2023/8/21

【残席わずか】最前線の議論がここから生まれる。AI新時代「ビジネス・人財」の未来

NewsPicks Studios Director
 ChatGPTをはじめとする生成AI技術の進歩が止まらない。世界が次々と新たなサービスをリリースする中、日本は「AI後進国」とも言われている。しかし、これまで先進国として経済を率いてきた日本だからこその、生成AIを生かせる領域もあるはずだ。
 NewsPicks Studiosでは、日立製作所が開催するイベントHitachi Social Innovation Forum 2023 JAPANにおける特別セッションをプロデュース。AI業界最先端を知るトップランナーたちが集結し「AI新時代」に求められる企業と人材のあり方について真剣議論する。
生成AIの進化によって始まる「AI新時代」の中で、日本が個性を発揮し、世界の中で確固たるポジションを築くためには。
本セッションに登壇する澤円氏と加治慶光氏がイベントに先立ち、語り合った。

生成AIの進歩がもたらす新時代。「仕事」のとらえ方を見直す

──まずは近ごろの事例なども踏まえ、生成AIの発展がもたらしている社会の変化について、お二人の所感を伺いたいです。
澤 最近、生成AIですばらしいと思った事例は、写真加工ソフトでした。
ずっと前に空手の稽古中に撮った縦長の写真を、スライド用に横長にできないかなと思って画像編集ツールで左右に伸ばしてみたのです。
そうしたらソフトが、不要な余白ができないように畳の数を増やして、横長の写真に生成し直してくれたんです。
 作業時間は、ものの数十秒でした。これまでだったら職人のスキルや経験、マンパワーによってなされていた作業が、秒単位で済む時代がやってきているんです。
 「仕事=作業」だと考えている人にとっては、仕事が取られてしまうリスクに思えるでしょうが、「AIによって、クリエイティビティの必要ない作業から解放される」と思えれば幸せなはず。
 AIを希望にするためには、改めて「仕事」というもののとらえ方を見直さないといけません。
 生成AIが発展する本当のリスクといえば、サイバー犯罪が増えかねないことでしょうか。これまで日本は、日本語というものが難しすぎるために、世界的なフィッシングメールの脅威から距離を置くことができていたんです。
 でもChatGPTに英語で作った詐欺の文章を貼りつけて日本語訳したら、完璧な文章がすぐさま仕上がってきてしまう。こうなると、備える側は大変です。
加治 犯罪の巧妙化・容易化につながるリスクは、確かに議論されていますね。
そのほかにも機密情報の漏えいや不適切な利用が起きるリスク、偽情報が社会を混乱させるリスク、著作権侵害のリスクなど…。
技術が発展する裏で、そうした新たな危険はつきものです。けれど、それぞれのリスクをつぶしていくための法律やガイドラインも、いままさに整備が進められています
 個人レベルでも、今後はますます生成AIの普及が進んでいく見込みです。スマホが出てきたばかりのときには「やっぱりガラケーが使いやすい」「ネットはよくわからないから辞書で調べる」などと言っていた人もいたけれど、最近は全然いませんよね。
だから、いまは抵抗感があっても、きっとみんなすぐ使いこなすようになるでしょう。
 そうした観点では、いま注目されているプロンプトエンジニアなどの職業も将来変質を迫られる可能性があると思います。そのうちほかのエンジニアが、AI活用の作業も対応できるようになるはずですから。
(dem10 / iStock)
澤 もちろん、AIに取られてしまう仕事を選ぶのも、個人の選択肢のひとつです。でも、それではあまり幸せでいられない気がする。そこで僕は、もう人々は「自分が幸せになるための仕事」だけをすればいいと考えているんです。
 ここだけを切り出すと自己啓発セミナーみたいになっちゃうんだけど…。自分がやって幸せな仕事は何なのか、AIにどこまで作業を任せられるのか、よく考えて見直していきたいですね。
加治 これからはプレゼンテーション資料もプレスリリースもAIが作ってくれるから、いままで当たり前だった長時間労働がなくなって、みんな暇になりますからね。
その時間を使って興味のあることを勉強したり、NPOや地域創生など外部のプロジェクトに取り組み始めたり…というプロセスはぐっと増えるでしょう。
(show999 / iStock)
実際、近ごろの大手広告代理店の50代後半の方々なんかには、早期退職を利用して地方に移り、自治体の活動をサポートしたりする人がたくさん出てきています。
澤 働く意義を考え直した方たちですね。
加治 この数年をかけて、日本社会でも人生の意味を問い直し、Well- beingを追求するような動きが出てきていると思います。働き方改革が進み、長時間労働がなくなって「フリーな時間を過ごすのは悪いことじゃない」という文化が定着してきたんです。
 だから、AIの進歩という変化が起きたからといって特別な対応は要らないけれど「自由になった時間や自分の命を何に使っていくのか」を考えることは大切なのではないでしょうか。自分の意志や希望に、きちんとパワーを振り向けられる時代がやってきているのだと思います。

日本は本当に「AI後進国」か。テクノロジー、制度、風土の軸で見る

──そうした時代の変化を踏まえ、日本がほかの国と比べてAI分野で遅れているところ、進んでいるところをお伺いしてみたいです。
加治 そうした進度の差を考えるには「テクノロジー」「制度」「風土」という3本の軸があると思います。イノベーションは、この3つがそろってはじめて起こるもの。
 たとえば、10年前くらいには不可能だと思われていた働き方改革でさえ、リモート会議ツールなどの「テクノロジー」と、改革を推進する法「制度」と、ハラスメント的な空気はやはり良くないという「風土」がそろって、大きく歩みを進めました。日本のAI分野には、その3つがほどよくあったりなかったりします。
 まず「テクノロジー」。アメリカに比べれば遅れているけれど、日本がナンバーワンだったころをDNAレベルで覚えている世代がトップを走っていることで、アクセルはわりと踏めているように感じます。
 次に「制度」は、意外と政府の動きが速かったと思うんです。ちょうど先日、総務省の外郭団体である情報通信研究機構(NICT)が、日本語Webテキストのみを用いたLLM(ChatGPTのような大規模言語モデル)を発表しました。
(kokoroyuki / iStock)
 そして「風土」も、つまびらかになったものに対しては案外おおらかに受け入れる空気が日本にはあって…。
SDGsやDXなどは一定の閾値を超えて広がり方が加速したように思います。日本においては同調圧力が高いぶん、社会の20%くらいに受け入れられると、その後ぐっと普及する可能性を持っているんです。
 いまは日本全体で「世界に出て行こう」というムードもあるし、テクノロジーが多少遅れていても、制度や風土が後押ししてくれると感じます。
澤 ただ「遅れている」「進んでいる」という思考そのものが、ちょっと2次元的すぎるかなぁとは思ったりもしますね。人間は重力の影響をずっと受けている生き物だから、上下左右の感覚が強くインストールされているため、ある程度は仕方ないとも思いつつ…。
 大きな例で恐縮ですが、宇宙空間に上下なんてものはないですよね。カシオペア座を勝手に平面でとらえ、「W」の形だなんて言っているのは地球人だけなんです。カシオペアを構成するそれぞれの星にも、そんな意識はもちろんありません。
 だから、世界を平面的に見て「遅れている」「進んでいる」なんて考えるより、自分が何をしたいのか、いましていることに意味があるのか、といった観点を持ったほうがいいんじゃないかなと思います。
加治 そこは私も賛成です!

日本が探すのは「勝ち筋」ではなく「日本“だからこそ”の役割」

──では最後に、これからの「日本の勝ち筋」を考えていきたいです。日本はどんな特性を生かし、どんなポジションを築いていけば、AI時代の波に乗れるのでしょうか。
澤 実体験からのエピソードを、1ついいですか? 僕、こないだトルコでディナークルーズ船に乗ったんです。45ヶ国から2000人くらい集まったディナーの席では、自分の国の音楽が流れてきたら、何かしらパフォーマンスをしなくちゃいけない時間があって。
 ダンスなどをしているのは仕込みの方々なのかと思いきや、どうも乗客が片っ端から呼ばれているようで、しかも日本人は自分たちしかいない。だから僕も腹をくくり、空手3段のバックグラウンドを生かして、空手の型をやったんです。
 そうしたらものすごいスタンディングオベーションで、そのあともいろんな人から「すばらしかった」「日本に行ってみたいんだ」と握手を求められ、日本が本当に多くの国から憧れられていることを実感しました。
 残念ながら国際情勢によって歓迎されていなかったり、パフォーマンス後に周りがシーンと静まり返ったりする国もあったんです。その中で、これほど多くの国から好かれているのは、日本の大きな強みだと思いました。
(kokoroyuki / iStock)
 もちろん、それを台無しにしている行為もたくさんあるから、そのあたりは改善しつつ…。でも、礼儀正しさや人を大切にする心など、今後も生かしていける日本の強みはたくさんあると考えています。
加治 僕はまず「勝ち筋」という言葉がちょっと気になったんだけど…。
そもそもAI分野で日本がやろうとしていることは、戦ってどこかに勝つことではなく、考え方の異なる国々の橋渡しをすることだと思っています。
 たとえばいま、AIの規制については世界的に議論が割れていて、EUはガチガチに規制を固める「ハードロー」、日本やアメリカは比較的柔軟な活用を認める「ソフトロー」という方向性を取っています。
 その中で、今年度開催されたG7広島サミットでは、今年中に7カ国がどのようなルールを作っていくか考え、アウトプットをすることが決められました。
このプロセス全体を「広島AIプロセス」と名付け、日本はG7議長国期間、推進役の役割を果たしているんです。
 これはある意味、必ずしも勝ち負けではなく、自分なりのポジションをしっかり確保しておこうという動き。そのうえで、とても優れた振る舞い方だと思います。
(kokoroyuki / iStock)
 これって、日立が標榜している「社会イノベーション」ともすごく相性がいいんですよね。日立はプラネタリーバウンダリー(地球規模の環境課題)と、ウェルビーイング(心身ともに健やかな暮らしに基づく一人ひとりの幸せ)の両立を目指していて、全世界的に見て一番いいソリューションのあり方を考えている。
 決して、日本だけをイノベーションしようという話ではありません。この考え方はまさに、G7で日本が示した「AIにおける自国の役割」と重なってくると感じます。
──それぞれの技術や特徴を生かしながら、調和していくことが、AI時代にも重要になってくるんですね。
澤 そもそも「Web3」の文脈って、個というものがゆるやかにつながっていく前提で発展するものですからね。
DAO (Decentralized Autonomous Organization/特定の所有者や管理者の存在がなくとも、プロジェクトを推進できる組織)などもそうで、もはや中央集権の時代じゃない。
(ArtemisDiana / GettyImages)
仮想通貨やNFTなどの発展も、すべては世界がボーダレスになることを前提にデザインされています。だから「日本」とか「日本じゃない」とか、そうやって極端に“くくること”はあんまり幸せを生まないですよ。
 AIにおいても、わざわざくくって考える必要がない。せっかくこれから技術を育てていくのだから、変に限定的・排他的にならないよう、“くくる”という概念から解放されたほうがいいと思います。
加治 そうすれば日本がこれから世界で果たせる役割って、本当にたくさんあると思います。
 僕は日立に入るときの面接で「日立のデジタル化はどうあるべきか」という質問を受けて「速ければよい、という風潮も大切ですが、遅れてきた巨象が慎重だけれども責任感や倫理観を伴い、いよいよ本格的に動き出した、という雰囲気が重要なんじゃないですか」と答えたんです。
 だって、鉄道や原子力を扱っているような会社が、Web3だからといって突然フットワーク軽くいけるわけがない。
人の命にかかわる仕事をしてきた大手の自動車メーカーや通信会社などもそうだと思います。でも、そういう仕事に誠実に取り組んできた姿勢が、いま改めて評価される時代が来ていると感じるんです。
( Chenggang Cai / GettyImages)
澤 日本は、とにかく人の命を大事にする国ですからね。だからスピードが遅くなってしまうことはあるけれど、みんながハッピーになるために力を尽くす姿勢は、確かに他国の参考になる部分もあるんじゃないでしょうか。
加治 たとえばG7のコミュニケでは、世界の多様な価値観との対話を大切にするという視点が含まれています。それは日本が議長国で、広島という開催地を背負っているからこその表現だったのではないでしょうか。
 それこそ澤さんがおっしゃっていたように、日本は“平和で愛されている国”だという前提もあるし、各国のいい懸け橋になれる可能性を秘めている。
だから勝ち負けではなく、自分たちが担っている独特の役割を見つめ、きちんと果たしていくことが、これからとても重要になってくるのだと思います。

Hitachi Social Innovation Forum 2023 JAPANに向けて

──今回はAIの進歩によって開かれる「新時代」についてお話しいただきました。Hitachi Social Innovation Forum 2023 JAPANでは、AIの業界最先端を知るトップランナーの方々とのトークセッションとなりますが、どのような議論となりそうでしょうか。
加治 トークセッションまで2カ月あるので(※)またAIが世の中に浸透している可能性もありますよね。(※取材時は7月、イベントは9月20日(水)実施予定)
 僕は生成AIに、メールやプレスリリースの原稿を書いてもらったり、ブレストの相手になってもらったりしているけど、こういう使い方はすぐに浸透すると思うんですよね。
澤 その時点でのビジネスシーンでのAIの活用とか、AIを業務に使うことを認めている企業が、どのようなガイドラインを作っているのかとか。
──ビジネスにおいて、AIが今後どのような領域で活用される可能性がありそうか、そして実装へのロードマップについてなど、具体的な議論となりそうですね。
加治 そうですね。続きは、Hitachi Social Innovation Forum 2023 JAPANの特別セッションにお越しいただき、ぜひ、生のディスカッションを聞いていただきたいですね。