日本写真家協会、「生成AI」技術についての見解を発表
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日本写真家協会の生成AIに対する声明です。
「生成AI技術で作成した二次的著作物には、著作者名と出典(と利用者名)を明示する義務を検討する必要がある」とのこと。
生成AIの透明性を求めています。この先に収益の再分配につながるでしょう。学習データセットを明示するのは出来ますが、生成物にどれだけ寄与したかを測るのは、今のところ技術的に難しいです。どんな内容かと思えば、おおかた予想通りの内容です。
一般的にはこれくらいしかすぐにできる対処方法が無いのも事実かなと思います。
写真撮ってる側の人間から言わせれば、学習用でパクられてもしょうがないと思っている。
学習用で使われるのが適法な以上、やる人はやるでしょう。
善意で悪意であれ、良心は信じたいですが、良心に夢を見ても意味がない。
で、あればパクられてむしろ箔が付く。
私はパクられたくらいのクオリティ高い写真が撮れているんだ。と考える様にしています。
とはいえ、パクられた事は無いですけどね。笑
パクられるのが嫌ならsnsだとか学習される環境に上げない。
学習されていい程度の写真にして、されたくないものはNFTで護るなどすればいいです。
自衛も出来ない人が学習用でパクられた!と言っても…
逆にパクった人たちは、その当時の写真クオリティのレベルまでしか引き出せない。
でも、パクられた方の写真は常にアップデートしていて、より良い表現のものを創造できているので、差は縮まりはしても越えられる事は無ければ、そこに製作者の意図するブランディング、コンセプトが無ければ画像生成で作ったものは無価値でしかない。
とも言えます。
アートにおける写真においては、私が私であり続ける為の写真表現が求められると考えています。
そこに画像生成を使う事は悪い事では無いですし、写真と言う定義がもはや抽象化されているものだと思っているので、「ポジティブな感情を持って写真だ」と判断されればそれは写真になってしまう。と考えています。
本題に戻り、JPSの発表は少しガッカリです。
この発言は3月〜4月頃に言う様なレベルの話で今更でしかない。
著作権者を護ろうとする意図は感じますけど、暴力的な言い方をすれば、写真文化と著作権者を護る為に環境や考えを変えてね。
僕たちは何もしない。と言っている様にしか聞こえない。
著作権者と写真文化を護ろうと本気でそう考えているなら実現可能な所から仕組みをつくる声明でも出せばいいのに。「生成AI 画像を見ただけでは原著作物が何であるのかを判断することができないことが大きな問題」
「生成AIを利用して作成した二次的著作物に対して、原著作物の著作者名ないし出典(複数の可能性もあり)と、利用者(二次的著作者)名の明示義務を設けることも検討する必要がある」
この主張の筋は通っている。翻案権の侵害の成立には類似性に加えて「既存の著作物に依拠していること」が必要で、生成AIがブラックボックス化すると依拠性の証明が困難になり原著作者が一方的に不利になる。
ただし汎用の画像生成モデルは膨大な数の画像で訓練されており、個々の画像の生成には通常多くの元画像の特徴が寄与している。そのため現実には個々の原著作物の明示は難しい。
代わりにモデルの訓練に用いられている全画像を公開してそこから原著作物を検索可能するのが現実的。Stable Diffusionでこれを実装した前例もある。原著作物が特定されたら後は類似性などに基づいたケースバイケースでしょう。
他方でイラストの画風などを模倣するのに用いられるLoRAといった追加学習データは特定の作者の作品を用いて作成される場合が多く、これを用いて生成された画像に原著作者を明示するのはごく妥当で技術的にも難しくない。LoRA自体を二次著作物として原著作者の権利下とする解釈も可能だと思う。