。
 社長になって最初に行ったのは「総合プロデュース企業」になるという旗を掲げることだった。
「『結婚式場の八芳園』ではなく、総合プロデュース企業としての事業の中に結婚式場もある、というポジションを確立する。その他、イベントプロデュースやDX推進事業、空間デザイン事業などを自社で育てていくと決めたんです」
 現在の事業は7つ。むやみに多角化しているわけではない。ストロングポイントである企画力・デザイン力を活かしながら、婚礼事業の経験しかない従業員にも積極にリスキルを奨励し、配置転換をした。
 象徴的なのは、オンライン配信スタジオだろう。5階の窓のない会場をリノベーションし、本格的なスタジオに作り替えたのだ。
 MICE誘致においては「ユニークベニュー」というブランディングをしてきた。
※ユニークベニュー:博物館・美術館、歴史的建造物、神社仏閣、城郭、屋外空間(庭園・公園、商店街、公道など)などで、会議・レセプションを開催することで、特別感や地域特性を演出できる会場のことを指す
 企業の報酬旅行・パーティなどを八芳園で開催してもらうため、日本固有のコンテンツを開発してきた実績がある。そのコンテンツの「仕入先」は地方だ。
「地方の素材や伝統文化をそのまま提示しても、海外の方にはうまくアピールできないことがあります。でも、他の地域の人に見てもらったり、地域の若い人のアイデアを組み合わせたりすると、新しい切り口が見つかることがある。
 そこで、地域間や世代間で交流しながら地域文化をクリエイトする場所があちこちにあったらいいと思ったんです」
 つまり日本各地の食材や伝統文化と企画やデザインを組み合わせることにより、ユニークなコンテンツを生み出し、交流の場を創ることができるのだ。
 地域と世代と文化をつなぐ一連の構想を井上氏は「交流文化創造」と名付けた。そして、2023年4月には「八芳園は交流文化創造をリードする企業になる」と発表した。

交流が観光資源を磨く。新しい観光産業の創出へ

「交流文化創造」の実証実験としての好例が、八芳園と同じ白金台にあるポップアップイベントスペース「MuSuBu」だろう。
 さまざまな自治体が、5日間ほどの会期でポップアップイベントを開き、今では、1ヶ月で7000人近くが訪れる人気スポットとなっている。
2020年8月にオープンしたイベントスペース「MuSuBu」。さまざまな自治体がポップアップショップ形式で特産品などを販売し、カフェでは郷土料理や特産品を使ったメニューも提供。
八芳園は企画やデザイン、メニュー開発など全体プロデュースを手掛けている。グラフィックデザインを施したディスプレイや映像などは八芳園の制作スタッフが担当し、商品が魅力的に見えるよう工夫されている。
「『来週はどの地域がやってくるのだろう』と地元の方々がチェックして来てくださるんです。地方特有の食材などは、『どうやって食べるの?』といった質問も出て、コミュニケーションが活発に行われています。
 けん玉などの伝統遊戯を紹介するときは、地元の高齢者が子どもたちに遊び方を教えるなど、世代間の交流も生まれています」
 巷にある地域ポップアップのイベントとは一線を画すクリエイティブが目を引き、集客につながっている。自治体にとっては、来店者が何に興味を持ち、何が売れるのかといったデータから、自分たちの観光資源を磨き上げるヒントが得られる場となっている。
 福岡天神の企業ともパートナーシップ協定を締結。今後、交流文化創造拠点を設置する予定だ。福岡市のコミュニティラジオ局と手を組み、福岡、ひいては九州の文化を感じられる体験コンテンツを提供していく。
 提供する食材や料理、伝統文化は、地元の方々にとってはありふれたものだ。しかし、これこそが観光資源としての価値を持っていると井上氏は言う。
「日本ではレジャー施設や大自然を観に行くことを『観光』だと考えていますが、海外は現地の生活を体験してみたいと思っている方が多い。
 古民家が立ち並ぶ町やニッチな登山エリアなどに外国人観光客が押し寄せているのは、そういう理由です。
 日常の中に光り輝くものを見つけ出し、磨き上げるのがこれからの観光なのではないでしょうか」
 オーバーツーリズムに陥らず、地域のあるがままの魅力を伝え、そこに住む人も幸せになる。八芳園が目指しているのは、そういった交流人口や関係人口を増やす新しい観光産業の創出だ。
 先頭で旗を振りながら、現場にも入り込んで変革を進める井上氏だが、あくまでベースにあるのは企業理念だという。
 八芳園は今年で創業80年を迎える。最初の店となる小さな大衆割烹「新金春」がオープンしたのは、1943年4月8日。太平洋戦争中のことだった。
「戦時中にもかかわらず、いや、だからこそ、創業メンバーは『我々は、国民食生活の奉仕者である。我々は、日本観光の奉仕者である』という考え方を提示していました。私たちはこれを創業マインドと定義しています」
 連綿と受け継いだ「日本のお客様には、心のふるさとを。海外のお客様には、日本の文化を。」という企業理念は、地域と世代と文化をつなぐ確かな架け橋となっている。
「今の時代、企業の目標、ビジョンとして『業界のナンバーワンになる』といったことは言われなくなっていると思います。それは20世紀型の経営のあり方。
 21世紀はどうやって社会を豊かにするか、環境を保全していくかといったことに向き合わないと、ビジネスが成り立たない時代だと感じています」
 その熱い志は、現場社員のみならず、関係各所のステークホルダーにも伝播しているようだ。
 現在、日本全国の自治体や企業と、産学連携協定や包括的連携協定、パートナーシップ協定を計12件結んでおり、試行錯誤を重ねている。
 創業の精神に立ち返りつつ、新しい産業を生み出す。伝統と革新を両輪として、八芳園は前進し続けている。