2023/7/31

【西口一希が語る】なぜ、BtoBに「イベントマーケティング」は有効なのか

NewsPicks Brand Design Editor
BtoBマーケティングは、デジタルマーケの普及で、選択肢が劇的に広がった。だからこそ、最適解を見つけるのは難しい。マーケターはどうすれば、ROI=投資収益率を最大化できるのか。

そんなマーケターのボトルネックを解決するべく、NewsPicks Brand Designは今年6月に、オンラインイベント「マーケティングROIの『新常識』」を開催した。

マーケティングの最適なROIは何か。ARR(年間定期収益)100億円の“先輩”ベンチャーは、ROIをどう定義しているのか。そして投資額の高いマーケティング施策であるテレビCMと、近年広がりつつある「カンファレンス」は、それぞれどんなROIが期待できるのか。

そんな最新BtoBマーケティングのヒントがつまった当イベントについて、ダイジェストでお届けしよう。
INDEX
  • マーケターが陥る「パレートの法則の罠」
  • ファネルのトップをあえて「広げない」
  • 数字だけを追うと、逆にROIは下がる?
  • ARR100億円ベンチャーのマーケ戦略
  • イベントとCMの「ROI」
  • イベントマーケティングの可能性
  • イベントのROIは、目的やフェーズで変える
  • イベントマーケティングは「指数関数的」に効果が高まる

マーケターが陥る「パレートの法則の罠」

──BtoBマーケターの多くが、まず悩むのが「ターゲティング」です。どのようにターゲットを絞ればいいのでしょうか。
西口 BtoBに限らないのですが、多くのマーケターは、その企業にとって重要なお客さまとそうではないお客さまを、一緒にアプローチしてしまいがちです。
 よくマーケティングの世界では「パレートの法則」に基づいて、戦略が練られます。これは長期間の累計利益の多くは、顧客全体の一部少数に支えられているという上位集中の経験則です。
 私もいろいろな産業のマーケティングに携わるなかで実際に計算しましたが、2対8とはならずとも、必ず上位に集中していました。
「80%の収益に貢献する顧客」が誰で、そこに貢献しない顧客が誰かがわかれば、ターゲットは自ずと決まる。ところが実際はできていないことが非常に多いんです。
 多くの企業は、必ずといっていいほど顧客に寄り添います。そして、寄り添えば寄り添うほどに少数の声よりも、大多数の声により大きい影響を受けて、意図せずして、実は長期の収益に貢献しない顧客に引っ張られるのです。
 それが「パレートの法則の罠」です。
──その「罠」に陥ることなく、正しくターゲティングするには、どうすればいいでしょう?
西口 やるべきことは、シンプル。「累計利益」において上位の顧客をわりだし、同じ傾向の顧客をターゲティングするだけです。
 1ヶ月や1Qのような短期間ではなく、3年や5年での「累計利益」で見る。そして、上位顧客が誰かを突き止め、似た属性の顧客に今後も利用してもらうにはどうすればいいかを、研ぎすます。
 これさえ徹底して行えば、ROIは確実に高まります。

ファネルのトップをあえて「広げない」

祖谷 アドビでも、まさに「理想的な顧客像」の抽出に注力しています。
 累計利益の高い顧客は、我々のサービスによって事業成果がきちんと出ていることが多い。
 だからこそ継続的に利用され、累計利益が高くなります。それ以外の顧客は、言い方は悪いですが事業成果にあまりつながらず、解約されるケースも多い。だからこそ、累計利益が高くならない。
 そのため我々は、企業規模や業界、課題内容といったさまざまな視点から「理想的な顧客」を定義し、当てはまる顧客にフォーカスして営業・マーケティング部隊が一体となってアプローチしています。
 マーケティングの世界には、とにかくマーケティングファネルのトップ(入り口)を広げ、ファネル全体を太らせるべきとの考え方があります。私も以前はそう考えていました。
 対してアドビでは、ファネルのトップをなるべく広げず、自社のサービスがマッチする属性の顧客に絞ってアプローチしています。
 ターゲットに刺さる施策を徹底的に突き詰め、高い確率でファネルの先に進んでいただけるような取り組みに注力しています。
 ですのでここ数年、マーケティングのROIを考える際は、ターゲットリストとは違うリードや契約自体も、成果としてカウントしていません。
 もちろんビジネスとして成立してはいるのですが、施策自体を評価するうえでは、ターゲットリストに対する成果にフォーカスしています。

数字だけを追うと、逆にROIは下がる?

──企業によっては「量を追いかけろ」「ファネルを広げろ」という話にもなりそうです。そこの折り合いはどう図ればいいでしょう?
祖谷 そこは、明確にターゲットと非ターゲットのROIを分けて数値化し、説明できれば、経営層から理解を得られると思います。
 たとえばターゲットリストのリードと、そうではないリードの両方で、案件を受注したとします。
 それらを分析すると、後者では契約期間が短かったり、CS(カスタマーサクセス)部門のリソースが多く費やされていることが判明したりする。
 となると現状の方法では、CS部門が疲弊し、本当に守るべき重要な顧客へのサポートが薄まりかねない……。
 その上で、今後どうすべきか。まっとうな経営層の方であれば、正しい判断をしていただけるはずです。
西口 実は、経営者は数字だけを追いがちになり、結果的にROIを悪化させるときがあります。実際に、私も何度か失敗しました。
 事業がスケールし、顧客が100社、200社と増えてくると、多くの経営者は数字だけで確認するようになります。
 そこでは当然、クライアント名を見ていないので、売上が120%に増えていても、実はその裏で重要顧客が消えていることに気づけない。
 となると売上は増えても、ROIは結果的に悪化する。要は、経営者が重要顧客に対するグリップ力を失ってしまうんです。
 ぜひ、自社の累計利益貢献度で現在の1〜30位のクライアント名称を確認してほしい。おそらく、予想とはかなり違うと思いますし、「あ、このお客さまがいなくなった……」といった気づきもあるでしょう。
 それにより、ターゲットとするべき顧客像が浮き彫りになり、取るべきマーケティング戦略が見えてくるはずです。
 戦略が見えてきた際に、ようやくマーケティング施策を打っていくわけですが、多くの方法があるなかで、特にBtoBの場合は「イベント」が最適だなと思っているんです。
──と、いいますと?
西口 BtoBはBtoCと比較すると、相対的に「使ってみないとわからない」ものが多いんですよね。つまり、資料やパンフレットをもらっても、なんだかよくわからない。
 だからこそ、オンラインでも、オフラインでもイベントのような場を設けて、実際のプロダクトを見たり、触ったり、体験してもらうのが重要で。
 トライアルの壁を越えていくためには、商品やサービスの便益について解像度を高く理解してもらう必要があるので、そういう意味ではイベントが唯一の施策かなと思います。

ARR100億円ベンチャーのマーケ戦略

──まず、SmartHRとSansanでは現在、どのようなマーケティング戦略や施策を描いていますか?
岡本 SmartHRは、いわゆる労務管理用のクラウドソフトウェアで、リリース当初は他に同じサービスがなかったため、存在自体がユニークでした。
 ところが競合サービスも次々と登場し、機能的な差異を示しづらくなってきたため、情緒的価値をつけて差別化する必要が出てきました。
 それが、2020年くらいから現在に至るまでの、マーケティング施策のきっかけとなっています。
 では、情緒的価値をどうつけるか。
 その価値を担うのが、カスタマーサクセス(CS)だと当社では考えています。
 CSがユーザーさまからの良い点も、悪い点も含めたフィードバックを、機能面以外のポイントも含めて伝えてくれます。
 そこから着想して得られた仮説を、リサーチを通して検証した後、マーケティング施策として展開しています。
福永 当社では「イベント」がマーケティング施策の柱の一つとなっていて、リアルからオンラインまで、はたまた参加者が数万人から数十人規模のものまで、多様なイベントを開催しています。
 そのなかで大切にしているのが、「誰と会うためのイベントか」をしっかり設定することです。
 近年はエンタープライズ企業のお客さまの比率が上がっているため、先方の窓口となる担当者が複数いたり、決済者も執行役員、取締役、社長と複数レイヤーになっていることが少なくありません。
 そこで、それぞれの階層にアプローチできるよう、イベントのバリエーションをかなり広くしています。
なお、同じ業種・職種の同じ階層を対象にイベントを開くと、「同じ悩みを抱えた参加者の人たちと話せるだけでなく、横のつながりも持て、ありがたい」とのフィードバックも多くいただきます。
岡本 当社もイベントを、規模においても種類においても、かなり幅広く開催しています。
 リード獲得を目的としたものから、ユーザーのみなさまをお招きしてのエンゲージメント向上を目的としたもの、あるいはターゲット以外の方々も含めて広く開かれたものにしてブランドの好感度を高めるものまで、さまざまです。
──投資額が高額になる「テレビCM」については、いかがでしょう?
岡本 テレビCMはマス広告と捉えていますので、基本的には認知率を高める方法論だと考えています。
 もちろん、放映後にすぐ指名検索をいただいてコンバージョンするときもありますが、基本的には将来のマーケットシェアを作る中長期的な戦略ツールですね。
福永 当社も同じく、認知を取る目的でテレビCMを打っていますね。
 SaaSのビジネスモデルは、チャーンレート(解約率)の低さも示すとおり、先行者が利益を得やすいモデルになっています。
 特にBtoBのプロダクトでは、その傾向が顕著です。だからこそ早く認知してもらい、競合がいくつも現れる前にサービスを導入していただくことが、戦略の一つにあります。

イベントとCMの「ROI」

──イベントとテレビCMのROIについて、どのように測っていますか?
岡本 イベントに関して中長期的なROIを置く場合は、シンプルにLTV(顧客生涯価値)やCAC(顧客獲得コスト)をベースにします。
 一方で短期的な効果測定の観点であれば、リード数やMQL(マーケティング施策で創出されたリード)、CPMQL(有望なリードの獲得単価)などを見ています。
 テレビCMの場合ですと、KPIはわりと決めやすくて、第一想起率や指名検索数といったところを見ています。ただ、ROIに関しては出すのがなかなか難しく……。今でも、日々研究中です。
 直近でチャレンジしているのは、いろいろなシンクタンクが発表しているデータを活用し、「認知率が◯%上がると、将来的にユーザーがこれくらい増える、売上は◯%上がる」といった数字を出してROIを算出する方法です。
 とはいえ、まだまだ研究段階ですね。
福永 当社ではリード獲得系のイベントに関しては、リード獲得数、商談数、商談転換率を追っています。
 その上で、ROIは粗利を人件費も含めた「投下コスト」で割って産出しています。
 マーケティングコスト以外のコストも含める点で、他社からは「けっこう厳しめに見ていますね」と言われますね。
 一方、トップなど経営層にアプローチするイベント施策もあります。実はゴルフコンペなど、小規模なクロージングイベントも開催しています。
 ただ、参加者を商談相手としてクロージングまで行うことはほとんどありません。あくまで、企業全体でどれだけ売上を作れたかをベースにして、ROIを出すようにしています。
 テレビCMのROIに関しては、SmartHRさんと同様悩んでいますが、現状は意思決定層への認知度、利用意向、ホームページへのアクセス数、受注数などが放映の前後でどう変化したかを見ています。
──最近ではコロナ禍が一段落し、イベントはリアルでの施策が実施しやすくなりました。マクロ環境の変化により、マーケティングはどう変わっていますか?
福永 やはり“リアル回帰”もあり、リアルで行う施策のバリエーションや投下コストが、明らかに増えていますよね。
岡本 私もほぼ同じ感覚です。ただ、イベントでいえば、やはりリアルは強いなと感じています。
 SmartHRの認知はある程度一巡しているのかなとも思ってしまいますが、新規リードの内訳を見ると、予想以上にリアルでの展示会がきっかけになっている。
 あらためて、イベントなどオフラインマーケティングの威力を、ひしひしと感じていますし、過渡期になっているのかなと思いますね。

イベントマーケティングの可能性

──イベントをマーケティングに活用する「イベントマーケティング」が浸透しつつありますが、お二人の会社ではそれぞれ、どんな施策を行っていますか?
戸田 当社は製造業のサプライチェーン変革に取り組むスタートアップで、ものづくりメーカーの調達と製造を支援するワンストップサービス「CADDi MANUFACTURING」と、製造業で最も重要なデータである“図面”の資産化支援ができる「CADDi DRAWER」を展開しています。
 コロナ禍で対面での商談がなかなか叶わなくなったのを機に、リード獲得やサービス訴求を目的にウェビナーを開催し始めました。
 その後、特定のテーマに絞ったものではなく、より上位概念であるブランド観を伝えるイベントを開催していこうと、2022年より製造業DXをテーマとした大型オンラインカンファレンス「Manufacturing DX Summit」をスタート。
 2022年に開催した1回目は1万名強、2023年の2回目は2万5000名弱の視聴登録をいただきました。
尾島 当社はBtoBのSaaSを取り扱うITベンチャーで、「trocco®︎」というデータ分析基盤の総合支援ツールをサービスの中核としています。
 より広いターゲットのリード獲得を目的に、データ活用の促進に特化したオンラインカンファレンス「zeroONE」を2022年より主催しています。今年の3月に、2回目を実施しました。
 こうしたカンファレンスは、リード獲得とあわせ、参加者の課題を当社が解決できることを認識していただくためのものと考えています。
 カンファレンスであれば、ブランドの世界観を投影した特別な演出や、特別なゲストの招待も行いやすいですし、小規模のセミナーとはまた違うインパクト、会社の“勢い”のようなものを表現できます。

イベントのROIは、目的やフェーズで変える

──イベントのROIやKPIをどう立てていますか?
戸田 視聴者数、視聴者の歩留まり、視聴時間、視聴者の属性、満足度、MQL(確度の高い見込客の創出)の数などを指標に用いています。
 当社がカンファレンスに求めているのは、リードをとにかく取るというより、当社のターゲットである製造業、スタートアップ、イノベーター気質の方々に、キャディとの親和性の高さを体感していただくことです。
 つまり、キャディブランドの世界観を、多くの方々に共有していただきたい。その点では、やはり視聴者数は強く意識しています。
 特に当社のカンファレンスでは、著名な有識者や製造業の重鎮にもご登壇いただいています。
 そこから「よく分からないけど、キャディってすごそうだから、話を聞いてみたい」といったお客さまも少なくない。その後、受注につながることもあります。
尾島 当社の目的はリードの獲得がメインですが、そこに加えて獲得したリードが「より具体的なセミナーへの参加」「相談希望」といった次のステップに進む転換率を見ています。
 転換率を年間の予算計画のときに組み込み、そのうえで必要なリード数やMQL数を算出し、来期のプランニングをします。
 それをふまえると、新しくイベントマーケティングに取り組む際には、PDCAを回しやすいKPIを設けることがポイントになると思います。
 たとえKPIを決めても、集計する方法やタイミングが決まっていなかったり、改善方法が不明だったりしたら、KPIが機能しなくなるからです。
 だからこそ、まずは分わかりやすいKPIを置き、他の指標は優先度を下げるなどしてスタートしてみて、実績や傾向が見えてきたら、段階的にKPIをブラッシュアップしていくのがいいのかなと。

イベントマーケティングは「指数関数的」に効果が高まる

──両社とも、ビジネスイベントのプラットフォーム「EventHub」を通してイベントを開催されています。数あるイベントツールの中から、EventHubを採用した理由を教えてください。
尾島 当社のイベント「zeroONE」は、1回目のときにちょっと配信や運営のトラブルがあったりして、2回目ではBtoBイベントの実績が高い運営パートナーさんを探していました。
我々が使いたいプラットフォームの条件としては、MAツールとのデータ連携ができる点や、集客用LPのデザインの自由度が高い点も挙げていました。それらを満たしたのが、まさにEventHubだった形ですね。
戸田 当社も大規模イベントを初めて開催するにあたり、同規模以上のイベントの実績がある点を重視し、一択でEventHubに決めました。
実際に利用してみて、数万名規模のリード情報の管理のしやすさや、SFA(営業支援ツール)との連携なども含め、必要な機能をシンプルに過不足なく備えたツールであるとの印象をもちました。
──最後に、イベントマーケティングの可能性を広げていくためのポイントを教えてください。
尾島 イベントに有効性があるかどうかは、そのイベントで何を成しとげたいのかが明確になっていないと判断できません。
 したがって、まずはゴールをどこに置くかを、社内で一生懸命考えて共有化する。そして、いざ走り出したら前向きに、全力で楽しむ。それが大切なポイントではないでしょうか。
戸田 ブランドの「キャラクター」がクリアになっていないと、「なぜ、おたくがそんなテーマでイベントをやるの?」となりかねません。
 当社であれば先ほど述べた「製造業、スタートアップ、イノベーターに資する」といったところになりますが、それをクリアにしておくのが大前提だと考えています。
 反対にそこがクリアになっていれば、自ずと登壇いただきたいゲストや、コンテンツも最適なものにブラッシュアップされる。
 結果的に強固なブランドづくりが行え、自社が本当につながりたい方々とつながれる。
 そうやって、自分たちのキャラが明確になり、あるべきコミュニケーションが分かった段階から指数関数的に効果が高まるのが、イベントマーケティングだと考えていますね。