2023/9/8

セブン銀行が“学びの場”から目指すカルチャー変革の全貌

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
「我々の最大の強みは社員」

 セブン銀行 代表取締役社長である松橋正明氏は、トップインタビューでそう語った。
 その言葉を体現するかのように、セブン銀行で2022年から始まったのが、カルチャー変革プロジェクト「SEVENBANK Academia(セブンバンク アカデミア)」だ。

 経営層からのメッセージ発信と、社員同士のコミュニティを軸に展開する同プロジェクトは、どのような背景から生まれたのか。

 組織変革に至るまでのロードマップについて、コーポレート・トランスフォーメーション部(以下、CX部)担当役員の中山知章氏に聞いた。

若手のためであり、マネジメント層のためでもある

──2001年の創業以来、成長を続けてきたセブン銀行が「SEVENBANK Academia」に取り組まれたのは、どのような思いからなのでしょうか?
中山 「若手社員が、セブン銀行が本来持っているはずの“チャレンジカルチャー”を認識できていないんじゃないか?」と、強く感じたことが大きいですね。
 若手社員がみんなとても静かで、それでいて忙しそうにしている。多忙だからか、外部の企業ともあまりつながりがない。
 本来持ち合わせているはずのチャレンジマインドを、十分に引き出し切れていない気がして、非常にもったいないと感じました。
 同じことは、マネジメント層にも言えます。
 もちろん、私よりもずっとキャリアが長い方々です。ただ、キャリアが長いと、過去の成功体験にとらわれてしまうこともあるでしょう。
 若手のチャレンジマインドを引き出すには、まずマネジメント層から取り戻さねばならないと考えました。
 SEVENBANK Academiaで、弊社の経営層と外部経営者との「経営者対談」を行ってきたのも、こうした思いからです。
 役員には「かつての思いを取り戻して、若い人に伝えてほしい」、若手社員には「どんどん挑戦できる会社なんだと気づいてほしい」という狙いがあります。
──経営層からの発信が非常に多い点が、プロジェクトとして特徴的です。
中山 経営者対談は、ほぼ毎月実施しましたね。
 よく「どうやってトップを駆り出したんですか」と聞かれますが、きちんと思いを伝えれば経営層は動いてくれるものです。
 だからこそ社内の登壇交渉も、基本的にすべてCX部のSEVENBANK Academia事務局メンバーが行うようにしています。「今回の対談テーマはこうなので、あなたにお願いしたいんです」と、自分たちの言葉で説明するわけです。
 主語が“我々”だからこそ、「自分たちで組織を変えるんだ」という姿勢に説得力が生まれます。だからこそ、経営層もテーマが腹落ちした状態で参加してくれる。
 回を重ねるごとに、役員たちも自分の言葉で話してくれるようになってきました。経営層のマインドも、じわじわと変わり始めている気がしますね。
さまざまな企業の経営層とセブン銀行の役員らとのクロストークを通じて、企業変革の必然性を経営層から発信。ゼロボード代表取締役の渡慶次道隆氏やMakuakeの共同創業者である坊垣佳奈氏、スクラムベンチャーズ創業者の宮田拓弥氏らがゲストに招かれた(画像提供:セブン銀行)

自分たちの課題感から生まれた「越境学習ゼミ」

──多種多様な活動からなるSEVENBANK Academiaを設計する上で、意識されたポイントは何でしょうか?
中山 「みんなで考えること」と、それを「全社に発信すること」です。
 私も含めてトップダウンではなく、CX部のメンバーがSEVENBANK Academiaにどういったコンテンツが必要なのかを考えて実行する。これが、一番大切だと思っています。
 CX部の前身にあたるプロジェクトでは、担当が3人だけだったから、毎日のように顔を突き合わせて議論していたよね?
CX部 内田 正直、最初は「トランスフォーメーションって、何をするの?」と、途方に暮れていましたね(笑)。
 手探り状態の中、自社分析を繰り返すうちに、「うちの会社をこうしたい」「ここを目指したい」と考えるようになり、ようやくSEVENBANK Academiaの方向性が固まってきたのは、議論を始めてから3か月以上経ってからだったと思います。
 方向性が決まっても、想像以上に社内の縦割り意識が強く、実際に立ち上げるまでも苦労の連続で、「絶対にカルチャー変革が必要だ!」と痛感しました。
CX部 西坂 そうですね(笑)。まさにそういった縦割りの組織風土や“現状維持マインド”の変革に、真っ先に取り組みました。
 それ以外にも「社外とのつながりが少ない」「もっと外を知るべきだ」という課題感から、経営者対談やスナックセブンなど、さまざまなコンテンツを企画しました。
 現在は、課題にアプローチするコンテンツを考えて実行するまでが、立ち上げ当初からは考えられないスピード感に変わったと思います。
CX部のメンバー。部署の立ち上げからSEVENBANK Academiaの活動を支えてきた内田さん(写真中央)と西坂さん(同左)。
──これからのセブン銀行に必要なものを、ボトムアップで形にしていったのですね。
中山 やわらかい着想をSEVENBANK Academiaの具体的なコンテンツに落としてみる。その繰り返しです。
 VUCAの時代と言われる今、とにかく試行錯誤しなければ始まりませんから。
 その中でも、「越境学習ゼミ」というコンテンツが生まれたのは、個人的にとても嬉しかったですね。
越境学習ゼミでのグループワークの様子(画像提供:セブン銀行)
 越境学習ゼミは、外部の有識者たちと共に、自律的に働いていくためのマインド・スキルを学ぶ実践型の研修で、これまで全3回実施しました。
 CX部のみんなが、“今のセブン銀行に必要な学び”を、こうして形にしてくれた。
 これは同時に、「セブン銀行ではこんな企画を走らせることもできるんだ」という、社内外への発信にもつながると思っています。

課題は、ボトムアップとトップダウンの狭間にある

──SEVENBANK Academiaのスタートから1年余りが経ちました。取り組みの成果や、組織の変化を感じる部分はありますか?
中山 全体的なロードマップでいうと、まだ三合目といったところですが、目指すカルチャーの片鱗を感じる場面が徐々に増えてきたように思います。
 たとえば、いま社内の各部で開いているタウンホールミーティング。10人程度の規模で、役員が担当外の各部のメンバーと会話をしているのですが、そこですごく良い意見が出る。
 ただ同時に、もったいなさを感じる場面もあるんですね。
──もったいなさ、とは?
中山 たとえば「セブン銀行に足りないものは何か?」というテーマで話したとき、忌憚ない意見がたくさん出たんです。「プロフェッショナルさが足りない」とか、「会社の物事をATMにつなげて考えすぎだと思う」とか。
 これを聞いて、私は本当に嬉しかったんです。このマインドがあれば、ATM以外の事業も考えていく潮流が生まれて、会社が前に進むじゃないですか。
 ところが、続けて「どうして自分でトライしてみないの?」と聞くと、シーンとしてしまう。
──なかなか一歩を踏み出せないのでしょうか?
 忙しくて手が回らなかったり、手を挙げると自分でやることになるからと尻込みしたり、あるいは、進めてみても評価されないと感じていたり。なんらかのボトルネックがあるのでしょう。
 そこを特定し、いかに取り去るかが今後の課題ですね。
 昔の上司に教わったのですが、私が好きな言葉に「春の桜は麓から、秋の紅葉は頂から」というものがあります。
 桜は山の下から咲き、紅葉は上から染まっていく。
 セブン銀行も、基本的にはボトムアップを大切にしつつ、要所要所でトップダウンで染め上げる、そういう会社にしたい。
 このボトムアップとトップダウンの中間に、先ほどのボトルネックがあるはずだと思っています。
──お話を聞いていると、社員ひとりひとりのポテンシャルを十分に感じられるようになったからこそ、組織の課題が見えてきたようにも感じます。
中山 そうですね。みんな本当に良いものを持っているわけですから、それは会社の財産として存分に活かせる環境でありたい。
 そのためのフレームワークを提供するのが、SEVENBANK Academiaの目的の一つでもあります。
「越境学習ゼミ」のように、教科書的ではない、独自のフレームワークを体験してもらう。
 そして、こうした体験と自分の思いをミックスして、「これならうまくいきそうだ」という予感を抱いてもらう……それだけでも、十分効果があると思います。

セブン銀行を“使い倒す”マインドを

──先ほど、組織変革の取り組みは「まだ三合目」というお話がありました。さらにこの先、頂上にいたるまでの道筋について伺えますか。
中山 「越境学習ゼミ」の最終的なゴールは、新事業を立ち上げ、会社に貢献できる事例をつくるまでがゴールです。これまでにも、ゼミをやること自体が目的化しているケースを見てきましたが、決してそうではありません。
 みんなが自律駆動し、ATMに限らない新たなビジネスモデルがいくつも生まれ続ける。そんな空気に変えていきたいですね。
 そうなれば、もう一つのゴールであるCX部の解散も達成です。
──解散がゴールなんですか?
中山 そうです。少々誇張したメッセージではあるのですが、理想はCX部のような部署がなくても、コーポレート・トランスフォーメーションをやり続ける会社になること。「企業変革はCX部の仕事だよね」と、他人任せになっては意味がありませんから。
 そんな企業カルチャーを醸成する第一歩がSEVENBANK Academiaであり、CX部はトリガーを引くための部署なんです。
 とはいえ、まだしばらくは土壌づくりのフェーズでしょう。
 今年度から、CX部内で進めていた本プロジェクトを全社ベースの取り組みへとリブランディングしました。
 たとえば、人事部の「DX人材を増やしたい」という課題に対して、CX部で実施していたデータサイエンス研修やPowerPlatform研修等の既存のメニューを盛り込んで、新生SEVENBANK Academiaとして今期から拡大リニューアルしました。
 各部署から人材育成の相談を受けることも増え、「社内で頼りにされてきているな」と感じているところです。
──SEVENBANK Academiaでは、企画・運営の伴走者としてNewsPicksのリソースを活用されています。
中山 前職でNewsPicksさんと同様の取り組みをしたとき、非常に効果を感じたので、今回もお声がけさせてもらいました。
 特に意義を感じたのは、社外へのプロセスの発信です。
「こんなソリューションが完成しました」というプレスリリース的な形ではなく、その過程やそこに携わる社員の姿や失敗事例なども、どんどん発信したんです。
 すると「おもしろそうなことをしている会社だ」と知れ渡り、人や情報が集まるようになり、最終的には新規事業の創出にまでつながったんですよ。
──ということは、このインタビューも「プロセスの発信」にあたる…?
中山 まさにそうです(笑)。
 セブン銀行の社員は600名ほど。営業等にかけるリソースは限られています。
 だからこそプロセスを発信することで、人や情報が集まってくる“プル型”のコミュニケーションにしたいという狙いがあります。
「あの人に会えば、一緒に何かできるんじゃないか」と感じてもらえるような社員がたくさんいることを、世の中に知らしめたいと思っています。
──目指すゴールに向けて、社員のみなさんに伝えたいことはありますか?
中山 ぜひ、セブン銀行を使い倒してほしいですね。
 セブン銀行は20年以上にわたり、ATMを進化させてきました。今後も数多ある社会課題を解決するにあたり、ATMは非常に有効なツールだと考えています。
 ただ、何もかもATMで解決せよ、というわけではありません。ATMはあくまでツールですから。
「会社に使われるのではなく、セブン銀行が持つソリューションを使い倒して、自分のやりたいことを実現するんだ」というマインドになって精力的に挑戦してもらえたら、こんなに嬉しいことはないですね。