2023/8/16

7年でARR100億円。急成長SaaSの「独自戦略」

NewsPicks Brand Design / Editor
 SaaS企業が自社の成長性を示すために用いる代表的な指標の一つが、ARR(年次経常収益)だ。

 売上を「売り切り型」で積み上げるのではなく、月額課金制のビジネスモデルを取るSaaSにおいて、ARRは今後いくらの収益が生み出せそうか、継続的な成長性を測る指針となる。

 このARRで見ると“爆速”といえるスピードで成長しているサービスがある。

 2022年9月に “ARR100億円”を達成した「LINE WORKS」だ。

 設立から約7年でのARR100億円達成。
 これはグローバルのSaaS企業と比較しても「Shopify」や「Twilio」など、名だたるサービスとほぼ同等、驚異的な成長スピードといえる。
 ではなぜ、彼らは短期間で爆速成長できたのか。どんな成長戦略を描いてきたのか。
 「LINE WORKS」を提供する、ワークスモバイルジャパン株式会社の代表取締役社長兼マーケティング本部長を務める増田隆一氏に伺った。

GAFAMが席巻する市場で、見出した“勝機”

 韓国のIT大手企業であり、検索エンジンやWebマンガなどコンシューマー向けサービスを手掛ける「NAVER」。
 BtoCビジネスで伸長を続けて得た知見を基に、新たな収益の柱を立てるべく、2015年にBtoBビジネスへの参入を検討しはじめた。
 そこで注目した市場が日本だ。
 日本は、自国よりも人口規模が大きく、サービスの品質に厳しいとされる。ここでBtoBのビジネスモデルを確立できれば、他国も含めたグローバル市場参入の足掛かりになる。
 この期待を背負い2015年6月「LINE WORKS」を手掛ける、ワークスモバイルジャパンが設立された。
「LINE WORKS」はビジネス版LINEだが、運営元はLINE社ではない。ワークスモバイルジャパンがサービス名称使用のライセンス契約を得て提供している。
 数あるBtoBビジネスの中から、ワークスモバイルジャパンはビジネスコミュニケーションツール市場への参入を決め、開発に着手した。
 当時、ビジネスコミュニケーションの主流はメール。そこではMicrosoftとGoogleが手掛けるサービスがシェアを押えており、需要がほぼ満たされていた。
 新規参入企業が“ビッグテック”に打ち勝つのは容易ではない。しかし、彼らは市場の“ある変化”に目を付けていた。
「法人向けのモバイルが、ガラケーからスマホへ切り替わっていくタイミングでした。今後、スマホを中心としたビジネスコミュニケーションは必ず加速すると考えました」(増田氏)
 この変化を受け勝機を見出したのが、“デスクレスワーカー”向けのビジネスコミュニケーションツールだった。
「常にオフィスで仕事をしているデスクワーカーはメールを活用できます。しかし外回りの営業、建設現場などデスクレスワーカーのメール活用は少なく、電話やFAXがコミュニケーションの中心。かなり改善の余地がありました」(増田氏)
 折しも2015年は、現在の働き方改革の大きな柱となる「労働基準法等改正案」が国会に提出された年。長時間労働の是正、労働生産性向上が取り沙汰されていた。
 その中で、デスクレスワーカーのレガシーなコミュニケーションを、一からデジタル化し、労働生産性の向上を図る。デスクワーカー向けのツールを展開する“ビッグテック”にはできないという想いがあったという。
「日々の生活では電話やメールが、LINEをはじめとするチャットツールにリプレイスされかけていました。
 日常のコミュニケーションがスマホファーストになる一方で、デスクレスワーカーに向けたビジネスコミュニケーションツールはほぼありません。
 またデスクワーカー向けのツールをすぐ使いこなせるほどデスクレスワーカーのITリテラシーも高まっていなかった。
 それであれば、もしスマホで簡単に操作できるUIのビジネスコミュニケーションツールがあれば重宝される。特に生活に定着しているLINEなら、教育コストをかけずにすぐ扱えます。
 LINEに近しいUI/UXを用いることができるわれわれなら、デスクレスワーカーに向けた開発ができ、普及が進む。ここに勝機を見出し、一気に開発を進めていきました」(増田氏)

初期段階からパートナー企業と連携

 現在、「LINE WORKS」は建設、介護・福祉、金融、行政、小売店など、多種多様な業態に受け入れられ450万IDを持つ。
 法人のモバイルが、ガラケーからスマホへ切り替わるその潮目を見極め船出したが、当時の従業員は10人程度。直販だけでは普及に時間を要するのは目に見えていた。
 そこで彼らが重視した戦略が、通信キャリアや通信機器の販売代理店など、パートナー企業と連携していくことだ。
 ”いつも買っている馴染みのベンダーから買う”という日本特有の商習慣に乗せるため、意識的にパートナー販売をメインとする戦略を取り、商流開拓に注力。
 パートナー経由で「LINE WORKS」を契約してもらうごとに、マージンを得られるような仕組みを作った。
「サービスを体感し、利便性を感じてもらえれば導入は進むはず。販路を拡大するために、パートナー連携を主軸とし、いかに密な連携を取れるか突き詰めていく方針を取りました。
 法人向けスマホを販売したいパートナー企業からしても、『LINE WORKS』を契約の際のオプションプランとして提案できれば、アップセルになります」(増田氏)
 はじめは苦労したパートナーとの連携だが、次第に理解が進み、デスクレスワーカーを抱えるエンタープライズ企業から導入されていった。
「パートナー企業からすれば『LINE WORKS』は狙いたい市場が明確で、販売先を棲み分けられるのがメリットとして映ったと思います。
 つまり、数多あるデスクワーカーに向けたツールではなく、デスクレスワーカーに向けたツールだった。これは、当時かなり珍しかったと思います。まだまだ市場に余地があり、新規開拓のきっかけになると捉えていただけた。
 また『どんな条件であれば売りやすいか』、販売方法や代理店ルール、価格体系やプランなどについてパートナーとの間で徹底的に議論したことも、連携が進んだ理由です」(増田氏)
 SaaS事業者の中には、価格や条件などの販売方針を立て、それに準じる形でパートナーに販売を任せるケースもあるが、真逆のアプローチを取ったといえる。
 またパートナーを主軸にした販売戦略は、現在の多様な業種・業態への広まりにも関係している。
 パートナーには「建設系企業に強い」「百貨店を熟知している」といったように得意分野がある。
 彼らと共に業界に応じて、顧客へのコミュニケーションを微調整することで「LINE WORKS」が各業界にとって、自社の課題を解決できるソリューションたりうるツールとして認知されていった。

主要機能の無料開放で、市場を拡大

 一方で、パートナー戦略のみで拡大できたかというとそうではない。「LINE WORKS」は一定のシェアを確保できていたが、飛躍的な成長はできていなかった。
 その解決策として、2018年に基本機能をほぼ全て使用できる「フリープラン」の導入を決める。
 これまで有償販売していたパートナーから一部反発もあったが、「市場拡大のために必要だった」と増田氏は言う。
「メール文化からメッセンジャー文化へと社会を移行させたい。それを実現して市場を拡大するためのフリープランである、という思いに共感していただくべく、説明に回りました」(増田氏)
 また、期間限定のトライアルではなく、無料で使い続けられる仕様にしたことで、ユーザーに高く評価され、ユーザー数はさらに増加していった。
 「無料でも主要な機能はほぼ全て使用していただけるので『LINE WORKS』の価値を感じてもらってから、本格的に導入してもらえます。そうすることで、チャーン(解約)の防止にもつながります」(増田氏)

マーケティング責任者、予算10倍増を迫る

 しかし、この時点(2019年8月)でのARRは約40億円。現在の100億円に至るまでには、まだまだ課題があった。
「2019年に私が入社した際に、ちょうど10万IDを達成し、社員へお祝いに“とらやの羊羹”が配られていました。しかし当時から目指しているのは1000万ID。喜んでいる場合ではなかった(笑)。
 では、いったい何が成長のマイナスポイントになっているかを分析をすると、まだまだ『LINE WORKS』というサービス名が圧倒的に知られていないということでした」(増田氏)
 日本企業の99%は中・小規模事業者だ。そしてデスクレスワーカーも多くがそこに含まれている。
 Webマーケティングで「LINE WORKS」の存在を届けようにも、デスクワーカーが受け手の中心となる。
 またパートナーの販売網を広げても、大規模な予算を持たない中・小規模事業者は、パートナーにとってスケールメリットがなく、カバーできていなかった。
 結果、「LINE WORKS」を知らない働き手、企業の情シス担当者はまだまだ数えきれないほどいた。
 そこで、増田氏は企業としてのブランディング強化の必要性を訴え、親会社へ当初のマーケティング予算から10倍増を提案する。強い反発を受けたが、その必要性を何度も訴えた。
 折衝を続ける中、新型コロナウイルス感染症がまん延。社会がリモートワークに半ば強制移行され、Zoomなどのビジネスコミュニケーションツールも急進していた。
 時代の潮流の後押しもあり、ついに親会社の経営陣も決断。2020年3月に、ワークスモバイルジャパンは大幅な資本金増資を行った。それを元手に、大規模なマーケティング投資を実施する。
「認知度向上のためにテレビCMの全国放送を決めました。かといってサービス名を覚えてもらうために『LINE WORKS!!!』と連呼するような内容は、適さないと考えました。
 大切なのは潜在的な顧客に対しての好感度を積み上げること。どんなメッセージがブランディングの柱になるのか熟慮しました」(増田氏)
 5本ほど作ったテレビCMは、建設や介護といったデスクレスワーカーを多く抱える業界を想定して、現場で使えるシチュエーションをイメージしてもらえるような内容になった。
 サービスの認知度向上が目的と考えると、一見、遠回りな打ち手にも感じるが「『LINEWORKS』というサービスだからこそ必要な施策」と増田氏は語る。 
 「『LINE WORKS』は使う先に必ず人がいて、人と人との交流が生まれる。どこか人間らしさや思いを伴うプロダクトです。UI・UXもコンシューマープラットフォームに近い形で開発しています。
 左脳的な販売戦略だけでなく、右脳的で感覚的に捉えやすい訴求を行うことも重要な戦略なんです。
 現場で使えるシチュエーションをイメージしてもらえたことは、その後の成長にもつながっています」(増田氏)
  実際、潜在顧客への認知度が上がることでブランドサイトへの訪問数が増し、結果的にフリープランの導入が進む。
 またパートナーからも「CMが契約の援護射撃になった」という声が届き、TVCM放送翌年、約20万社だった顧客数は1年で約15万社増加、ARRも70億円を突破した。

「仕事、楽しい」を広げる47都道府県ではたらくすべての人に

 その後も成長を続け、2022年9月にARR100億円を達成した「LINE WORKS」。
 ビジネスチャット活用が一般的になりツールが乱立する中「LINE WORKS」にはユニークな点が一つある。
 それは、他社のビジネスチャットとは競合でもある一方、併用されるケースが多いことだ。
 併用の理由は「LINE WORKS」と「LINE」の連携。
 国内のMAU(月間アクティブユーザー)が約9,500万人、日本の人口の約7割をカバーしている「LINE」のユーザーとつながり、個人が法人と無料でやりとりできる機能を持たせている。
 例えば建設業界では、現場監督や現場社員と、協力会社である個人事業主とのモバイルコミュニケーションが頻繁にある。ただしプライベートツールを使っていると社内のセキュリティポリシーに抵触してしまう。
 そのため本社の社内ではPC利用をベースに開発された別のツールが使われていても「現場はLINE WORKS」となり、併用されるという。
 「業務用のツールでありながらLINEのような感覚で誰とでも気軽につながれるため『仕事が変わった』という声が増えています」(増田氏)
  社内間での活用にとどまらず、取引先とつながるケースはじわじわ広がっている。
 「例えば、見積もりのやりとり。発注側はメールよりも気軽にちょっとした質問ができ、受注側の対応スピードも格段に早くなります。
 また本部や現場リーダー、協力会社も交え、同じ情報を共有できるため、お客様に満足いただけたことを、皆で喜び合えたという声もありました。
 こういったことが、建設・工事の現場、医療や介護の現場、美容や飲食をはじめとした接客の現場など、様々な現場で起こっています。
 われわれとしては、この『仕事が変わった』という声が聞こえてくることが一番嬉しい。
 なぜならば、われわれのミッションは『「仕事、楽しい」を広げる 47都道府県ではたらくすべての人に』です。
 私は『ワークスモバイルジャパン』はビジネスチャットを開発する会社ではなく、コミュニケーションを加速させるUI・UXを開発している会社だと思っています。
 難しいことを考えずに自然と活用でき、コミュニケーションを楽にできる。他者との協業がはかどり、仕事が楽しくなる人も増えるはずです。
われわれが、一人ひとりのユーザー体験を追求すれば、世の中を変えられると本当に思っています」(増田氏)
 一見、LINEのビジネス版というシンプルなサービスでありながら、様々な独自戦略を取っている「LINE WORKS」。今後もデスクレスワーカーを中心に拡大を続けていくという。
 「いずれは労働人口の3割、つまり約1800万人のシェアを取る。そうすれば掲げているミッションに対して十分に胸を張れる」と増田氏は意気込む。
 「LINE WORKS」が次に目指すのは、1000万ユーザーIDの獲得。その準備は、既に整っている。