メディアのこれまで_2a

第2回:NHK取材班が見た、米国メディア業界最前線

Viceのニュースは、 なぜ若者のハートをつかめるのか?

2015/3/19

今年、日本は放送開始から90周年を迎える。その節目を記念して、NHKで「放送記念日特集 放送90年 歴史をみつめ未来を開く(仮)」(3月21日午後11時~総合テレビ)が放送される。当連載では、本番組の取材陣、出演者への取材などを通して、4日連続でメディア・ジャーナリズムのこれまでとこれからを考える。

第1回目と第2回目のテーマは、海外のメディア最新事情。NHKの番組取材班は、本年2月下旬~3月上旬、激変する米国メディア業界の最前線を追った。

第2回目は、BuzzFeedと並び、世界で最も注目される新興メディア、Viceを取り上げる。ネット動画で初のエミー賞受賞、若者の“ニュース離れ”という常識を覆したとされるVice。なぜViceのニュースは若者のハートをつかむのか、そしてジャーナリズムを再定義する存在になりうるのか──。シェーン・スミス最高経営責任者(CEO)および若手記者らの取材を担当した酒井裕ディレクターに話を聞いた。

第1回目:バズフィード急成長の秘密と、迎え撃つ老舗メディアの変貌

ネットの動画が初めてエミー賞を受賞

今、アメリカには若い世代(18~35歳)の人口が7700万人いるとされています。この世代は“テレビ離れ”したインターネット世代と言われます。さらに、硬派の政治モノ、国際問題に関してはますます無関心であると言われています。

ニュース番組は見てもごく短いものだけ。スナック菓子のように、簡単に味わえるニュースしか若者には通用しない──それが既存のテレビ局、新聞社でも一般的な若者に対する認識となっています。

日本でもこの状況はほぼ同じです。ところが、「そんなことはない、若者も硬派のニュースを見たいんだ」ということを体現したのが、若い世代を惹きつけているViceなのです。

VICE 本社内での編集会議(ニューヨーク)

ニューヨークにあるVICE本社での編集会議の様子

昨年、Viceは報道部門とドキュメンタリー部門でエミー賞を受賞。新興メディアが初めてテレビ界の最高の栄誉である同賞を獲るという快挙となったのです。

授賞式に登壇したVice MediaのCEOであるショーン・スミスは、「これまでいろいろなメディアに国際問題の番組を提案してきたけれど、すべて門前払いされてきた。しかし、排除したのは間違いだったでしょう」と喝破しました。

この言葉の通り、まさにViceは受賞前までスタイリッシュな映像とショッキングな映像が特徴であり、既存メディアからは完全に排除されるような存在だったのです。

若者の“ニュース離れ”を打破したVice

では、なぜViceのニュース映像は若者を惹きつけるのでしょうか。その答えを求めて、ニュース部門の編集長、リポーター、ジャーナリストにインタビューを行いました。CEOのシェーン・スミスにも少しですが、話を聞くことができました。

VICE CEO シェーン・スミス氏

VICEのシェーン・スミスCEO。その破天荒なスタイルで、メディア界に旋風を巻き起こしている

彼らの話から見えてきたのは、Viceのニュース映像は、既存メディアのような組織だった取材ではなく、一人の若いジャーナリストによるパーソナルな問題意識とパーソナルな会話が特徴であることです。

例えばウクライナの紛争リポートは、ウクライナのとある基地をロシア軍が取り巻くなか、ひとりの若いリポーターが塀を乗り越えて基地の中に侵入し、兵士と対話しながら最終的に司令官にまでたどり着くという内容です。司令官にたどり着くまでのプロセスを見せながら、現場の空気を至近距離から伝えるという力のあるリポートでした。

グーグルグラスなどを使って臨場感あふれるリポートをするジャーナリストのティム・プール氏

グーグルグラスなどを使って臨場感あふれるリポートをするジャーナリストのティム・プール

また、若いリポーターが騒乱の現場に分け入り、グーグルグラスからの映像でデモ隊と会話をするという臨場感溢れるものもありました。

既存のメディアも同じようなリポートを行っています。しかし、Viceの場合は、リポーターが個人的に疑問に思ったことを詰めていくという、よりパーソナルな雰囲気です。このようなリポートは、既存の放送局では難しい。客観報道に務め、時間という枠内できっちり構成するのが方針だからです。

去年Viceに多くのリポートを発表したジャーナリスト、ティム・プールは、「既存のメディアの映像は真実らしく見えない。それがニュースの若者離れにつながっている。一方、Viceの映像には個人の視点と至近距離での対話がある。視聴者はこれを見て、真実だと信じたいという意識があるのだろう」と語っていました。

Viceの映像には、既存メディアでは困難なイスラム国へ侵入した映像もあります。取材には自由度があり、だから個人の疑問を深く追うことができる。それを若い人々が支持している。今やスマートフォンで誰もがストリーミング配信ができる時代です。そのための社会的認知のあるプラットフォームがViceであると見ることもできます。

Viceはジャーナリズムを再定義するか?

そして、そんなViceのコンテンツに既存メディアが近づくという現象も起きています。大手ケーブルテレビのHBOがViceと提携して「Viceチャンネル」を設けました。

他の放送局にとっても、Viceの持つコンテンツと若いユーザーは、新たな視聴者を獲得する手段として極めて魅力的なはずです。大手放送局のコンテンツも、今後はネットのコンテンツに近づいていくという“逆流現象”が今後のトレンドになる可能性もあります。

CEOのシェーン・スミスは、「今、ジャーナリズムの世界には、テクノロジーにより変化していくというもうひとつの道がある。自分はその道の交差点に立っていると思う」と語りました。今後は、紛争地帯でのドローンからの空撮映像など、新しい撮影手法、配信手法を繰り出してきそうです。

ドローンなどを使って世界を縦横無尽に取材するジャーナリストのティム・プール氏

ティム・プールは、ドローンなどを使って世界を縦横無尽に取材する

Viceがジャーナリズムを再定義するような存在になるかどうかは、これからでしょう。現状、若い人のニュース離れを打ち破った点には大きな意義がありますが、果たして今後も若者のハートをつかむVice色を伸ばせるかどうか。その行方が楽しみです。

(構成:栗原昇)

※ 明日掲載の第3回目では、20枚の写真を通して、90年の放送の歴史を振り返ります。

番組ロゴ
【生放送予定】3月21日(土)

第一部 午後11:00〜11:59 NHK総合

第二部 午前 0:10〜1:00 ラジオ第1

番組HP:http://www.nhk.or.jp/kinenbi90/

放送90年。ラジオから、テレビ、そしてネットへと進化する放送の過去、現在、未来を徹底生議論。テレビの前のあなたが番組の進行を左右できる生特番。

<ゲスト>

田原総一朗(ジャーナリスト)
テリー伊藤(演出家)
ハリス鈴木絵美(署名サイト「Change.org」日本代表)
速水健朗(編集者・ライター)
藤代裕之(法政大学准教授/ジャーナリスト)
柳澤秀夫(NHK解説委員)