2023/8/25

【トップ直撃】過去最高収益のセブン銀行は、「人材」で市場を越境していく

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 キャッシュレス化の波で、現金を入出金する機会が減り、ATMの需要が減少傾向にあるのは多くの読者が肌で感じていることだろう。2023年内に24時間ATMの廃止を検討する大手銀行も出始めている。

 そんななか、ATM事業が好調なのがセブン銀行だ。

 2023年3月期決算では、過去最高の経常収益を達成。ATMの総利用件数は、前年比でプラス7,000万件にのぼる。
 セブン銀行のATM事業は、どのように進化しているのか。その未来予想図と同社の経営戦略について、代表取締役社長の松橋正明氏に聞く。

ATM開発は、常にゼロベース

──松橋社長はもともと技術畑の出身で、セブン銀行ATMの開発を手がけてきたそうですね。
松橋 2001年導入の第1世代ATMから携わりました。既存の銀行ATMを一度すべてバラして、半分ほど部品を入れ替えるところから始まりましたね。
 ATMは、銀行の支店に複数台設置することを前提に最適化されてきました。でも、コンビニにそのようなスペースはないし、傍に運用する銀行員もいません。
 だから原則24時間365日、安心して使える“コンビニに最適化されたATM”を開発するには、ゼロから作り直すしかありませんでした。
1983年に釧路工業高等専門学校を卒業し、日本電気エンジニアリング(現NECプラットフォームズ)に入社。NECを経て、2003年にアイワイバンク銀行(現 セブン銀行)に入社。2009年よりATMソリューション部長として、ATM開発に従事する。その後、常務執行役員 ATMソリューション部長や専務執行役員セブン・ラボ、CX部担当などを経て、22年6月より現職。
 そんなセブン銀行のATM開発は、実は毎回“ゼロからの作り直し”なんです。直近の2019年の導入まで、4回作り直しています。
 技術的にも、常に5年先を見据えた最新技術を盛り込むようにしてきました。
──毎回ゼロからとなると、開発にかかるコストも膨らみそうです。
 おっしゃる通り、開発には1世代あたり数百億円の投資が必要です。世界的にも、既存のマシンを買いつけて置き換えるのが一般的です。
 それでもゼロからの開発にこだわるのは、極めてシンプルに、私たちがセブン-イレブン用の「スペシャルカスタマイズATM」を作っているという認識だから。
 既存の商品があっても、プライベートブランド「セブンプレミアム」の商品を作る。それと同じです。
 絶えず変化する世の中に合わせて、私たちも自己変革を続けてきました。
 たとえばスマートフォンで現金を下ろせたりQRコード決済のチャージができたりなど、ATMになかった価値を追加していった。
 こうして世の中の変化を事業に取り込んでいくと、新たな需要が生まれ、ATMでの取引件数も増える。これを愚直に繰り返してきた結果が、現在の事業成長につながっていると考えています。
 だから、我々の脅威は同業者ではありません。常に社会変化に気を配り、なかでもクルマやスマホなど、日々触れるものや生活で使うものがどうなっていくかを気にしています。
──セブン銀行の自己変革の原動力は何でしょうか?
 人材と、そこから生まれるカルチャーですね。
 確実にオペレーションを回しながらも、変化に柔軟に対応し、さまざまなサービスを作り続ける。これが、我々の最大の強みです。
 第4世代ATMを検討し始めるときも、新しい技術やサービスの観点からの案はもちろん、実現性を度外視したデザイン重視のものまでアイデアを出し合って、社員といろいろなプロトタイプを作りました。
 木目調のパーツを第4世代ATMに取り込んだのも、こうした試行錯誤の成果ですね。
自由な発想が並ぶコンセプトデザイン。あえて女性だけや若手だけなどの多様なチーム構成で、デザイナーとディスカッションを実施。ここからプロトタイプを何パターンか製造し、検討を重ねていったという。
 個人的には、ボディに一切継ぎ目のないデザインなんかも作ってみたいんですが、まだ技術的に難しいんですよね。
 iPhoneのパッケージを開けるワクワク感みたいなものが、ATMにも随所にあるべきだと思っています。この第4世代も、まだまだ最終形ではありません。
セブン銀行の第4世代ATM「ATM+」。繭に着想を得た包み込むようなフォルムは、最新技術で実現できたという。2022年度「グッドデザイン賞」を受賞した。

ATMで“誰一人取り残されない”未来へ

──「まだまだ最終形ではない」というコンビニATMですが、セブン銀行という企業にとって、ATMは今後どのような存在になっていくでしょうか?
 今後も基幹事業として、進化・変化させ続けていく方針です。
 従来の現金の入出金用途は、縮小傾向です。グローバルで見ても、ATMでの入出金がゼロに近くなっている国と、3~4割ほど残っている国があります。
 日本の場合は後者だと思います。現金に対する信用が高く、引き続きATMでの現金取引は続くものと考えています。
 一方で、現金の入出金を伴わない取引にも注力しています。
 公共サービスの届け出や銀行窓口でのさまざまな申請などは、安心安全が常に求められます。これらをATMから行えるように取り組んでいるところです。
 直近では、金融機関等での各種手続きがATM上で行えるサービスを、9月にリリース予定です。口座開設や住所変更など、従来のATMでは難しかった本人確認を含めた手続きも可能になります。
 2023年度内に、マルチコピー機を活用して「残高証明書」や「保険料控除証明書」、「源泉徴収票」など、事業者が発行する各種証明書を受け取れるサービスも提供予定です。
 こうした取り組みを、各金融機関をはじめ、クレジット業界などの各事業会社、自治体にまで広げ、ワンストップで金融公共サービスが提供できる世界をつくりたいと考えています。
──すでにマルチコピー機を使って、住民票の写しや戸籍証明書などが取得できる行政サービスはありますが、より多彩な手続きが可能になる、と。
 そうですね。コンビニには、さまざまな年代の方が訪れます。そこで強みになるのが、ATMにおける“手続きの完結率の高さ”です。
 UIがシンプルで、操作性の高い大きな画面があり、いざとなったらインターホンで質問もできる。ご高齢のお客さま1人でも、迷わず使いやすい設計です。
 そんなATMだからこそ、“誰一人取り残されない”デジタル社会の実現に貢献できるはず。
 ATMを活用して社会課題を解決するサービスを作り上げることが、私たちの次なるステップだと認識しています。

パーパスに「金融」を掲げない理由

──セブン銀行は創業20年目の2021年4月、新たなパーパスを策定しました。ここには「ATM」という言葉が入っていませんね。
 前身のアイワイバンク銀行時代から掲げてきたコンセプトは、ATMが軸の内容で、実際に収益源も、ATM事業が8~9割を占めていました。
 一方でセブン銀行は、2016年頃からスタートアップとの協業を始めるなど、ビジネスアプローチを徐々に変化させてきました。
 そろそろ本格的に多角化に踏み込み、新しい世界観を作ろうというタイミングで、新たにパーパスを策定したのです。
 パーパスには「銀行」や「金融」という言葉は使っていません。つまり、何でもやっていいんです(笑)。
 ATMはあくまで手段であり、課題解決に使う“部品”。そう発想を変えねばならないと考えました。金融を中心に、その周辺領域も耕していこう、と。
 領域にこだわらないことで、結果的にビジネスを多角化し、第二創業を実現していく考えです。
──このパーパスは、経営戦略にどう反映されているのでしょうか?
 中期経営計画に中心となるのは、やはりATMですが、従来の入出金に限らないという意味で、私たちは新世代ATMのコンセプトを「ATM+(プラス)」と定義しています。
 キャッシュレス取引や、金融機関の手続き、行政サービスとの連携などがここに含まれます。
 もう1つは、7iDの活用です。およそ2,800万のユーザーを擁するIDシステムを活用し、クレジットカードや電子マネーを絡めた新たな決済サービスを作ろうとしています。
 こうしたATMをさまざまな金融機関やスタートアップに開放し、新たな取引を作りだすアプローチを、海外展開でも活用しています。
 米国、インドネシア、フィリピンで展開しているATMサービスにも「ATM+」を導入し、さらに多層的な金融サービスへと拡大すべく動いているところです。

遠くへ広げる“知のネットワーク”

──「第二創業期」の経営戦略を実現するうえで、トップとして注力されている取り組みについて教えてください。
 2023年の重点テーマは「人材育成」だと考えています。
 特に、今後7iDの活用を進める上で、データ人材の育成は急務です。DMO(データ・マネジメント・オフィス)設立に加えて、実践の場となる「データサイエンスプログラム」も開講しました。
 最終的に、本番環境で実装できるレベルを目指す内容に、社員の3割を超える200人以上が自発的に参加してくれています。
 データ領域を強化するほかにも、2022年にはNewsPicks協力のもと、社内カルチャー変革の一環として「SEVENBANK Academia」を発足しました。
 階層別のコミュニティによる交流や、経営者対談イベント、外部講師を招いた「越境学習ゼミ」など、活動は多岐にわたります。
 会社が用意した機会を自由に活用して、マインドセットやスキルを向上させる。そうやって、社員自身や部門が抱える課題の解決につながっていくことを期待しています。
──社内カルチャーの変革に取り組まれて、どんな変化を感じていますか?
 組織にとらわれない動きが増えてきたと思います。
 世の中の変化は、組織と組織の“間”に落ちるようなものが多い。たとえば、新たにスマホの認証機能を開発しようと思ったときに、それ専門の部署など存在しないわけです。
 そんなビジネス課題に、知見を持つ人たちが組織を越えて集まり、タスクフォースを立ち上げ、実際に開発に入っていけるようになってきました。
 先日発表したNFT募金サービスも、そうやって自発的に生まれたものなんです。
 とはいえ、たった1年で芽が出たわけではありません。
 私は2016年に「セブン・ラボ」という新事業推進組織を組織横断で立ち上げ、さらにそこで確立したメソッドや仕組みを全社に広げるべく、CX(コーポレート・トランスフォーメーション)部を立ち上げた。
 そうやって徐々にカルチャーが浸透してきたのだと思います。
 もともとセブン・ラボを創設したのは、私自身の危機感からです。
 コンビニATMの追求に必死で、気がつけば16年。仕事のやり方や発想が、同じことの繰り返しになっていないか、と。
 現業にとらわれない実験場として立ち上げ、外部と協創する重要性を実感したのは「セブン・ラボ」を通じてです。
 私は、自分で味見していないものは、人に勧めない主義なんです。オープンイノベーションも、まず自分で試してみる。だから、最近はデータ活用のコーディングも自分でやってみたのですが、なかなかしんどかったです(笑)。
 でも、楽しいですよね。新しい技術に触れるのは。
 社員にも日常生活のなかで「こういうのがあったらいいのに」と思ったときに、即行動してもらえたら。
 そして、グローバルにもチャレンジしてほしい。海外のATM事業は、ポテンシャルに満ちていますから。
──ATM事業が拡張すれば、外部とのコラボレーションもますます進みそうです。
 まさに「SEVENBANK Academia」で大切にしているのが、外部企業との“知のネットワーク”を作り続けることです。
 一見、金融から関係ないような分野でも、いつか「このテーマを手がけたい」と思う日が来るかもしれない。そのときに備えて、多種多様な業界の方の話を聞き、ネットワークをつなぐようにしています。
 イノベーションとは、遠くにあるものと結合して、インパクトを出すこと。
 社会課題の解決は、私たちだけの力では叶いません。金融にこだわらず、新たなチャレンジに前向きな企業とアライアンスが組めたらと思っています。